第3話 夢の続きは薄灰色
結論から言うと、坂崎からの報復はなかった。それどころか翌朝大学に来るなり三島のところへ頭を下げに来たらしい。
「お守りが返ってこなかったのは残念だけど心配事は解決しました」
依頼人である三島はそう言っていた。謝罪に来た坂崎はまるで何者かに命でも狙われているのかというほど怯えていたとのことだが、そこは赤尾からのコメントは控えさせてもらった。
あの後逃げていった坂崎は放置し、依頼であるお守りの回収のために赤尾たち三人は橋の下まで向かい、川の中を探し続けた。幸い川自体は規模もそれほど大きいわけではなく、深い所でもせいぜい膝下までしか水は届かない場所である。流れだってそう強くはなかったので、まだ探せば望みはあると思われた。
結局日が暮れるまで延々と探し続けたが、茜色をした小さな巾着袋は見つかることなく、その日はそのまま帰ることとなったのだ。
三島と再度会って話を聞いたのは日が昇ってから、午前中の講義の休憩時間にである。その時すでに坂崎の謝罪が終わった後だったというのだから、謝罪は本当に登校してすぐの事だったのだろう。
赤尾が直接会いに行った理由の片方は「報復などはされていないか」というものだったので、その報告にはひとまず安心できた。
もう片方の理由は、もちろん謝罪だ。
依頼の内容はストーカーワカメ男の撃退などではない。そのワカメ男に盗まれたお守りの奪還だったのに、肝心の依頼だけが未達成だったのだから謝りに行くのは当然のことだった。特に自分は依頼を聞いた際に「必ず取り返す」などと大見得を切ったのだ。
そのことも含めて下げようとした頭は、しかし優しく遮られてしまった。
「確かに残念ではありますけど、もともと荷物から目を離した私がいけないんですし、付きまといの問題は解決してもらいましたから」
三島のその言葉が本心ではなく、遠慮と気遣いからくるものだということは表情を見れば一瞬で察せられた。それが理解できたせいで腹の底が煮えくり返る気分になったから、赤尾はそれ以上何も言えずにその場を離れた。
そうして今は昼休みだった。今日はいつものように竹沢と一緒の昼食ではない。向こうも講義の関係で少し用事があるから、との事だったし、赤尾のほうも今日ばかりは有難かった。おそらく今は何を食べても美味しくは感じない。
川でお守り探しに動き回ったせいもあってか体の芯に疲れが残っているのを感じながら、特に目的もなく歩いていると文芸部の部室棟近くまで来ていた。
昨日も一昨日も訪れたのは放課後だけだったが、昼休みにも部員はいるのだろうか。活発に動いている部活で、仲のいい者同士であれば食堂だけでなく部室に弁当を持ち寄って集まることも珍しくはない。もしかしたらと思い赤尾は部室へと足を動かした。
桃宮と茶原がいたら、昨日のことを謝ろう。
そう考えての訪問である。昨日はあの後慌てて川のほうへ入り、三人とも必死で探していたため言葉を交わす余裕はあまりなかった。特に桃宮は探すのに必死で、茶原から「もう日が暮れてる。今日はここまでだ」と肩を掴まれなければ夜中までやっていたかもしれない。
赤尾も必死だったが、日が暮れ始めるにつれて視界が悪くなり、小さな巾着袋を見つけるのがどれだけ困難なのかを否応なく思い知って引き下がらざるを得なかった。
なので、今からでも迷惑をかけたことは詫びなければと思った。昼休みのうちに謝罪をして、また講義の後なり昼食の後なりに川のほうへお守り探しに向かおうと考えながら文芸部の部室前に立つ。ドアの向こうからは人の気配がした。
軽くドアをノックすると、向こうから「はーい、空いてるよーん」と聞いたことのない声が返ってきた。女性の声だ。
「おーっす、桃ちゃんおはよ……ってあら? はじめまして? ここ文芸部だよ、間違えてない?」
扉の向こうにいたのは、すらりと背が高いロングヘアの女性だった。どうやら桃宮が来たと勘違いしたらしい。ということは桃宮は来ていないが、待っていれば来る可能性もあるということか。赤尾はとりあえず目の前の、おそらく先輩であろう女性に頭を下げた。
「どうも、一昨日から体験入部してます、赤尾雄一です」
名前を聞いた途端に「あー、あの子か!」と言われたので、向こうは把握してくれたらしい。おそらくは桃宮辺りが昨日の昼休みにでも話したのだろう。
「どもども、
三回生なのか、と少し意外だった。二回生である桃宮と茶原が部長・副部長であることや、桃宮との話から察するにこの文芸部を立ち上げたのは桃宮のはずだ。てっきり部員も桃宮の顔馴染みの範囲で集まっているのだろうと考えていたが、そこに一つ上の先輩が入っているというのは少し考えていなかった。
それにしても、と部室のテーブルに弁当を置いて座り込んでいる橙山をまじまじと見てしまう。
くっきりとした目鼻立ちと、絹糸か何かかと言いたくなるサラサラのロングヘア。おまけに背が高いうえに細い。雑誌にでも出てきそうなモデル体型で、なおかつびっくりするような美人だった。
現実にこんな美人っているんだなぁ、なんて思っていると視線に気づいたらしい橙山が笑顔で「あんまり見惚れるなよー?」と軽い口調で釘を刺してきた。気まずくて赤尾はとっさに視線を横へずらした。
「あの、桃宮先輩っていつ頃来ますか」
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