親と子


「これは……」


 なんだかぎこちないレゼルお兄様との朝食後。

 お子様達と会う為に訪れた国王執務室で告げられたのは、とんでもない予想外の珍事だった。

 事態を面白がっている表情の国王様に連れられ、向かった先は王宮内の大図書館。

 騎士や女官達が集まり壁を作っているその向こうから聞こえてきたのは、子供達の父親であるヴァネルディオさん達の、説得? の声だった。

 私とレゼルお兄様は国王様という最大権力に先導されながら、閉じられている大きな扉の前に辿り着く事が出来た。

 

『うるせぇっ!! おれ達は人間の世界で暮らすって決めたんだ!! 家になんか帰らねぇからなぁあっ!!』


『そうですよ!! わたし達は人間の可愛いお嬢さん達と毎日を楽しく過ごすと決めたんです!! 邪魔はさせませんよぉおっ!!』


『……え~と、じ、自分の道は、自分で……、つ、貫き通す!! だ、だから、……えと、ほ、ほっとけ!! く、くそ、おや、じっ』


 なんてぎこちない棒演技の立てこもり犯なんだ!!!!!!!!!!!!!

 扉の向こうから聞こえてきた子供達の大声に、私とレゼルお兄様の背中に寒々しい戦慄が走る!!

 国王様の話によると、一晩父親と話しても和解出来なかったディル君達が最後の手段として立てこもりに走ったと聞いたのだけど……。どう見ても、どう聞いても、本気には思えない。

 それに、……。


「ディ、ディル!! む、無駄な抵抗は、ヤメル、ん、だっああっ!! ち、チチオヤに逆らう、なんてっ、か、可愛げが、な、ない、ぞぉっ!!」


「あ、あぁっ!! そ、そん、なっ、わ、悪い、コ、はっ、か、勘当、し、しちゃい、ます、よぉっ!!」


「オル、フェ、おる、オル、フェッ、な、ナゲカワ、しぃっ!!」


 駄目だ。父親サイドの方がもっと酷過ぎて目も当てられない!!!!!!!!!!

 三馬鹿な父親達の傍では、付き添っているらしき宰相様が片手のひらに顔を覆い、何やら疲れ切っているかのように溜息を……。わかります、そのお気持ち、物凄く良くわかります。

 勿論、今目の前で起きている『茶番』が、ただの演技だという事も。


「国王様、どうして止めなかったんですか?」


「ふむ。本人達がやりたがっていたんでな。その気持ちを尊重してみた」


「陛下……、逆効果でしょ、これ。何の目的も果たせてない、つーか……、うぅっ、痛々しすぎてこっちが辛いわっ」


「何がしたいんでしょうか……、これ」


 口元を押えながらほろりと涙を零すレゼルお兄様。

 確かに、扉の前で繰り広げられている光景は見ているこっちが切なくなるような痛さだ。

 間に割って入る気も起きず、とりあえず事の成り行きを見守ってみようと決めてから十分後。

 耐えきれなくなったのは宰相様だった。

 懐から鞭を取り出し、ヴァネルディオさん達をしばき倒した宰相様。

 その流れに乗って、外の気配に怯えて顔を出した子供達を引き摺り出し……。


「陛下、子供達をお願いします。私はこっちを執務室まで連行しますので」


「あぁ、わかった」


 ズルズルと三人纏めて後ろの襟首を掴まれて引き摺られて行く父親三人。

 頭の上に大きなタンコブをこさえたお馬鹿な父親達。

 本当に、何がしたかったのか……。


「う~ん……、やっぱバレるよなぁ」


「改めて思いましたよ。親の言う事ばかりを聞いていても成長はない、と」


「……おれも、そう、思う」


 父親達とは違い、拳骨を免れたお子様達がお疲れ気味に溜息を吐く。

 なるほど、さっきの茶番をやろうと言い出したのは、残念な父親陣だった、と。

 

「お疲れ様です。三人とも」


「「「はぁ~……」」」


 親と子、どちらに常識性と普通の感覚が期待出来るのかは……、一目瞭然だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「くそぉっ!! 宰相っ、テメェが邪魔しなけりゃ、上手くいってたんだぞっ!!」


「私達の生涯において、あれほど素晴らしい魂の籠った演技はなかったというのに!! あぁっ、台無しにするなんてっ、酷すぎますよっ、宰相様っ!!」


「……俺は、こうなると思っていた。はぁ」


 約二名、本気の馬鹿がいますね……。

 国王執務室に戻り、さらにタンコブを増やした残念な大人達を目にした私は、ディル君達と一緒に、その向かい側のソファーに腰を下ろした。

 国王様を出迎え、一緒に執務机の傍に向かった宰相様は……、あぁ、まだ青筋が。

 

「なぁ、親父ぃ~。普通に許してくれたら良かったんじゃね?」


「逆に恥を生み出した気しかしませんし、ねぇ……」


「おれ達に、演技は、無理……。はぁ、恥ずかしかった」


 私とレゼルお兄様が後にした時にはなかったお菓子やお茶の用意が整っているテーブルに手を伸ばすお子様達。良かった、この子達の常識性は日々、きちんと育っているようだ。

 しかし、ディル君のお父さんであるヴァネルディオさんとティア君のお父さんは譲れない信条があるらしく、ガウッ!! と噛み付いてくる。

 どうやら、昨夜の内に親子間における和解と妥協は無事に完了していたものの、そうすんなりと息子の願いを聞いたのでは親の沽券に関わる、と……。

 私にはよくわからない、父親のプライド的な問題を優先した結果、ヴァネルディオさんは芝居を打つ事に決めたらしい。曰く、自分勝手な我儘を並べ立てる子供達を勘当してやろう! 作戦を実行するべきだ、と。

 ティアルの花から作られたという紅茶を静かに飲みながら、相変わらず不器用な父親達だと少しだけ呆れてしまう。……やっぱり、二重に不器用な人達だ。


「ふぅ……。ヴァネルディオさん達は、自分達の沽券がどうこうというよりも、子供達のこれからを守ろうとしたんじゃないんですか?」


「おい、クソガキ。何でもかんでも口にすりゃいいってもんじゃねぇんだぞ」


 ギロリ。残念な大人の脅しなんて、私には何ともありませんよ。

 だけど、子供達に心配をかけないよう、父親として頑張ろうとしていたこの三人の心は汲もう。

 花型のクッキーをもぐもぐと頬張っているディル君達をぐっと自分の方に抱き寄せ、私は国王様の方に顔を向ける。


「国王様」


「ん?」


「国王様は、自国の者達が人間の世界に、私達に迷惑をかけた事に関して、この人達に怒ってくれましたよね?」


「当然だ。俺の治める国の民が起こした一件だ。償わせる責任もあるが、勿論、国王たる俺自身にも、被害者となったお前達に償う責がある」


 すでにひとつ。私は蹂躙派の地でヴァネルディオさん達に国王様の名を使って無理をして貰った。

 だから、今度は国王様に償いをお願いしよう。


「では、グランヴァリアの国王様にお願いいたします。この幼い子供達のこれからを、人間界での保護と守りを、どうか保証しては頂けませんでしょうか?」


「ふむ……」


 ヴァネルディオさん達が驚いたように息を呑み、宰相様が口を挟もうとする暇もなく、国王様が即答してくれた。


「良かろう。グランヴァリア国王、アレス・フェルヴディーグ・グランヴァリアの名において、我が国のグラン・シュヴァリエたる、レゼルクォーツ、フェガリオにその任を託そう。勿論、お前の保護と護衛も続行だ。……だが、この程度でいいのか? 他に望みがあれば、幾らでも言うがいい」


「十分です。ありがとうございます、国王様」


 私が心からの感謝を込めて微笑むと、国王様だけでなく、レゼルお兄様達まで目を丸くしてしまった。一国の王様に図々しい願いをしてしまった私に対する呆れか何かなのだろう。

 だけど、どうしても必要な事なのだ。私と、子供達の命を守る為には……。

 私と子供達が出会った時、幸運にもディル君達は自分達の力で生き延びる事が出来ていたけれど……。もしも、蹂躙派の誰かが子供達の家出を知って、付け狙っていたとしたら。

 本当に、今回は幸運を授かれて良かった。だけど、人間達の住まう世界で子供達が生きて行くには、保護と守りが絶対に必要な事となってくる。

 私も、この子達も、それなしには生きてはいけない身の上なのだから。


「それと、この子達が自分の足でしっかりと歩けるようになるまでには……、お願いしますね? ヴァネルディオさん」


「……はぁ、仕方ねぇな。息子に……、『親父が心から笑える世界を作る手伝いがしたい』とか、……そう、言われちまったんだ。何とかするしかねぇだろ」


「美しい女性よりも大切な、可愛い我が子の本音を知ってしまいましたからね」


「強い男になれと言っておきながら……、一番弱かったのは俺達なのだと、気付かされた。父親として、不甲斐ない」


 過去に起こった悲劇を繰り返さない為に、領土と家族や民を守る為に望まぬ道を歩いていた大人達。この三人が抱えている事情を知ってしまった私に、それを間違っている、なんて、言えなかった。大切な存在(もの)を守る為に心を偽ったり、無理をしてしまうのは誰にでもある事だから。

 だけど、ディル君達は知っていたのだろう。

父親の姿を見つめながら、彼らの心が苦しみを抱き、血の涙を流していた事を……。

 もしかしたら、あの家出の一件も……、子供達が言いたくても言えなかった想いが関係していたのかもしれない。

 私の腕の中からディル君がひょいっと飛び出し、ヴァネルディオさんの許に近寄って行く。

 他の二人も同じように。


「おれ、勉強する。人間の世界で頑張って学んで、いつか親父の力になれるように、凄い吸血鬼になるんだ!!」


「父上の言う事こそが世界の理なのだと、ずっと……、そう思ってきました。けれど、その道を歩いている父上のお顔に、わたしは幸せという感情をひとつも感じた事がありませんでした。だから、新しい道の先で父上の幸せを見つけられるように、わたしも努力をしようと思ったのです」


「リシュナとの出会いが……、おれ達の違和感を、進みたい道を、見つけてくれた。おれ、頑張る。本当の、強い男になれるよう、心も、強く、なる」


 その大きな手を取った子供達の笑顔に、大人達がうるりと涙腺を決壊させる光景が見える。

 今まで懸命に頑張っていた、壊れそうになっていた心が解き放たれるかのように、ようやく救いを得る事が出来たのだ。

 ソファーの後ろから両腕を私の前にまわしてきたレゼルお兄様に振り向き、私も笑う。


「お前がそうやって笑顔になれる結果になって、本当に良かった」


「レゼルお兄様や国王様達のお陰です。それと……、お仕事を増やす事になってしまって、ごめんなさい」


「構わないさ。俺の願いは、皆が笑顔でいられる場所を作る事だからな」


「ふふ、ありがとうございます。……あ、それと」


「ん? どうした?」


「数日前からフェガリオお兄様を見ていないんですが……、今どこに?」


「あ~……、そういや忘れてたな。宰相殿、何か知ってますか?」


 レゼルお兄様の両腕にしがみつきながら宰相様の方に目を向けると、何やら訳知り顔の宰相様が口を開く前に部屋の外からドドドドドド!! と、爆走音が。

 

「「ん?」」


「陛下ぁあああああっ!! ご注文の品、全て仕上がりました!!」


「ふぇ、フェガリオお兄様……?」


 王宮女官達が慌てず騒がずの素晴らしい動作で扉を開けた瞬間、凄い勢いで飛び込んできたのは、その手にどっさりと豪奢な衣服を抱えたフェガリオお兄様で……。

 国王様が満足そうに頷き、「ご苦労」と、労わりの言葉をかけた。


「フェガリオ……、お前、何やってたんだ?」


「俺からの依頼でな。数日前から 作成に入らせていた。――今夜の舞踏会にお前達を参加させる為にな」


「舞踏会、ですか?」


「この国では、陛下の発案でイベント事が多い。お前達の参加はあくまでついでの事だ」


 朗らかに笑いながら、私とディル君達をその舞踏会に参加させるのだと説明してくれた国王様の隣で、宰相様が書類の枚数を数えながら教えてくれた。

 国王様は楽しい事が大好きで、即位してからバンバン面白いイベントを増やしている、とも。


「本来であれば、レゼルクォーツにリシュナのエスコートを任せるところだが」


「はいっ!! はいは~い!! 兄として俺がっ、俺がっ!!」


「レイズフォード、頼むぞ」


「……御意。グラン・シュヴァリエの長として、この国の宰相として、レゼルクォーツの養い子を悪意の目から守り抜きましょう」


 宰相様が私のエスコートを? 

王宮の舞踏会に参加出来るという幸運にも驚いたけれど、まず、そこが疑問点だった。

レゼルお兄様じゃないの? フェガリオお兄様じゃないの?

茶目っ気のある国王様がその役を買って出る事があっても、宰相様に話がいく可能性なんて、一番低いんじゃ……。

 当然のように、レゼルお兄様が異議あり! と、騒ぎ始めてしまう。


「そんなぁああああああっ!! 陛下ぁああっ、リシュナの初舞踏会の初エスコートですよ!? 何で兄の俺じゃなくて、この鬼畜めが」


「レゼルクォーツ……、私がお前の養い子のエスコート役では不服か?」


「どの面下げて言っ、むぐぅうううううっ!!」


 宰相様が少し苛ついた気配と共にレゼルお兄様を睨むと、反論を封じる為にフェガリオお兄様が騒がしい口を塞ぎにかかった。

 小声で何やら押し問答をしているようだけど……。


「やめておけ!! 長い寿命が無駄になるぞ!!」


「むがぁあああっ!! ぷはぁっ、リシュナのエスコート役は、兄のこの俺がっ!! 俺がっ!! んぐぅううううううっ!!」


「とまぁ、レゼルクォーツとフェガリオも快く同意してくれているから安心するといい」


「でも……」


「レイズフォード、リシュナと子供達を連れて舞踏会におけるマナーやダンスの練習の相手をしてやるといい」


「御意。行くぞ」


 近寄ってきた宰相様が差し出した手と、まだ騒ぎまくっているお兄様達を見比べた私は、最後に頼もしい笑顔を浮かべている国王様に視線を移し、……大人しく従う事にした。

 何となく……、人間界に戻る前に、あまり表情を変えないこの冷静沈着な宰相様と、何か話をしておきたい気もしたから。


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