過保護吸血鬼の本音


「ふあぁぁ……。ん? な、何だ~……?」


「おはようございます。レゼルお兄様」


 小鳥達の囀る可愛い声を耳にしながら目覚めた、寝台の人。

 普通とは違う起床模様に、レゼルお兄様が目を瞬きながら首を傾げる。

 

「リシュ、ナぁ……? 何、やってんだ?」


「観察です」


「……はぁ? ふぁああ」


 毛布を被っているレゼルお兄様の、丁度腰のあたりに乗っかっている私。

 特に吃驚した様子は見せず、私の重さも大した事がないのだろう。

 レゼルお兄様はもぞもぞと寝台の中で動きを見せ、ゆっくりと起き上がった。

 寝乱れた姿も、掠れた低い音も、ぼんやりとしたその視線も……、相変わらず性質(たち)が悪い。

 無駄な色気放出は、周囲の迷惑に繋がるんですよ。まったく。

 

「ん~……。どうした? こんな、ふあぁぁ……、朝っぱらから」


「レゼルお兄様。一緒に朝食をいかがですか?」


「……一緒、に、朝、飯?」


「はい。二人で」


「……」


 私の頬をムニムニと触っていたレゼルお兄様が、ピタリと動きを止めた。

 まだ眠たそうにしているアメジストの瞳が段々と光を浮かべはじめ……。


「今何て言ったぁあああああああああああああ!?」


「朝食をいかがですか? 二人きりで。と、お誘いしました」


「あぁっ!! 昨日の夜に続いてっ、可愛い妹の奇跡のデレが!! あぁっ、幸せの再来が!!」


「……本当に、そう、思ってますか?」


 いつも通りの、美形なのに色々と残念なレゼルお兄様。

 だけど、この人にとってどれが本当の顔なのか……、私にはよくわからなくなってきた。

 怖い目と、命令するような口振りで私を脅したくせに。

 天獅竜の件が片付いたあの日の夜は、私の事を心配するあまりに激情を表したのだと思った。

 だけど、昨夜のあれは……。クロさんと会う事を許さないと私に命じたレゼルお兄様は……。

 私の事を、私の訴えていた事情を、まったく聞いてはくれなかった。

 自分の命令を聞くのが当然なのだと、昨夜のレゼルお兄様はそう思っていたに違いない。

 私の事を大切に想ってくれるレゼルお兄様と、正反対の顔。

 

「リシュナ?」


「本当の……、レゼルお兄様は、どっち、なんです、か?」


「どっち、って……。あぁっ! 昨夜の事か? あ~、あれは、ほらっ、お前が無防備に無茶な真似ばっかりするから、ちょぉ~っと説教も含めて、警戒心のある行動が出来るようにと」


「あれが、お説教ですか? 一方的にクロさんと会う事を駄目だと命令して、私の話をちゃんと聞いてくれなかったくせに……!!」


「それは、アイツが危険な奴だからだ。蹂躙派の、それも長の家に生まれた男だからな……。接触を許せば、いつかお前に害を成す。だから、怖がらせるのを覚悟で止めたんだ」


 私の信頼を取り戻したいのか、レゼルお兄様はとびっきりの優しい笑顔で私を見つめながら言い訳を口にするけれど……。私の心は違うと答えていた。

 昨夜のこの人は、私を守りたいからという思いからじゃなくて、きっと。


「私には……、そうは思えません」


「本当だ」


「違います。レゼルお兄様は……、自分の人形に手を出されたくなくて、所有欲のような感情から、私とクロさんが会う事を禁じたんです。自分が気に入らないからと、ただ、それだけの理由でっ」


「勝手に俺の心を決めるな」


「――っ」


 まただ。私が見せた反抗心に、レゼルお兄様が低めた声で威圧感を伝えてくる。

 だけど、ここで引き下がる気はない。

 これからの生活を、レゼルお兄様と一緒に歩んでいく道を、気まずいものなんかにしたくないから。

 

「レゼルお兄様。私は、貴方のお人形じゃありません」


「俺はお前をそんな風に思った事はない。一度もな」


「じゃあ、昨日のあれは何ですか? 私が貴方の言う事を聞くのが当たり前だと、そう思っている発言でした!」


「違うと言ってるだろう!!」


「うっ」


 ほら、また……。そうやって男性の怖い部分を使って怒れば、私が言う事を聞くと思って……っ。

 怖がらない、負けない、体当たりでぶつかるんだと決めてやって来たのに。

 

「うぅっ……、うっ、うぅっ」


 こんなレゼルお兄様は嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い!!

 私の知らない顔を見せるこの人の事なんて――!!


「もう、……やめ、ますっ。レゼルお兄様の妹なんて……、もうっ、嫌!! 貴方なんか赤の他人です!!」」


「――っ!!」


「はぁ、はぁ……。れ、レゼル、お兄、様っ」


 衝動で放ってしまった爆弾発言。

 わだかまりのあるまま兄妹関係を続けていく事は難しいと思ったけれど、別に本気だったわけじゃ……。

 罪悪感と後悔はすぐに訪れた。レゼルお兄様の辛そうな顔を直視してしまった事で。

 

「あ、あの……っ」


 一筋の涙が、レゼルお兄様のアメジストから頬へと伝っていく。

 き、傷付けてしまった。でも、私は自分の思っている事をハッキリと伝えたのだから、謝るのは違う気もするし……。この状況を、どうすれば。内心で激しく狼狽えながら困っていると、レゼルお兄様は徐々に表情を変えていった。何というか、……簡単に言うと、自分は悪くないと拗ねた男の子の表情に似ているような気も。

 確か、村にもいた。こういう感じの表情になって、『リシュナの馬鹿野郎ぉおおお!』と、意味のわからない怒りを見せた男の子が。

 結局、その子はどこかに移り住む事になって、理由は聞けずじまいだった。


「……レゼルお兄様に、怒る権利はありません」


 折れる気にはなれなくて、私はプイッと横を向いて冷たい言葉を口にしてしまう。

 レゼルお兄様が自分の非を認めて謝るまで、絶対に許さない。

 反省させる為にも、国王様が言ってくれた提案に甘えて、家出をする気だってあるのだ。

 恐怖で人を支配しようとするレゼルお兄様なんて、土下座して謝って謝りまくるまで、絶対に、絶対に。

 暫く怒った顔での睨み合いが続き、レゼルお兄様が何かを言おうとしたその時。


「要は、兄心の切なさというやつだろう?」


「「!?!?」」


 呆れ気味に発された言葉に、私とレゼルお兄様が同時にそちらへと振り向くと……。

 寝台の端で頬杖を着きながら、ふあぁぁと欠伸を漏らした美丈夫が一名。

 私達にニコリと笑みを見せ、グランヴァリアの国王様が立ち上がる。


「国王、様……?」


「へ、陛下っ……」


「リシュナよ。レゼルにも説教をせねばならんところはあるが、その心も察してやれ」


「レゼルお兄様の、心、ですか……?」


「可愛い妹を、グラディヴァースにとられたくないという兄心だ。言い換えれば、嫉妬心だな」


「陛下ぁああああっ!! ちょっ!! 余計な事をっ!!」


 大慌てで国王様の発言を止めに飛び出したレゼルお兄様だったけど、勿論、ひょいひょいと躱されてしまう。

 兄心……、嫉妬、心? 首を傾げる私に、国王様が微笑ましそうに頷く。


「兄妹間によくある事だ。妹を大切に想うあまり、近づく虫には警戒心が高まってしまう。いつまでも自分だけを慕ってほしいという、過保護極まりない兄がよく起こす行動のひとつというやつだ」


 だから、決して人形のように思っているわけでも、自分の言う事は絶対だと思っているわけではなく、単なる子供じみた嫉妬心からの行動だった、と。そう、国王様は私に説明してくれた。

 

「余程気に入っているのだろうな? お前が今までに育ててきた養い子の中に、そこまで執着していた者はいなかったはずだが。なぁ、レゼルクォーツ」


「ぐっ……。リシュナは……、その、境遇が、特殊、でしたから」


「そうか? まぁいいだろう。リシュナよ、そういうわけだから、そろそろ兄を許してやれ。自分の事を好きすぎて狭量になっているだけだと思えば、少しは同情してやる気になれるだろう?」


「レゼルお兄様……。そうなんですか?」


「……」


 国王様の身体にしがみつきながら喚いていたレゼルお兄様が、真っ赤な顔で視線を逸らす。

 ……図星、みたいだ。妹を取られたくない兄心。そういう風には、考えていなかった。


「クロさんに、私を取られたくないって、思ったんですか?」


「……お前は、俺の大事な、妹、だからな。あんな奴に……、奪われて堪るか」


 愛情表現がストレートなくせに、そういう面を語るのは恥ずかしいのか。

 悔しそうに本音を吐き出したレゼルお兄様の姿に、心の中でふわんとあたたかなものが生まれた。

 大切にされている事を、愛されている事を、改めて直(じか)に感じられるようになったというか……。

 レゼルお兄様の視線や感情に喜びを覚えているのに、胸がきゅぅっとなって、ドキドキと。


「――あっ」


 自分の中から抑えきれない何かが溢れ出すかのように、姿が大人の女性へと変わっていく。


「ほぉ……」


「うっ……」


 国王様がニヤリと意味深な笑みを浮かべ、レゼルお兄様の方は……。

 あ、視線が出会った瞬間、国王様の後ろに隠れた。何故?

 この姿の私を見たくないのか、……どちらかというと、嫌がっているような印象がある。

 どちらの姿になっても、私は私。レゼルお兄様の妹なのに……。何だか、寂しく感じられる。


「レゼルお兄様」


「~~っ!! み、身支度を整えてくる!! り、リシュナっ、後でお前の部屋に行くからっ、朝食は、そこでっ!!」


「え? あ、あの」


「それじゃあな!! 陛下っ、失礼します!!」


 ……嵐の如き勢いで別室へと飛び込んでしまったレゼルお兄様。

 

「あの……、私のこの姿って、そんなに嫌がられるようなものなんでしょうか?」


「いや。絶世の美女だと思うぞ。あまりに美しすぎて、求婚者を追い返すのに苦労するレゼルクォーツの未来が見えるほどにな」


「冗談を聞きたいんじゃありません」


「ははっ。冗談など一切なかったんだがな? だが、そうだな……。お前の問いに答えてやってもいいが、もう少し様子を見てみろ、と、そう言っておこう。それと、その姿は嫌われていない。悪い方には考えない事だ」


「はぁ……。わかり、ました」


 国王様には何もかもが見通されている気がするけれど、この姿を嫌われていないのなら……。

 もう少し様子を見てみよう。もしかしたら、子供の姿に慣れていた事による戸惑いからきているのかもしれないし。私は国王様に手を差し出され、そのぬくもりに助けられながら寝台を下り、自分の部屋へと戻った。

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