第11話 ― 11
まさかもう一つ予想外が飛んでくるとは思っていなかった。思わず返事を迷って無言で続きを待つ。
「文芸部にこっそり依頼してまで俺を仮入部に持ち込んだのも、そういえば竹沢だったよな。確か一回も直接言ってなかったけど、これでも感謝してるよ」
「……どうした、急に」
どうにか絞り出した声に返ってくるのは乾いた笑い声だ。
「いやー、今日ちょっと、光汰くんとか見てて色々思う所があってな。そんで思い返したら俺泣いて止めたりはしてるけど一回もありがとうって言ってねーじゃんって。最初に助けようとしてくれたのも最後に文芸部まで紹介するほど世話焼いてくれたのも竹沢なのに、さすがにこの扱いはちょっとなぁと自分なりに」
そして一拍の間があってから。
「改めてありがとうな。小学校の頃に竹沢すらいなかったら、多分今頃俺ここにもいないかもしれない。大学生になるまでも小学校から変わらず馬鹿な話聞かせてくれたり世話焼いてくれたりも感謝してる。文芸部紹介してくれたのだって竹沢だしな。桃宮先輩の言葉で言うならな、多分一番最初にオレを助けてくれた正義のヒーローは竹沢、お前なんだよな」
ありがとうな、と何気ない気軽さで投げられた言葉だが、なるほど確かにヒーロー願望絡みで言われた覚えは一度もない。十年の付き合いでそれ以外の内容なら言われたこともあるが、それだって頭に必ず「ごめん」などの気弱な言葉が乗っかっていた。
多分初めて直球で投げられたその言葉のおかげか、先ほどまでちらほら見え隠れしていた「つまらないな」と思う気持ちはきれいさっぱり消えていた。
我ながら単純なもんだな、と呆れる気持ちもあったが、それよりも晴れやかな気分の方が強かった。
晴れやかな気分に一つだけ注文を付けるとするならば。
「とりあえず、ヒーローとまで呼ばれるほど立派なことはしてないけども。そう思うんならな、赤尾」
「おう、次の昼飯のときか」
「わかってんじゃねえか。とりあえず日替わりパスタセットで勘弁してやる」
「待てやお前、それ一番高いやつだろうが」
別に自分はヒーローでありたいとは思わないし、なれるとも思わない。親友が困っていたら怒るかもしれないが、例えば赤の他人のために今回の赤尾のように必死になって作戦を立てるようなことは到底無理だ。
それでも、その一言で報われた気分になれた。ヒーローになれなくとも、竹沢はそれで十分だった。だから。
「うん、やっぱお前はナチュラルボーンヒーローだ赤尾。茶原先輩が言ってたんだっけこれ。至言だな」
「急に何を言い出してもそこの線は譲らないからな。いいか、もう少し安いメニューでだな」
「自ら感謝の言葉を述べたんだ、それくらい胸張って奢っとけ」
「奢られる側の言葉か、それが!」
つまらないと拗ねかけてた奴をたった一言、偶然思い出した程度の軽さであっさり助けられるお前を親友として誇りに思うぞ。助けようとしてよかったと思うぞ。
馬鹿話に場の流れが完全にシフトしたので口に出す気は一切ないが、お気に入りの空模様を眺めながら竹沢は満足気に笑うのだった。
正義のヒーロー、文芸部 水城たんぽぽ @mizusirotanpopo
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