子供達と思いを馳せる墓標

「村人の墓を、ですか……?」


「はい。一人一人の名前を記したお墓を、建てたいんです」


 お子様吸血鬼三人の処遇を決めた翌日、私はレゼルお兄様達と一緒に、再び故郷の村を訪れていた。襲撃された国境と村を含めた周辺には、前回来た時よりも兵士の数が増えており、調査と事後処理を担当している騎士団のマーゼスさんもまた、村に留まり続けていたようで、私達にとっては丁度良かったと言ってもいいだろう。

 再び現れた私の姿を見たマーゼスさんは、あの時天幕を飛び出して行った私の事を心配していてくれたらしく、再会の瞬間に骨が折れるかと思うぐらいに熱い抱擁を受けてしまった。

 レゼルお兄様とフェガリオお兄様が助けてくれなければ、きっとどこかの骨がばきっと逝っていたに違いない。人情味溢れる騎士様だとは思うけれど……、もう少し、手加減をお願いしたい。


「遺体は炎に巻かれてしまいましたが、すでに到着した神官による一応の弔いは済ませてあります。ですが……、そうですね。生き残ったお嬢さんの手でお一人お一人の墓を建てて差し上げれば、亡くなられた方々の魂も慰められる事でしょう」


「ありがとうございます……。作業は私達の方で勝手にやるので、終わるまでは放っておいてください」


「わかりました。……それと、お嬢さんのご家族と村の皆さんを救えなかった事、改めてお詫びいたします。どうか彼らの魂に、真なる安らぎの時を……」


「いえ、そのお気持ちだけで十分です。レゼルお兄様、フェガリオお兄様、行きましょう」


 私に対して深く頭を垂れてくれた大きな体躯のマーゼスさんに、同じように頭を小さく下げて、私はお兄様達と一緒に天幕を出た。

 外には肌寒い風が襲撃の痕の余韻を感じさせるかのように、小さな棘になって私の心を掠りながら撫でていく。弔える遺体はない……。だけど、魂だけは何があろうと消えはしない。

 薄暗い午後の曇り空の下、私は外で待っていたお子様吸血鬼三人と、レインクシェルさんと合流し、お墓を立てる為の場所として確保した、村の奥へと向かい始めた。


「なぁ~、本当にやるのか? おれ達が吸血した死体の数、すっげぇ多かったぞ? それをひとつひとつって……」


「何か文句でも?」


「うっ……、あ、アリマセン」


 最初の償いとして、村の人達に二度目の死と苦痛を与えた三人のお子様吸血鬼の一人、強気な態度の口だけ偉そうな物言いばかりをする男の子、『ディーシュヴェルト』に絶対零度の音を向けてやると、その小さな身体がぷるぷると震えて固まってしまった。

 そういう愚痴めいた物言いをする事自体、反省していない証拠だ。

 他の二人のお子様は特に何も言わずに素直に付いて来ているけれど、ディーシュヴェルトの方は自分のおかれている立場から逃げ出したいのか、反抗的な態度が多い。

 というか、ディーシュヴェルト……って、何だか名前が長すぎる気がする。


「な、何だよっ」


「決めました。貴方の事は、ディル君と呼ぶ事にします」


「なんかすげー略された!? この野郎!! おれの名前はディーシュヴェルトだぞ!! 親父がつけてくれた古の偉大なご先祖の名前なんだぞ~!!」


「長すぎます。ディル君と呼んだ方が時間を節約出来るじゃないですか。それでも不満だというのなら、下僕そのいちと呼ぶ事にします。有難く思ってくださいね、下僕そのいちさん」


「だから、下僕じゃなあああああああい!!」


 無駄に元気の良すぎる吸血鬼だ。

 むしろその血が有り余っているようにしか見えないし、誰かの死体から血を貰う必要なんて……。

 そこまで考えて、ふと疑問が浮かんだ。レゼルお兄様とフェガリオお兄様は私の前で血を飲むような場面を見せた事がない。という事は、見ていない所で生きた人間から……?

 まぁ、二人は顔も良いし、女性に口説き寄れば、難なく血を提供して貰えそうな気も……。

 私はレゼルお兄様とフェガリオお兄様の顔を見上げ、小さく首を傾げた。

口説き寄る、という事は……、女性とあんな事やそんな事を、このお兄様がやっているという事だ。つまり……。

 

「ん? リシュナ、どうした?」


「レゼルお兄様……、それと、フェガリオお兄様、吸血行為は自宅以外でお願いします」


「「は?」」


「妹にはなりましたけど、お兄様達の行動に文句を言うつもりはありません。けど、……家の中に女性を連れ込まれるのはちょっと」


「「急に変な誤解をするな!!」」


 私からのお願いを聞いて顔を見合わせたレゼルお兄様とフェガリオお兄様が、その意味を瞬時に理解し、全力で否定に入った。

 だって、お父さんの話してくれた吸血鬼のお話は、男性なら女性、女性なら男性の血を好むというものだった。だから、血を貰うにはただお願いするんじゃなくて、色々と男女のあれそれがあるのだと、お父さんが……。そのあれそれが何なのかは、当時幼かった私にはまだ理解出来なかったけれど、そういう事を子供に教えては駄目だと、お母さんがお父さんの顔の横に包丁を投げつけて怒っていた事を思い出す。確かに、具体的にあれを子供に教えては駄目だと、十四歳になった私にもよくわかる。

 だけど、レゼルお兄様とフェガリオお兄様は両サイドから私の肩を掴んで、非常に焦った表情で言い含めにかかってきた。


「いいか、リシュナ? そこにいるお子様三人衆みたく、子供の吸血鬼特有のがっつき感は、俺達にはない!!」


「でも、吸血鬼は、血を吸うから、吸血鬼なんですよね?」


「種族的には確かにそうだが……、血を吸わなければ死ぬというわけでもない……。人間と同じように、普通の食事からも栄養は摂取出来るからな……」


「そうだ!! 俺もフェガリオも、必要がない限りはそんな事はしない!!」


 自分達が見境なく女性を口説き落として血を啜る吸血鬼ではない事を訴えてくる二人の迫力は、思わず私が息を呑んでしまうくらいに鬼気迫る勢いだった。

 別にそこまで必死にならなくても……。自宅以外、私の目に見えない場所で、何をしようとお兄様達の勝手だというのに。確か、レゼルクォーツさんの話では、人間界での吸血行為は、必ず相手の同意を得る事、だったはず。無理強いして吸った場合は、掟に反するのだとか……。

 だから、大抵の場合は、自分達の美貌や女性に対する口説きテクで虜にしてから落としにかかるそうで、死人を出さず、一定量までの血しか吸ってはならない。

 それを厳守していれば、グランヴァリアへの強制送還も、人間界で目を光らせているレゼルお兄様達に狩られる事もないのだと。

 

「別に、人様の迷惑にならない範囲でなら、何をしていようと構いませんよ」


「リシュナ……。じゃあ、その拗ねたような目は何だ?」


「さぁ……」


 正面から顔を至近距離に近づけられ、私はレゼルお兄様のアメジストの双眸に咎められる。

 拗ねてなどいない。自分の新しい家族が、夜の町を渡り歩き、魅惑的な女性達に色香を放ちながら言葉巧みに頑張る姿をちょっとだけ想像して、胸の奥で小さな苛立ちが沸いた事など、きっと気のせいだ。だから、私は全然拗ねてなどいない。物わかりの良い妹だ。安心してほしい。


「まぁ、仕方ありませんよね~。年頃のお嬢さんですし、そういう事には敏感なんでしょ~。レゼル、フェガリオ、信頼を失わないように気をつけるんですよ~」


「クシェル……、お前が一番の要注意人物だ。女好きと欲の権化め」


「ええ~? 女の子が大好きで何が悪いんですか~? 僕はちゃ~んと、同意の上でお互いに気持ち良く」


「消えろ……」


 と、レインクシェルさんが普段の暢気テイストで喋っていると、フェガリオお兄様がその口をむぎゅっと片手で鷲掴み、問答無用で薄雲の積み重なる空の彼方へと吹っ飛ばしてしまった……。

 片手で……、凄い腕力だ。気にする点が違うかもしれないけれど、私はまずそこに驚いた。

 三人のお子様達が「「「ひぃいいいい!!」」」と、恐怖に慄く声がしたけれど、レゼルお兄様は私の方を向いたまま。


「いいか? リシュナ……。お前のお兄様達は、約一名を除いて、ここが重要だ。約、一名を除いて、無闇に人の血を吸ったりはしない。勿論、女を家に連れ込む事も、外でいかがわしい事をする事もない。絶対にだ。わかったか?」


「別に、私は……」


「い・い・な?」


「……はい」


 だから、別に言い訳などしなくても、私は物分りが良い妹を自負しているのだから、そんな風に必死な体(てい)で言い含めて来なくてもいいのに……。

 レゼルお兄様とフェガリオお兄様が外でどんな女性関係を築いていようと、別に悲しくなどない。

 衣食住を保障され、守ってくれると言ってくれたお兄様達の優しさに感謝こそすれ、他で何をしていたとしても、咎める気は一切ない。

 だけど、私がちゃんと理解し、誤解を捨てたかどうかをまだ疑いながら弁明を続けてくるレゼルお兄様と、ちらりと気にしている様子でこちらを見下ろしているフェガリオお兄様を見ていたら……、なんだか、ちょっとだけ心の奥に安堵の気配が生まれた。

 私を家族として、大切な妹として扱ってくれている事が、真摯に伝わってくるからだろうか?

 

「はぁ……、せっかく得られた妹からの信頼が木端微塵になるかと思った……」


「別に、そのくらいで軽蔑したりはしませんが?」


「いや、お前の場合、自分じゃわかってないだろうが、無意識に気にしてる事が顔に表れるようだからな……。ある意味何考えてるかわかって、助かる」


 自分の変化を把握出来ず、私は疑問を込めて首を傾げてしまう。

 私と手を繋ぎ、もう片方の指先で胸元を寛げながら歩き始めたレゼルお兄様の顔には、私がまだ疑っているのだろうという心配の気配がしっかりと疲労の色と共に表れている。

 

「レゼルお兄様」


「何だ」


「一応信じる事にしましたから、元気を出してください」


「なぁ、フェガリオ……、リシュナのこれ、天然だよな? 全然慰めになってない」


 歩きながら背後を振り返ったレゼルお兄様の今にも泣きそうな視線を受けて、三人の子供達を引率していたフェガリオさんが同意の声を寄越した。……とても、疲れたような音で。

 ディル君を含めたお子様達も、うんうんと頷いているのだけど、皆さん失礼すぎです。

 私は天然ではないし、お兄様達が女性に対して不埒な事をしている事実はないと、一応信じる旨を告げただけなのに、それだけで天然っ子扱いとは。


「私は……、立派な、十四歳です。天然ではありません」


「じゃあ、最愛のお兄様に対しての失言を取り消してくれ……。俺達は他者への吸血行為も、女遊びもしない。清廉潔白で善良な吸血鬼なんだぞ」


「家族になる事は受け入れましたが、最愛にした覚えはないですね……。それに、ちゃんとさっきの話を信じると言ったじゃないですか」


「一応は信じた事にならないだろう……。はぁ、まぁいい。これからの生活で、俺達がどれだけ誠実で真面目な兄かを見せてやるからな」


 溜息と共に村の奥に続く道を進んでいくと、開けた草地が見えた。

 私の家があった場所に生えているのは違う、それよりも大きな大きな樹が真ん中に立つ場所。

 戦火の際に起こった被害を免れたらしき大樹は、冷たい風に揺られながら私達を出迎えた。

 村の人達にご神木だと大切にされていた大きな樹……。

 この樹にもし心があったなら、残酷な戦火の様子を見つめながら、さぞその心を痛めた事だろう。

 自分が見守ってきた命達が、ただ、穏やかにこの辺境の村で家族と身を寄せ合い小さな幸せと共に生きていた人々が、無残にもその身を凶刃に引き裂かれ、炎に嬲られながら消えていったその姿に涙を零しながら……。


「とりあえず、まずは墓作りからだな。一応周りに結界を張って……、フェガリオ、材料の準備は出来てるよな?」


「あぁ……。すぐに出す」


 お墓を建てる区域の周囲を、まずレゼルお兄様が魔力の恩恵によって結界を張り、遠く離れた王都にある自宅に用意しておいた木材や必要な道具などを、同じように術を使ってこの場所に取り寄せていく。三人の子供達は、キョロキョロと辺りを見回した後、これからの作業を思っての憂鬱そうな溜息を零している。まぁ、子供には重労働かもしれないけれど、最初の償いの第一歩がこれでは、私の方がやれやれと呆れたくなってしまうというものだ。

 けれど、絶対に逃がしはしない。ただお墓を作るのではなく、自分達が弄んだ人々の記憶を、確かにこの地で家族と共に生きていた事実を、それを彼らに伝えながら、本当の意味でやった事の醜悪さと罪を理解して貰わなくては……。


「この村では、沢山の人々が身を寄せ合って日々の暮らしを営んでいました……」


「「「……」」」


 お墓を作る木材を受け取り、私はそれを三人の前に突き出す。

 それを戸惑いながら受け取る三人を見下ろしながら、私の中に在る村の人達との大切な記憶を静かに語りながら、まず、一人目の名を告げ、木材の表面にそれを掘らせ始めた。

 貴族の息子として育ったからか、三人は上手く彫道具を扱えず、たどたどしくあぶなかっしい手つきで名前を刻んでいく。


「シャルネさんは、村の道具屋の看板娘さんでした……。いつも明るくて、誰かの心にお日様のような明るさを届けてくれる、そんな、心優しいお姉さん……。彼女は、もうすぐ……、隣村のお兄さんの、お嫁さんになるはずだったんです……。自分のお母さんと一緒に、花嫁衣装を着る時の為に、可愛らしい手作りの髪飾りを作りながら、幸せそうに笑っていました……」


 遊びに家を訪ねた私にも、よく頭を撫でて笑いかけてくれる優しい女性だった。

 隣国からの襲撃がなければ、お姉さんは今頃……、大好きな人の花嫁となる日を夢見ながら、幸せを待ち望む日々を送っていたはずなのに。

 

「村が襲撃された際、お姉さんは……、隣国の兵士の剣に斬られ、亡くなりました」


 あの時、私は村の外れでお母さんに贈る花冠を作っていた。

 だけど、突然上がった沢山の悲鳴に驚き、村の通りに駆け付けた私の目に映ったのは……、放たれた炎が家屋を呑み込み、隣国の兵士達の手によって次々と斬り殺されていく村人達の姿だった。

 物陰に隠れ、その様子を恐怖と共に見ていた私は、道具屋のお姉さんが私のいる方へ逃げようと走ってくる姿を見つけ、彼女の名を呼ぼうとした……、その瞬間。

 視界一面を埋め尽くした鮮血と、人を殺す事を愉しんでいるかのような……、兵士の姿で。

 お姉さんは正面から斬り殺され、その場に倒れこんだ……。

 傍に駆け寄る事も出来ず、兵士が別の場所に行くのを待ちながら、動けずにいた自分……。

 兵士たちが他の村人達の血を求め、別の場所に去って行くのを見届けた後、血だまりに身を委ねるしかなかったお姉さんの傍に、私は涙を零しながら駆け寄った。

 震えながら何かを探そうとしていた指先……、焦点の合わないお姉さんの目。

 地面に転がって血塗れになっていた、手作りの髪飾り……。


「お姉さんは、大好きな人のお嫁さんになれる日を、とても……、心待ちにしていたんです」


 さぞ無念だった事だろう……。訳もわからず蹂躙された村の中、何の罪も犯していない自分が斬り殺される日が来るなんて、想像もしていなかったに違いない。

 それは私も同じで……、兵士に見つからないように自分の家を目指して走り続けた私は、その最中に沢山の人の死をこの目にした。

 気の良い村のお兄さん達や、少し怒りっぽいけど根は優しいおじさん、仲良くしていた気の強い女友達、子供達を村の広場に集めて昔語りをしてくれたおばあさん……、皆、皆……、確かにこの村で生きていた。殺される理由も、殺されていい理由もない、私の家族達。


「一人一人が抱く幸せは小さなものだったかもしれません。だけど……、それを大切に、自分の中で愛おしみながら、日々を一生懸命に生きていたんです」


「リシュナ……」


 私の肩に手を置き、膝を着いた自分の胸に顔を抱き寄せてくれたレゼルお兄様が、心の支えとなるように私の名を呼んだ。思い出すだけでも苦しい……、けれど、決して忘れてはならない、家族達の、最期の記憶。木の表面に名前を彫っていた子供達の手の動きが止まり、その顔が堪えきれないように下を向き、肩が震え始めるのが見えた。

 村の人々の名前と、どんな人だったのか、どんな風に、この村で生きていたのか、最期の瞬間までの想い出を語る私に対し、子供達が今、どんな思いをその胸に宿し始めているのか……。

 たとえ教育方針が出鱈目な父親の許で育っていたとしても、子供というのは真っ新で素直な存在だ。私の話す村の人達の記憶を聞いて、自分達が物として扱った人々に対する思いが、少しでも変わってくれたら……。


「この世には、大勢の人が溢れています……。何かのきっかけで関わらない限り、何の関心も抱かない、ただの他人かもしれません。情を抱かない相手がどうなったって、気にならないかもしれない……。だけど、その人達の事を何も知らなくても、誰かにとっての大事な人だと……、一生懸命に自分の人生を歩んでいる、唯ひとつの命だという事を、それを、忘れないでほしいんです」


 自分の人生を精一杯に生きていた命を、たとえ、その人生を終え、物言わぬ塊になったとしても、物として扱う事だけはしないでほしい。手の止まっている三人の傍に歩み寄った私は、その小さな温もりに自分の手を重ね、一緒に名前を彫り始めた。

 ポタポタとシャルネお姉さんの名を刻んだ墓標に染み込んでいく三人の涙。

 それをゆっくりと持ち上げ、もうひとつの木と組み合わせてしっかりと紐で結びつける。


「貴方達の手で、シャルネお姉さんを弔ってあげてください。遺体はなくても、その魂はまだ、この村の中に、いるかもしれませんから……」


 レゼルお兄様とフェガリオお兄様が用意してくれた場所に、ずっしりとした重さと共に突き立てられたシャルネお姉さんの墓標……。

 用意してきた花輪を、お姉さんの好きだった花で作ったそれを、子供達と一緒に供えた。

 子供達はお墓を直視出来ないのか、嗚咽を漏らしながら小さく何かを繰り返し呟いている。

 その音が何を意味しているのか、しっかりと聞き取る事は出来なくても、私にはわかった。

 三人は暫くの間、シャルネお姉さんのお墓の前から動く事はなく、いや、動けずに……、ずっと、その言葉を繰り返していた。

 物だと扱った、自分達には関係のない、ただの他人。

 彼らの目には、食糧としてしか映らなかった命が、他者の言葉により、確かな輪郭を宿して変化していく。


「少しは……、効果があったとみて、いいって事かな」


「大人の状態であれば、色々と手遅れだがな……。だが、親はどうしようもない変人のようだが……、子供の方はまだ救い様があるとみていいようだ」


「だな……。自分達が傀儡とした命の過去や生き様を知る事で、あいつらの中で確かな存在となって、意味をもった。少しは良い方に変わり始めるだろうよ」


 墓標の前で、人の命を弄んだ罪の意識を覚えた三人から離れ、近寄った場所で表情を和ませていたお兄様達に頷いた私は、「変わってくれなくては困ります」と、静かに告げた。

 子供という立場は、決して免罪符にはならない事。

 犯した罪の重さと、一気に押し寄せる、押し潰されそうな程の罪悪感……。

 それら全てを、あの小さな身体と心に受け止め、彼らは償う為の最初の地点に立たなくてはならない。小さな一歩だけど、私の話を聞いても何も感じてくれなかったら、流石にどうしようかと心配もしていた。


「こりゃ、全員分の墓を建てたら……、あとの子守が大変そうだな」


「一人目であの状態だからな……。気を付けて見てやっていた方がいいだろう」


「そうですね……。私も、そう思います」


 幼い心に流れ込んだ罪の意識の闇がどれほどのものなのか……。

 村人を苦しめた仇だとしても、私もまた、子供達の抱えて生きるだろう辛さや苦しみを、そのままにしておく気はない。罪の意識を抱えて生きてほしいというのが私の願いだけど、潰れて貰っては困るのだ。しっかりとその闇を受け止め、償いの道から逃げないように、傍で|見張る(見守る)事が……、私の役目。だから、その傍に寄り添い、彼らが真っ当な大人になってくれるように、常識と人の命を重んじる心を育んでいけるように、私は、その成長から目を逸らさずに、一緒に、歩んでいく。


「私も……、一緒に、あの子達と償っていきます」


「リシュナ?」


「私は、村の人達や両親の犠牲の上に生かされた存在です……。それなのに、……これ以上の悪夢から逃げたくて、死を望みました。本当は……、それが卑怯だって事ぐらい、わかっていたはずなのに……」


 私が死を望む事は、両親や村の人達の想いを裏切る事に他ならなかったのに……。

 二度目の苦痛と死を与えたあの子供達と、そこに何の違いがあっただろうか。

 

「私も……、亡くなった人達の命を冒涜し否定するような真似を、しました」


 わかっていたはずなのに、本当にはわかっていなかった……。

 私は自分が楽になる事にばかり目を向けて、それが何を意味するのかなんて、全くわかっていなかった。死んで全てから逃げる? 死ねばお父さんやお母さん達のいる場所に逝ける?

 ――本当に罪深い事をしでかそうとしていたのは、私自身だ。

 自分の運命に立ち向かう気力もなく、生き延びてほしいと願ってくれた両親の想いを踏み躙った。

 これを罪と言わずして、他に何と呼ぶのだろうか。


「だから、私も同じなんです……。あの子達と、同じ。私の事を見守ってくれているはずの両親の魂を、戦火で負った傷以上の悲しみと絶望の底に……、落とすところだったんです」


「だから、……償う、か」


 ぽふんと私の頭に大きな手のひらを乗せたフェガリオお兄様が、少し寂しそうに笑った。

 反対側では、私の手を強く握り締めたレゼルお兄様が、静かにその瞼を閉じていた。

 死ねば、確かに何もかもわからなくなって、闇一色の世界に落ちていけた事だろう……。

 苦しい事も、辛い事も、それ以外の何もかもが……、消え去った、無の世界。

 自分はそれで楽になれるかもしれない。だけど、もし、死後の世界があるのなら……。


(死を選んで後を追ってきた私を、お父さんやお母さん達は、決して喜んで出迎えたりはしない……)


 どんな理由があれ、愛し育んだ我が子が死を選ぶ事を……、喜ぶ親など、いないのだから。

 レゼルお兄様達が力強くでも止めてくれなければ、私は取り返しのつかない親不孝を犯すところだった。それを改めて冷静な頭で考えられるようになったのは、レゼルお兄様達のお蔭と、墓標の前で蹲り後悔と罪の重さを初めて自覚した子供達の中に、自分の罪の影を見たせいかもしれない。


「そろそろ、二人目のお墓を作ってきますね……」


「リシュナ」


「はい?」


 お兄様達の傍を離れ、三人の子供達の許に戻ろうとすると、穏やかで落ち着いた音が後を追ってきた。レゼルお兄様だ。


「墓作りは俺達も手伝うが、それが終わったら……、お前に見せたいものがある」


「何ですか?」


「それは、あとのお楽しみだな」


 唇に人差し指を当て、意味深に笑ったレゼルお兄様に同意するかのように、フェガリオお兄様もまた、その口元に楽しげな笑みを浮かべていた。

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