仇の処遇について話し合いました

「というわけで……、リシュナが晴れて俺達の妹となったわけだが……」


「問題は……、『こいつら』だな」


 吸血鬼一家の妹になる事を受け入れて数日後、私は王都にある『我が家』に戻っていた。

 新しい家族達との、新しい日々。不安や戸惑いが消えたわけではないけれど、私は確かに自分の意思で彼らの手を取った。それに後悔はない。……の、だけど。

 私のお兄様となってくれたレゼルお兄様に呼ばれて一階に行った朝の事……。

 五歳児程の男の子が三人、縄でぐるぐるに縛られて床に転がされている姿を目にする事になってしまった。……誰?

 子供姿のレインクシェルさんが大鎌を三人の子供の目の前にぴたりと当てながらにっこりと微笑んでいる姿の、何とシュールな事か……。

 子供達の頭にはそれぞれに大きなタンコブがぷっくりと膨らんでおり、そのすぐ傍には、右拳からぷしゅぅ……と、何をやったか丸わかりの煙が立ち昇っているフェガリオさんの姿が。

 

「この子達……、何をしたんですか?」


「あぁっ、麗しのレディ! またお会い出来ましたねっ、光栄です!」


「アホかあ!! このガキは、おれ達に死ねとか迫りやがった危険人物だろうが!!」


「最悪、だ……」


 私の耳を壊す気ですかと諌めたくなる大声の強気そうな子供と、縄で縛られているのに、背後に大量の薔薇が見えそうなナルシスト臭のする子供、それと、項垂れて暗く絶望している大きめの身体をつきをした子供……。なんだか、どこかでこの組み合わせを見た事があるような気がする。

 首を傾げ、暫し思案に沈んでみる。……。


「グランヴァリアに連行されてなかったんですね。仇の皆さん」


 まだ、私の手が届く所にいてくれて良かったというべきか……。

 姿はすっかり小さな子供になってしまっているけれど、その口調や姿は、大人の時の特徴とあてはまっている。


「それがですね~、一応、自分達の何が悪かったのかを、僕達が懇切丁寧に教えてあげて、一応反省はしたんですよ~。ですけどね~、この子達はこの通り、正真正銘の子供でして~、死ぬのが怖いと連日泣きまくりなんですよ~」


「ま、そりゃそうだろうな。死ねと言われて死ねるのは……、覚悟を胸に抱く奴だけの事だろうさ」


 床に転がって騒いでいる三人組の子供は、間違いなく、村の皆を吸血し、傀儡とした吸血鬼達だった。元々は、こちらの小さな姿が本来のもので、グランヴァリアではまだ成人前どころか、子供も子供。ある貴族のボンボンらしく、自分達を子供扱いする大人達を見返す為に人間界へとやって来たらしい。けれど、口で言ったほど何が出来るでもなく、彼らは何度も生きた人間の血を吸う事に失敗し、仕方なく……、死体からの吸血行為を行っていたらしい。

 私が洞窟で見た死体の類も、山の中で賊に襲われて息絶えた人々を洞窟内に運んで、以下略。

 それを聞いた私は、不快に眉を顰めた。


「判決、……有罪です」


「な、何でだよお!! お、おれ達っ、は、反省した!! 悪い事したって、反省したぞ!! 少しは情けをかけてくれてもいいだろおお!!」


「レディ……、どうかお慈悲を!」


「死ぬ以外の罰、なら……、何でもやる。だから、許して、ほしい」


 子供の悪戯で両親と村の人達を炎で焼かれたのだ。そう簡単に許せるわけがない。

 この三人の吸血鬼は、人間界を彷徨う途中で、隣国の襲撃に遭った私の村に辿り着いた。

 そして、目の前には血だらけの人々が……、彼らの目には『餌』として映り込んだ。

 満足に死体の類を手に入れる事も少なかった彼らは、村の人達の遺体から吸血し、お腹がいっぱいになった後に思い付いたのそうだ。遺体を玩具にして、訪れる生者達を驚かしてやろう、と。

 子供の無邪気な悪戯……。――に、思えるわけがない。

 三人の前に座り込んだ私は、武器を持たない両手を強く握り締め、三人を叩き始めた。


「反省しても……、皆の苦しみは消えません。弔われる事もなく、遺体さえも炎に焼かれてしまった皆の事を思うと……、私は、私は」


「「「……」」」


 出来るなら、この手でその命を奪ってやりたい。

 皆が苦しんだ半分も、きっと三人は感じる事はないだろうけれど、償ってもらいたい。

 自分達がした事が、どれほどに恐ろしい事で、命の尊厳を踏み躙る最低最悪の行為だったかを。

 だけど、私には命を奪う事が出来ない。傷付ける事は出来ても、奪う事が、出来ない。

 三人を叩きながら涙を止め処なく零し続ける私を見兼ねたのか、レゼルお兄様がやんわりと三人から引き剥がした。


「リシュナ……」


「償わせたい、です……。このまま、何の罰も与えずに、この人達を野放しにする事は、出来ませんっ」


「そうだな。お前にとってこいつらは、第二の仇だ。子供だからといって、罰しないというわけにはいかない」


 だけど、振り返った先で身を寄せ合っている、自分よりも幼い三人の吸血鬼達を見ていると、このまま自害を押し付ける事が本当に正しいのかと、心が余計な迷いを抱き始める。

 たとえどんな年齢であろうと、やった罪の重さが変わる事はない……。

 それに、必死になって謝ってくるのだって、死にたくないからに他ならない。

 レインクシェルさんが言い含めたとはいっても……、本当の意味で自分達のやった事を、悪い事だと、きちんと理解し尽くしたわけじゃない。謝罪よりも、生き残りたいという感情の気配が、三人の瞳に強く表れているのだから……。そう、同情を抱く余地は、ない。

 

「おれ達……、死んだ奴は物でしかないって教わってきたんだ。だから、物はどう扱っても、物でしかねーって……」


「わたしの場合は、女性以外は存在価値なし、だと、父上が仰っていましたねぇ」


「ウチは……、生きる為に、手段は選ぶな、と」


「遺体は、物じゃありません……。たとえ命が亡くなっても、大切な、その人の一部、なんです」


 何だそれは……。子が子なら、親も親だ。

 幼い頃からそんな理不尽で身勝手な理屈を叩きこまれては……、道を踏み外して当然だ。

 それに、彼らはそれを絶対的な事だと、親がそう言っているのだからと、素直に聞き過ぎている。

 与えられた情報や教えを、自分の中で本当に正しい事なのかどうかを、深く考える思考が、圧倒的に、足りていない。


「困った事に、この子達の親はグランヴァリアでも、悪い意味で有名な変人貴族らしいんですよね~……。ほら、レゼルも知ってるでしょ~? よく王宮に押しかけてくる……」


「げっ!! ま、まさか……、『あっち側』の子供なのか? こいつらは……」


 半眼になってレゼルお兄様がそう尋ねると、レインクシェルさんも一瞬だけ遠い目をして、こう答えた。


「はい~……、正解ですよ~……。ちなみに~、自分の子供達が家出してるのに、捜索願いのひとつも出されてませんでした~。ははっ、最低最悪の親御さん達ですね~」


 放置どころの騒ぎじゃない……。グランヴァリアではそれが普通なのかと聞いてみれば、フェガリオお兄様が眉間の皺を深くして、「そんな訳がないだろう……」と、重低音の答えをひとつ。

 グランヴァリアにもきちんとした教育方針というのがあって、この三人の親のような狂った教えを説くのは、ごく一部の事だ、と、心底呆れと侮蔑の音が続けて紡がれる。

 

「すみません……。その親御さん達の胸ぐらを掴んでぶん回したい気に駆られているのですが……」


「こら、リシュナ。そんな物騒で乱暴な言葉を使っちゃ駄目だろう? せめて、磔獄門の上、打ち首ぐらいにしておけ」


「そうですね……。親子揃って、磔獄門、です」


「いやいやいやいや!! お前ら揃っておかしいだろぉお!! ぶん回される方が楽だろうが!!」


 ところで、磔はわかるのだけど、獄門とはなんだろうか。

 首を傾げる私に、まだわからなくてもいいのだと、レゼルお兄様はぽふんと私の頭に手を乗せて誤魔化した。まぁ、磔と打ち首の方が苦痛度大だという事はわかっているので、まぁ、いいか。

 けれど困った……。自害が嫌だと駄々を捏ねる三人をじっと見つめ、一体どうしたものかと悩む。

 

「……わかりました」


「「「え?」」」


「自害は、とりあえずなしにします」


「「「とりあえずって何!?」」」


 ただ死んで貰うだけでは、あまり意味もない気がし始めた私は、別の罰を思い付いた。

 正直言って、軽すぎるとは思う。だけど、世の中には、生き地獄という言葉もある。

 昔、お父さんが若い頃に、遥か東の大陸にある国で覚えたという言葉だ。

 死んで楽になるよりも、生きて罪を償い続ける方が辛い事もある、と。

 私は三人の傍にまた座り込み、真顔で罰の内容を告げた。


「今日から、この瞬間から……、貴方達は、私の下僕です。絶対服従です」


「「「え?」」」


「今までに吸血した皆さんへの罪の償いとして、まずは私の村に行って、全員分のお墓を作っていただきます……。心を込めて作ってください」


 遺体はもうない。だけど、一人一人の名前を木に彫って、お墓を作る事は出来る。

 勿論、私も一緒にお墓を作るつもりではあるけれど、村人の事を話して聞かせながら、自分達が弄んだ人々が、確かにその地に生きていた事を知ってほしい。

 当然、洞窟内に運び込んだ遺体の人達を弔う事もやってもらう。

 

「心を込めて謝ってください……。そうすれば、暫くの間は、生かしておいてあげてもいいです」


「おやおや、お優しい事ですね~。途中で逃げちゃったらどうするんですか~?」


 大鎌を気まぐれに三人の首に近づけたり放したりを繰り返しているレインクシェルさんが、僅かに滲み出た本性と共に尋ねてくる。私はそれに頷き、絶対に私から逃亡を図れないように、何か強制力の働く術か何かをかけてほしいとレゼルお兄様達に頼んでみた。


「うーん、そういう道具がない事はない、が……。本当にそれでいいのか?」


 本当は、殺してやりたいぐらいに憎いんだろう? 顔を覗き込んでくるレゼルお兄様は、私の事を心から心配してくれている。だけど、この子達が自害出来ないと、死ぬのが怖いと叫ぶのなら、それ以外で償わせる他ない。というよりも、親御さんの話を聞いて、確信した。

 この三人を自害させないまま、祖国であるグランヴァリアに連行させてしまったら、またその親元に戻る事になってしまうだろう。という事は、さらに凶悪な間違った考え方をする大人への道を歩ませ、被害者を増やす事になってしまう。それならば、私に出来る事はひとつだ。


「私が、この三人を教育し直します……。真っ当な吸血鬼に育てて、自分達が何をしたのか、本当の意味で罪悪感を抱き、苦しみながら生きるように」


「え~と、それはつまり~……、このお子様達の親御さんから引き離して、更生させる、と~?」


「はい……。文句は言わせません。生きて、苦しんで、自分のやった事の報いを、受けて貰います」


 三人のお子様吸血鬼は「うげっ」と嫌そうな顔をしたけれど、それは無視しておく。

 これでも、かなりの譲歩をしているのだ。両親や村の人達の無念を思えば、今すぐにその命を以て償ってほしいところなのだから。

 それでも、一瞬で終わる苦痛よりも……、永い時を生きる吸血鬼の生を償いに使ってもらい、常識的な事を覚えて貰った後で、辛い罪悪感と共に生きる事になった方が、復讐には相応しいかもしれない……。


「よかったですね~。死ぬよりはマシでしょう~」


「ま、待ちやがれぇえええ!! おれ達はまだ従うなんて言って……、な、いっ」


 抗議の声を強気そうな吸血鬼があげようとした瞬間、レゼルお兄様とフェガリオお兄様がその手でガッと子供達の頭を掴み、ギリギリと締め上げ始めた。


「異論は、ない、よなぁ?」


「親許に戻すよりはマシな人生が送れるはずだ。……喜べ」


「「「ひいいいいいいい!」」」

 

 逆らえば死あるのみ……。言葉にはしないものの、二人のお兄様の不穏な笑みにはそんな気配がありありと浮かんでいる。正直言って、私も怖い。

 三人は目の当たりにしている恐ろしさを前に、高速で首を縦に振っている。

 悪い事をした人には、相応の罰を。それに、私はこの三人を許すのではなく、これからの人生を私や他の人達の為に使わせて、償わせ続けるのだ。

 それは、きっと死ぬより辛い事だろう。自由を許されず、罪の意識に苛まれていく人生。

 そんな恐ろしい罰を与える私は、きっと三人の目から見れば、悪魔に違いない。

 だけど、悪魔になったとしても、これが、今私に出来る……、精一杯の復讐なのだ。

 生かして殺し続ける罰……。自害は一瞬で終わってしまうけれど、これは違う。


「しっかり教育してあげます。覚悟してください」


「ほ、本気なのかよぉお!!」


「あぁ、麗しのレディ……。わたしの生を戒める辛辣な薔薇……。目が本気ですね。ですが、女性に人生を染められるというのもまた、甘美な毒が……。あぁ、何だかゾクゾクしてきました」


「国を出るんじゃなかった……、はぁ」


 反応は三者三様。だけど、私は手加減をする気はない。

 もう二度と間違いを犯さないように、この手で、全力で教育を施さなくては。

 項垂れる三人を一旦レインクシェルさんに引き渡した私は、朝食が出来るまでは部屋で休んでいるようにと促され、その場を後にする事になったのだった。

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