大図書館にて……。
――Side リシュナ
「……ふぅ」
大図書館の一角。全く進まない問題集のページ。たった三ヶ所しか埋められていない解答欄。
明日からの三連休で済ませてしまえばいい宿題だから、別に今日出来なくても良いのだけど……。
「でも……」
今日終わらせておいた方が、後々の為になる……。
そう思えて気が焦ってしまうのは、……明日に控えている『会談』のせいだろう。
私達が暮らしている人間達の住まう世界。
レゼルお兄様達との我が家がある、この王都で行われる、他種族の会談。
グランヴァリアの王である国王様と、……私の身体に流れている血の源、ロシュ・ディアナという種族の、初めての邂逅。彼(か)の国の統治者は、女王様だと聞いている。
この世界をお創りになられた御柱という立場に在る神様にお仕えし、今もまだ、神話の世界に在り続けているかのようなお国柄らしい。
私もかつては、その国で……、極寒の牢獄の奥深くで……、絶望を抱きながら、生きていた。
いや、生きていた、とは思わない。
日々、身体を痛めつけられ、怨嗟の罵声を叩きつけられ、心も身体も、すでに死の水底を垣間見ていたようなもの……。
ロシュ・ディアナとして生まれたお母さん。……居場所もわからず、誰かもわからない、他種族の、お父さん。
二人の間に生まれた私は、ロシュ・ディアナの、あの赤い爪の女性に『穢れ』、『汚物』と罵られ、憎悪の感情ばかりを向けられていた。
当時の記憶はあまり鮮明ではなく、その女性の特徴は覚えていても、顔までは……。
牢獄から連れ出された世界で見た景色も、どんどん灰色に変わり、朧気なイメージへと劣化していくばかり。
「ふぅ……」
何も、幸せな想い出など作られなかった世界(牢獄)の記憶……。
明日は私もレゼルお兄様達に連れられて、会談場所である王宮に行くけれど……、もし、ロシュ・ディアナの一行に、……あの赤い爪の女性がいたら、私は。
「くっ……、ぅぅうっ」
突然、不快な感覚と共に込み上げてきた強烈な吐き気。
私は口元を手のひらで覆い押さえつけ、ふらふらとしながら立ち上がった。
幸せな日常によって、その頃の記憶や像さえあやふやになっていく悪夢が、そうはさせないというかのように、私の心にあの人達の声を蘇らせる。
『我らの神性を穢す、毒物よ!!』
『化け物だ!! 神に創られし、清らかな我々とは程遠いっ、混ざり者の化け物がっ!!』
『その翼の色っ!! あぁっ、おぞましぃっ!! 八つ裂きにして、肉塊に変えてしまえ!!』
――やめてっ!! やめて!! やめてやめてやめてやめてやめてやめてっ!!!!!!!!!!!!
私は化け物じゃない!! ただ、二つの種族の間に生まれたというだけの、誰も傷付けたりなんかっ、しない、……の、にっ。
ここに彼女達はいない。私は捕まってもいない。あの場所に……、また、閉じ込められているわけでも、ない。
それなのに、それなのに――!!
「……はぁ、はぁ、……う、くっぅっ」
目の前の光景が、クリーム色の長机から、暗い、暗い、生臭い匂いを感じさせていたあの牢獄の中へと変化していく。
「あ、……ぁあ、……い、やぁぁっ」
夢だったの? 私が幸せだと思い、過ごしている今の日々は……?
夢? 本当は、あの冷たい牢獄の中でまだ膝を抱えていて、都合の良い、救いを……っ。
現実と悪夢の区別がつかない程に追い詰められた心が、発狂の音に変わろうとした瞬間。
「お姫ちゃんはっけ~ん!」
「えっ? ――きゃああっ!!」
いつもの甘い香りよりも先に響いた、陽気な男性の声。
勢いよく背後から抱き締めにかかってきた変質者……、ではなく、この大図書館で司書をしているアウニィーさんのとんでもない一撃で、一気に意識が現実へと覚醒した。
肩口から覗き込んでくる変態司書さんに、ぎろりと抗議の視線を突き刺す。
「放してください。婦女暴行です」
「あのねぇ……、ただ抱き着いただけだよ? 僕と君は顔見知りで、仲良しさん。でしょ? なら、このくらいのスキンシップくらい。痛だだだだだだっ!!」
このくらい、じゃない。
年頃の乙女に断りもなく抱き着くような変態なんか、警備隊行きです。
視線でそう語り、一発お見舞いして差し上げようかと思っていると、制裁は別の人からもたらされた。
アウニィーさんと同じ司書の、レアネさんだ。
変態の耳を容赦なく引っ張り、小声の高速お小言が始まる。
周囲の席や棚の付近にいた閲覧者の皆さんの視線は、私が悲鳴を上げた時から集まっていたけれど、今はもう、なんだかほのぼのとしたものに変わっている。アウニィーさんとレアネさんのやり取りに慣れているからなのだろう。まったく、アウニィーさんの悪戯は、いつどこから来るかわからないから困りものだ。
「はぁ……」
だけど、丁度良いタイミングだったというか……、吐き気や、頭の中に響いていた声が、もう、なくなっている。きっとアウニィーさん効果で吃驚(びっくり)したせいだろう。
助かりました、と言うべきなのか……。レアネさんのお説教から逃げ始めたあの人を見ていたら、……やっぱり言わなくていいか、という気になった。
別に私を助けようとしてくれたわけでもないし、元は驚かせようという悪戯なのだから。
「館内では静かに。いいですね?」
「は~い。一緒に反省しようね? お姫ちゃん」
「反省するのはアウニィーさん一人です。……でも、私も悲鳴を上げてしまいましたから、今日だけは、同罪ですね」
「ふふ、良い子だね。お姫ちゃんは……。よしよし」
「子供扱いしないでください」
文房具やノートを仕舞い、頭を撫でてこようとした手を回避すると、私は一瞬襲ってきためまいに眉を顰める。
「リシュナさん、大丈夫ですか? 具合が悪いなら、館内の休憩室を使っても構いませんが」
「いえ……、大丈夫、です」
私の顔色は、レアネさんが気に掛けるほどに悪いのか……。
彼女がその厳しい表情を解く事は滅多にないというのに、今は心配そうにされてしまっている。
厳しいけれど、優しい。たまにレアネさんが見せてくれる貴重な面に笑みを浮かべ、私は足に力を入れて席を離れようと……。
「お姫ちゃん、ストップ。……今のままじゃ帰り道で倒れるよ。遠慮しなくていいから、休憩室使っていきな」
「いえ……、もう、日も暮れます、し」
「じゃあ好都合だ。別に連絡しなくても、君のお兄さんならすぐ飛んでくる。ほら、行こう。辛い時にする無理は、何も生まないからね」
「アウニィーさん……」
確かに、大図書館から自宅までは距離がある。
今の状態で外に出れば、どこかで無理が来てしまう……、かも、しれない、けれど。
困惑げにレアネさんの方を見上げれば、彼女も同意だと頷いている。
「……ご迷惑、おかけ、します。それと、……ありがとうござい、ます」
「どういたしまして。じゃあ、はい」
「はい?」
持ってきた荷物を回収され、今度は両手を差し出してきたアウニィーさん。
その手は何ですか? 首を傾げていると、有無を言わさずの力が行使されてしまう。
「きゃぁっ!」
「リシュナさん、館内ではお静かに」
「で、でも……っ、あ、アウニィーさんっ、お、下ろしてくださいっ」
「ふらついてるお嬢ちゃんを助けながら行くよりも、こっちの方が早いよ。良い女は、素直に甘える方法も知ってなきゃね?」
「うぐっ」
手間を掛けさせたくないなら、大人しくしていろという事なのだろう。
レアネさんの厳しい視線と周囲の楽しそうな気配に負けた私は、恥ずかしさを誤魔化す為に、アウニィーさんの腕の中で小さくなる事にしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――そういえば、明日は王宮で、え~と、なんだっけ? 吸血鬼の王様と、どっかの国の女王様が来るから、王都中が賑やかになるって話だけど、お姫ちゃんも行くのかな?」
「……私は、レゼルお兄様達と一緒に、……見学に」
「ははっ、なら安心だね。明日の王宮開放は、普段よりももう少し奥まで行けるようになるから、人が大勢詰めかけるよ。お兄さんの手を絶対に離さないようにね」
館内にある休憩室は思いの外広く、職員の人達が使いやすいように簡易ベッドが幾つかと、この場所で必要な物品などがしっかりと揃っていた。
カーテンで仕切られたその中で、アウニィーさん達のお言葉に甘えた私はベッドに寝そべりながら、付き添ってくれている司書さんが口にした明日の話題に、また、心臓が嫌な音を打つのを感じてしまう。
「……もしかして、明日の見学、行きたくなかったりする?」
「……いえ」
「良い女になりたかったら、本音が顔に出ないよう、努力しなきゃ駄目だよ?」
「……」
「まぁ、吸血鬼が来るって聞いたら、普通の女の子は嫌がっちゃうかな? 本当はそういう怖い種族じゃないって話だけど、イメージ先行で恐怖心抱いちゃう子もいるし」
「吸血鬼は……、怖くありま、せん」
でも、アウニィーさんの言う通り、私も吸血鬼に対する最初のイメージは酷かったなぁ……、と、三年前を思い出してみる。吸血鬼は、ナルシストで、特殊嗜好で、血を吸う、怖い怖い、ド変態……。
だけど、私が一緒に過ごしてきた吸血鬼の、グラン・ファレアスの人達は、例外はあれど、皆、優しくて……。
「吸血鬼も、人間も……、それぞれ、だと、思い、ます」
「おやおや、悟った事を言うねぇ、お姫ちゃん。じゃあ、明日この国で会談をするっていう、……あぁ、そうだ。ロシュ・ディアナの人達も、同じようなものかな?」
「――っ」
「誰が流したのか、国中に噂が広がってるみたいだよ? ロシュ・ディアナは神の眷属。この世界で最も清らかな存在。仰々しいよね」
私の寝ているベッド脇の椅子に腰を据えながら、アウニィーさんは面白そうに微笑んでいる。
他人事だから、他人事まっしぐらで面白おかしく語るのは、まぁ、普通の事だとは思う。
だけど……、アウニィーさんの語る音は、会談の事を噂する人達がするお喋りの気配とは違う何かを含んでいるような気がする。
「今まで他種族にも自分達の存在を知らせず、引きこもり三昧だったらしいよ? 他種族っていうか、外との交易なしに生き延びてるのが凄いなぁって思うけど……。勿体ないよねぇ?」
「…………」
「だって、他に沢山の種族がいるんだよ。積極的に関わっていく方が楽しいと思うんだよね。本と一緒。開いてみなくちゃ、関わってみなくちゃわからない」
本を愛する司書様は、私の額にかかっている髪をよけながら、そう思わない? と、聞いてくる。
小さな、狭い世界で同族同士仲良くするのも良いけれど、周りを一切見ないのは勿体ない、と。
司書をやっていたり、カフェの店員さんをやっていたり、時々ふらっと、どこかに行ってしまうアウニィーさんからすれば、ロシュ・ディアナの在り方は異常なのだろう。
「私も、……そう、思い、ます。お友達は、いっぱい、作った方が、いいと。……ずっと、閉じこもっているのは、寂しい、とも、思います、し」」
「ははっ。お姫ちゃんとは相性ぴったりだね。考え方が同じだ」
御機嫌状態のアウニィーさんに優しく頭を撫でられる。
私と考えが一致している事が嬉しいと、手のひらを通して伝わってくる喜びの気配。
レゼルお兄様達にはよく頭を撫でられる事があるけれど、そういえば、この人もよく私の頭を撫でたりしてくるタイプだった。そのぬくもりに嫌悪感や拒絶の感覚は起こらず、文句を相手にぶつけながらも、心地良いなと思ってしまう私は、改めて考えてみると無防備で隙だらけだな、とも思う。
「明日の会談、上手くといくといいよね~。皆、仲良しになれたら、きっと楽しい」
「……はい。そうなったら、……いい、ですよね」
本当に、そんな未来があるのだろうか?
国王様から聞かされた話と、私の悪夢のような過去……。
そう簡単に、誰かと仲良くなる柔軟性や素直さがあるようには、……思えない。
だけど、アウニィーさんは何も知らないのだから、余計な事は言わないに限る。
私が当り障りなく頷くと、アウニィーさんは会談の話をそこそこに終わらせ、それから暫くは静かに私の付き添いをしてくれていた。気まずさを感じない、なんだか落ち着いた気分になれるひととき。
ひと眠りした私が次に目を覚まし、身支度を整えて起き上がると、目の前に小さなラッピング袋が差し出されてきた。贈り主は勿論、袋を手にしているアウニィーさんだ。
「プレゼント」
「貰う理由がありませんけど」
「良い女になる条件追加。貢がせてなんぼだよ」
それは良い女じゃなくて、男性を手玉に取る悪女なのでは?
でも、アウニィーさんから何か貰っても、特に害はないから……、私は両手のひらを差し出し、贈り物を受け取る事にした。ぽとんと落ちた袋。中身はそんなに重くなさそうだ。
「お姫ちゃんは可愛い服には恵まれてるけど、アクセサリーはあまり着けてないよね? いや、全然、かな」
「髪飾りなら」
「そういうのじゃなくて、ブレスレットとか、指輪とか」
いつもコーディネートはフェガリオお兄様にお任せしているから、身に着ける、という意味では、アクセサリーがどうのこうのという事には、あまり考えがいなかったような気もする。
ブレスレットはともかく、指輪はまだ自分には早いかな、と、そう思っていたし……。
お小遣いも、自分の為に何かを買うというのはどうにも気が進まなくて、毎回貯金しているし。
あぁ、でも、時々……、休みの日に王都で飾り物屋さんや宝飾店の前を通りがかると、少しだけ、見入ってしまう時が……。
「興味がない、ってわけじゃないよね?」
「は、はい……」
「なら、丁度良かった。袋の中、見てごらん」
アウニィーさんに貰った贈り物……。
中身を手のひらに出してみると、銀色のチェーンの輪の中に、凝った細工物がひとつ。
これは、……ネックレス、じゃなくて、指輪?
私にはわからない、見たことのない紋様がアーム部分に施されており、上品な輝きを放つ小さな宝石が、これも紋様のようにあしらわれている。
「今の君だと、自分にはまだ早いって言いそうだからね。そのチェーンに通してネックレス代わりにしておくといいよ」
「あの、これ……、どう見ても、お高そうなんですけどっ」
「良い女の追加じょう~け~ん。値段を聞いたり詮索するなんて野暮だよ。男の度量を侮られているようで、ちょっと気分が悪くなるからね」
「野暮とかいう問題じゃなくてっ、なんで私なんかにこんな凄い物をくれるんですかっ……、けほっけほっ」
大きい声を出すのは苦手なのに、アウニィーさんの悪戯のせいでまた……、うぅううっ。
こんなにも高価そうな指輪を、何故私にくれるのか……。全然検討がつかない。
「はっ!! まさか、……アウニィーさんっ、ロ〇コンですかっ!!」
「お尻ぺんぺんされたいかな?」
「ご、ごめんなさい……っ」
怒ってはないようだけど、不名誉な発言をされたと思ったのだろう。
アウニィーさんの微笑みは茶目っ気のあるものだけど、……ちょっと怖い。
「…………」
綺麗な指輪の輝きに目を落とした私は、それが自分好みのデザインだと感じながら、あぁ、でもやっぱりと、欲しがる心を抑え込んで指輪を袋に戻す。
「お返ししますっ。こんな高価な物を頂いてしまったら、お兄様達に怒られてしまいますっ」
「怒られてもいいから、持ってなさい。それと、袋の中にもう一つ別のが入ってるから、キーホルーダー代わりに可愛がってやって」
「無理です!! 私には不似合いですしっ、こんなっ」
「ふふ、試しに一度着けてみなよ。あ、言っておくけど、僕にお子様とお付き合いする趣味はないからね。お姫ちゃんとは仲良くなったけど、一度も何もプレゼント出来てないなぁ、と思ってさ」
いやいやいやいや!! お祭りの時とかに出くわすと、色々奢ってくれてるじゃないですか!! 貴方!!
大体、仲良くなったからといって、こんな凄いお値段しそうな宝飾品を、普通プレゼントしないでしょう!!
けれど、アウニィーさんは金色がかったクリーム色の髪に縁どられた美貌で微笑み、
「じゃあ、一度だけでいいから、お家に帰ってから身に着けてみてくれないかな? それで気に入らなかったら、捨てるなり、返してくれるなりすればいい。ね? お願い」
「うっ」
出た……。大図書館司書アウニィーさんの、必殺、「ね? お願い」攻撃。
あのルールに厳しいレアネさんでも、この人の必殺技には弱い。
何か企んでるってわかっているのに、よくわからない強制力が働いて、勝手にこちらを頷かせてしまうのだ。
「あ、なんなら今着けてみる? 指輪仕様よりは、ネックレス仕様の方が今は似合うかもだし」
「ちょっ、い、いりませんっ。きゃうっ! アウニィーさんっ、やめてくださいっ」
「大丈夫、大丈夫。優しくしてあげるから~」
「その言い方、よくわかりませんけど、怖すぎですっ」
なんで私なんかに、身に着けさせたがるのっ!! この人は!!
抵抗心全開で両手を前に押し出した私だけど、アウニィーさんは軽々とこちらをベッドに押さえ込んで、指輪つきのチェーンを首に巻こうと猛攻を仕掛けてくるっ。
アウニィーさんっ、この構図はどこからどう見ても――。
「リシュナぁああああああああっ!! 具合が悪くなったって聞いたが、大丈夫かぁああああああああ……、あ?」
「…………」
「よし、取り付け完了、っと」
カーテンが破れんばかりの勢いで開かれ、飛び込んできたレゼルお兄様と私の視線がバチッと出会う。
アウニィーさんは自分の目的を達成出来て満面の笑顔だけど……、この状況は、間違いなく。
「おい」
今まさに、堰き止められていた激流が全てを破壊し、爆発するかの如く溢れ出す時……。
それを予感させてならない、恐ろしいド低音がレゼルお兄様の唇から零れ落ちる。
「あ、あの、レゼルお兄様っ、勘違いですよっ。私、別に襲われてな」
「俺の可愛い妹に、何してやがるっ!! こっんのぉおおおお!! ロ〇コン野郎がぁああああああああああああっ!!!!!!!」
「え?」
事実確認一切なしでアウニィーさんの襟首を引っ掴んだレゼルお兄様がカーテンの外へと雪崩込み……。
何やら恐ろしい物音やら罵声やらが響き渡り……、えーと。
私のいる場所からは何も見えないのだけど、こうやってぼーっとしている場合じゃない!
大急ぎでカーテンの外に出ようとした私は、アウニィーさんの無実、……え? 無実、……えーと、とりあえず、ロ〇コンじゃないし、襲われてもいないので、止めないと!!
「館内ではお静かに、と申し上げましたよね? 休憩室も例外ではないんですよ……」
扉の開く音ひとつ立てずに入ってきたレアネさんの怒りに満ちた静かな声。
私が飛び出したのと、彼女がその言葉を放ったのは同じくらいで……。
「リシュナさん、もう起きても……、――っ!?」
何故だろうか。レアネさんの私を見る目が、信じられないと言わんばかりに……、あ。
目の前で取っ組み合いの喧嘩状態になっていたレゼルお兄様とアウニィーさんの向こう側に、全身鏡が。
そこに映っていたのは、胸元が少しだけはだけてしまっている私の姿で……。
「――お答えください。どちらですか? 幼い少女にあのような無礼を働いたのは」
「こいつだ!!」
「いや、僕はプレゼントを着けてあげていただけで」
「リシュナさん。――どちらのロ〇コンが、貴女に無礼を?」
いえ、どちらもロ〇コンではありませんし、犯罪者でもないのですが……っ。
当然、レアネさんの発言に二人は噛みついたのだけど、いつものように、どこからか飛び出してきた彼女の武器である鞭がしなり、レゼルお兄様達の足や背中を打った。……こ、怖いっ。
「ち、違うんですっ。アウニィーさんが、私に贈り物をくれたんですが、それを着ける時に色々と」
「アウニィー司書。貴方は贈り物をする時に、何を思って身包みを剥がすのですか? それと、そこの保護者さん。貴方は何度言っても館内でのマナーを守って頂けませんね? ――二人とも、纏めてお説教です」
カシャリ……。スタスタと移動し、私のいるベッド側のカーテンを閉めたレアネさん。
……子供には見せられない何かが、始まろうとしている。そんな予感がする。
「だ、だからっ、なんで俺まで、――ぁああああああああああああああああっ!!」
「あのねぇ、レアネ。僕は必要があって、――ぎゃぁああああああああああああっ!!」
「幼子は守るべき存在です。不埒な真似をする外道には、容赦も慈悲も必要なし!! 反省なさい!!」
「「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」」
――…………。
カーテンの向こうから響く、阿鼻叫喚の断末魔。
館内では静かにしましょうというルールが、どちらにしろ破られているのでは? と思いつつも、私はサイドテーブルに置かれていた自分のバッグから耳栓を取り出し、きゅぽっ。
万全の防衛対策をしてから、毛布の中に潜り込んだのだった。
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