第11話 ― 6
部内での試合前に囲んできた五名と、正面から剣道で立ち向かうこと。この際にあえてこちらが不利であると分かり切っている「五対一の勝ち抜き戦」を持ち掛ける事。
その際に不正や妨害が入らないよう、文芸部でサポートをすること。具体的には一人試合を終えるごとに休憩の時間を必ず用意し、その間に嫌がらせをされないよう監視すること。
そしてこの勝ち抜き戦で五人全員に勝利すること。
文芸部内で、そして飯塚光汰本人に向かって赤尾が提案したのは、そんな「作戦」――否、もはや作戦とも呼べない強引な理屈だった。
当然ながら文芸部内では全員が呆気にとられた表情を見せたし、メッセージ経由で伝えた光汰からは既読がついてからたっぷり一時間の空白期間が設けられた。
「一応聞くけどね、赤尾くん。何でまたこんな無茶苦茶な提案したのよ」
部室内で提案した際、桃宮にはそう問われた。
「そんなことして、それが何になるっていうのさ。試合で正面から叩きのめしたからって先輩たちが反省するとでも?」
一時間越しに返ってきた光汰のメッセージも、そう問いかけてくるものだった。
その両方への赤尾の返答は全く同じものである。
「
というよりそれは到底無理な話だ。光汰の言う通り、例えば実力で叩き伏せようとも赤尾達やもっと年上の大人から叱られようとも、虐めていた者たちが自分で反省しようという気にならなければ相手の行動は変わらない。
そしてたいていの場合、虐めている側の子供というのは誰がどのように何を伝えたところで自身の行いを悪かったのだと反省することは無いものだ。試合の映像で写っていた三人の表情を見ればわかる。ああいう手合いは善悪で動くのではなく、ただ一方的に殴れるサンドバッグの代わりが欲しいだけなのだ。
赤尾達文芸部が最初に依頼人の飯塚慧から持ち掛けられた依頼はそんな連中の排除ではない。あくまでも彼は自身の弟、光汰が現状から立ち直ることを要求してきたのだ。
彼の言った「燃え尽き症候群」が的外れであったとしても、要するに折れた光汰の心をもう一度奮い立たせてやる事こそが今回の依頼の目的である。
「光汰くんは剣道部に行かなくなっただけで、まだ自分の大事なものを嫌いになったわけじゃない。だから、今試合させるんです」
元々彼は話を聞く限りそれなりに剣道の才能がある人間だ。自称していることもそうだが、そもそも彼が虐めの標的として目をつけられたきっかけは「目立つから」つまり注目を浴びる程度には評価されていたということに他ならない。
五人に囲まれた時も動揺しながらなんだかんだで三人は勝ち抜いていたとも聞いている。それが誇張表現でないのならば本人のスペックは十分だ。練習していなかった期間で鈍った勘を取り戻させてやれば、それなりの勝負はできるのではないかと赤尾は踏んでいた。
自分を虐めて心を折り、逃げざるを得なくなった相手に正面から立ち向かい、そして勝つことができれば、それは途方もない自信となる。
寄ってたかって自分を折ろうとした相手に「負けなかった」というその心の支えを作ってやれば、少なくとも最悪の結果にはならない。文芸部が受けた依頼に応えるのであればそれが最適解だ。
「……まあ、言いたいことは分かるんだけども」
頷きながらも桃宮の歯切れは悪かった。
「だからって虐めを放っておくわけにもいかないじゃない? さっきも言った通り、それで光汰くんの自信が取り戻せたとして、余計に虐め組からの風当たりがきつくなるだけじゃないの」
「小中学生の男子が学校で生活するのに、命と飯の次くらいに大事なものって、桃宮先輩知ってます?」
唐突に投げかけた質問に答えられなかった桃宮に赤尾はにっこりと笑って見せる。
「周りからダサい奴って思われたくないっていう、プライドです」
先輩三人――あの茶原まで含めて全員が、ぎょっと慄いた反応をする中で赤尾はそう断言した。
***
「やれそうか、光汰くん」
体育館利用の手続きを大学の剣道部側で済ませてもらい、入館して割り当てられた区画内。既にルールの説明も簡単に済ませてから、赤尾は防具を身に着けている最中の光汰に声を掛けた。
茶原が父親から武術の手ほどきを受けている、というのは橙山経由で過去に聞いた情報で、その父親のツテで剣道をやっている者を探してもらい、この三週間彼にはそこで稽古を一からつけなおしてもらっている。飯塚家ではその稽古を「光汰が部活に復帰した」と勘違いしていると竹沢に聞いたが、場所が違うだけでやっていることに差はないはずだ。
時折様子を覗いていた茶原や橙山からは「自分で才能がある方だとか言うだけあるわ」などと聞いていたのであまり心配はしていなかったのだが、それでもと声を掛けてみると中学生の幼いなりに真っすぐな視線は揺らぐことなく赤尾を見返してきた。
「大丈夫。今日は調子いいから」
「緊張とかはしてないか?」
「うん。剣道って気持ちが大事だから、絶対そこでは負けない」
――初対面の時とは別人じゃん。
内心で赤尾はそう舌を巻いた。そもそもからして初対面の生気が宿っていない目と今では、これが同一人物だと言われても到底信じられそうにない。何ならこの時点で依頼そのものは達成したとすら言えそうな程の頼もしい姿に、赤尾は心底安堵した。
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