故郷と書簡
――Side リシュナ
「お父さん、お母さん……、皆」
久しぶりの、お墓参り。
レゼルお兄様達と訪れた私の故郷は、この三年で大きく様変わりをしていた。
隣国からの脅威を警戒し、その魔の手が去ってからも、万が一の事を考慮して作られた兵の駐屯地。
魔術などの恩恵を受け、建築された巨大な城塞を中心に、村の外まで範囲を広げられた敷地。
その一角に、今も変わらず在り続けているのが、亡き村人達の墓所だ。
本来は別の場所に墓を移す話が出ていたそうなのだけど、何故かその話はなくなり、今に至る。
戦火の全てを見届けた大樹。
新しい息吹を感じながら、大樹は薄桃色と真白の花を溢れんばかりに咲かせている。
かつて罪を犯した子供達。ディル君達も真剣にお墓の前で頭(こうべ)を垂れ、捧げているのは懺悔と冥福を祈る、心からの想い。
――そして。
「宰相様、皆の冥福を祈って下さって、ありがとうございます。彼らの家族として、心よりの感謝を」
「……いや。お前の事を、……時々ではあるが、その教育を担当している者として、これは当然の事だ」
お父さんとお母さん、そして、村の人達のお墓参りに行く事を事前に知っていた宰相様は、自分も挨拶をしておこうと、そう言ってくれた。
今はもう、自分やグランヴァリアの王様も、皆、家族のようなものだから、と、有難い事まで……。
私の両親のお墓の前から立ち上がった宰相様が、涙ぐむ私の頭を撫でながら、別のお墓の前から腰を上げたレゼルお兄様達に視線を移す。
「隣国は……、やはり沈黙を保ったままのようだな」
「はい……。三年前、頻繁に他国への侵略行為を繰り返していた彼(か)の国は、この村を蹂躙して以降、それ以上の進軍を成さず、又、侵略行為も完全に沈黙しました……」
「ついでに、混血野郎も雲隠れときた……。ちっ、これじゃ借りが返せねぇじゃねぇかっ」
隣国……。国境を突破し、数多の人々の命を奪い、略奪行為に手を染めた、雪に覆われた大国。
私のお父さんとお母さんを、皆を殺した……、村を焼いた、今でも憎くて仕方のない、私の、忌むべき仇。
恨みを忘れたわけじゃない。出来る事なら、お父さんとお母さん達の仇を討ちたい。
だけど、私一人では無力で、立ち向かうのが国というひとつの巨大な敵である以上、……その中の誰を敵と思えばいいのか。それすらも判然としなかった。
そんな私に、レゼルお兄様は言ってくれた。――お前の抱えている憎しみと悲しみは、俺が預かる、と。
一国を相手に私が出来る事は何もない。だけど、三年前の隣国が起こした侵略行為には、ある混血児の存在が関わっている。そう、隠さずに教えてくれたレゼルお兄様。
本当は、部外者に教えてはいけない重要機密事項で、それを口外する事は、グラン・シュヴァリエとして、規律違反に当たる事だった。
だけど、それでもレゼルお兄様が私にそれを教えてくれたのは……。
『お前には、知る権利があるからだ。いや、知るべき真実だからだ。そして、俺はお前の兄であり、グラン・シュヴァリエの一人。お前や村人達の無念を晴らす剣(つるぎ)となってやる事が出来る』
吸血鬼と人間の混血児……。それが、隣国の国王を動かし、私の幸せを踏み潰した仇。
そして、三年前……。クシェルお兄様に深手を負わせ、今はどこかに息を潜め、機会を伺っている存在。
その話を聞かせて貰ったのは、クシェルお兄様が大怪我をして帰って来てから数日後の事だった。
私が、真に憎むべき相手。手が届かないと思っていた、恨みを捨てろと、そう諭されると思っていたけれど……、まだ、憎む事を許されている相手。
それだけでも救いだった。子供達の事はどうにか自分の中で折り合いをつけ、許せても……、まだその姿を知らない混血児だけは、その仇だけは、絶対に許せないから。
「リ~シュナ~! どうした? 腹でも減ったか?」
「んっ。……そう、ですね。はい、お腹が空きました」
「だなぁ。朝は少しだけだったもんなぁ。ここで昼にしちまうか」
俯いて歯を食いしばっていた私の内心を確実に見抜いていたレゼルお兄様に、抱えている憎みやいかりを優しく溶かしていくように手を繋がれた私は、胸の奥でトクンと、あたたかな鼓動を感じた。
三年前に出会った、私の、光。この人のぬくもりは、いつだって私の中に根付こうとする絶望を希望に変えてくれる。今も、お昼の準備に入り始めた皆に話しかけながら、私の手を、心を、大切に抱き締めてくれている。
「……大丈夫ですよ?」
「リシュナ、飯を食ったら、少しその辺を散歩しに行こうな~。春は野の花も見ごたえがある」
向けられた穏やかな笑み。
隣国に近いこの村はまだ少し肌寒いけれど、何故か春の到来はそこかしこに表れている。
村の、この城塞の敷地内にも、外にも、小さな花々が咲いて、歓びの歌を唄う。
私はレゼルお兄様に頭をくしゃりと撫でられてから、自分も笑みを返して頷く。
「お散歩、楽しみです」
「空を飛ぶのも良いが、ただ歩くだけでも面白い事がいっぱいあるしな~。よぉ~し、今日はお兄様が可愛いお姫様に似合いの花冠を作ってやろう! 滅茶苦茶豪華なのをなっ」
お散歩も、花冠も嬉しい。だけど、私が一番嬉しいのは、……貴方が私の心にあたたかく寄り添ってくれる事なんですよ? 親愛なるお兄様。
「ん?」
お茶目なウインクと共に楽しい会話をしてくれるレゼルお兄様に寄り添っていると、どこからか野太い大声が……、あっ。
「リシュナ嬢ぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ま、マーゼス、さんっ」
「あ~、やっぱり来たか。よっと」
城塞方面から土煙を大量に巻き上げながら爆走してくれる人影。
この城塞の責任者でもあり、三年前、ディル君達のお遊びの犠牲で操られた村人達と交戦し、その亡骸を焼き
払う決断を迫られた人。そして……、一人だけ生き残った私の存在を、喜んでくれた優しい人。
マーゼスさんの出迎え。
定期的に里帰りをしている私達にとって、よくある光景なのだけど……、ちょっと困るというか。
それを察したレゼルお兄様が私をひょいっと自分の腕に抱きあげ、猪の如く真っすぐに突撃してくる大きな人影、もとい、心優しき大熊、マーゼスさんの襲来に備える。
「お久しぶりでございますぞぉおおおおおおおおおおおお!! ――あ」
ひらりと華麗に大熊、じゃなくて、マーゼスさんの突撃を躱したレゼルお兄様。
勢いを失わないマーゼスさんの足は、そのまま……。
「「「うわぁあああああっ!!」」」
「ぐふっ!!」
「宰相閣下!! 宰相閣下!! ご無事ですかっ!!」
大樹の根元でランチの用意をしていたど真ん中に突っ込み、……宰相様が犠牲となってしまった。
大慌てで大熊級の体格をしているマーゼスさんを引っ張り上げるフェガリオお兄様。
びっくりしながらも笑っている子供達。あ、クシェルお兄様はレジャーシートの上で早々に寝転がって、サンドイッチを……、もうっ。それと、こちらでは、レゼルお兄様がぷっと小さく噴き出している。
「宰相様に怒られますよ。ふふ」
「よぉーし、お前も笑ってたって、宰相殿に言っとこうな~。きっと、すげぇしょぼーんとするぞ」
「じゃあ、今度は私が宰相様の頭を撫でてあげればいいですね」
「なっ! それは駄目だ!! 勿体ない!! むしろ、あの宰相には千年、いやいやっ、万年早い!!」
マーゼスさんという重しから解放されつつある宰相様に噛み付くような視線と抗議? の言葉を大声で叩きつけるレゼルお兄様。……私の撫で撫でなんて、特にそんな貴重なものでもない気がするのだけど。
向こう側でバッチリ、こちら側の会話を聞きつけていたらしい宰相様とレゼルお兄様の大喧嘩が急速に距離を詰めながら始まる。
レゼルお兄様の腕の中にいる私は、丁度板挟みで耳がビリビリと震えるくらいの面倒な喧嘩だったけど、もう、心の中で溢れそうになっていた負の感情は落ち着いたようだ。
それよりも、変わらない平穏な日常? に、思わず楽しさを含んだ笑いがぷぷっと零れるくらいで……。
いつまでも、いつまでも、この幸せが続きますように……、と、私はこの世界の神様に願ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そっかそっか~。里帰りしてたんだね~、りっちゃん!」
休日明け、特別クラスに登校した私から休みの間の事を聞いたフェルティーが、昼食のクリームパンを頬張りながら、うんうんと頷き、里帰りとお墓参りは大事だよね~と、しみじみな気配を醸し出していた。
「僕も一回くらい里帰りしたいんだけどねぇ……。ウチのおっちゃまがうるさくてさぁ」
フェルティーが三つ編みにして胸に垂らしている長い金髪をいじりながら、ぶーぶーと、文句を零す。
彼女の故郷は、ここから遠く、凄く遠く離れた、砂漠に囲まれている場所にあると聞いている。
何か事情があってこの学院に通っている事は伝わってくるけれど、……帰りたくても帰れないというのは、とても辛い事だ。机をくっつけて昼食を食べている私達は休みの間の出来事を伝え合いながら、しみじみと故郷に思いを馳せる。
「……帰りたい、なぁ」
「フェルティー……」
教室の窓に視線を向けたフェルティーの瞳は、いつもの明るい彼女には不似合いな頼りなさを宿して揺れている。フェルティーの故郷、フェルティーがここにいる意味……。
きっと、普通の事情じゃない事だけは……、同じように秘密を持っている私にもわかる。
帰りたくても帰れないフェルティー。
いつか、……もっと仲良くなれて、お互いの事を話せるような関係になれたなら、私は、彼女の力になれるだろうか?
「私も、行ってみたいです」
「ん?」
「フェルティーの故郷(ふるさと)に」
「りっちゃん……、うん。いつか、一緒に行こうね。こことは全然文化も何もかも違うとこだけど、ここにはない綺麗なものや楽しいものがいっぱいあるんだ。ふふ、約束、な?」
「はい。約束、です」
ぎゅっと、少しだけ力を込めて交わされた小指の約束。
いつか実現するといい。フェルティーの国に行って、一緒に、沢山の綺麗なもの、楽しい事を共有して……。
互いに絡めた小指と、これからを約束する笑顔を交わす。
――と、私達の間にあたたかな気配が満ちているところに、びくりとするような大声が響き渡った。
「フェルティー!!」
「げっ。ど、どうしたんだよっ、フィノル。今日は別に宿題も忘れてないし、ん~?」
「忘れておるから来てやったのじゃ!! ほれっ!!」
私達のいる窓辺にドスドスと近づいてきたのは、誰もが見惚れてしまうような、可愛い美少女。
ふわっふわの薄いピンク色の長い髪をツインテールにしている彼女は、フィノルさんと言って、フェルティーの住んでいるお屋敷でメイドをしている。……雇い主に対して完全に上から目線なメイドさんだけど。
ドスンッ! と、机の上に置かれたのは、重箱と呼ばれる、異国のお弁当箱、らしい。
何段にも重なった四角い箱がフィノルさんの手によって分けられ、机に並べられていく。
今日もまた豪華な……、沢山の美味しそうなおかずに、白いご飯。
「フェルティー……、昼食時間、残り十分ですよ?」
「ふふんっ! 余裕!! フィノル!! 届けてくれてサンキュ!! ありがたく、昼の糧にさせて貰うよ!!」
「うむ。よく噛んで、喉に詰まらぬよう、全て平らげよ。よいせ」
フェルティーが昼食を忘れてくるのは時々ある事で、それを届けにこのフィノルさんが来るのも、いつもの事。
そして、私とフェルティーの両方を観察出来る真ん中に椅子を置いて座り、こっちに視線を向けてくるのも……。
「…………」
「…………」
毎回、私は何を観察されているのだろうか?
見た目美少女の鋭い視線が痛い、痛い、……うぅっ。
多分、フェルティーにとって害がないかどうか、見定められている、のだとは思うのだけど。
なんだかそれ以外でも、何かを探られているような気がひしひしと。
「リシュナ殿」
「は、はい……っ」
「この間からずっと気になっておったのじゃが……」
「な、何をでしょうかっ」
フィノルさんはずずいっ!! と、椅子を私の傍に近付け、突然、おもむろに私の顔を両手で挟んでくる。
な、……何なんでしょうかっ、この事態はっ。
「ふむ……。やはり、出ておるな、……厄介な相が」
「ふぇ?」
ぷにぷにと私のほっぺを摘まんだり、また挟み込んだり、難しい顔をしながらフィノルさんはブツブツと呟く。
あぁ、そういえば、前にフェルティーが言っていたような……。
フィノルさんは占いや、手相などを視る事に長けていて、とても頼りになる、と。
でも、私の顔に厄介な相が出ているとは……、どういう事だろうか?
「歪(いびつ)な白き腕(かいな)……。滅び……、贄、……選択」
「あ、あの……」
「もぐもぐ。……ん。ぷはぁ。フィノルぅ~、変な事言って、りっちゃん困らせるの禁止!! りっちゃん、気にしなくていいからね。フィノルは何でもそうやって意味深に言うのが趣味なんだ」
「フェルティー……、お主」
「さてと、食った食った!! はいよ!! お帰りはあちら~」
「……ふぅ。仕方ないのう。じゃが、くれぐれも身辺には気を付けられよ、リシュナ殿」
あっという間にお弁当を平らげたフェルティーに重箱を押し付けられたフィノルさんは、どこかまだ言い足りない事があるかのように複雑な表情をしていた。
だけど、フェルティーにぎろりと睨まれると、諦めの音に似た溜息を吐いて教室の外へと……。
「ごめんね、りっちゃん。フィノルは後で叱っとくから」
「いえ……。私は、……大丈夫、です、から」
あの時、私の瞳を見つめながらフィノルさんが紡いだ音は、悪戯の響きなど一切含んでいなかった。
ただ……、その言葉自体が、いや、音自体が、私の心に重く、沈み込んできた気がする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side グランヴァリア王
「……陛下、書簡にはなんと?」
使者が持ち帰った書簡を広げ、その文面に目を通しはしたが……。
いつまで経っても言葉を発しない俺に焦れた弟のレイズフォードが苛立ちまじりに睨んでくるのを感じながら、俺は書簡を執務机の上に置いた。
王族同士がやり取りをするに十分な、上質の紙。それに綴られた、美しい、女の文字。
俺が読む許しを与えると、レイズが書簡を手に取り、焦りを滲ませた視線で目を通していく。
「反応を示し、会談の申し入れに応じるとは……」」
「永き時を過ごし、少しは柔軟性が出てきた……、わけではないだろうな」
「ですが……、この書簡の中身にはかなりの問題がありますよ」
かつて、神に仕えていたとされる種族、ロシュ・ディアナ。
外界との干渉を拒み、その清らかさと神性を守る為だけに自国を閉ざし、沈黙を守り続けてきた者達。
その錆びついた誇りとやらにどんな価値があるのかは知らんが、……随分と安く、下らないものだ。
「おやおや、会談の場所はあちら側の世界ですか……。考えましたね~。ロシュ・ディアナの世界か、このグランヴァリアであれば、何を気にする事もなく万が一の対処が出来ますが、ふむ」
随分と多い要求が綴られている書簡を手に眉を顰めているレイズとは対照的に、それをひょっこりと盗み見た三男のラフェリアスこと、レゼルの父親は相変わらず面白そうだと目が笑っている。
俺が使者に持たせた書簡には、ロシュ・ディアナとグラン・ファレアスの二種族の間で会談を行う気はないかという、簡単な誘いと他愛のない世間話の類をしたためておいたんだがな……。
レイズの手にある書簡には、場所の指定の他、会談に立ち会うに相応しい役職者の指名、護衛や従者の数々など、向こうが強制的に要求を書き綴っている。
礼儀を払った他国の王に対し、……これは間違いなく、無礼に当たるだろうな。
下らん意地を張り、引きこもっている奴らに他国との交流の機会を与えてやろうというのに……。
「アレス兄上……、もしかしなくても、ちょっとイラッとしてますか?」
「ん? いや、箱入りの令嬢のようで微笑ましく感じているだけだ。……誰を相手にしているかもわからず、我儘ばかりを並べ立てる、――躾のなっていない子猫のようだと、な」
幼子(リシュナ)に対して行った数多の仕打ちに関しても怒りを堪え、あくまで、他国との交流の機会を持てずにいる哀れな小さき国に手を差し伸べ、必要ならば他の国との橋渡しも、と、歩み寄りを見せてやったこちら側の返答にしては……、あまりに礼を欠いている。
「陛下、どうか御心を御鎮め下さい。恐らく、他国との交流がなかった為に、接し方がわからないのでしょう」
「レイズ兄上、それはないんじゃないかな? これ、どう見ても、わざとだと思うよ。普通に謙虚な気持ちで他国の王に返事を書こうと思ったら、初心者的な迷いとか、その心構えが文字に表れるからね」
「そうだが……。はぁ、最初から礼儀を欠いた書簡を送ってくるとは、……愚か過ぎて頭が痛くなる」
「怖い者知らずの子猫ちゃんだから、仕方ないね。ははっ」
ロシュ・ディアナの現統治者。――リヴァルディーナ女王。
グラン・ファレアスもまた、始祖が王となり、王制を敷いた。
その子孫が俺達であり、リヴァルディーナ女王もまた、かつての、ロシュ・ディアナの始祖に連なる者。
同じ立場であり、またどの種族よりも近しい間柄でありながら、……まったく、友好関係を築ける気がしないのは、書簡の中身のせいか。
いや、気のせいではないだろう。
リシュナという幼子に過酷な境遇と仕打ちを与えたのだ。
たとえ全てがそうでなくとも、確実に存在している。腐った実が……。
ロシュ・ディアナという、神の御使いという座に固執し、混血児というだけで、リシュナを虐げ、非道な真似をした者達が……。
幼子に手を上げ、残酷な真似をするという事実に対しても、許しがたい怒りを覚えるが、あの娘はレイズの子だ。俺の弟の子。俺の姪御……。つまり、ロシュ・ディアナの愚か者共は、俺の家族に手を出したという事に他ならん。
「無礼には無礼で返してやりたいところだが、まずは女王を引き摺り出し、会談によって成果を得るのが最優先事項だ。互いの妥協点を提案し、もう一度書簡を送る」
「なるべく、平等に、被害が出ないように、が理想ですけど、……さて、ロシュ・ディアナの子猫ちゃんは、素直に、にゃぁって、泣いてくれるかな。ふふ」
「引きこもりの女王如きに、陛下が振り回されるわけがないだろう。どちらにしても、最後は泣かされて終わりだ」
どちらが、と、口にするまでもないと思っているのか、レイズの目には侮辱を受けた者特有の苛立ちが浮かんでいる。末の弟も、笑みを浮かべてはいるが……、俺への侮辱を自分の事のように受け止め、怒りを覚えてくれる事に関しては、感謝するべきか。
いや、侮辱されたのは俺だけではないな。このグランヴァリア……、グラン・ファレアスに対してだ。
激怒、とまではいかないが……、何をしても許されるという高慢な考えには、怒りよりも呆れの情が強い。
「書簡は改めて用意するとして……、ラフェリアス」
「はい、兄上」
「ロシュ・ディアナの女王が寄越したこの書簡、預けるぞ」
「御意。確かに、お預かりいたします」
「レイズ」
「はい」
「レゼル達に連絡を取り、今から俺が託す伝言を届けてくれ」
「御意」
末の弟には書簡を、すぐ下の弟には甥御達への連絡を頼み、退室を命じる。
一人になった執務室の静けさに、らしくもなく……、嘲笑が零れた。
女王の書簡ひとつで国民性を決めつけるのは良くないが、頂点に立つ者があれではな……。
「ふぅ……」
『――溜息を吐くほど、ロシュ・ディアナが頭痛の種になりそうですか? アレス陛下』
真紅の色合いをしたソファーに寝そべっている俺に、どこからか声が響く。
年若い男の声に、「まぁな……」と返すが、姿を現す事を要求したりはしない。
「ただ黙って滅びを受け入れる可愛げなどない、と、改めて知っただけの事だ」
『そりゃそうでしょうね……。自分達の種族性にとんでもないプライドぶら下げているような奴らなんですから。まぁ、生き延びる為に努力し足掻くのは良い事ですけどね』
「だが、その為に汚いやり口を使い、罪なき者に犠牲を強いるやり方は気に入らん……」
『権力者なんてそんなもんですよ。貴方のように、犠牲を最小限に抑えようと努力する統治者は、なかなかいない』
それは、先代のグランヴァリア王に対する嫌味か?
俺の意を受けて仕事をこなしてくれている声の主は、鼻で嗤う気配を見せ、先代に対して暴言を吐く。
『先代陛下は、とことん割り切りのスッキリした人ですからね。使い捨てられた『駒』の存在を思えば、仕えるのが貴方で良かったと、心からそう思いますよ』
本来であれば、王家に忠誠を誓う者がそんな暴言を吐いていいわけがない。
だが……、こいつらの場合は事情が事情だからなぁ。親父殿を恨み、今も毛嫌う事を叱責する気は起きん。
「余計な事はいい。さっさと報告しろ」
『御意。グラスティア公爵の子息、ファルディアーノ様が前回補強してくださった結界のお陰か、今は外部からの侵入、及び、探りの目は途絶えています』
「中は?」
『何度か、気配を感じ、追跡を試みましたが……、相変わらず手強いですね。接触さえさせてくれませんよ』
声の主とその配下達を使い、この三年の間、リシュナ達の身辺を警護させて来たが……、収穫はほんの僅かだ。
ロシュ・ディアナから放たれたと思われる、外と内側から時折動きを見せる存在。
だが、声の主達は親父殿が自ら教育を施した精鋭揃いだ。
その目を掻い潜る者がいるとすれば……。
「同じ要素を持ちながらも、見破るのは難しいという事か」
『同じ分類にされるのは気に入りませんが、逆だったら……、俺は間違いなく、自分の特性を最大限に生かしますね』
「だろうな」
だからこそ、いまだに手を焼かせてくれているのだ。――三年前と、同じように。
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