第6話 ― 7

 その翌日に決めてあった撮影場所へやってきた榎園は、文芸部の面々と合流するなり眉をひそめた。視線は茶原から赤尾、橙山と横滑りしていって一番端、黒い三つ編みを小さく揺らしながら自分のつま先とにらめっこを続ける木崎のところで止まっている。

 事前に連絡はしておくと茶原は言っていたが、この様子だと新しく人員を補充するだとか明日はもう一人同行するだとか、個人名を伏せたままの連絡しかしていないのだろう。気まずそうな空気を背負った榎園を見てそう理解した赤尾は、横目で茶原をじっとりと睨んだ。

 ちゃんと説明してなかったんすか、という言葉を視線にありったけ乗せた赤尾に根負けしたらしく、茶原は早々に「勘弁してくれ、悪かったから」と白旗を上げた。


「ほら、気遣いとか配慮って言葉、あるだろ」

「その気遣いとか配慮のおかげで開幕気まずい空気になってますけど」


 手厳しいよお前、と肩を落とした茶原には榎園からも説明を要求するような視線が向けられている。事前に知っていてなお俯きっぱなしの木崎は確かにどうしようもなかったが、せめて榎園のほうに心の準備をさせておけばここまでぎくしゃくした空気は避けれたのではないかと赤尾は思う。

 心の準備と言っても、榎園がするのはおそらく「散々撮影を妨害していた張本人と撮影場所で顔合わせする覚悟」であって木崎のそれとはまるで異なるのが嘆かわしい所ではあるが。


 嫌がらせの現場を現行犯で確保し、話を聞いて説得したところ彼女は反省してくれた。反省したついでに、榎園先輩に直接謝りたいと言い出したが、自分一人では罪悪感から謝りに行く勇気が出なかった。

 なので、文芸部が依頼を掛け持ちする形で同行した。ついでにコンテストに出る榎園を手伝うことで罪滅ぼしをしたいと言い出したので撮影の日時に合流した。

 ざっくり言えばこんな内容の言い訳は、昨日のうちに文芸部の部室内で打ち合わせ済みだ。こういう時に頭数の多さというのはそのまま信用に上乗せされるもので、赤尾や橙山も横で頷いているとあっさり榎園はその言い訳を信じてくれた。


「さて、ここからだな」


 そんな風に茶原がつぶやいたのは、そうやって撮影が普段通りに始まってすぐの事だった。橙山は相変わらずモデル役をやっており、赤尾と茶原は機材の運搬やちょっとしたアシスタント、木崎もその補助をしている状態である。

 茶原が副部長権限を行使した理由を考えると、木崎から榎園に何かのアピールがあるはずだが。


「そういえば、どうやってアピールするとか決めてるんですか?」

「ああ、大した事は考えてないけど概要だけならな」

「おお、さすが花桜夢子」


 次その名前出したらデコピンな、と笑顔で脅されて赤尾は口を閉じた。たかがデコピンといえど茶原の筋力でぶちかませばそれは立派な攻撃だ。


「とりあえずな、あの子にはカメラを持ってくるように言ってある」

「カメラですか」

「ああ。それで自分もコンテストに出すための写真を撮りたいから、撮り方のコツとかアングルとか、そういうのを教えてくださいって言えばいい。榎園先輩は言っちゃあれだがカメラ馬鹿な感じの人だし、大喜びでレクチャーしてくれるだろ。その間に距離を詰めちまえばいいのさ。この前言ったコンテストに参加してみろってのは半分適当に言ったけど、こういう事の口実にもばっちりなんだよ」

「そんな簡単に距離詰めれますかね」


 赤尾が心配するのは榎園ではなく木崎のほうだ。榎園は茶原も言う通りカメラの事となれば一も二も無く乗ってくるだろうし、カメラ絡みで興奮しているときの彼は距離感についてかなり無頓着だから放っておいてもいい。

 今も榎園の近くで撮影の手伝いをしている三つ編みを、赤尾は目で追う。合流した時点でも大概だったが、いよいよ顔色がゆで蛸状態になっている。表情だけはどうにか平静を装っているが、顔色に緊張が全部出ているせいでいっそ滑稽なほどだ。どうも木崎はいざという時に弱いらしい。


「あれで距離詰めるような気の利いた言葉なんて言えると思いませんけど」

「バカお前、言葉なんかいらねえんだよああいうのはさ。こう、撮影のレクチャーのために近づいた時とかにでも手が触れあってよ、そのことにドキリとするんだよ。で、目が合えばそれで完璧。男女で十秒目が合えば恋に落ちたも同然って聞いたことないか?」

「無いですし金輪際聞かないで済むことを祈ります」


 ラブコメかよ、と途端にこの状況の行き先が不安になった赤尾だった。バリバリの女性視点純愛ドラマを書いているだけあって茶原のセンスというか、思考回路は少女漫画路線に舵を切り過ぎているように思える。頼むからその図体で夢見がちな思春期女子のようなことを真面目に語らないでいただきたい。

 それにさ、と赤尾の気も知らずに茶原が楽しそうに続けた。


「チャンスさえ用意してやれば、後は自分で頑張れる子だろあれは。追い詰められたら土壇場でぶっ飛ぶタイプと見た」


 ――追い詰められると行動がぶっ飛ぶタイプなんだねぇ。

 木崎に向けた評価は、赤尾の記憶に新しい橙山の間延びした声と被る。


「茶原先輩」


 重たい機材を運ぶのがメインの二人が動かねばならないのは主に撮影開始前と、撮影後の撤収準備だ。細々した撮影中の手伝いは、以前は赤尾が担当していたが今日は木崎がやっているので現状二人は暇と言って差し支えない。

 そんな状態だから気が緩んだのもある。


「結局俺、どうすればよかったんでしょうかね」


 追い詰められて行動がぶっ飛んだ事。正義のヒーローを否定しようとして、なりたいわけでもない悪役に片足突っ込んだこと。

 格好悪い、と過去の自分になじられたこと。


 考えても答えの出ないそれらは全て纏めるとたったの一言に化けて、赤尾はその一言を茶原に尋ねていた。

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