御柱と眷属



 ──Side レゼルクォーツ



『御柱様……。恐れ多い事とは存じますが、どうか、どうか私の胸の内を』


『ディーナ、愛しい我が娘。父に対して何を躊躇う事があろうか。さぁ、聞かせておくれ』


『はい……、実は』


 清浄なる神の力が満ちる場所。

 神と、眷属達の代表たる男女が言葉を交わすその頭上には、吹き抜けのさらに上の方に大きな高窓があり、祝福を授けるかのような陽光が、穏やかに謁見の間を明るく照らし出している。

 壁側にはそれぞれ等間隔に楕円形の窓硝子が嵌め込まれていて……、外部からは力づくでないと侵入出来ない仕様になっているようだが……、神の結界が働いているのか、実力行使も恐らく無効化されるのではないかと思う。


「……ふぅ」


 俺は謁見の間の外で壁に背を預けながら、中の気配と音にだけ意識を傾けている。

 ん? 俺がなんでこんな所で盗み聞きを立てているかだって?

 ──可愛い妹に袖にされたからだよ!!

 はぁ……。医務室に強制連行されてから大急ぎで脱走したから良かったが、……なんで一人で行動したがるんだかなぁ。

 あのロシュ・ディアナの女と話がしたいとか言ってたが……、あれは紛れもなく、


「お前の敵なんだぞ……っ、リシュナっ」


 前に得た情報と、この時代に飛ばされる直前の記憶。

 そして……、俺達の時代に現れたロシュ・ディアナの始祖を目にした瞬間の、……リシュナの尋常でなかった姿。

 俺の妹から全てを奪った諸悪の根源が誰なのか、罪なき幼子(リシュナ)に狂気と暴力を向けた相手が誰なのか……、わからない奴はいないだろう。


「くそっ」


 たとえあの女が変わり果てる前の世界だとしても、──俺はっ。

 

『どうしてお聞き入れ頂けないのですか!!』


 噴き上がりかけた怒りと憎悪。

 拳を背後の壁に打ち付けそうになったその時、俺は女の悲鳴じみた大声で我に返った。

 姿が見えないようにしている状態で窓の向こうを窺えば、ロシュ・ディアナの始祖たる女が止め処なく涙を流しながら崩れ落ちていた。その隣では、困惑と心配を宿した視線で自分の妻を気遣う俺達の始祖の姿がある。

 

『ディーナ、やめよっ。御柱様は全ての命を愛しておられる。天上と地上の民を隔てるような真似は』


『欲望と身勝手な行動で……っ、迷惑な騒動ばかり起こす地上の民なんて……っ、この天上には必要ないわ!!』


『ディーナ!!』


 気配を悟られないように会話を盗み聴いてはいるが……。

 今、中で話されているおおよその内容はこうだ。

 始祖二人の目の前に居るのだろう、巨大なベールで隠された向こう側の御柱の言。

 天上の民も、地上の民も、世界に在る全ての命は、御柱にとって愛おしき命。

 御柱は地上の民を受け入れ、天上と地上の交流は絶える事なく、永久に続いていくべきだ、と。

 だが、ロシュ・ディアナの始祖は、天上の秩序を乱す地上の民が気に入らない。いや、今まで我慢はしてきたんだろうが、度々、天上の観光区域で好きにやらかしてきた奴らのせいで堪忍袋の緒が……。


『ディーナ。それは一部の者の仕業に過ぎないのだよ。確かに困った部分もあるが、グラン達が対処にあたり、事を治めてくれている。許容の範囲内だ』


『そうだぞ、ディーナ。何が起こっても私達がいる! だが、そなたがそこまで思い悩んでいるのなら……。御柱様、暫くディーナを天上から離れさせ、静かな場所で静養させてはどうでしょうか? 心配事が近くにあると、心の平穏も保つ事は難しいかと』


『私に異存はないよ。別世界の友人(神)に相談してみよう。今の環境は辛いようだからね。せめて、心の状態が良くなって、余裕が出来るまで』


『必要ありません!!』


『ディ、ディーナっ?』


 怒号のように響いた、ロシュ・ディアナの始祖の声。

 なんつーか、……あれだな。

 御柱と俺達の始祖はあくまで気遣っての配慮なんだろうが、ロシュ・ディアナの始祖的には、そういう問題じゃねぇっ!! みたいな怒りが伝わってくるんだよな。

 確かに、どの国だろうが場所だろうが、問題ってのはゼロになることはない。何かしら起きるもんだ。

 だが……、あの時の、観光区域での出来事を思い出せば……、まぁ、知らぬは本人ばかりなり、か。

 事のなりゆきを見守っていると、ロシュ・ディアナの始祖は涙目で自分の夫を睨みつけ、さっさと謁見の間を出て行っちまった。

 

『……なんで、あんなに怒ってしまったのかな、あの子は』


『御柱様の御前でなんと無礼な……っ。御柱様、申し訳ございません。妻の無礼、何卒お許しをっ』


『あぁ、いいよ、いいよ。君達は私の大切な子供だからね。たまには反抗も必要さ。あっ、反抗期なのかな~』


『は、反抗期、ですか……?』


『うん。女の子はお父さんに反抗したくなる年頃の時があるって、地上の民から聞いたことがある! それなら仕方ないよね。情緒不安定にもなるっていうし、反抗期なら、うん、仕方ないや~』


 ──アホか!!

 思わず、目の前の窓をぶち破って、御柱の頭をはたいてやろうかと思ったぞ、今!!

 あのロシュ・ディアナの始祖を庇うわけじゃないが、なんでそういうあっけらかんとしたのほほん気質なんだっ、あの御柱は!!

 反抗期とか思春期とかは確かにあるがっ、あれは違うだろう!!

 

『とりあえず、ディーナの事は私の方で話をつけておくから、彼女の旅立ちの日まで、出来るだけ寄り添ってあげていておくれ、グラン』


『はぁ……、かしこまりました』

 

 自分の妻が怒った理由も、御柱の発言に関しても、俺達の始祖はまったく意味がわからないと、最後まで困惑気味にしながら謁見の間を出て行った。


「はぁ、何の意味もなかったな、これ……」


『じゃあ、君にとって意味がある事は何かな? 『外』からのお客人殿?』


「──っ!!」


 姿の見えない御柱の視線を感じたと思った瞬間、俺の身体は謁見の間のど真ん中に立っていた。

 自分で移動したわけじゃない。

 強制力の類も感じなかった。

 

「アンタが……、俺をここに飛ばしたんだよな?」


「近くの方が話しやすいだろう? 不快だったかな?」


 ベールによって閉ざされた向こう側から掛けられてくる声は、俺を不審者として見ているわけでもなく、警戒している様子もない。

 楽し気な含み笑いの声が漏れ聞こえ、まるで歓迎でもされているかのような雰囲気だ。


「俺を尋問しないのか? 恐れ多くも、御柱と眷属達の謁見の場を盗み聞きしていた不審者だぞ?」


「害があるなら排除していただろうね。だけど、君はただ聞いていただけで、空を生きる鳥と同じようなものだ。排除には及ばない」


「…………」


「可愛らしいお嬢さんとも話をしてみたかったんだけどね。彼女には、ディーナの相手をしてもらうとしよう。……私の可哀想な、最愛の娘の、ね」


「アンタ……」


 娘と称した自身の眷属を哀れむかのようなその声は、あの能天気な気配とは一変していた。

 その姿を隠すベールをそっと横によけ、御柱が出てくる。

 陽光が長い黄金の髪を照らし、その一歩一歩が、世界に草木を芽吹かせるかのような気配を纏い、俺の前へと──。


「……え?」


「ん?」


 人間でも、他の種族でもなく、あの始祖達よりも眩い存在感を放つ御柱……。目の前で挨拶代わりに微笑まれた俺は、その『顔』を見て思考を止めた。いや、強制停止させられた、というべきか。


「アンタが……、御柱?」


「そうだよ。あ、神様にしては、あまり威厳がないかな? まぁ、他の神々に比べて、私は普通って言われるからねぇ……。平凡神? みたいな、あははっ」


 ──全ての出会いには意味があり、縁がある。

 御柱との初めての対面。この時、俺は子供の頃に陛下が頭を撫でてくれながら口にしたあの言葉を、思い出していた。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ──Side リシュナ



「うぅっ、……うっ、うっ、……どうして、……どうして、わかってくださらないのっ」


「ディーナさん、……さっき、お船の中でキャンディーを貰ったんです。食べませんか?」


「うっ、うっ、……あり、がとう」


 私を腕の中に抱え、ぎゅぅ~っとしながら泣いているのは、謁見の間から飛び出してきたロシュ・ディアナの始祖様、ディーナさんだ。声をかけようとしたら、彼女の腕に攫われて……、気が付いたら大神殿の敷地内にある花畑に到着していた。淡い色合いの可愛らしいお花がいっぱい咲いているこの場所で、ディーナさんはずっと泣いている。ずっと。

 なんで御柱様は地上の民が起こす騒ぎを些事として片づけるのか、なんで、自分達ばかりが我慢をしなければならないのか。


「なんで……っ、グランが怪我ばかりしなければならないのっ」


「ディーナさん……」


 独り言のように心の内を吐き出す彼女を見ていた私は、某キャンディをぱくりと銜え、むぅ、と唸った。

 ディーナさんにとって、グランさんは旦那様で最愛の人。

 だから、天上で起こる騒動にリーダーのような立場で駆り出されるグランさんが危険な目に遭わないか、彼女は常に心配している。その心が……、壊れてしまいそうなほどに。

 どこにだって問題はあって、騒動もそのひとつ。

 だけど、彼女の腕の中でその辛そうな顔を見上げていた私は、ずきりと胸に痛みを覚えてしまう。

 私も……、大好きな人達が、……レゼルお兄様が危険な目に遭うかもしれない場所に行くのは、……嫌だ。

 元の時代でも、グラン・シュヴァリエであるレゼルお兄様は時々お仕事で出かけていたけれど、たまに生傷をこさえて帰って来る事もあって……。


「心配、ですよね……。大好き、だから、……怪我なんて、してほしく、なくて……」


 もし、レゼルお兄様が仕事に行って帰って来ない日が突然やって来たら……。きっと、耐えられない。

 だから、ディーナさんが泣くほどに苦しんでいるのも、わかる気がして……。


「地上の民が……、嫌いなわけじゃないの。……ただ、以前にグランが騒動の鎮圧に向かった時に、……大怪我をした事があって」


「神の眷属でも、そんな事になるんですか?」


 御柱様に御仕えする、神の眷属。

 一番最初に生まれた、神様の子供達。

 凄い力を持っている、と、神様の力も使えるのだと……、そう聞いているのだけど、それでも?

 私が首を傾げると、憔悴しきった表情ながらも笑みを作り、ディーナさんは私の頭を優しくなでながら口を開く。


「手加減をしなければいけないから、地上の民をむやみに傷つけてはいけないから、……それが、足枷になっているの」


「足枷、ですか……」


「簡単に大人しくなってくれない人達が相手の場合、加減が難しいのよ。殺さずに大人しくさせる為に、とても気を使わなくてはいけないから」


 大きな力を抱いている人ほど、その力に翻弄され、常に冷静な制御が必要となる。グランヴァリアの国王様が言っていた。

 制御を誤り、うっかり力の加減を間違えると、簡単に弱い者は死んでしまう。壊れてしまう。

 

「大変、ですね……」


「一部の人達は、そんな私達の枷の存在を知っていて、時には横柄に、暴力的に騒動を起こしてくる事もあるの。自分達は地上を這っているのに……、どうして天上の民は偉そうにしているのか、と」


「ディーナさん達は偉そうにしているようには見えませんが……」


「──嫉妬だ」


 少しだけ吹いた強い風に煽られ、舞い上がった花びら。

 その中を歩みながら私達の傍に辿り着いたのは、グランさんだった。お疲れ気味のようだけど、大丈夫だろうか。

 グランさんはディーナさんの隣に腰を下ろし、私が差し出したキャンディーを受け取りながら説明してくれた。


「私達が御柱様に一番近く、愛され、優遇されていると……、一部の地上の民達はそう思い込み、妬み、憎悪と共に羨んでいる」


「迷惑な話、ですね……」


 どこにでもある、よくある話といえばそうなるのだろう。

 自分達よりも優位にある者、恵まれている者に、人は時に歪みを抱く。自分達が下である事に耐えられない、自分達はもっと恵まれるべきだと……。

 ディーナさんはグランさんの顔を見たくないのか、そっぽを向いているままだ。


「だからこそ、天上と地上の交流をやめるわけにはいかぬのだ。御柱様は世界の全てを愛している。そこに差などつけてはいない。それを伝える為に、地上の民と言葉を交わしたいと望んでいらっしゃる」


「御柱様はお優しい御方……。地上の民が寂しい思いをしないように、歪んでしまわないように、心を砕いていらっしゃる。だけど……、そんな御柱様に取り入ろうと、財にものを言わせる者や、汚い手を使おうとする者も多いわ」


「地上には数多の国が存在する。種族も然り。自分達が優位に立とうと、ただ必死なだけだ」


「浅ましく欲深いの間違いでしょう!! 時には御柱様の御心を傷つける輩もいる始末!! 一度閉ざした方がいいのよ!! でなければ、いつか調子に乗って、もっと恐ろしい事をしでかすわっ、絶対に!!」


「ディーナ!!」


「っ」


 男の人の大きな声は怖い。

 怒鳴られたディーナさんと一緒に私は震えて縮こまり、彼女とお互いに手を繋いだ。勇気を共有し合うかのように。


「それを決めるのはそなたではない!! この世界は御柱様そのもの。地上の民がどうであろうと、御柱様の御心こそが全て!! 立場を弁えよ!!」


 一方的だ、と、私は感じた。

 この世界が御柱様のものだとしても、他の意見が全て否定されるべき、というのはおかしい。

 一人一人が自分の考えを持っていて、時にそれを口にして……。たとえ押し問答や喧嘩になるとしても、ディーナさんが口にした思いが間違いであるなんて、……私は思えなかった。


「グラン……っ。貴方にとって、私は唯一人の伴侶で、対で、妻だけど、……互いに一番近い存在だって思っているけど……、貴方にとって一番大切なのは、優先すべきなのは、御柱様なのね……、ずっと、ずっと」


 止められない涙と、時折躓いてしまう小さな嗚咽の音。

 彼女の心は叫んでいる。私の心を否定しないで、拒絶しないで、私の事も……、見て、と。

 ぎゅっと掴み合っている彼女の手からそんな思いを感じた私だけど、口を挟む前にグランさんの怒声がまた響いた。


「当たり前だろう!! 御柱様は我らの主であり、親そのものだ!! たとえそなたが私の妻であろうと、御柱様を否定し、仇名すならば……っ、その時はっ」


「──っ」


 お前は下だ、そう突き付けられたと思ったのだろう。

 私を抱く力をさらに強めたディーナさんの涙が、堰を切って溢れ続ける思いが、私の顔に次々と落ちてくる。

 

「ディーナさん……、っ。グランさん!!」


「はっ? な、なんだっ」


 人様に対して喧嘩を売るなんて、毎回思うけど、あまりやりたくはないことだ。でも、やる時はやれと教育されたのでやります!!

 私はグランさんを怒り全開で睨みつけ、指をビシッ!! と。


「最低です! ふざけんな!! です!!」


「は、はぁ?」


 私も怒鳴られるかもしれない。

 だけど、御柱様御柱様と連呼し、ただそれだけを至上と言いたげにディーナさんを否定するこの人を、今、心から軽蔑します!!

 

「わ、私は何も悪い事は言ってないだろう!! 子供が夫婦の問題に口を挟むではないわ!! ──べふっ!!」


 すみません。つい、うっかり、怒りのままに巨大ハリセンでグランさんをしばいてしまいました。

 でも、子供相手にも大人げなく怒鳴ったんですから、お返しです。ついでに、ディーナさんの心の痛みも含めて、倍増しでやっておきました。

 その場に沈んだグランさんは低く唸りながら起き上がろうとしたけれど、まだ怒りが解けないのでもう一発、


「ぐはっ!!」


 お仕置きしておきました。

 ディーナさんに怒られるかとも思ったけれど、今のディーナさんはぽかんとしているだけで、自分の旦那様が花畑に沈んでいる様を眺め続け……、そして。


「ふふっ」


「すみません、ディーナさん。どうしても、……抑えきれなくて」


「いいのよ。リシュナちゃんのような子供にみっともない夫婦喧嘩なんか見せてしまって……、怖い思いもさせてしまったもの。だからいいの。それと、ありがとう」


「ディーナさん」


「ぐぐっ……! 小娘めっ、大人しいかと思えば、教育がっ」


「──女、子供相手に喚いてるお前の方が教育不足だろうが」


「ぎゃふっ!」


 また怒鳴られるのだろうかと身構えた時だった。

 起き上がろうとしたグランさんを踏み倒し、圧と力を加えてその背中を睨み下ろす存在が現れた。

 両腕を胸の前で組みながら、青筋を浮かべている……、


「レゼルお兄様」


「俺の妹に怒鳴るだけでも大罪だぞ、このクソ始祖野郎が」


「……グラン、大丈夫?」


「うぐぐっ……! 無礼者がっ、くそっ、……足をっ、足をどけろっ!!」


「さぁ、どうするかな」


 ぐぐーっと、グランさんの背中にかかる強い圧力。

 れ、レゼルお兄様のアメジストの双眸が、物凄く怖い!

 

「少しはマシな類かと思ったが、お前も十分にお高くとまってるんじゃないか? グラン・ファレアス」


「レゼルお兄様、とりあえず足を……」


「御柱はお前達に言ったんだろう? 自分は天上、地上、全ての命を愛してる、上も下もないって。──それなのにお前は、言葉の端々に時折、自分が上だっつー傲慢さが出てんだよ」


「何、をっ」


 どうしよう。これは私が何を言ったところで止められないっ。仮にも自分達種族の始祖様なのに、レゼルお兄様の目は軽蔑を含み、まだ解放する気はないらしい。


「俺達は男だ。その上、戦う事に慣れてるし、多少の傷も気にはしない。けどな、お前はそれで満足でも、お前の事を大切に思ってる女の気持ちを蔑ろにするような台詞は吐くな。亭主関白にしか見えないからな」


 そこでやっと足を外し、グランさんを解放するレゼルお兄様。だけど、報復はすぐに仕掛けられる。

 飛ぶように軽やかな動作で起き上がったグランさんがレゼルお兄様めがけて回し蹴りを仕掛け、その足を止められる。


「ちっ!」


「グラン!!」


「リシュナ。今日は観光区域のほうに泊まるぞ。このクソガキとは暫く顔を合わせたくないからな」


「は、はいっ」


「誰がガキだ!! 私はお前よりも遙かに年上だぞ!!」


「根がガキだって言ってんだよ、ばーか」


「なぁああっ!!」


 最悪の屈辱を味わったグランさんは顔を真っ赤にし、またレゼルお兄様に飛び掛かろうとしたけれど、ディーナさんが止めに入ってくれたお陰で、どうにかその場から離れる事が出来た。勿論、私はレゼルお兄様の腕に回収され、そのまま大神殿を後にすることに。

 漆黒の両翼が空を舞い、観光区域がある場所に向かって飛んでいく。


「レゼルお兄様、やりすぎですよ」


「お前だってハリセンでやっただろう? それに……、寛容そうに見えて、グラン・ファレアスの始祖の方が面倒だって事もわかったしな。あれは、御柱の意思を尊重しているように見えて、内心は別もんだ。本当は、地上の民を下に見てやがる。けど、従順な眷属でいるために、自分の心を殺してるってところだな」


「役目と、本心の違い、ってことですか?」


「あぁ」


 レゼルお兄様の両腕の中で寛ぎながら、大人は難しいものだと考える。

 本心は胸の中にあるのに、グランさんは御柱様にとって従順な、愛される眷属でいたいから、心を押し殺す、か。

 

「じゃあ、普段のグランさんは仮面を被っている、ということですね」


「全部が全部、じゃないだろうが、妻と一緒で、アイツにも地上の民に思うところがあるんだろうさ。けど、優先すべきは主である御柱の心。そこが強いから、踏ん張っていられるんだろうけどな」


「不自由ですね、眷属って……」


 と呟いたら、レゼルお兄様が苦笑しながら言った。

 眷属に限らず、どの種族も、国も、何かに仕えている者にとってはよくある事だ、と。

 

「ま、ウチの陛下は言いたいことがあるなら言え、ってサッパリしてるけどな」


「国王様は正真正銘、そんな感じですよね。裏表がないというか、人の話をちゃんと聞いてくださる方です」


「この世界の御柱も……、色々と悩んでるみたいだけどな」


「え?」


 御柱様?

 何故、御柱様が色々と悩んでいる、という情報を、レゼルお兄様が持っているのか。

 それと同時に、いつ医務室から逃げ出して来たのかと聞きかけたけれど、すぐに護摩化されてしまう。


「いや、なんでもない。さ、急ぐぞ! 宿屋に着いたら、ゆっくり休もう。なんか美味いもんでも食ってさ」


「チョコレートとバナナが乗ったパフェが食べたいです」


「この時代にあるかなぁ……。ははっ、けどま、似たようなのならあるかもな」


 地上からの旅人で賑わう観光区域の様子が徐々にハッキリと視界に映り始める。

 結局、神様の眷属に無礼を働いた事になるけれど、……後でレゼルお兄様共々、牢屋行きになったらどうしよう。

 そんな事を考えながら、私達は今夜の宿を求めて地に足をつけるのだった。

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