茶原・橙山:フォトトラブル
第4話 人違いの橙色
「やっぱりさ、長ったらしいタイトルとか許されちゃいけないと思うんだよ俺」
「今のご時世にそれ言うと、味方よりも敵のほうが増えますよ、茶原先輩」
「そうだそうだー、好きで読んでるやつもいるんだぞーこのやろー」
七月も半ばの夕方に、
赤尾を挟んで反対側には同じ文芸部で唯一の三回生である橙山がいて、赤尾の意見に乗っかってきていた。すらりとした身長に整った顔立ちは黙っていれば気のない男でも少し落ち着かなくなるような美人だが、口を尖らせてふざけた口調をしているとただの子供である。
「いいか、小説のタイトルってのはその小説の名前でも顔でもあるんだからな。なにも初見で『自分は言葉を簡潔にまとめる能力もセンスもありません』って主張することないだろ。あんなのは小説とは呼ばねえ」
穏やかではない主張を人目もはばからずに口にする彼の手には文庫本サイズの薄い小冊子が二十冊ほど、束になった状態で抱えられていた。赤尾と橙山も同じものを持っている。小冊子の表紙には「文芸部 部誌『
毎月決められた日付にその月のテーマを決めて、決まった題材に沿った内容の短編小説を各々が書いて持ち寄り、それを小冊子にまとめて配布コーナーに置く。この大学における文芸部が唯一行っている表向きの活動内容で、今日がちょうどその配布コーナーへの設置の日だった。
もともと文芸部はあの
反対にこの活動を嬉々として行っているのが目の前の蛮族だというのだから人は見かけによらないよなあ、と正式に入部してからもう一カ月が経つ身ながら赤尾はしみじみと思った。
身の丈二メートル弱、腕の太さは赤尾の二倍、熊と睨みあえば熊のほうが尻尾を巻くとまで言われる眼光と顔つき。これらを見たことのある人間に「
だが実際に話をしてみると驚くことに、その口からは太宰治だの宮沢賢治だのといった昔の作家から、東野圭吾やら宮部みゆきやらといった現代の作家までの話題が平然と飛んでくるのだから認めざるを得なかった。赤尾の手の中にあるこの短編集も、テーマが決まった途端に部内の誰よりも生き生きとした表情で、また誰よりも緻密な文章と物語を書き上げていたのは茶原だった。
まあ、昔ながらの文学青年なせいもあってか嗜好が少々古風なことと、昨今の小説への当たりが強いのはいかがなものかと思うが。
「悪かったわねー、私はどうせセンスなんてありませんよーだ」
赤尾を挟んで反対側で拗ねる
「いいじゃない、本の中身が開く前から想像しやすいっていうのも。普段読まない人にだって取っつきやすいんじゃない? タイトルが顔だの名前だのっていうなら、初見で絶対忘れないくらい目を引くってかなり重要でしょー?」
遠回しに自分の書いたものは小説と呼ばないと言われて不貞腐れる橙山に、茶原が苦い顔をする。茶原という男は妙に律儀というか生真面目なようだ、とこの一カ月で赤尾は読んでいた。どれだけ荒い論調で自身の考えを主張していても、はやり一年目上の相手となるとやりにくそうなのがその証拠だ。
ちなみに赤尾は「中身が面白ければ別にどうだっていい」派である。タイトルが背表紙部分で三行に折り畳まれていようが一単語に圧縮されていようが、面白いものは面白いし駄作は駄作だ。まあ本棚で見た時に長いタイトルを積極的に手に取ってみようとは思わないが、ことさらに排除する構えも取る気はない。茶原にそう主張したら恨みがましい目でこの裏切り者、と呟かれた。
そろそろ終わってくれないだろうか、と激論を交わす先輩二人に挟まれながら赤尾がそう考えて少しだけ歩を速める。
このまま廊下を右に曲がった先、本校舎の一階中央玄関前にある広いエントランスが三人の目的地だ。事務局広報部の貼りだしたお知らせやボランティア募集の張り紙と一緒に、会議用長机一つ分のスペースを「文芸部用スペース」として与えられている。
もう目の前なので、ちょっと早歩きをすれば三十秒もかからない。そう見越して二人を少しだけ追い越し、エントランス前の曲がり角に差し掛かった赤尾は。
「待っていたぞ、文芸部!」
という叫び声と同時に曲がり角の向こうから飛び出してきた人影に。
「確保ぉぉぉっ!」
という叫びと共に両肩を強くわしづかみにされた。
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