第3話 ― 3
「あっ、赤尾くん! ちょっと赤尾くん⁉ なんで見物してるの⁉ この分からず屋のお巡りさんに言って聞かせてあげてよ、あたしが君の先輩だって!」
「……バレたか」
声を聞いた時点で状況はすぐに分かったし、どう考えても面倒くさい事態に決まっていたし、なによりちょっと見ていて面白いからもう少し眺めていようか、なんて考えていたら桃宮にすぐ見つけられてしまった。
警察の二人組もこちらの存在に気が付いて、近寄ってはこないものの赤尾のほうを見ている。この状況でしらばっくれるほどの恨みがあるわけでもないので、赤尾は見物を切り上げて桃宮の側まで歩み寄った。
「あの、おまわりさん。その人言ってること、マジなんで。すぐそこのT大学で、同じ部活の先輩です」
赤尾が自分の学生証を見せてそう説明すると、二人組の警官はそろって宇宙人でも見るかのような目をした。気持ちは大いにわかる。大いにわかるがその視線の矛先が桃宮だけでなく自分も含まれていたことだけが納得いかない。
結局その警官たちの頭の中では赤尾が保護者のような認識に落ち着いたのだろう。補導されかかっていた桃宮ではなく赤尾のほうにいくつかの質問をして、それほど時間を取らずに立ち去って行った。
後に残されたのは不機嫌を隠そうともしない桃宮と、その不機嫌な視線を一身に浴びる赤尾だけである。
「とりあえず、ありがとう。助かったわ正直」
「いえ、こちらこそ、もっと早く助けた方が良かったですね」
ようやく桃宮からそんな言葉が出てきたのは、たっぷり十秒ほども無言で睨みつけられてからだった。様子を見ていた理由が理由だけに感謝を素直に受け取れない赤尾だったが、ひとまず桃宮としてはそれで気が済んだらしい。視線も先ほどまでと比べてだいぶ剣呑さが和らいだ。
「っていうか桃宮先輩、いつから川に?」
「え、あー、えっと」
なぜそこで言葉を濁すのか。
答えを待つ赤尾の目の前で視線を左右に泳がせてから、桃宮は一言。
「……朝から?」
なぜそこで半ば疑問形なのか。
もしやと思い赤尾は少し離れた位置にある川のすぐ側に目をやった。川の中にさっきまで入って探し物をしていたようで、桃宮のものであろう鞄が川のすぐ脇の空き地に置いてある。そこには大型の懐中電灯が置いてあった。近寄って行ってそれを拾い上げる。
「朝からで、この荷物ですか」
「いやほら、今日も見つからないようならいよいよ夜も探そうかなって。昨日は日が暮れたら暗すぎて探せなかったわけだし、事前に準備をね」
「電池、切れてますけどこれ。どれだけ長く使ってたんですか」
嘘でしょ、と桃宮は赤尾の手から懐中電灯をひったくる。
「うわー、どうしよう。日が昇るまでは問題なくついてたのに……って別に電池切れてないじゃない」
「やっぱり日が昇る前からいたんじゃないですか」
騙したわね、とじっとりした視線を向けられたが、赤尾に言わせればこの程度の見え透いた誘導尋問に乗っかる方が悪い。よく見れば桃宮の目の下にはうっすらと隈も見えた。夜通しここでお守り探しを続けていて寝不足だから、こんな簡単な手口も見抜けないほど集中力が落ちているのだろう。
桃宮もこれ以上誤魔化すのは無駄だと悟ったのだろう、両手を肩の高さまで上げて「参りました」のポーズを見せた。
「だって、早く見つけてあげたいじゃない。お守りがこの辺りに落ちたのは間違いないわけなんだし」
そうは言っても限度というものがあるだろう、とは思ったが口には出さなかった。もともとお守りが川に投げ込まれたきっかけは、自分と茶原が到着したタイミングがあんまりにも悪かったからだというのは思い返せば自分でもわかる。
口に出さなかった言葉の代わりに、午前中に様子を見てきた三島について話すことにした。
「依頼人の三島さん、午前中のうちに会って話してきました。とりあえず坂崎は朝イチで謝りに来たそうです。復讐とか逆恨みとかは今のところ無いみたいでした」
よかった、と息を吐いた桃宮は、おそらくそんな連絡すら後回しにしてひたすら川の中にいたのだろう。もう暦の上では夏に差し掛かる時期だが、夜中や早朝は冷える日もある。桃宮の唇や頬の色が青白い理由は考えるまでもない事だった。
「その、昨日は本当にすみませんでした」
ぽつり、とその言葉が零れ落ちる。
桃宮を探していた一番の理由をようやく成し遂げたわけだが、当の桃宮は不思議そうな表情で小首を傾げていた。昨日の自販機前からここの橋までの事です、と伝えても「ああうん、そのことだとはわかるんだけど」といまいち謝罪が伝わっていないような反応だ。
「その話と謝罪って、三島さんにはしたの?」
「はい」
いっそ露骨なほど気遣われた表情で、謝罪は必要ないと言われた。
「だったらそれで謝罪はおしまいでしょ。あたしは別に怒ってないし、責めてないよ? あとは頑張ってお守り見つけてあげるだけじゃない」
赤尾くん変なところで生真面目だね、と苦笑する目の前の先輩に、赤尾は肩透かしを食らったような気分になる。どう考えたって昨日の出来事は赤尾が暴走したことが全ての原因なのだ。もっと怒っているか、さもなくば失望しているものだと思っていた。
最悪、最初に提示されていた条件も守れていないため体験入部から本入部への流れも取り消しになって、また一から部活探しをすることになるかもしれないとすら思っていただけに、桃宮の反応は想定外だった。
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