結ばれた絆は新たな力となって……。

 ──Side リシュナ



「レゼルお兄様ぁああああっ!!」


 信じたくない光景が私の目に映った。

 双剣を手にした少年が……、レゼルお兄様の、レゼルお兄様の防御を打ち砕き、その身を──。


「いやっ、いやっ、嫌ぁあああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」


「リシュナちゃんっ!! 落ち着いてちょうだい!! また暴走がっ」


「あ、ぁああああっ……!!」


 宙に舞った、命の脈動を切り裂く血飛沫……。

 フェガリオお兄様達の、レゼルお兄様を呼ぶ多くの絶叫。

 私の世界が真っ赤に染まる。続けざまに受けた二撃目でレゼルお兄様の手から長剣が地上へ。

 そして、助けの手を望めないレゼルお兄様が再び攻撃を受けかけたその時。


『──ッ!! 我の、神の裁きを前に抗うか、外道が』


『──貴様らに外道などと侮辱される謂れはない』


 宰相、様……。

 あの双剣の少年と同じくして現れた敵と対峙していたはずの宰相様が、その両手に剣とは違う長い抜身の刃を構え、レゼルお兄様と、その身体を支えるクシェルお兄様を庇うように立っていた。


『クシェル、レゼルを連れ、陛下の許へ急げ。『こいつら』の相手は、全て私が引き受ける』


『……了解』


 胸の辺りが血塗れになっているレゼルお兄様を抱え、クシェルお兄様が空間の揺らぎと共に消える。

 そして、邪魔をされたと怒っているのか、双剣を構え直した少年や他の仲間達が……。


『我らを舐めるなと教えてやったは、──なっ!』


 レゼルお兄様と同じ目に遭わせてやると言いたげだった双剣の少年が、瞬きさえする暇もなく……、自分自身が、その言葉の意味を身を以て味わう羽目になった。

 少年の胸に十字が刻まれるかのような閃光が走り、場に響いたのは報復を受けし者の絶叫。


「さ、宰相様……」


「案ずるな、リシュナ。あの程度でレゼルが死ぬ事もなければ、俺が信頼を置くグラン・シュヴァリエ達が負ける事もない。特に……、俺の弟は親父殿仕込みだからな」


「国王様……」


「そうだよ、僕達の父上はグランヴァリア一の剣豪なんだ。その押し付けがま、こほんっ、息子の成長を願って施した剣の修業は、バッチリ生きているからね。レイズ兄上の中に」


「ラフェリアスさん……」


 そうだ……。この人達は人間じゃない。

 村の人達が無残にも命を奪われた時のように、簡単に死んだりは、しない。

 ドクドクと絶望の音を刻んでいた鼓動が落ち着いたものへと変わり始めたけれど、クシェルお兄様が負傷したレゼルお兄様を連れて部屋に戻ってくると、今度は一気に血の気が下がった。


「こ、国王様……っ、 本当に大丈夫なんですかっ。れ、レゼルお兄様がっ、レゼルお兄様がっ、どばぁああって、これっ、血がどばぁああって、いっぱいっ、……あっ」


 クシェルお兄様に肩を貸され入ってきたレゼルお兄様。

 その意識は確かにあるけれど、映像ではなく現実に、目の前で見てみると……、あぁ、血が凄すぎるっ。

 ふらりと倒れかけた私を女王様が支えてくれると、よしよしと頭を撫でられ、優しい声をかけられた。


「大丈夫よ、リシュナちゃん。レゼルさんは攻撃を受ける際に急所が外れるよう動いていたから、治療をすれば徐々に回復するわ」


「あ、あんなに、血が、……血が」


「ふふ、男の子は試練を乗り越えて強くなるのが王道だから大丈夫よ」


「お~い……、そこの暢気な女王、……は、ツッコミする気力がねぇから放置として、──リシュナ」


 レゼルお兄様をソファーに移動させ、傷の具合を気遣いながら寝かせていたクシェルお兄様が、不意にこちらを向いた。


「レゼルだけじゃなく、こいつと『隷属者』の契約を交わしてるお前も、少しは危機感持っとけよ」


「え?」


「隷属者は、マスターである吸血鬼が死ぬと、自分も死ぬ。ついでに、マスターがダメージを負えば、時間差はあれど、隷属者にもダメージがいくんだよ」


 あ……、忘れてた。

 三年前に、私が自分から死を望まないようにと、強制的に交わされた契約。

 マスターが死なない限り、隷属者も死なない。

 私とレゼルお兄様の間には、まだその契約が生きている……。


「じゃあ、私も、血がどばぁああって……?」


「そこまではなんねぇよ。大抵は痛覚が共有されたり、傷の一部が影響したり、ってところだが……。特にお前が何も感じてない、傷もない、ってんなら……、レゼルが全部肩代わりしてんだろうさ」


「レゼルお兄様……」


 なんでそんなピンチの時にまで、私の事ばかり優先してるんですか……、レゼルお兄様。

 女王様の手をやんわりと離し、私はよろよろとしながらもソファーに向かう。


「レゼルお兄様……っ」


「はぁ、……はぁ、……リシュ、ナ」


 その手に触れようとする私に、レゼルお兄様が血に塗れた右手を弱々しい力で持ち上げ、追い払う仕草を向けてくる。……わかってる。今の自分を見る事で、私が傷ついたり悲しんだりするかもしれないからでしょう?

 だけど、私は構わずにレゼルお兄様の緩やかに振られている手を取り、ぎゅっと両手に包み込んだ。


「汚、……れる、から、……離す、ん、だ」


「私がめちゃウザです、って……、そう言っても、レゼルお兄様は抱き締めるじゃないですか。だから、私も……、傷や痛みを背負えないのなら、せめて、……傍に居させてください」


 大粒の涙をぽろぽろと零しながら伝えるのは、心からの想い。

 貴方は私にとって、この世界で唯ひとつの光。

 貴方という光が差しだしてくれたその手に引かれ、私はもう一度生きる覚悟を抱く事が出来た。

 私が自分の幸せを探しながら歩けているこの今は、貴方が与えてくれた奇跡。


 ──神様……、私にもレゼルお兄様の痛みを、傷を、その辛さを分けてください。どんなに痛くても、苦しくても、我慢しますから、だから……。

 

「リシュナ、私が治療をしよう。少しの間だけ、後ろに、──っ!?」


 レゼルお兄様の傍にいたがる私の肩に置かれた、ファルディアーノお兄様のあたたかな右手。

 私に出来る事はない。ほんの少しの傷程度なら治せても、こんな大きな傷は……。

 そう、自分でも納得し、場を離れようとしていたその時。予想外の変化が起きた。

 私とレゼルお兄様の触れ合っている手に生じた、──あたたかな白銀の光。

 その光はとても小さなものだったけれど、徐々に泉から湧き出してくるかのように勢いを増し、どこからかリィィン……と、清らかな鈴の音が心を震わせた。


「うわっ……。おい、なんだこれっ!! リシュナ!! レゼル!!」


「待て、クシェル」


 背後で小さく、クシェルお兄様とファルディアーノお兄様の声が聞こえる。

 だけど、私は突然起こり始めた不思議な事態についていけず、ただ唖然としながらレゼルお兄様の手を握っている事しか出来なかった。

 視界に溢れる白銀の光……。

 レゼルお兄様も怪訝そうに目を細め、この現象を見定めようと思考を働かせているようだ。

 

「リシュ……、ナ」


 自分の心配ではなく、今何が起こっているかわからない状況下でも、レゼルお兄様が心配しているのは私の事らしい。たとえ……、自分達を包み込むこの白銀の光から嫌な気配を感じなくても。

 

「え……っ?」


「──これ、は……、リシュ、ナ、……こほっ、……ん? んんんんんんん!?」


 心の中までも慰撫するかのような白銀の世界が収束した直後、レゼルお兄様が一度だけ咳き込んでから変な反応を見せた。私が包み込んでいたはずのその大きな手が、逆に私の手を強く、ぎゅっと握り返してくる。

 さっきまでと違う、確かな、強い生気の脈動を感じさせる熱を抱いた感触だ。

 レゼルお兄様がパチパチと目を瞬き、がばりと起き上がる。


「れ、レゼル、お兄、……様っ?」


 上半身血塗れという恐ろしい仕様はそのままなのに、自分の胸をペタペタと両手で触りまくっているレゼルお兄様。……変な趣味にでも目覚めたのだろうか?


「レゼルお兄様……っ、ご自分の胸を触っても、魅惑の膨らみはありませんよっ」


「いやっ、揉めば俺も、──って、お決まりの変なボケをさせるなぁああああっ!!」


「リシュナのアホなノリに乗っかったのはテメェだろうが……。はぁ、レゼル、ファル兄貴にさっさと見せてみろ。その活きの良さだ。見なくてもわかるけどよ」


 僅かに驚いている、とわかる表情でレゼルお兄様の傷口を診察したファルディアーノお兄様。 

 私はきょとんとしながら、……気付いた。

 室内の誰もが、レゼルお兄様の傷を心配している、といった風ではなく、一心に私を見つめている事に。


「アレス兄上……」


「…………」


 ラフェリアスさんも国王様も、凄く真面目な顔で私を見て……、いや、探るように視線を向けてくる。

 さっき起こった、不可思議な現象。私とレゼルお兄様を包み込んでくれた、あたたかで優しい白銀の光。

 あの光の発生源が何だったのかわからないけれど、……この部屋の中に満ちている微妙な空気的に。


「犯人は私でしょうか? 女王様……」


 少しだけ、皆から仲間外れにされたような心細さを覚えた私に、女王様はすぐにふんわりと心からの笑みを浮かべて、手招きをしてくれた。

 私はゆっくりと立ち上がり、レゼルお兄様の方を気にしながらも、彼女の方に駆け寄っていく。


「女王様……」


 早くこのモヤモヤとした居心地の悪さを払いたくて見上げた私の頭を、女王様がよしよしと撫でてくれる。

 お母さんが不安がっている子供を宥める時のような、……胸の奥があたたかくて、ちょっと、擽ったい。

 女王様は腰を落とし、私と目線が合うように膝を着く。


「とりあえず、さっきの事を先に説明しましょうか。まず、あれはね、ロシュ・ディアナ王家の中に、稀に現れる、特別な力を有した者が使える『回復と強化』の力なの」


「……回復と、強化、ですか?」


「そう。神の眷属たるロシュ・ディアナの末裔……、その中でも、『長』の血筋、つまり、王家の血に受け継がれている力なの。私と、貴女のお母さんも使える力よ。だけど……」


「お母さんも……」


 女王様のお話の中にお母さんの事が出てくると、まだ再会もしていないのに、お母さんをすぐ近くに感じているかのように、胸の奥に柔らかな感触が灯る。

 お母さんと同じ、お母さんと……。

 胸の前で両手をきゅっと組み合わせ、私は瞼を閉じながらはにかむ。

 

「……私達は確かに、血を同じくする家族。……だけど、その力を受け継いでしまった事が……」


「女王様」


「え? あ、な、何かしら?」


 女王様が自分のすぐ目の前で複雑そうな顔をしていた事には気付かずに、私はどうしても聞きたい事をつい口にしていた。


「お母さんは、お母さんは……っ」


 浮足立っていた心が、急に力をなくして萎んでいく。

 お母さんのお姉さんだという女王様に会えた。

 女王様はとても優しい人。……だから、お母さんもきっと、と、いつの間にか思い込んでいた。

 顔も覚えていないお母さんと、この人が……、きっと同じように、優しい人だと。

 

「リシュナちゃん?」


「……お、お母さん、は、……お母さん、は、……私の、お母さんは、……女王様と同じように、優しい、人、でしょう、か?」


 そう聞くのが精一杯だった。

 もし、お母さんは……、私を愛していましたか? と、ストレートに聞いてしまって、……もし、その答えが、女王様を困らせるような、私が望まないようなものだったら……。

 内心で凄く怖がっている私に、女王様は一瞬だけ意表を突かれたような顔をして、何故か笑い出した。


「ふふ、ふふふふふふ」


「じょ、女王様?」


「ふふふふふふふ。そ、そうね、……根は、優しい、子、なのだけど……、ぷっ、ふふふふふ、わ、私とは。大分タイプが違うわね」


「優しいけど、……違う?」


「ふふ、……ふぅ。一言じゃちょっと例えられないのだけど……、そうだわ!! 予想のつかない、オモチャ箱みたいに面白くて、素敵な女性!!」


 オモチャ箱……?

 お母さんの人物像をどう捉えればいいのか……。

 目を丸くして固まっていると、背後から私を呼ぶ情けない声が聞こえてきた。


「リシュナぁああああああっ!! 傷がっ、傷がぁああっ!!」


「ふ、ふぁああっ!?」


 女王様との話中だというのに、相変わらず、私のお兄様は空気を読んでくれない。

 だけど、思いの外元気なその声にほっとしながら、私はくるりとソファーの方を振り向いた。

 負傷しているはずのレゼルお兄様が、満面の笑顔でソファーの近くに立っていて……。


「え? な、何、遠慮なしで動いてるんですかっ!! 傷が悪化しますよっ!!」


「女王よ、あれが、リシュナに言っていた……、「特別な力」とやらの恩恵か?」


「アレス様……。ええ、普通の術よりも早く、効果の大きな癒しの力が作用した結果です。おまけに、強化の効果もありますから、レゼルさんの身体は前より頑丈になっているはずですわ」


「ほぉ~……、有難い恩恵だな。──だが」


 私と国王様が神妙な顔つきになり、そして、レゼルお兄様の『姿』を改めて確認した女王様が事態のとんでもなさを認識し、真っ赤になって小さな悲鳴をあげる。

 ──上半身、全裸の大馬鹿者なレゼルお兄様に対して。


「婦女子を前に何をやっとるか!! このド阿呆がっ!!!!!!!!」


「痛ぁあああああああああああああっ!!」


「デリカシーがありませんっ!! 反省してください!!」


「ぎゃあああああああああっ!!」


 私と国王様の、ダブル・ハリセンアタックが、室内に出現した変態を襲う。

 血を拭き取って綺麗にしたレゼルお兄様の肌は、傷痕さえ残っていない、喜ぶべき全快状態だった。

 だけど、室内に私や女王様がいるのに平気で上半身の裸を晒すなんて……!!

 乙女の敵、許すまじ……!! なのです。


「ぐはぁっ!!」


 怪我は無事に治ったものの、今度は私と国王様からの制裁でソファーに逆戻りしてしまったレゼルお兄様。

 クシェルお兄様が、「えげつねぇ……」と何か呟いていたけれど、無視です。


「あ~、本当だねぇ。綺麗さっぱり傷が消えてる……。ふむふむ……、力の残滓的に、これは魔力とかの類じゃないなぁ……。アレス兄上、ロシュ・ディアナ王家の血筋にのみ表れる力って事は、──これは、『神の力』が働いた結果って事でいいのかな?」


「女王よ、その認識でいいだろうか?」


「シルフ、合ってるかしら?」


「そうですね……。正しくは、『神の眷属の末裔の力』になりますが、一応は神の力の一部を受け継いでいる形になるのではないか、と……。って、女王陛下、何故、私にお聞きになられるのですか。貴女の方がその力を扱う当事者として語れる立場でしょうに」


「だって、私の家庭教師をしていたのは貴方だもの。ロシュ・ディアナの歴史も、力についても、貴方が先生なんだから、ちゃんとした説明は貴方の方が向いてるわ」


「はぁ……、困った女王様ですね、まったく。──グランヴァリアの王よ、女王に代わり補足させて頂きます。神の力とは言っても、王族が受け継いでいるその力は、我が種族の『衰退』と共に……、非常に弱く、薄らいできております」


 女王様の傍に寄り添いながら、シルフさんは一度私に意味深な視線を向けてくる。

 嫌悪とか、そういう意味合いの気配じゃない。

 むしろ、……真逆。私の事を心配そうな瞳で見ている気がして。

 首を傾げながらシルフさんに無言の問いを向けると、彼は一度瞼を閉じた。


「……ですが、『衰退』の流れにあっても、『例外』は存在します」


「『先祖返り』の類だな?」


 シルフさんの『例外』という言葉も、その意味も、国王様は読んでいたかのように語る。

 

「やはり……、そちらにもあるのですね。『始祖』の、かつての眷属の力を受け継ぎ、その身に目覚めさせる事の出来た『稀なる者』の存在が」


「俺がそうだ」


 国的に、先祖返りという立場がどんなものなのか、私にはよくわからない。

 秘匿しなければならない存在なのか、公にしても構わないものなのか……。

 でも、国王様は近くの大きな一人用のソファーに座りながら、あっさりと暴露した。

 クシェルお兄様達が、「あ~あぁ……」という顔をしたから、本当はあまりバラしちゃいけない事だと察する。


「俺は、グラン・ファレアスの始祖たる者の血に連なる者であり、生まれた時からこの力によく振り回されたものだ」


「僕達の国では、始祖様の御力に目覚めた者は、『グランヴァリアの寵児』って呼ばれるんだよ。別に迫害とか、差別とか、酷い扱いはされないよ。なにせ王族だし、その力についての知識がない者にとっては、ただ強い力を持っている王族、にしか見えない。あ、パターン的には、生まれた時にわかる場合と、成長と共に秘められていた力が覚醒する場合があるよ」


「力の判明については、我らロシュ・ディアナの王族も同じです。ただ……、そちらとは違い、幸福な人生とは無縁です。先祖返りをした王族の者は何の決定権もなく、……始祖様の『器』とされますので」


『器』、という言葉に、また場の気配が張り詰めていく。

 だけど、始祖の器の話よりも気になってしまうのは、三年前からずっと気になっていた……、『グランヴァリアの寵児』という存在。

 ラフェリアスさんから着替えを渡され、一人だけこっちに背を向けながら無言で着替えているレゼルお兄様……。国王様もそうだけど、レゼルお兄様も……、『グランヴァリアの寵児』。

 レゼルお兄様の後姿には、この話にあまり関わりたくないという、……拒絶めいた気配を感じる。

 私がそちらに足を踏み出そうとすると、背後にファルディアーノお兄様が現れ、私をひょいっと抱え上げてしまった。


「ふぁ、ファルディアーノ、お兄様……?」


「すまないが、今はここにいてくれ。……あの子の為に」


「…………」


 あの子とは、レゼルお兄様の事なのだろう。

『グランヴァリアの寵児』としての力を持つレゼルお兄様……。

 国王様も言っていた。『力に振り回されてきた』と。

 レゼルお兄様にも、その力を持つが故に経験してきた苦労や辛い何かが沢山あるのだろう。

 そして……、もしかしたら、あの人が抱く『傷』にも、……関係しているのかもしれない。

 私はファルディアーノお兄様に頷き、その胸にぎゅっとしがみつく。


「お話の続きを静かに聞きます。でも、喉が渇いたので、冷たい物を」


「あぁ、すぐに作ってやろう。この部屋のどこにいても、話は聞こえてくるからな」


「はい……」


 ファルディアーノお兄様の腕に抱えられながら、私は部屋の隅にある台に向かった。

 ティーセットや、冷たい飲み物を作るためのセットも揃っている。

 粉状にされている飲料の素の中から私はピーチ味を、ファルディアーノお兄様はココアを選び、作業に入る。

 背後からは、しっかりと話の続きが聞こえてくる。

 始祖様の『器』とは、御柱様を降臨させる為に始祖様の『声』を届けるための依り代。

 通常は力の強い王族を『器』とするけれど、その中でも先祖返りを起こした者はさらに強大な力を有する為、一番に『器』として利用される事……。


「そして、その稀な『例外』が、我が女王陛下や現女王陛下……、そして、リシュナ様です」


「──っ」


 なんとなく、そんな予感はしていた。

 女王様と、お母さんと同じ力……。二人が『例外』なら、私も同じ。

 だけど……、何故だろう。この話を初めて聞いた気が、しない。

 自分の記憶を探りながら、徐々に意識が遠くなっていく。

 あれは……、いつ、誰、に、……私は。


「はぁ、はぁ……っ」


「リシュナ、大丈夫か?」


「……は、ぃ」


 国王様や女王様達のお話を聞く度に、もう何度も具合が悪くなっている。

 多分それは、……その話の内容の何かが鍵になって、私が忘れている記憶を。


「──なぁ、大事な話の途中に悪いんだが」


 シルフさんがまだ話を続けようとしていた矢先に、場に響いた暢気な声。

 それは、一人だけ背を向けていたレゼルお兄様だった。

 着替え終わったのか、新しい服に身を包んだレゼルお兄様が立ち上がり……、なんでまた前だけ開いて見えるようにしてるんですかね、この人はっ。

 レゼルお兄様はソファーを離れ、国王様達から少しだけ距離を取った位置で立ち止まり、自分の左胸の部分が見えるようにシャツを大きく開いて見せた。

 う~ん、ここからじゃ、動作以外に、そこに何があるのか全然見えない。


「きゃぁあっ」


「レゼル、何度言わせる気……、ん? なんだ、それは?」


 頭痛を覚えたかのような顔になったはずの国王様が突然目を丸くし、立ち上がった。

 足早にレゼルお兄様の前に移動し、左胸を凝視し始める。


「……アレス様、どうなさったので、──っ!?!?」


「はぁ、何度話を中断すれば……、ぶっ!!」


「ん? 女王、それと、側近殿はこれが何か知っているのか?」


 何? 何? ファルディアーノお兄様と一緒に一度皆の許に戻り、レゼルお兄様の左胸に視線を……。

 ………………………………ナンデスカ、コレ。

 レゼルお兄様の意外にも逞しい胸板……、至る所に傷の痕が残るその左側には、何やらよくわからない……、ハート? みたいな形を連想させる痣のようなものが浮かんでいた。さっきまで何もなかったのに。


「れ、れれれれれれれれ、レゼルクォーツさんっ、そ、それっ、それっ、それはっ!!」


「じょ、女王陛下っ、……お、落ち着かれて、く、くだ、さぃっ」


「だ、だって!! だって、あれっ!!」


「女王様、シルフさん、なんでお顔が真っ赤っかなんですか?」


「リシュナちゃん!! 貴女、私達が見守っている間に……、いえ、違うわ!! レゼルクォーツさん!! 貴方がっ、貴方っ、リシュナちゃんをぉおおおおおっ!!」


「は?」


 意味がわかりません。

 私やグランヴァリアの皆さんは全員現状が把握出来ていない。

 でも、ロシュ・ディアナの人達は……、あ、静観していた側近のおじいさんは何か面白そうな顔を。

 レゼルお兄様をぽかぽかと叩く女王様に私は「どーどー」と宥めながら、声をかけた。

 

「女王様、あれは何なんですか? ハートマークと模様はまぁ、可愛いですけど……」


「リシュナちゃんっ、人生は長いのよ!? なんでそんな若い歳で、こんなっ、こんなっ、早まっちゃってるのぉっ!!」


「そうですよ!! よりにもよって、こんなロ○コンの気がありそうな吸血鬼なんぞとっ!!」


「はい?」


「だからなんなんだ……。はぁ、……で? これは結局何なんだ?」


「お黙りくださいな!! あぁっ、もうっ!! シルフっ、どうしましょうっ」


 説明がないから、全然状況に追いつけない。

 ……だけど、女王様は私に原因がありそうな事を言っていたし。

 ただ、女王様と側近のシルフさんが相当に焦っている事から考えると……。


「私は、どんな重大事を犯してしまったんでしょうか……っ。ぶるぶるっ」


「うむ……。私から見る限り、シリアスというよりは、コメディー寄りな事態だと思うが」


「俺もそう思うわ。つか、ハートマークか~……。なんかバカップルの象徴マークみてぇだな」


 バカップルのマーク……。

 ハートは可愛くて、女の子がよくノートに書いたりするマークだけど、そうか、恋人同士の象徴としても、有りだった。クシェルお兄様の呆れ気味な指摘に私が神妙に頷いていると、「ふぉっふぉっふぉっ」と、とても楽しそうな声が上がった。


「側近のおじいさん……?」


「翁(おきな)殿も御存知のようだな。すまんが、手っ取り早く教えて貰えるだろうか? さもなくば」


 ぷにぷにと可愛い音が響きそうな足音をさせながら近づいてきたおじいさん。

 国王様に一礼し、まるでお祝い事でも起きたかのような満面の笑顔で──。


「レゼルクォーツ殿の胸に刻まれておるその刻印は、──永遠(とわ)なる愛の誓い!! ですじゃっ」


「「「「あ、愛の誓いぃいいいいいいいいいいい!?!?」」」」」


「愛の……、誓い?」


 自信満々に大声で叫んだおじいさんの発言に、レゼルお兄様とクシェルお兄様、そして、この部屋に残っていた何人かのシュヴァリエの皆さんがドカーン! と目を見開きながら全力でその言葉を繰り返し叫んだのだった。



 ──愛、愛……、愛?



 そして私は、ぽかんとしながら、首を傾げるだけだった。

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