国王の示す道

 謎の巨大もふもふ兎に飲み込まれたかと思えば、ぺっと吐き出され目にしたのは、無駄に荘厳なお城だった。そして、門番も女官もいない城内に足を踏み入れると、待ち受けていたのは……。


「なんだぁ? このふざけた人形は……」


「陛下の御姿を模したもの、……と見受けるべきでしょうかね。随分と間抜けな」


「おい、お前達、迂闊に触るのは……」


 随分とボロボロの状態で先に辿り着いていたお父さん三人衆。

 彼らはお城を入ってすぐのホールの奥、小さな噴水の縁にちょこんと佇んでいたお人形を怪訝そうに眺めながらその手を伸ばした。


「「ぎゃあああああああああああああああああ!!」」


 一番慎重そうな、オルフェ君のお父さんの忠告を無視した天罰か、私の目の前でディル君とティア君のお父さん達は、人形の発した激しい雷撃(らいげき)によって全身を嬲られてしまう。

 ブシュゥゥゥゥ……。残念な煙と大絶叫と共に、バタリ。自業自得。

 命に別状はなさそうだけど、あの人形は一体……。

 ピクピクと四肢を震わせている真っ黒こげの大人達を視界の端によけて人形に探る視線を向けていると。


『よく来たな!! 勇敢なる愛に満ちた者達よ!!』


「国王様?」


 意思があるのか、ミニマムな国王様人形は噴水の縁の上に立ち、マイクを手にノリの良い第一声を私達へと向けてきた。パクパクと動く口、何故かその丸いお目々から宙へと向けてピカァァァッ!と謎の光が。


「国王様……? それに、レゼルお兄様やフェガリオお兄様達も」


 ここではない、違う場所の映像……。

 それが、国王様の創り出した場所に来る前にいた部屋だと気付いた私は、その場でぴょんぴょんと飛びながらお兄様達の名前を呼んでみる。


『リシュナぁああっ!! 大丈夫か!? 怪我してないか!?』


『人の顔を押しのけるな……!! くっ、……リシュナ、大事はないか?』


 一人は今にもこちらへと飛び込んで来そうな残念な声を出しているけれど、フェガリオお兄様の方は私の事を信じてくれているのか、眉根を寄せて心配そうに声をかけてくれた。

 お子様達の方は……、フェガリオお兄様の傍でボロボロと泣きながら大人しくしてくれているようだ。映像の中心には楽しそうな顔で微笑んでいる国王様の姿もある。


『リシュナよ、無事に試練の場所に辿り着けたようで何よりだ。まぁ、安全設計で創ってあるのだから当たり前だが』


「嘘つけぇえええええええええええ!! 俺達がどんだけ酷い目に遭ってこの城に来たかわかってんだろうがあああああ!!」


「最悪でしたよ……。美しい女性もいなければ、おぞましい怪物ばかりっ」


「……悪趣味だ」


 それには物凄く同感……。

 あのメルヘンと恐怖の交差する森のせいで、どれだけ酷い目に遭った事か……。

 国王様が用意したものだと理解していても、必要性を何も感じなかった。

 映像に向かって飛び跳ねて猛抗議している残念な大人達のような真似はしないけれど、ちょっとだけ腹立たしい。

 そんな不満を込めて国王様を見上げている私に返されたのは、全てを見抜いている上で笑ってみせる優しい国王様の眼差しだった。


『ちょっとした余興のようなものだ。あまり怒ってくれるな、リシュナよ』


「怒ってはいません……。必要のない疲労に困っているだけです」


『ははっ、戻って来たら美味い菓子を用意してやるから、そう拗ねるな』


「拗ねてません」


 子供っぽいとはわかっていても、全然悪いと思っていない国王様への不満は消えない。

 だから、プイッと顔を背けたのだけど、聞こえてくるのは愉快そうな笑い声だけ。

 グランヴァリアの王様は、懐も広ければ、遊び心も強い。……はぁ。


『さて、この城だがな……。試練の場とは言っているが、さして何か障害を用意しているわけではない。最終的に、お前の子供達への考えを改めて聞く事になるが、その前に必要なものを見せておこうと思ってな』


「必要なもの……、ですか?」


 柔らかな笑みはそのままに、国王様は自分の前に出て来ようとするレゼルお兄様を右の裏拳で軽やかに後方へとぶっ飛ばし、ソファーに腰を据えたまま足を組み替えた。

 磨き抜かれた宝石の中でも、特に質の高いアメジストを思わせる双眸に、真剣な光が宿る。

 その様に、私だけでなく、大人達も生じた緊張感に息を呑んだ。


『リシュナよ、お前はそこにいる者達の事を、知っているか?』


「……子供達の親御さんという事しか、知りません」


 その知っている、という問いを、彼らの人柄や辿ってきた人生、中身の事だと察し、そう答える。

 お子様吸血鬼達のお父さん、吸血鬼の中でも変人に分類されている人達、……そして、人を、命の尊厳を平気で踏み躙っても平気な。

 彼らにほんの少しでも、人間や命に対する優しさや思い遣りがあったなら……、私の家族達は亡骸を操られ炎に消される事もなかった。

 手のひらを強く握り締め、亡くなった大切な人達の顔を瞼の裏に浮かべていく。

 侵略という身勝手な欲の犠牲となった皆、その命を奪われ、吸血鬼の玩具とされた……。

 お子様達を真っ当な吸血鬼に、そう決めたものの……、まだ許せたわけじゃない。

 何かの拍子に、あの子達の命を奪いたいと考えてしまうかもしれない自分を、間接的にそう教育した目の前の大人達を、憎悪する感情もこの胸の中に眠っている。


『その吸血鬼達に慈悲をくれてやる気はないが、相手を知る事により、お前の心に抱く覚悟が強まるよう、少しばかり旅をして貰うとしよう』


「あああっ!? 旅って何なんだよ!! この澄ましたクソガキに、俺達の何を教えようってんだ!! 俺達はなぁ、他人にテメェのガキを預ける気なんざないんだよ!!」


「子は、親の背を見て育つものです。陛下、どうか我が子をお返しください」


「子供に子供が育てられるわけがない……。オルフェを家に連れて帰る」


 耳にうるさく響いてくるディル君のお父さんの怒鳴り声、当然だとばかりに自分の子供を返せと手を差し出すティア君のお父さん、私を感情の籠らない冷めた瞳で流し見て、そう宣言するオルフェ君のお父さん……。

 あの部屋で、私が感情を露わにした事など、そこに籠っていた悲しみや辛さなど、彼らはやはり……、理解していない。


「こんな人達の事なんか……、知りたくもありません」


 話の通じない人達を、届かない思いを、どう宥めればいいのか……。

 罪悪感を抱かない大人達の声が耳障りで仕方がない。

 拳を震わせながらそう小さく呟いた私に、国王様は『駄目だ』と低く厳かな音で命じる。

 顔を上げ、映像の中の国王様に視線を据えれば、もうそこに優しい気配はなくて……。


『知らなければ、始める事も叶わないだろう?』


「何を知っても、私の意志は変わりません……。この人達に、子供達は返しません」


 怖い……。その視線に捉えられているだけで、恐怖という感情が胸の奥底から這い上がってくる。

 徐々に、息さえも苦しくなって、……何かの力に押し潰されるかのように、膝が地に着いた。


「はぁ、……っ、うぅ」


『陛下ぁあああああ!! アンタ何やってくれてんだ!! リシュナは何も悪くないだろうが!! 無駄に圧迫感乗せてどうすんだよ!!』


「レゼ、ル……、お兄、様……」


 具合が悪い……。触れられたわけでもないのに、国王様の視線に晒されている事が怖くて怖くて。

 霞む視界の向こう、映像の中で、レゼルお兄様とフェガリオお兄様が私に手を伸ばしてくれている。……わかった気が、した。子供達が何故、あれほどまでに国王様を恐れていたのか。

 なんともない、そう思っていたのが何かの間違いじゃないのか、と。

 

『お前達、俺が何も考えずにこんな事をするわけがないだろう。……すまないな、リシュナよ。これから向かう場所は、少々お前には毒が強すぎる。だから、最初に俺の力である程度慣らしておこうと思ったのだが……、過保護が三人もいると、苦労も多いものだ』


 国王様が元の優しい笑みを浮かべた瞬間、強い圧迫感が嘘のように消え去った。

 呼吸も楽になり、胸に沁み渡っていた不安感が引いていく。

 けれど、……恐怖による酷い汗が、まだ全身に余韻として残っている。

 私だけでなく、その場にいた大人達もまた、地に膝を屈し、荒くなっていた息を整えているようだった。


『お前達三人も、リシュナの事を知って貰うぞ。反論はやめておけ。――俺の力を存分に感じたくなければな』


「くそっ……」


 ディル君のお父さんが、弱々しく舌打ちを漏らし悪態をついたものの、国王様に逆らう事は出来ないらしい。他の二人も、ゆっくりと立ち上がり戸惑った視線で互いの顔を見ている。


『だが、お前達は三人。リシュナは一人……。流石に、子供一人でこの先は可哀想だからな。供をつけるとするか』


『はい!! はい!! 俺が行く!! 陛下!! レゼルクォーツが挙手してますよ!!』


『リシュナよ、その人形を連れて行け。何か聞きたい事や話し相手が欲しければ、俺がその人形を通してお前に答えてやろう』


 全力で挙手をしているレゼルお兄様を片手でググイッと押しのけ、国王様が人形を示す。

 国王様をミニマム化したかのような、可愛らしいお人形。

 トコトコと近づいてきたそれを手に抱き上げると、国王様達の映像が消え去った。

 パカッと、人形の口が開く。


『レッツゴー!!』


「はぁ……、よろしく、お願い、……します?」


 人形が丸い手を元気よく振り上げ陽気な声を発すると、私ではなく、まず一番最初に大人達三人の足元が真っ暗な大口を開け、――呑み込んだ。

 

「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」


 ゴックン……。ご馳走様でした。

 そう言わんばかりに、三人を呑み込んだ暗闇が口を閉じ、元の磨き抜かれた床タイルの状態に戻った。まさか、次は私も……。ゴクリと息を呑んだものの、手の中の国王様がパチンっとウインクし、一階の右手にあった階段に丸いお手々をビシッと向けた。


『あの階段の上に白い扉がある。行くぞ』


「なんで入口の仕様が違うんですか……」


『はっはっはっ!! あの者達は踏んでも潰しても死なないからな。遊び甲斐のあるリアクションを見せてくれるから、特別コース!! というやつだな』


 うわぁ……。同情の余地はないけれど、毎回あんな驚かせ方をされては、心臓が持たない気がする。ひくりと口の端を小さく引き攣らせ、元通りになっている床を見やった。


「頑張ってください……。親御さん達」


『行き先は別だからな。さぁ、お前はお前の見るべきものを映す為に足を進めろ』


「はい……」


 見た目は可愛いけれど、厳かな気配を纏った人形を抱き締め、階段に向かう。

 国王様は、私に一体何を見せたいのか……。

 不安はあるけれど、それを求められている以上……、逃げ場はない。


『結果は変わらんだろう。だが、知っておいた方がいい事もある』


 国王様が真剣な声音を出す時は、きっと大事な何かを教えてくれる時。

 そう感じ始めていた私は、一気に勢いをつけて階段を駆け上がり始めた……。

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