『兄妹』で買い物に出かけました、というか連行されました。

「よし! 朝飯も食った事だし、次は買い出しだな」


「行ってらっしゃいませ」


「リシュナ~……、お前も行くんだぞ。というか、お前の買い物なんだ。強制連行だぞ」


「食事の次は買い物……、本当にますます意味がわかりません」


 何だかんだで朝食まで同席する事になってしまった私は、空腹状態だったそれを満たす事が出来たせいもあって、自分の意思とは関係なく、少々気持ちが和んでしまっていた。

 ふっくらで、仄かに甘いクロワッサン。新鮮な野菜と歯ごたえのほど良いお肉の共演が成された美味しいスープ。温かなホットミルク……。

栄養をつけろと目の前に出された食事を前にゴクリと喉の奥が鳴ったのは、きっと生きる存在が当然の如く感じる本能故だったのだろう。

 飢えれば死ぬ。生命にとって当たり前の行く末であり、飢餓状態に陥れば、理性も何もかもなくなって狂う事だってある……。そして、それを満たす存在が目の前にあれば、求めずにいられなくなるのが命の防衛本能だ。

 けれど、私の願いが『安息の死』である以上、栄養摂取は絶対に避けなければならない。

 お腹を満たされて健康状態になどなってしまったら、お父さんとお母さんの許に逝くのが遅くなってしまう。だから、絶対に食べない……。

そう我を張ったら、自称『お兄様達』が席を立ちあがり、両サイドから挟まれて強制実行よろしく口の中に食事を頂く羽目になってしまった……。

 大人はずるい……。いたいけな少女を捕まえて無体を働くなんて。

やっぱり吸血鬼はろくでもない。お父さんが読んでくれた古びた絵本やお話の通りだった。

 だけど……。


(美味しかった……)


 途中から観念して自分で食べ始めた私に安心したのか、レゼルクォーツさんとフェガリオさんは私を懐柔する為にか、色々と聞いてもいない事を喋り始めた。

 食べている食事は、私の目線の左斜前に座っている怖そうな顔つきが特徴的なフェガリオさんが作ったらしく、パンも自家製という、驚きの事実……。

 そういえば、私が今着ている可愛い洋服も、この人の手作りだと聞いたような気がする。

 男はどっしりと腰を据えて妻の料理が終わるのを待つ、的な顔をしているくせに、まさかの女子力高しとは……、世の中にはまだまだ不思議がいっぱいのようだ。

 私が「美味しい……」と、うっかり本音を呟いた瞬間には、フェガリオさんの機嫌が目に見えてわかるほど跳ね上がった。なるほど、自分が作った物を褒めて貰えると嬉しいタイプなのか……。

 意外にちょろ……、もとい、可愛い部分のある人なのだと横目で観察していると、一応食事は当番制になっていて、レゼルクォーツさんも家事や洗濯をするらしい事もわかった。

 今は留守にしているもう二人の男性と合わせて四人で、この家に暮らしているらしい事も……。

 だけど、それを知ったところで私には何の関係もない。私はこの人達の『妹』にはならないのだから。

 夜になれば勝手に出て行く予定だ……。しかし、それまでにまた面倒な事に付き合わされる事が決まっているらしく、私は朝食を終えると、レゼルクォーツさんに捕獲されて買い物に行く事になってしまった。……理不尽だ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ほぉら、リシュナ、可愛い雑貨がいっぱいだぞ~」


「子供扱いしないでください。私はこう見えても立派な十四歳です」


「ノートや筆記具もいるよな~、女の子らしいのをちゃんと選んでやるからな! 『お兄様』に任せとけ!!」


 人の話を聞いてほしい……。子供扱いをするなと何度言ってもこれだ。

 永い時を生きる吸血鬼には、私の実年齢など意味を成さないらしい。

 スペースを十分にとった大きな雑貨屋に連れ込まれたかと思えば、優しい笑顔の店員さんに迎えられ、私は自称『お兄様』に手を引かれて店内を見てまわる事になってしまった。

 小さな星型を模した煌々しい石を散りばめた子供用のペン(中の補充ケースにインクを入れて使う仕様)や、動物のイラストが描かれたノートやメモ帳。

お皿やフォーク、ナイフ、スプーン。多種多様に揃っている品物を目にしながら、私よりもはしゃいでいるいい歳した大人を見上げながら思う。この人は……、何が面白いのだろうか。

 森の中で出会った『餌』を自分の家に連れ帰ったり、『家族』として扱おうとしたり、その目的と真意が全く見えない。

ただのお節介な吸血鬼なのかと思わないでもないが、人の生き血を啜る凶悪な種族が、何の見返りもなしにこんな行動をとるとは、……到底、信じられる事ではない。

 けれど、出て行くと言った私に対して、『俺は、『家族』を殺す趣味も、『死なせる』道を歩ませる事も、お断りだ』……、そう真剣な眼差しで語った時のレゼルクォーツさんは、嘘を言っているようには見えなかった。

それどころか、死にたいのだと静かに訴える私に、どこか辛い痛みを堪えて寂しがっているかのような、そんな目を向けていた。

 そのせいだろうか……。腕に噛み付いて逃げるとか、吸血鬼相手に遠慮をする事などないはずなのに、私は死にもの狂いで逃げるという選択肢を失ってしまった。

 だけど、それはやっぱり……、同時に恐ろしくもある。

 早く、早く逃げないと……、――ってしまう。


「あの、レゼルクォーツさん……、私は何もいりません。出ましょう」


「そうかそうか、『お兄様』に選んでほしいのか? よぉーし、じゃあ気合を入れて全部揃えてやろうな~」


「……人の話を聞いてください」


 これではまるで、『妹』の世話を甲斐甲斐しく焼く『お兄様』そのものだ。むしろ過保護すぎる。

 店内の床に片膝を着き、私を腕の中に閉じ込めて楽しそうに雑貨選びに励む『お兄様』……。

 周囲から……、何だか微笑ましい視線がグサグサと刺さってくる。

 

「筆記具の他にも、お前専用の皿やマグカップ、それから歯ブラシにタオル、部屋の調度品もいるからな。好きそうなのがあったら、ちゃんと『お兄様』に言うんだぞ?」


「……もう、何でもいいです」


 はぁ……、この吸血鬼は本当に一体何なのだろうか。

 人の話を聞かない、是が非でも私を『妹』にしようと、いや、もうすでに脳内でそれが設定されてしまっているこのお気楽『お兄様』を前にしていると、だんだんと逆らっても無駄だと思えてきた。どうせ夜にはいなくなるのだ。それまではもう好きにさせておこう。

 

「……あ」


「ん? どうした、リシュナ」


「……何でも、ありません」


 カララン……と、耳に楽しい入口のベルが鳴ったのを耳にした私は、自然とそちらに顔を向けていた。小さな五歳くらいの子供が両親に手を繋いで貰って入ってくるところだった。

仲の好さそうな、幸せそうな親子連れ。

 そこに、もう今はいないお父さんとお母さんに愛されていた頃の自分の姿が重なった。

 決して裕福ではなかった村での生活は、厳しくて辛い事もあったけれど、そこには確かな愛があった。私をしっかりと抱き締めて頭を撫でてくれた両親の記憶、それを優しそうな笑顔で見守ってくれていた、『協力者』の姿。お金では買えない幸せが、私の記憶の中に眠っている。

 だけど、……やっぱりまだ、それを思い出してしまうような光景を目にすると、心の中がチクッと痛んでしまう。


「どうした、リシュナ」


「何でもありません……」


「そうか……。よし、じゃあ筆記具は揃ったし、他の物はあとにするか。会計行くぞ」


「はい……」


 立ち上がったレゼルクォーツさんが、私の右手をぎゅっと強く握って会計に向かう。

 そのぬくもりが……、何故だか励まされているかのような、少し涙が出そうになる温かさだった。

 『餌』に気を遣う吸血鬼なんて、きっと滅多にいないはずなのに……。

私の心は、またある種の焦燥に駆られてしまう。この温もりに身を委ねてはいけない。不幸が待っているから。

 だから……、心を許してはいけない。早く、早く、――逃げないと。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 帰宅後、とりあえず必要な物は揃ったと言って、後から配達されてくる家具の類より先に、レゼルクォーツさんとフェガリオさんは嬉々として、『私の部屋』と定められたその場所の手入れに入ってしまった。

私は一人、一階でマグカップに淹れてもらったココアを飲みながら休憩中だ。

 今なら……、逃げられる、かな。二人は部屋の準備に忙しいらしく、一度もこちらに下りて来てはいない。正真正銘、無防備な一人の状態だ。

 このまま家を出て、どこかに走って行ってしまえば……、きっと、私は自由になれる。

 ココアの入ったマグカップを顔の前に抱えた状態で、レゼルクォーツさんが選んでくれたウサギさんのイラストが入ったその表面を見つめる。


『ほら、見てみろ、リシュナ! 俺達のカップと一緒に並んだのを見たら、『家族』になりたくなってきただろう?』


『特には……』


『リシュナ……、俺の趣味は裁縫や料理なんだが、この家の世話になると言うのであれば、世話をしてやらん事もない。可愛い洋服もたくさん作ってやる。……どうだ?』


 レゼルクォーツさんとは違い、フェガリオさんが妙に私を『家族』にする事に積極的な姿勢を見せているのがなんか怖かった。

あの人は自分で作った物を褒められる事が好きのようだけど、レゼルクォーツさんが「美味い!」と食事を褒めても、「無駄口を叩いてないでさっさと食べろ」と厳しい口調で淡々と食事を進めていたのに、私が「美味しい」と言った時と同じ、あの何かを期待しているかのような、心の奥ではしゃぎたい気持ちを堪えているかのような眼差し。

 あれは間違いなく、自分の作った服で私を着せ替え人形に出来ることを楽しみにしている顔だった。


「騙されては駄目……、きっと何か企んでる」


 マグカップをテーブルに置き、私はそっとソファーから下りると、家の入口へと向かい始めた。

 今なら逃げられる、二人は気づいていない……、静かに出て行けばバレない。

 扉のノブに手を伸ばし、音がしないように……。


「リシュナ~!! ちょっとこっち来てみろ~」


 ――ガクッ。まさかの呼び出しがかかってしまった。

 今すぐに二階に行かなければ、自称『お兄様達』はすぐに一階へと下りてくる事だろう。

 そして、私の姿がなくなっていたら……、速攻で連れ戻しにかかる。

 あと数十分は大丈夫だろうと予想した私が浅はかだった。ノブから手を放し、溜息を吐く。

 仕方ない、これでは時間を稼ぐことは出来ない。素直に二階に向かう事にしよう。


「リシュナ~!! リシュナ~!! まだか~!!」


 私がまだ来ない事に焦れたのか、階段を上がっている最中にレゼルクォーツさんが迎えに走ってきた。……だから、どうしてそんなにも楽しそうなの? この人。

 そんな風に意味不明な自称『お兄様』に手を引かれ、私は部屋に向かうのだった。

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