観光区域



 ──Side リシュナ



「はぐっ、……んっ、んっ、もぐもぐっ……っ、ごくごくっ!!」


「レゼルお兄様、他人様のお宅ですよ……」


「ふんっ!! もぐもぐ……っ、遠慮なんかする必要があるか? 人を勘違いで罵倒し幽閉するような奴らの家だ。どう振舞おうとあれ以上の無礼にはならない!!」


「……はぁ。ふり~だむだむ、です」


 間違いで連行してしまったお詫びだと頭を下げられ、振舞われた沢山の美味しそうなご馳走。

 まず庶民のお家では見られないような、キラキラと高級感を演出する見た目の豪華さ。

 見かけは動物のお肉やお魚を使っているように見えたけれど、地上に生きているそれらとはまるで違うものなのだと、最初にグランさんから説明を受けた。

 地上の命在るものに似せてはあるが、料理に使われた食材の全ては命在るものではないのだと。

 神の眷属は神様にお仕えする存在だから、清らかであらねばならない。

 だから、口にしていい食材が限られている、とも。


「……もぐ、んぅ~、ふっ、……もぐもぐっ」


 ふぅ、ふぅ、と、熱々の鳥肉モドキの一欠片を口に入れると、使われている香草の風味とソースのハーモニーが素材の良さを抜群に引き立て、……あぁ、夢見心地のようなお味ですっ。


「はふはふ……っ。んっ、おいひぃでしゅ」


 はっ! つい、手を動かしている内に理性が!!

 厳しいレッスンを繰り返し、学び育てた淑女としての気品が!!

 自分のあまりのだらしなさに頬を赤らめ、両手で頬を押さえていると、


「リシュナ……、滅茶苦茶可愛いから問題なっしんぐ! だ」


「うぅ……っ」


 食べる事に夢中になっていると思っていたら。まさかの目撃犯が!! 

 レゼルお兄様はどれだけ食べても表情ひとつ変えなかったというのに、ううっ、悔しい……!

 でも、美味しい、いや、美味しすぎるという事実は変わらないわけだし、無表情で食べ続けるよりは失礼にならないのかもしれない。

 神の眷属たる人達も、微笑ましそうにこちらを観察しているし。

 

「満足して貰えているようで、何よりだ。なぁ、ディーナ」


「ええ。お詫びになるか心配していたけど、ふふ、美味しいお料理は、身も心も満たしてくれるもの。本当に良かったわ。どれだけおかわりされても、見ごたえがありますしね」


「うむ! 最初はなんと遠慮がない大食らいだと驚いたが、今はこちらの心も満腹になりそうな清々しさだ! それに、テーブルマナーも完璧のようだが、そなた達、どこかしらの出か?」

 

 

 問いかけの後に、オレンジ色の飲み物をグラスから多めにごくりといったグランさんに、レゼルお兄様が手を止め答えを返す。


「一応な。まぁ、ちゃんと覚えるようになったのは……、ガキじゃなくなった頃だったかな」


 レゼルお兄様?

 昔を思い出しているのだろうけれど、その表情にはどことなく……、少し辛そうな、寂しそうな、そんな影に覆われているような気がする。

 私が心配になってくいっと上着袖の途中を引っ張ると、レゼルお兄様はニコリと笑ってこっちを向いた。


「そんなわけでだ。俺達はただの地上からの観光者だから、不審者じゃない事だけは念押しして言っておく!」


「あぁ、わかっておる。私達が全面的に悪かった。で、だ。出来れば、少しの間、ここに滞在していかぬか?」


「何の為にだ?」


「うむ。本来、地上からの観光者は専用の区域と一部の場所だけに立ち入る事を許されておる。だが、個人的にそなた達に興味があってな。まぁ、私とディーナ、それから他の眷属達と交流してみるのも、貴重な経験になるのではないか?」


 滅多に会えない、旅路の果てにしか邂逅出来ない、神の眷属。

 旅人に許された観光区域だけでなく、眷属達の住処である珍しい場所で見学し放題! と、グランさんに勧められた私達は、せっかくだからとそのお誘いを受ける事に。

 そして、──レゼルお兄様はさらに追加十人前の美味しいお料理をおかわりしたのだった。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「凄い賑わいですね……」


「ははっ。御柱様のお膝元だからな! 毎日こんなものだぞ」


「へ~……」


「レゼルクォーツさん。リシュナちゃんの手を離さないであげてね。ここは、……時々、騒ぎも起きるから」


 人間だけでなく、それとは違うとわかる特徴を備えた他種族の人達が多く行き交う、ちょっと変わったデザインの石畳みが並ぶ大通りの入り口。


(これは……、葉っぱを模しているのかな?)


 石畳みの地面に目を落として首を傾げていると、レゼルお兄様に合図代わりの手を引かれて歩き出す。

 グランさんとディーナさん、それから、護衛の眷属の人達に守られながら訪れた、地上からの観光者で賑わう大きな観光区域。

 さっきまで私達がいた白亜の荘厳な建築物のように、天上式の建築物が並んでいるのかと思ったら……。


「地上の町並みと、あまり変わりませんね」


「……そうだな」


 私の手をしっかりと握りながら、レゼルお兄様は建物や観光客、あらゆる場所に視線を走らせてから頷いた。

 神の眷属達が暮らす区域のランクが王族、貴族なら、こちらは本当に庶民的な作りのものや光景が多い。

 それに、……大勢の人が行きかうその活気で誤魔化されているけれど、一部にボロボロと今にも崩れ落ちそうな建築物や、壁に焼け焦げたような、火事の名残を思わせるものもあって。

 他の人達より身長が低いせいか、時々、道行くその雑踏の隙間に……、そんなものが見えた。


「ディーナさん、騒動って……」


 私からの問いに、隣を歩いていたディーナさんがびくりと震える。


「……ここには、ね。様々な地上の種族が集まってくるの。だから、……問題も、あって」


「残念な事だが、気性の荒い者が多くてなぁ。よく警備の者が取り締まりに出るのだが、まぁ、日常茶飯事というやつだ」


 御柱様に謁見を願い出る者や、天上の世界に焦がれて足を運んでくる人達。

 又は、それ以外の目的をもって門を通る者も多いそうで……。

 この観光区域には沢山の活気があるけれど、同時に問題が多すぎて、眷属達の手を焼かせているのだそうだ。


「騒ぎを起こした者は、問題の大きさによって天上から追い出す事もあるが、御柱様の懐は深い。人々にチャンスを与えようとしてくださる」


「でも、御柱様のお優しさに甘えてばかりでは、地上の民の成長はないのではないかしら……」


「ディーナ」


 人混みを抜け、憩いの場となっている噴水付きの広場に出た私達は、野外用の硬い長椅子に腰を下ろす。

 俯き加減に暗い顔をしているディーナさんの身体はさっきよりも震えが大きくなっていて、ここにいる事が苦痛だと全身で訴えている事がわかる。

 彼女の肩を抱いて支えている側仕えの少女の表情も、同じように暗い。

 私はレゼルお兄様の方を向き、前に習った念話で語り掛ける。


(レゼルお兄様……。一度、ディーナさんを住処に戻した方が)


(俺もそうしたほうがいいと思う。ここは……、毒だ)


 あちらの方が空気も清浄で、穏やかで、とても静かだ。

 観光区域に溢れている活気……、騒々しさや熱気と比べると、彼女がここにいる事自体が不似合いに思える。

 グランさんの方は……、


「もぐっ!! ……んっ。ディーナ!! この焼きイカを食え!! 美味いぞ!! ほぉ~れ! イカの踊り食いも見せてやるぞ!!」


「いりません……」


 ──空気を読む力がゼロだ!!!!!

 その手に何本もの焼きイカを持っているグランさんの行動は早い。

 ……だけど、自分の奥さんの心情を正しく理解する心と、気遣い方が色々と間違っているようなっ。

 それに、その意味不明な踊りはなんですか!!

 側仕えの少女が焼きイカから漂ってくる煙を匂いを嫌うかのように手を小さく払い、グランさんを睨む。

 

(一気に空気が気まずくなりました……。流石に、イカはありませんよね、イカは)


(せめて女子供の好む甘い物か、さっぱりとした果物とか……、ん? あのグラン、多分、俺達の始祖なんだろうが、アイツ、普通に生ものってか、生き物食ってるよな?)


(食べてますねぇ……。似せて作ったものかはわかりませんけど、……ディーナさんが物凄く嫌そうにしてます)


(ウチの陛下は女心に聡いのに、始祖はアレか……。よく結婚出来たな、あの二人)


(恋愛結婚なのか、それともお見合い結婚なのか……。謎ですね)


 ディーナさんが断ると、グランさんは広場中に出ている野外店で色々な食べ物を買い漁り、その都度、自分の奥さんの元に運んでくるけれど……。


「いりません」


「むぅ~……。で、ではこれならばどうだ!! 林檎を蜜で絡めて焼いたものだ!!」


「……」


 こんがりと焼かれた、甘い甘い、蜂蜜がかかった林檎。

 果物類は別だと聞いていたから、あれなら、もしかして……。

 恐る恐る差し出すグランさんに、ディーナさんが少し震えのおさまった手を伸ばす。


「ありがとう、グラン」


「うむ!! それを食べたら一度天上に戻ろう。後の見回りは私が全部やっておく」


「いいえ……。私も、行くわ。この世界の秩序を保つのは、私の役目だもの」


 ぺろりと林檎に舌を這わせたディーナさんの顔に笑みが浮かんだ一瞬の後、彼女の気配はまた険しくなってしまう。具合が悪いのは確実なのに、グランさんを一人で行かせたくないような……、そんな、焦燥のようなものが感じられる。


「無理をするな。今日とて、……そんな風になるなら待っていろと言ったであろう?」


「──っ」


 気遣いもあるのだろう。

 だけど、グランさんのそれはディーナさんにとっては救いとならず、逆にその心を傷付けたようだった。


(あのディーナ……、ロシュ・ディアナの始祖は、役目の為というより)


(グランさんの、旦那様の傍から離れたくない、ようにも見えますよね)


 まるで、グラン・シュヴァリエのお仕事でレゼルお兄様が何日か家を留守にしている時に私が感じるような、……不安、のような感情を、あの人も胸に抱いているのではないだろうか。

 彼女の視線が、グランさんの腕を掴むその手の震えが……、胸に痛い。

 私は無意識に口を開いていた。


「グランさん」


「ん? どうした」


「あの、今日は見回りを他の方に──」


 二人一緒に住処へ戻る案を口に出そうとしていたその時。

 大通りの方から、ドォオオオン! と、地を轟かす程の大きな音が響いてきた。人々のざわめきや怒声が波のように伝わってくる。


「ちっ、またか!」


「グラン・ファレアス様ー! 東通りで火災が発生しました!! どうやら、また……」


「わかっておる!」


「グラン!」


「ディーナ、具合が悪いところすまぬが、ここから火災発生場所に向かって雨を降らせてくれ!! 良いか? 絶対に来てはならんぞ!!」


「いやっ、私も行くわ!! 私もっ」


 観光区域内で起きた火災の報告を詳しく聞く間もなく走り出したグランさんと、何人かの男性の眷属達。

 一気に慌ただしくなった周囲の騒ぎさえ見えていないのか、ディーナさんは側仕えの少女に引き留められながらも、必死に遠くなっていくグランさんに向かって追い縋ろうと手を伸ばす。

 

「うっ、……うぅっ、何故、何故……、私を置いて行くの、……グランっ」


 彼女の頬を幾重にも流れ、伝い落ちていく悲しみの涙。

 それは、頼もしい夫がいなくなってしまった事に対する不安、ではなく……。


「また、……また、あの時のような事になったら、私は私は……っ」


「ロシュ・ディアナ様……っ、お願いいたしますっ、早く雨をっ」


 グラン、グラン……と、愛する人を呼ぶその声に、残っていた眷属達から役目を果たすようにと、遠慮がちに懇願の言葉がかかる、

 今の彼女にそんな事を言わねばならない自分達自身に罪悪感を覚えているのだろう。誰もが気が進まないといった表情だ。

 ディーナさんはゆっくりと支えられながら立ち上がり、純白の翼で宙を撫でるかのように弱弱しい羽ばたきを繰り返すと……。


「グラン……」


 すぐさま天空高くへと飛翔し、その弱々しい声音を掻き消してしまったのだった。







 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「悪い子、みぃ~つけたぁ~……、こらっ!!」


「はうっ!」


 無事に収束を迎えたあの観光区域での一件の後。

 私はディーナさんの事が気になって、グランさん達の住処であるこの天空のお城を一人で彷徨っていた。

 だけど、早々に後を追ってきたレゼルお兄様に捕まってしまうとは……っ。誰の行き来もない廊下内でよいしょっと抱っこされ、むぅう~……と、あ、お説教の予感。


「なんで俺を置いていくんだよ、お前は……。泣くぞ」


「うぅ……、ごめんなさい。ちょっと、ディーナさんの事が気になりまして……。この場合、二人きりでお話したほうがいいかなぁ、と」


 雨を降らせ、グランさん達の仕事を助けたディーナさんは、天上に戻るまで……、意識があるのかないのかわからないような危うい状態だった。グランさんが付き添って行ったから、少しは大丈夫……だと思いたかったけれど、どうしても気になって。

 客室から用があると行って少しだけ席を外したレゼルお兄様の不在中に抜け出した私は、彼女がどこにいるかもわからずに歩き続けて、結局はこう……。

 

「過去の世界、ではあるが、相手はロシュ・ディアナの始祖だぞ? 今の時代もお前に無害な相手とは限らないだろう?」


「女の子同士のお話をしようと思ったんです」


「つまり、男は邪魔だと?」


「レゼルお兄様は大人ですし、ディーナさんも気を遣うでしょう? なら、子供の私相手なら、……色々、お話してくれるかな、と」


「やっぱり泣いてやる!」


 はぁ……。なんでそうなるんですかね。

 ただ私は、ディーナさんの様子を見て、必要があれば一緒にお話でも出来ないかな~と思っているだけで、レゼルお兄様をいじめているわけでは……。

 

「女の子同士の秘密に、男の子は立ち入り禁止なのよ! って、ははっ、何度も言われてきたが、まさか妹にまでっ」


 って嘆きながら、私をむぎゅむぎゅ抱き締めないでください。

 あと、向こうから人が来てますから、みっともなく泣き喚かないで、くだ、うううううううっ!! 苦しいっ!!


「あの……、大丈夫、ですか?」


「お客様、何かお辛い事でも?」


「確かグラン様が、お客人は少々変わった? スキンシップをご兄妹でなさっているから、あたたかく見守るようにと通達を……」


 ──変わり者兄妹レッテルが天上中に広まっているでは!?

 通りがかりの眷属男女達に弁解すべく、私は速攻でレゼルお兄様の顎に頭突きをお見舞いしてその腕から飛び降りる。


「れ、レゼルお兄様の具合が悪いのです!」


「「「はい?」」」


「なので、すみませんがレゼルお兄様をお医者様の許にお願いします!!」


「リシュナぁああっ!?」


 かなり無理がある!

 だけど、大泣き状態のレゼルお兄様の状態がとてもおかしく見えたのか、眷属の皆さんは訳がわからないながらも、


「「「かしこまりました!!」」」


 お客様に何かあっては一大事!!

 そんな声を響かせながら、大泣き状態の成人男性(吸血鬼)の捕獲、いや、保護に動いてくださった皆さん。

 あっという間にレゼルお兄様とその一行は廊下の向こうに……。

 

「ふぅ。これで自由に動けます」


 とりあえず、まずは人を探そう。

 ディーナさんのお部屋か、居場所を聞いて、……一目でいいから、彼女がどうしているか、確認したい。

 私をあんな目に遭わせていた、……二度と会いたくないと思っていた、因縁の相手。

 私にとっては、これから先の未来で確実に『敵』となる人だけど……、私の足は止まらない。

 広いお城の中を歩いて、歩いて……、心が彼女を追い求めてしまう。過去と現在では、まるで別人だから?

 自分勝手に人を虐げていた、あの凶悪な表情を思い出す。

 彼女は私を憎んでいた。ロシュ・ディアナを、神の眷属を穢す、他種族の血を……。

 何故、そんなにも他種族を憎むのか、排除したいと望むのか?

 あの時は、自分が甚振られる恐怖ばかりでそんな事を考えた事もなく、ただ、自分が許されざる罪の存在なのだとばかり思い込んでいた。──だけど。


「ロシュ・ディアナ様ですか? 御柱様の許に、グラン様とご一緒に向かわれたはずですよ」


「私もそこに行けますか? 無理だったら、ディーナさんにお会い出来る時間まで、どこかでお待ちしたいのですが」


「御柱様の間には、許された者しか入れません。ですが、その手前に、謁見用の控室や小さな庭がありますので、お好きな方でお待ちください」


「ありがとうございます」


 お城の中間地点にある、眷属の人達が何人も通っては過ぎ去っていく、円を描く広間。

 私はその中の一人の女性にディーナさんの行方を聞き、御柱様のいらっしゃるという、別のお城への行き方を描いて貰った紙を手に、外に出た。

 さっきは皆、空を飛んで行く手段で観光区域に行ったけど、今度は一階の入り口を徒歩で通って、ひらひらと宙に舞う白い花びらの道を通って先を急ぐ。

 確か、地上からのお客様や、翼を休ませたい眷属達の為に作られた、天空間を移動する為の移動船や遊覧船があると聞いている。


「この階段を……、次は、こっちの、……あった」


 小走りで五分ほど道を行き、目当ての船着き場を見つけた。

 大型の豪奢な作りの物から小型の簡易の物までが並び、この場を管理しているのだろう係りの人達や、点検作業をしていると思われる人達が何人も動き回っている。

 

「よし、行こう」


 胸元に添えた握り拳の内側でトクトクと小さく緊張している鼓動を抱え、──踏み出した。

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