奮闘する妹と見守る兄達
※レゼルクォーツの視点で進みます。
「リシュナぁああああ!! リシュナああああああ!! 今行くからなああああ!!」
「はいはい、過保護過ぎると逆にウザがられますよ~、レゼル。大人しく座って見てましょうね~」
陛下が創り出した空間実況型映像を目にした俺は、フェガリオが止めようとするよりも先にリシュナの後を追おうと空間への干渉を試みた。
だが、後ろから伸びてきたクシェル兄貴の手が俺の後ろ襟首を鷲掴み、元の位置に座らせようと笑顔で手荒な真似に走ってくる。
ソファーに座り込んで大人しく見ていられるものか!! リシュナが俺を呼んでいる!!
「申し訳ありません……、陛下、レイズフォード様……。誇りあるグラン・シュヴァリエがこのような見苦しい姿を……」
クシェル兄貴の加勢をするように、フェガリオの手も俺の腕を掴んで後ろに引き戻そうとしている。自分だって本当はリシュナの危機を救いに行きたいくせに、常識人ぶって自分は落ち着いていると誤魔化すのはやめたらどうだ、フェガリオめ!!
映像の中で全力疾走をしながら頑張っている妹から目を離せない俺は、一分一秒でも早く傍に行ってやりたい気持ちだ。
「陛下!! リシュナに危害がないとか言ってましたよね!? なのに何ですか『アレ』は!!」
「ビッグ・バニーちゃんだ。可愛いだろう? カラフルなリボンもついている。子供には受けがいいと思うんだがなぁ」
どこがだああああ!! 映像の中でリシュナを獲物か何かと勘違いしているとしか思えない巨大な兎モンスターが、これまたカラフル全開の森の中を全力で追い回している!!
周囲にお子様達の親はいないようだが……、むしろあのビッグ・バニーの方が危険過ぎだろう!! いくら俺と隷属の契約を交わしているからって、リシュナは冒険や戦闘には不慣れな一人の女の子だ。理不尽過ぎるっ。
大体、お子様達の親は三人で放り込まれているんだ。どこかでリシュナと出くわし戦闘にでもなったら、完全に不利な状況へと追い込まれてしまう。
それなのに、この万年マイペースな国王ときたら、さっきから微笑ましそうにクッキーを齧りやがって!! らしくもなく、俺の心の中はドス黒さでいっぱいだった。
「レゼルクォーツ、落ち着け。陛下が大丈夫だと仰られた以上、あの娘が命を落とす事はない」
「命があればいいって問題じゃないんですよ!! レイズフォード様」
一応は上司だから、こんな状況でも敬語を使っているが、この男、仮にも自分の娘だという可能性のある少女の危機を、何故冷静な目で見ていられるんだ?
あのリシュナが、滅多に感情を露わにしない妹が、今まさに世界の終わりを感じているかのように必死の形相で逃げ回っているんだぞっ。
グランヴァリアだけでなく、人間の世界でも有名なデザイナーとして名の知れているフェガリオのデザイン&お手製のフリル付きスカートが、全力疾走のせいでばさりばさりと飛び上がっては落ち、飛び上がっては……、ちらり。
「フェガリオ……」
「はい?」
映像の中でリシュナのスカートが捲り上がったその時、宰相殿が陛下の創り出したそれに妨害干渉を仕掛けながら、露わとなりそうだった部分を見えないように阻んだ。
そして、フェガリオへと向き直り、走っても中が見えない特別製の作りにしろと、また無茶な要求を……。興味のないふりして、本当はリシュナの事が気になるんじゃないか?
上司の大切な娘、……かもしれない少女の奮闘は、カラフルな木々と、その葉の間に生えている巨大なケーキ菓子やクッキー達が見守っている。
見ているだけで胸やけがしそうなメルヘンカラーと、甘い物の乱れ撃ちというべきか……。
映像の先にある空間を創った陛下の意図や心理が読めない。むしろ読んだら危険だと本能で直観している。
「大丈夫だ。追いかけてはくるが、食べたり攻撃をしたりといった真似はしない」
「陛下~、ち・な・み・にぃ~、三馬鹿パパさん達には何をぶつけてるんですか~?」
「知りたいか? ふふ……、グランヴァリアの伝承を元に創り上げた可愛い奴らばかりだ。地獄の剛毛犬ケルヴァーシャ! 慈愛の毒蛇ペロリンコ! 裂王の蠍ジャキンデス! などなど、盛り沢山で出迎えてある。ちなみに、そちらの奴らは攻撃性もあるし、命の危険もある」
何を問題なさそうに笑っているんだ、この国王は……。しかもドヤ顔なのがさらに腹の立つ!
リシュナにそんな危険極まりないモンスター共を向けていないのは幸いだが、……伝承の獣達はそんな名前じゃなかった気がするぞ。まぁ、わざとなんだろうがな。
宰相殿も、血の繋がった兄の悪戯にわかりやすい溜息を零している。
兄弟で真逆過ぎる……、そう何百何千回も思ってきた事だが、あえて口には出さないでおく。
それよりも、今はリシュナの許にいつ訪れるかわからない危険を回避する為に俺が行くべきだろう。俺が傍にいれば、大丈夫だと言い張り頑張ろうとするあの子も少しはほっとするはずだ。
だというのに……。
「クシェル兄貴、フェガリオ……、離せ!」
両サイドから俺の腕をがっしりと掴んでいる妨害組が心底腹立たしい!!
陛下に逆らえないからって、俺の気持ちがわからないわけじゃないだろうが!!
「お嬢さんを信じて待つ、って、そう陛下とお約束したでしょ~? 駄目ですよ、約束を破っちゃうのは」
「心配する気持ちはわかるが……、俺達は見届けるのが役目だ……。堪えろ、レゼル……」
「フェガリオ……っ、お前な、何かあってからじゃ遅いんだぞ!! もしも、リシュナがあの三馬鹿と遭遇、いや、その後を追ってきたモンスター共に食われたらどうするんだ!!」
瞬間、フェガリオの指先から力が抜けた。
何だかんだと言いながらも、必死に逃げ惑う妹の姿に内心では今にも理性の緒が切れそうなのを俺はちゃんと見抜いている。
「陛下……、本当に害はないのでしょうか? たとえ陛下のお創りになられたモンスターが無害だとしても……、――っ!」
映像の方をちらちらと見ながら陛下にリシュナの安全の有無を尋ねていた途中で、フェガリオは走り続けていた可愛い妹が地面に転がっていた石に躓き転ぶ姿を見てしまった。
勿論、俺もその姿を直視した瞬間に同じく悲痛な絶叫を室内に響き渡らせたのは言うまでもない。
あぁっ、リシュナが膝小僧を擦りむいている!! 美味そうな血がっ……、じゃなくて、大切な妹の肌に傷が!!
俺とフェガリオの顔から、どんどん血の気が引いていく!!
「陛下、どこが安全なんですか!? 今怪我しましたよ、怪我!! 嫁入り前の妹に傷が残ったらどうしてくれるんですか!!」
「レゼル……、落ち着け。とりあえず……、深呼吸、を……、うっ」
「フェガリオ~、君、口の端から血が出てますよ~? むしろ君が落ち着きなさいって話じゃないですかね~」
大仰に狼狽える俺達の視線の先で、さらにとんでもない事態が起こった。
痛いのを我慢して立ち上がったリシュナの隙を見逃さず……、その背後に迫ったビッグ・バニーが、――パクンッ!
………………。
「「食われたぁああああああああああああああああ!!」」
見事な丸のみだった。最後に聞こえたリシュナの、「あ」という少し抜けた声が衝撃的な瞬間を若干間の抜けたものへと変えたが、今度こそ俺とフェガリオの我慢も限界だ。
だが、俺達が大騒ぎで空間干渉に乗り出した瞬間、強烈な拳が二発頭にめりこんできた。
その凄まじい痛みに俺とフェガリオは頭を抱え、苦痛の呻きと共にしゃがみこんだ。
「陛下……、まさか、あの化け物が娘を体内で消化したりしないでしょうね?」
何が問題なしの大丈夫だ、この野郎……。
そんな不満と苛立ちの気配をドス黒く滲ませながら、俺達を殴りつけた拳を次はお前だとばかりに向けたのは宰相殿だ。実の兄だろうと度を越せば殴る気満々らしい。
まぁ、その怒りを向けられている陛下は相変わらず余裕の笑みを崩さないんだけどな。
「だから心配ないと言っているだろう。はぁ……、お前達は過保護にも程があるな。傷を負わずに育つ者はいないように、リシュナもまた、傷と共に生きねばならん」
「ではお聞きしますが、あの空間に四人を送り込んだ意味はどうなのでしょうね? あのふざけた化け物達は本当に必要なのですか?」
「あぁ、あれは」
「特に必要のないふざけた余興だと仰ったら……、明日の仕事を三倍にしますよ」
自分に言い訳をしながら娘とは認めない的な事を言っていた上司は、どこからどう見ても父親の目をして実兄たる陛下に拳を向けている。殴る三秒前カウントってとこだな。
俺達と同じく、まさかあの巨大な兎がリシュナを丸呑みにするとは思わなかったんだろう。
宰相殿の陛下への最後の信頼が大破した瞬間ともいえる。
「本番前の良い運動代わりだ。それに、あの娘は運が良いぞ? あのまま『城』までビッグ・バニーが連れて行ってくれるからな」
「陛下~、お嬢さんと三馬鹿達に何をさせようっていうんですか~? 世の中話してわかる奴ばかりじゃありませんし、あの親達は特に」
「レインクシェル、お前の言いたい事はわかる。ガルシュアナ地方で生まれ育ったあの者達は、確かに面倒な程に頭が固い。先祖代々教え込まれてきた在り方や価値観を信じて疑わず、子にもそれを受け継がせようとしている」
ガルシュアナ地方……。それは、お子様共の生まれ故郷である、グランヴァリア王国の西の果てにある辺境の地だ。一応は現国王である陛下に忠誠を誓ってはいるが、それも渋々というものでしかない。というのも、このグランヴァリアにおける吸血鬼という種族は、ひとつではないからだ。
遥か昔、この国の覇権を巡って様々な吸血鬼の種族が争いあっていた時代があると聞く。
その強大な力と共に国を統一し、外の世界への侵略を胸に抱いた者……。
外の世界を侵さず、平穏な日々を望んだ者。それぞれに目的を異なるものとしていたが、最終的に王としてその座に就いたのが、今のグランヴァリア王家の祖先だ。
争いを好まず、愛する者達が幸福に暮らせる場所を作るべく、その座を勝ち得た王。
その善良なる意思は子孫である陛下達へと受け継がれ、今の世がある。
だが、ガルシュアナ地方の吸血鬼達は……、その昔、陛下達の祖先に敗れた生き残り達の子孫。
歴史の覇者となった現王家の下に屈するしかなかった敗者の一族は、弱肉強食の摂理に従いながらも、先祖が脈々と伝え続けてきた自分達の価値観や信念を子孫に伝えている。
人間や他種族に対しての蔑視、強さへの渇望……。
現王家に友好的な一族とは正反対の考え方が、ガルシュアナ地方の常識となっていた。
所謂、穏健派と過激派というやつだな。だが、それがリシュナの家族を二度殺す羽目になったのは事実だ。陛下もガルシュアナ地方の吸血鬼達には、その子供を王都の学院に入れ、少しずつでも思い遣りと良識のある者を育てようとしているが……、親達は入学の話を蹴ってばかりだ。
罪を犯せば、当然強制執行の名の許に実力行使をする事も出来るが、生憎と子育てに関してはそれぞれの親の意思が優先されている。だから、陛下も無理矢理子供達を奪うような事はしなかったのだ。
「常識や価値観とは、対象を取り囲む環境と人により大きく決まるといってもいい。そこで学んだ知識の全てが『真実』となり、他からぶつけられるものは『異端』でしかない……。だからこそ、自分達の考えに添えとは言えぬのだ。なかなかな……」
「ま、一番手っ取り早いのは実力行使でねじ伏せて、言う事聞けー! が一番なんですけどね~。人間の世界だって、大量の兵士を投入して他国を蹂躙して改宗させたり、自分達の価値観で塗り潰しちゃうわけですし~」
クシェル兄貴の言う通り、過去、現王家の祖先も力によって国を統一した。
だが、出来る事なら……、互いの言葉と思いを交し合い、押し潰す事なくわかりあいたいというのが、陛下達王族の願いでもある。俺も出来るなら、平和的な解決を望みたい。
ソファーに腰かけたまま足をぶらぶらとさせている兄貴の言葉に、陛下は微笑を零して首を振る。
「全てを一度に変えようとは思わんさ。まずは三人……、あの娘に任せてみろ。子供の声というものは、感情を抑え込んでいる俺達大人よりも素直だ。ガルシュアナ地方の吸血鬼達が真実と信じて従っている価値観が傷つけた娘。リシュナだけが、それを否定出来る立場にある」
「出来なかった場合はどうなさるのですか?」
映像の方を気にしながら尋ねたレイズフォード様の視線に、陛下はニヤリと笑んで返す。
「出来ないと思うのか?」
それは、リシュナがあの三馬鹿な親達を変えられるという確信があるかのようだ。
ソファーに背を預け寛ぎながら、メルヘンカラーの森の中を突っ走る巨大兎を楽しげに見つめている。不安と心配を胸に抱いている俺達よりも、陛下の方がリシュナに対する信頼が強いらしい。
その事に微かな苛立ちを覚えつつも、俺とフェガリオは再びソファーへと腰かけた。
「全部を変える必要はない。あの娘の存在によって、何かひとつでも、あの者達が良い変化を迎えてくれれば……、それは大きな一歩となる」
王の座に就く者は、決して揺らがぬ不屈の精神と信念を抱く。
数多の吸血鬼を束ね、このグランヴァリアをさらなる繁栄へと導く王家の光。
陛下がそう言うのなら、きっとリシュナは大丈夫なのだろう。
巨大兎が駆け抜ける森の先に佇む城で何があるのかはわからないが、こうなったら腰を据えて全てを見届けるべきなんだろうな。妹の危機を見ているだけの兄というのも情けない話だが……。
「ん~……、ふあぁぁ」
陛下が一度三馬鹿な親達の現状を確認しようと映像を切り替えたその時、タイミングが悪かったというべきか、気絶を経て眠りこけてしまったお子様達が目を覚ましてしまった。
小さな手で目を擦りながら、ゆっくりと映像に視線を移動させていく。
「「「……」」」
自分達の尊敬と憧れの対象であるはずの父親達が……、映像の中で阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げている様を直視している。
リシュナを追いかけていた巨大兎ことビッグ・バニーの姿とは違い、三人の親達を追いかけているのは殺意と敵意のこもった暗殺者ばりの恐ろしい形相と、それに相応しい身体を与えられた凶悪極まりない化け物達だ。一応可愛らしいリボンや首輪はついているが、あれは酷い。
もしかしたら……、リシュナが城に到着したとしても、親達は無理なんじゃないか?
完全に凍り付いてしまったお子様達の背を頭を撫でながら、陛下のお茶目? な悪戯の餌食となった親達に、俺はほんの少しだけ同情したのだった。
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