第5話 ― 4
***
見つけたのは本校舎三階の、教室の一つだった。以前は親友に向けて言った言葉だが、もしかして自分も探偵やれるんじゃないだろうか、などと赤尾は内心で自分を褒めてみる。褒めてみたところで、今から自分がしようとしていることに対する胸のつかえがとれるわけではないが。
教室のドアが片方半開きだったのを幸いと、その陰に身を隠して隙間から教室の中を覗き見る。人数は男女それぞれ一名ずつ。中庭に面した窓の一つに群がるようにして身を寄せ、外を眺めているようだった。窓は空いている。そしてその二人の足元には小さな箱が置かれていた。小型で、文庫サイズの本が五冊入るかどうかといったその箱の中身はわからない。
赤尾の右手にあったデジタルカメラは既に起動している。このためにわざわざ用意したこのカメラの使い方は前日のうちにしっかり把握してある。ビデオモードに設定してあるのでスイッチ一つで証拠の映像が、写真ではなく動画で録れるという寸法だ。起動音がしないようにマイクを指で抑えて、赤尾は録画を開始した。
「そろそろやっちゃおうか」
「待てよ、さっき一人どっかに抜けただろ。あいつ戻ってきてないぞ」
「でも撮影準備始めちゃったよ。どうせ私たちの妨害に尻尾巻いて逃げたんでしょ」
扉の隙間からは小声でそんな会話が聞こえる。まさかその尻尾を巻いて逃げた一人が自分たちの背後にいるとは警戒もしていないらしい。まあ、廊下にも人の気配は一切ないし、事実今日までは場所を特定されていなかったのだから油断しているのかもしれない。
「けどさ、そろそろやり過ぎだろ。もう普通に怪我させてもおかしくないだろ。見つかったりしたらさ」
「ペンキ缶ぶちまけたのあんたでしょ、そのくせに今更何よ。怪我させるっていうならボールや画鋲だって十分怪我させるつもりでやったわよ私」
会話を聞いて、たまたまこの教室に居合わせた無関係の人物という線は完全に消えた。中庭で撮影をしている榎園達に注目して、なおかつ発言からしてもう確定だ。
そのまま十秒ほど待つと言い争いも終わったようで、二人が動き始めた。両者ともに箱から何やら野球ボールのようなサイズの球体を取り出し、そのまま手に持ったそれを。
「いくよ。さん、に、いち――そりゃっ!」
女子のほうの掛け声と同時に、開けた窓ガラスから力いっぱいに投擲した。投げたボールの着地点を確認することなく、箱から次の球を取り出して、再び投げる。投げている物が何なのかはわからなかったが、直後に橙山の悲鳴が遠くから聞こえて、そのあとすぐに茶原らしき声が何か指示を出している声も届いた。
ひとまずは無事なのだろうか。なんにせよ、ここまでハッキリと犯行現場をカメラに収められたのであればもう止めに入ってもいいだろう。この手段を選んだのは赤尾自身だが、橙山の悲鳴まで聞こえているのに大人しくカメラを向けて傍観し続ける理由はない。
「よう、犯人はあんたらか」
カメラを止めて、扉を大きく開けて、背後から声を掛ける。三個目のボールをそれぞれ投げ終えた直後だった男女二人組はその場で飛び上がらんばかりに驚いた様子で赤尾の方に振り向いた。
大学生ともなると顔つきだけで学年の差を判別するのは至難の業だが、この時は赤尾にも相手の年齢が見抜けた。どちらの顔も同じ講義で見かけたことがある。直接話したことはないし名前も知らないが、少なくとも自分と同じ一回生のはずだ。
茶色に染めた短髪の男と、三つ編みの黒髪女。そのどちらもほぼ同じタイミングで赤尾の顔を見て、これまた同じようなタイミングで視線が手元のデジタルカメラへと移る。やばい、と呟いたのは青ざめた顔の男の方か。
女の方は逆に親の仇でも見るかのような目で赤尾を睨みつけてきた。これは、主犯格はこっちの女か。男の方は巻き込まれたか、焚き付けられたか、いずれにせよ共犯だが話をするなら主犯格のほうだ。
「どうも尻尾を巻いて逃げた一人です」
「なによ、盗撮とかサイテー」
「笑わせんなよな。言えた立場かよお前ら」
ふざけた口調でわざと挑発し、カメラをその場で操作する。二人の会話からボールを取り出して投げつけるまでの様子と、中庭にいる橙山が悲鳴を上げる声を再生して見せると二人は状況をすぐに理解したらしい。
「とりあえずこの動画と下にいる先輩達の証言があれば、証拠としては固いと思うけど」
「事務局にでも突き出す気? 榎園先輩からはそういうことするなって言われてるんでしょ」
「まあ、確かに言われたよな。あくまで”文芸部”に対してだけどさ。指先怪我して顔面でボール受け止めてペンキを被った俺個人に対してじゃない。なあいい事思いついたんだけどさ」
――この映像と、この前ペンキかけられた服。これ持って警察に行くとどうなるんだろうな。赤尾がそう言い放つと三つ編み女のほうも表情が引きつった。
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