グラン・シュヴァリエvsロシュ・ディアナ軍勢



 ──Side レゼルクォーツ



「グァアアアアアアアアアア!!」


「ギャアアアアアアアアアア!!」


 穏やかなる月明かりの腕(かいな)。

 その身の内を引き裂くかのように、相対する者達は鮮血のベールで場を塗り潰していく。


「おらぁああああああああっ!!」


「ガァアアアアアアアッ!!」


 王宮の上空。

 ロシュ・ディアナ側の敵と対峙していた俺の目に、死神の如き巨大な鎌を軽々と振り上げ、敵の群れを一気に斬り飛ばすクシェル兄貴の姿が見えた。

 一切の容赦なし。向かってくる者、敵意を放つ者には、八つ裂きの制裁を。

 その必要がない限り、あまり対峙者を殺す事はないんだが……。

 

「わざわざ恨みを増やさなくってもなぁ……」


 ──だが、今はこれが正解、か。


「フェガリオ、『次』を投入される前に、俺達もさっさとやっちまわないとな」


 俺が背後に笑みを浮かべながら声を投げかけると、互いに背中を預け合い、向かってくる敵に断末魔の悲鳴を上げさせた相棒が、疲労感の漂う息を吐きだし答える。


「所詮は小手調べの雑魚共だが……、いつまでも侮辱を受ける謂れはない」


 陛下の命(めい)で王宮の外に出た俺達が対峙した相手。

 それは、何十、何百もの……、紋様の違う仮面を被った黒づくめの敵の群れだった。

 ロシュ・ディアナ側からの刺客の類である事は間違いなかったが、ただの雑魚を寄越してくるほど、──甘くはないだろう。

 今相手にしている雑魚は、所詮、小手調べの……、使い捨ての駒。

 ロシュ・ディアナ側がこれから第二陣として差し向けて来ようとしている、この気配は──恐らく。


「アイツの言っていた……、『ディグナ階級』より上の、って事なんだろうな」


 俺とリシュナを異空間に閉じ込め、最初に襲ってきた雑魚の集団。

 その次に現れた、ディグナ階級よりも力の強い第二部隊めいた奴ら……。

 恐らく、ロシュ・ディアナには強さによる階級制度が敷かれた組織があり、ディグナよりも上の階級が幾つもあると、そう考えた方がいいだろう。


「……『女王の命(めい)により、反逆者、及び、不要分子の排除を』、だったか?」


「ただそれだけを……、口にしていたな。まるで、命令のみをインプットされた……、人形のように」


「そう、人形(ドール)だ。勿論、生身の身体である事は間違いないが、──自分の意思ってもんがない」


 国に忠誠を誓う騎士達とはまるで違う……、魂を抜かれ、本物の人形にでもされたかのような一団。

 奴らの目的はわかりやすい程に滑稽だ。──殺戮。

 ただの人間相手なら可能だろうが……。


「ハァアアアアアアアアアアアッ!!」


「ギャァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 女にしては雄々しすぎないか? ……と感想を抱くような掛け声と共にまた敵の一部を一掃したのは、巨大な三日月型の武器を操る女グラン・シュヴァリエ、──ロゼナ・リオンディーテだ。

 陛下の護衛として同行してきたのは知ってたが、今までが大人しすぎただけに……。

 クシェル兄貴と同じく、向かってくる敵は全て殲滅! しか考えていないのだろう。

 王宮への気遣いが一切ない。次から次へと敵の群れを切り裂き、……地上に屍の山を。

 

「ふぅ……。陛下への忠義が厚い良い方だが……、後始末に関して完全に忘れ去っているな」


「ははっ……。見事にバラッバラにしてるもんなぁ。陛下の剣(つるぎ)である事にヤバイくらいの誇りを持ってる人だ。気合が入りまくりなんだろうさ」


 これだけの大所帯で襲ってきた敵を下手に生かす事は、陛下の御身の危険に繋がるかもしれない……。

 と、あの金髪姉ちゃんは思ってるに違いない。だから、容赦も慈悲もなく、殺戮を選ぶ。

 だが、こちらに向かって襲いかかってくる敵をフェガリオと共に上手くあしらいながら周囲を観察していた俺は、──ロゼナ・リオンディーテはわかっているようでわかっていない、と、そう改めて思う。


「グガァアアアアアアアアッ!!!!!!」


「ギィイイイイイイイイイッ!!!!!!」


「ハァアアッ!!」


 意思なき哀れな人形と行き違うかのように白刃を揮い、噴き上がる潜血の気配に目を細めながら、次の敵を確実に葬っていく。

 闇に沈み、安息の時に身を委ねている王宮の住人達には、……大変申し訳ないが。

 起きているのは、グランヴァリアとロシュ・ディアナの先代の女王一派と、この国の重鎮達だけだ。

 何が起ころうと、この国の人間に今夜の事を記憶させてはならない。

 知るべきは一部の、国を動かす者達だけでいい。

 

「さぁーて……、朝までに後始末込みとは言われてるが、……どうなるかな」


 今、相手にしている雑魚だけならさっさと駆除可能だ。

 だが、どんどん気配が近くなってきている……、『厄介な敵』との交戦が始まれば、朝までにという補償は難しくなるだろう。

 上空の至る所で起きている戦いの様子に目を走らせながら猛スピードで夜空を駆け抜ける。

 休む事なく揮う制裁の刃。耳障りな、化け物のような断末魔の悲鳴。

 ただの敵だ。その命を奪う事に躊躇いなどない。

 陛下の剣として、今までに魔物の類だけでなく、反逆者の命だって奪い続けてきた。

 だから……、罪の意識など感じる事はない。

 これは、向かい来る障害を排除するだけの、ただの作業。

 ──だが。

 






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ──Side リシュナ



「う~ん、……うぅ~ん」


「どうした、リシュナ? ていっ」


「きゃぅっ」


 汗を掻き、熱のある身体で上半身を起こして謎の唸り声を発していた私の額を、国王様が指先で軽くちょんっと小突く。

 特に力の入っていない仕草ひとつだったけど、私はぽふんとまたベッドに寝転ぶに事になった。

 一国の王様が住まう、荘厳なる建築物。どの部屋にも使われている調度品やシーツ、毛布の類などの全てが高級品で、寝心地がとても良い。……だけど。


「なんか……、気持ち悪い、です」


 一人でごろんごろんとベッドの上を転がりながら、ピタリと止まって呟く。

 私は不安の宿る目で国王様や他の人達を見上げ、手のひらをぎゅっと握り込む。

 王宮の上空で繰り広げられているという、ロシュ・ディアナからの大量の『追手』と戦っているレゼルお兄様達。グランヴァリアの精鋭たるグラン・シュヴァリエが負けるわけがない。

 外にいるロシュ・ディアナの群れも雑魚ばかりだと……、聞いている。

 それでも……、この胸の中を掻きまわすような気持ちの悪い感触を消す事が出来ないのは。


「気持ち悪いです。国王様」


「そうだな……。とても、気持ちの悪い、……不快な気配だ」


「陛下……、そろそろ、第二陣が投入される頃合いかと」


 寝室の窓を通し、真っ暗な世界を眺めていたファルディアーノお兄様が、静かに呟く。

 部屋のある位置的に、窓から戦いの様子をしっかりと見る事は出来ない。

 だけど、上空に無数の数で集まっているロシュ・ディアナの一団は、窓から顔を出して上を見れば、その異様さを垣間見る事は出来るらしい。……私は、見ちゃ駄目だと言い含められているけれど。


「雑魚ばかりがあちら側の戦力全部です、なんて言われちゃったら……、僕達も拍子抜けだからね」


 国王様の隣に座っていたラフェリアスさんがゆっくりと腰を上げ、明るい室内の中で宙に手を翳した。

 浮かび上がったのは、室内の誰もが見られるようになっている、大きな映像。

 窓の近くにある対面式のソファーで不安げに座っていた先代女王様や側近の人達がさらに眉を顰め、外の戦いの様子に息を呑む。

 順調に数を減らされていると思われる、ロシュ・ディアナの敵の群れ。

 グランヴァリア側の人達が、レゼルお兄様達が……、あそこに、いる。


「レゼルお兄様……」


 戦いは、グランヴァリア側に有利な流れを見せている。

 どれだけの数で向かおうと、精鋭の中の精鋭であるグラン・シュヴァリエ達が傷を負う事も、負けを強いられる事もない。その配下であるシュヴァリエの人達も強者(つわもの)揃いだから、誰もが余裕を持っているように見える。……疑う事なき、確実な優勢だ。


「女王よ、あの『ディグナ』という傀儡(くぐつ)共は、ロシュ・ディアナの『研究機関』が作り上げた、最下級の戦士、と言っていたな?」


「はい……。ディグナは、『改造』された者達の中でも、一番弱い集団です。人間や弱い者達にとっては脅威でしょうが、グラン・シュヴァリエの皆さん相手には意味を持ちません」


「ならば、何故あの戦いは続いていると思う?」


 まだ顔色の悪い先代の女王様がソファーから、振り向いている国王様と正面から視線を交わす。

 体調が悪くとも、女王様の目にはもう、責任や覚悟を抱く強さが戻っている。

 

「第一段階の改造に成功しているとはいえ、ディグナはあまり使い物にならない、と始祖様は思われているようですから、……国内で片づけるよりは、外で、とお考えなのかもしれません」


 言葉には、それを事実として受け止めるには、心が痛い……、と、そう感じているのだろう。

 女王様はとても悲しそうな、同時に、とても悔しそうな色を滲ませて言った。

 当然、室内の反応は冷ややかなものであり、又、同情的でもあった。

 国王様が小さな嘲笑を吐き出し、窓の向こうを忌々しそうに睨む。


「つまり、体(てい)の良い処理場扱いをされている、というわけか。……命を軽んじる罰当たり共めがっ」


「もし他国に死体を回収されたとしても、ディグナとして改造された者達には価値がないとされていますから……。解剖や研究をされたとしても、……『神の術式』を読める者は、研究機関の上位研究者ぐらいですし」


 神の術式……。

 元は、この世界を創ったという御柱様の眷属であった、ロシュ・ディアナの始祖。

 神に創られた存在であっても、眷属は神に属する者。

 神族の席に連なる者……。だから、神の力を行使する事が出来る。

 国王様達から受けた説明を思い出しながら、私はむくりと起き上がった。


「じゃあ、……第二の敵が、ディグナよりも強い人達がなかなか現れないのは」


「粗方の始末が済んだところで……、高見の見物からようやく、といったところだろうな」


 国王様の美しいアメジストの双眸に揺らめく怒りの気配が、恐ろしいほどに苛烈さを増していく。

 ぶるりと全身を震わせた私は、女王様の方に意識を向けている国王様の傍にそっと寄っていった。

 国王様はグランヴァリアの最高権力者。凄く、強い人。

 普段は穏やかで、お茶目で、優しいけれど……、──国王様は、誰よりも情が深い人。

 たとえ他種族の事でも、国王様は命を軽んじる者達を許さない。


「アレス兄上、──来ますよ」


 国王様の名前を口にしながら、まだ映像には映っていない何かを見定めるかのように、ラフェリアスさんがその目を細める。──抑え込まれた闘気のようなものと共に。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ──Side レゼルクォーツ



 まだまだ残っているディグナの群れと対峙していた矢先の事だ。

 雨が降っているわけでもないのに、耳を劈く程の不吉な雷鳴が響き渡った。

 不安を掻き立てるかのように、いつの間にか埋まっていた雲海が渦を巻き始める。

 あれは、空間が開かれる予兆だ。


『グランヴァリアの方々……、準備運動はもうお済みでしょうかねぇ?』


『心地良き眠りを覚えてしまうほどに、そろそろ飽きがきておりましたのよ?』


『ははっ……。お前ら酷いなぁ……。くくっ、ははっ、──ディグナ程度じゃ、何の運動にもなりゃしねーよ』


 若い男の声を筆頭に、何人もの声が混ざり合いながら王宮の上空にその存在を響かせる。

 重く掻き混ぜられていた雲の群れが作る渦が逆回転を始め、その中心が大きく円を描いて開いたその時。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「──っ!!」


 俺だけでなく、それぞれのグラン・シュヴァリエの目の前に、一瞬にして得物を手にした『第二の敵』がその姿を現した。俺の目の前には、その背に灰色の翼を何枚も抱いた、年若い強気な目をした子供が一人。

 子供、とは言ったが、人間で言えば、十代半ばから後半ほどの見た目をしている少年体だ。

 好戦的な種のガキ……と、刃を交え、そんな印象を抱いたが──。


「舐めすぎてて悪いな? お前らだって、一応はグランヴァリアの精鋭、ってやつなんだろう? なぁ?」


「一応かどうか、今から十分に試してみたらどうだ?」


 お互いに向けている感情も、表情も、どちらも嘲笑だ。

 力任せじゃない扱い方で装飾の施された歪な形の双剣を繰り出してきたその子供を、すぐさま押し返す事で一度振り払い、距離をとる。

 両翼の色とは違い、まるで自分達自身への皮肉でもあるかのように真っ白な生地を使った服。

 ディグナの連中とは違う、確かに生気と意思の宿る青とアメジストの双眸が伝えてくる。

 こいつは、確実に頭を使って戦闘を行うタイプだ、と。


「任務は我らが清廉なる女王陛下の名を騙りし反逆者の処罰。だが、その障害となる者もまた、罪を犯せし者なり。神の眷属たるロシュ・ディアナの威光を以て、──お望み通り、殲滅してやろう」


 がらりと口調が硬くなったオッドアイの子供と同じように、仲間と思われる、灰色の翼を抱く者達が再び戦闘態勢に入る。

 戦い方の全てを根底に叩き込まれていると読める剣捌き。

 次の動きを何パターンか同時に考える頭もあるんだろう。

 俺が隙を探しながら攻撃を仕掛けても、動じることなく防御から攻撃に転じて……。


「レゼル!!」


「大丈夫だ!! フェガリオ!! 自分の事だけに集中しろ!! こいつらは……、ディグナの二段階、三段階上なんてレベルじゃなさそうだ!!」


「我らがディグナのニ、三個上の雑魚同然だと? ──我らが抱く地獄を、舐めるなよ!! 神に歯向かう愚者共がぁあああっ!!」


「ぐっ……!! ──ぐぁあああああああっ!!」


「「「レゼル──!!」」」


 侮っていたつもりはなかった。

 だが、俺は激昂した敵の攻撃を防ぎきるまでには及ばず、……久しぶりに、無様な自分の姿を晒す事になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る