三馬鹿親父達とリシュナの押し問答

「くそっ!! テメェが相手してくれんじゃねぇのかよ!! クソ国王!!」


「相手をしてやってもいいが、まずはその娘が率いる手練れを屈服させてからの話だな」


 特大ハリセンを手に猛攻を仕掛けてくる私を阻みながら、その口の悪さを遠慮なく発揮しているのは、ディル君と顔立ちの似ている不届きものその一だ。

 王宮に呼ばれたのだから、国王陛下が嬉々として手合わせをしてくれると思い込んで来たのだろう。怒り大爆発の形相で揮われるその強烈な拳は、私を腕に抱いて守ってくれているレゼルお兄様がいなければ、顔面大崩壊は確実だ。

 レイズフォード様やフェガリオお兄様と戦っている他の二人も、王宮に我が物顔で踏み込んでくるだけあって、強い。

 けれど、それ以上に……。


「さぁ、次はどっから叩き込んでやろうか? なぁ、リシュナ」


 不敵な笑みと共に宙を舞うレゼルお兄様は、私が積もりに積もった恨みを確実に晴らせるようにと、的確な場所を狙って突撃を仕掛けてくれている。

 威力の強い拳から放たれる衝撃破のような攻撃も、レゼルお兄様は全て見切っているようだ。

 レイズフォード様達も、繰り出される攻撃や術を全て軽やかに避けている。

 というよりも……。


「威力性は強いのに、命中率が低い……」


 繰り出される攻撃は、当たれば対象に恐ろしい大ダメージを与える事だろう。

 その証拠に、行き場を失った攻撃は玉座の間のあらゆる物を壊し、悲惨な状態へと変えていく。

 余裕たっぷりにレゼルお兄様が宙で動きを止めても、攻撃は全く違う方向へと飛び込んでいる。


「正解だ、リシュナ。あの三人はグランヴァリアでも結構な力の持ち主だが、力任せに滅茶苦茶な攻撃をするせいで、効率的に相手を仕留める事が出来ない」


「残念な人達ですね。ですが、お子様達を真っ当な大人にする為にも……、実力行使で言う事を聞かせます。ついでにお説教もさせて頂きます」

 

 大切な人達の亡骸を燃やさざるをえなくなった元凶、人の命の尊厳をお子様達に教えずに、滅茶苦茶な常識を教え込んだ三馬鹿に対する憎悪。

 その存在を目の当たりにして、よく冷静に前を見据えていられると……、自分でも不思議に思える。お子様達と初めて出会った時に感情の全てを曝け出したお蔭なのか、それとも、日が経って落ち着き始めているのか……。

 力が全てだとでも言いたげな三馬鹿親父達に対する制裁の感情はあれど、私自身を見失ってしまうような危惧はない。

 レゼルお兄様と共に玉座の間の天井付近から一気に加速をつけて三馬鹿の許へと飛び込んでいくと、私の特大ハリセンが流れるような鮮やかさでそのボンクラ頭を叩きつけていった。

 小娘の力など大した事がないと思われるだろうけれど、さっきも言ったように、この特大ハリセンはあらゆる意味で特別製なのだ。


「痛ぁああああああああああああ!!」


「ぎゃんっ!!」


「うぐぅぅううっ!!」


 私からの洗礼を受けた三馬鹿な父親達が、ベタァァァン!! と床に落ちた瞬間、ダクダクと頭から血を流しながら凄まじい苦痛に悶え始めてしまった。

 ……想像以上の話じゃない。殺人級の威力、一歩間違ったら、ヘイカモン! で、私は牢屋に囚われてしまうかもしれない、目の前の恐ろしい光景。

 ギギッと顔をレゼルお兄様に向けると、――そこに在ったのは、爽やか過ぎる笑み。


「このぐらいは当然の制裁だよな?」


「レゼルお兄様……、何か仕掛けましたね?」


 この伸縮自在特別ハリセンを貰った時、私のイメージした苦痛を相手に与えられると言っていたのに、まさかの殺人級の威力。あぁ……、レゼルお兄様の罪悪感皆無の笑顔が怖い。

 

「大丈夫ですよ~、お嬢さ~ん。この程度で僕達吸血鬼は死にませんからね~」


 国王陛下と一緒に高みの見物を決め込んでいたレインクシェルさんがプニプニと可愛らしい足音をさせながら近づいてくると、三馬鹿達を魔力で出来た縄でグルグル巻きにしていった。

 しかも、一人一人の話ではない。三人一括で手荒な所業を。

 ダックダックと流れる頭からの血が怖い。小娘渾身の一撃が、何百倍にも膨れ上がったかのように、巨大なタンコブまで作り出している。


「雑魚相手であれば、その力の強大さを見せつけるだけで撃退出来るだろうが、やはりお前達はまだまだだな。俺と殺り合うには、戦闘の効率性を多大に修正する必要がある」


「「「うぅ~……」」」


 特に、術攻撃による狙いが残念な程だと笑った国王陛下の術により結界の中へと閉じ込められた三馬鹿な父親達。吸血鬼としての力を使わずに、拳ひとつで相手に向かって行った方がまだマシだろうと呆れ交じりに溜息を零したのは、両手をパンパンと払っているレイズフォード様だ。

 女官さん達と一緒に端の方へと避難していたお子様達は……、見事に魂を飛ばしている。

 無理もない。自分の父親達が国王陛下の御前で暴れた上、私の特大ハリセンの餌食となったのだから。我が子に見せてはいけない、親の残念極まりない姿。

 どこまで見ていたのかはわからないけれど、相当のショックを受けてしまったようだ。


「レゼルお兄様、あとでお子様達に何か甘い物でも差し入れてあげたいのですが」


 腕の中からそうお願いすると、レゼルお兄様は私の額に同じ部分をコツンと当てて微笑んでくれた。村の人達の件がなければ、他所様のお家のルールだと、見て見ぬふりを出来たはずの事。

 けれど、私にはそれが出来なかった。命を落とした人の亡骸に価値はなしと、餌として扱い、玩具として二度目の死を与えたその考えを……、放置する事は。

 

「そうやってお子様共の事を気遣えるお前は、俺にとって最高の妹だよ」


「んっ……。あの子達には必要な過程ですけど、それでも……、きっと、自分のお父さん達の事を誇らしく思っていた子供にとっては、辛い光景だと思うんです。だから」


 私も、子供達の心を傷つける罪を犯しているのだと、そう思っただけで……。

 結局は自己満足だから、褒める必要はない。そう伝えても、レゼルお兄様は笑みを深めるだけ。

 ゆっくりと私を下におろすと、ようやく意識を取り戻した三馬鹿な父親達と共に別室へと移るように促してきた。

 この半壊……、むしろ、全壊に近い玉座の間では、ゆっくり話をする事も出来ないから、と。


「あの、国王陛下」


「ん? 何だ?」


「私の為に子供達の父親を呼んで下さった事には感謝しますが……、そのせいで王宮内が滅茶苦茶になってしまったみたいで、本当にすみませんでした」


 この玉座の間以外にも、多くの被害が出た事だろう。

 プシュゥ……と、カラクリ仕掛けらしき巨大な乗り物達がダウンしている様を見ればわかる通り、王宮の建築物破壊だけでなく、怪我をした人もいるかもしれない。

 それを思うと、本当に申し訳なくて……、私は国王陛下の前に駆け寄ると、深く頭を下げた。


「よい。今回の件は、俺があの三人を呼び出したのだからな。こうなる事は予測済みだ。それに、我が王宮内の者達は皆、あの程度で傷を負う軟弱者ではないからな。皆、たまに起こる珍事として、適当にあしらっているはずだ」


 くしゃりと、優しく大きな手のひらが国王陛下の懐の深さを表すように、私の頭を撫でてくる。

 横からも、フェガリオお兄様が補足を入れるように、このグランヴァリア王国では、普通の一般人に分類される荒事とは無縁の民もある程度まで己の力や腕を磨き、何が起こってもいいように備えているのだと。

 そう聞いてほっとひと安心した私は、三人を連行して行ったレイズフォード様の後を追って、無残極まりない玉座の間を後にしたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「絶対にだ~め~だ!! 俺は認めねぇし、ディルは連れて帰る!!」


「ティア、人間の世界など何も面白くはないのですよ? いえ、美しい女性達に限定して言えば、数多のスウィートと甘美なひとときをっ。あぁっ!! 想像しただけでも、胸の高鳴りがぁあっ!!」


「お前は黙っていろ。女と見れば見境なく手を出すような奴の言は聞いていない。それよりも、俺も反対だ……。オルフェ、お前は俺を超える戦士になる為の訓練がある」


 お子様達の性格をそのまま滅茶苦茶に酷くしてしまった未来図そのものの三馬鹿な父親達は、きちんと一から説明しても納得をしてくれない。反省もない。もう一発特大ハリセンでしばき倒したい。スッ……と、特大ハリセンを構えた私は、窓側の方で喚いている大人達の傍へと近寄る。


「むしろ、貴方達を一から教育し直す必要があると感じます……」


「俺もそう思うんだけどな……。生憎と、生きてる歳が積み重なると、なかなか更生は難しいってのが、世の常だ」


 ソファーの方でダウンしているお子様達の面倒を見てくれているレゼルお兄様が疲労の息を零すと、その隣に座っているフェガリオお兄様も同じく。

 レインクシェルさんの方は、レゼルお兄様達と向き合う側のソファーに寝転がりながら、「今更言い聞かせたところで、無駄ですよ~、無駄無駄」と、他人事丸出しの暢気な様子。

 私だってわかっている。人が積み重ねてきた価値観や人格は、生まれた時からの環境と、その周囲を取り巻いていた者達の考え方が大きく影響する事くらい。

 子供の時ならまだいざ知らず、こんなにも大きなお馬鹿さん達を更生するなんて、途方もない労力と気力が必要となる事だろう。

 それでも、村の人達の無念を思えば、ここで引き下がるわけにはいかない。


「ディル君達三人は、これから私が、レゼルお兄様達と一緒に人間の世界で育てます。それが何故か、わかりますか?」


「はっ、知るかよ!! ディルは俺の息子だ。何で他人のクソガキが口を出すんだよ!!」


「貴方達の教育方針が、他所様の……、私の家族達に迷惑をかけたからです。命の尊さを、たとえ魂が身の内から消えても、その亡骸を弄ぶような考えをあの子達に植え付けた事。私には、それがどうしても許せないんです」


 言って聞く相手なのか、受け入れる器があるのか、無駄だと……、心のどこかで話すだけ無駄だと囁く声が聞こえるけれど、私は言葉を止めなかった。

 穏やかに暮らしてきた地を蹂躙され、その命を奪われただけでなく、今度は手厚く葬られるはずの遺体を……、ディル君達は何の罪悪感も抱かずに弄んだ。

 亡くなった人々の遺体は彼らの玩具となり、村を訪れた騎士達に燃やされた。

 騎士の人達も、きっと辛かったに違いない。同じ人間を、その手で灰燼へと帰したのだから。

 ディル君達が命の尊さを知っていれば、遺体を物のように扱ってはいけないと、そう、知っていれば……。


「馬鹿じゃねぇのか? テメェ。死んだら、もう価値なんかねぇんだよ。魂の抜けた肉体はただの『物』だ。その辺に転がってる石ころと変わらねぇ。それの何がおかしいってんだよ」


「死した魂は輪廻を巡り、また新たな肉体へ……。魂を失った肉体に情けをかけるなど、無意味としか思えませんね~。あぁっ、剥製としてなら、楽しみ甲斐もありそうですが」


「死ぬ……、それは、無になる事と同じだ。俺は、親父に習った。だから、餌としても構わないはずだ」


 言っても無駄。お互いの価値観や考えが大きく異なりすぎている。

 この人達にとっての普通は、私にとっての異常。それは逆に言える事でもあるだろう。

 誰しもが自身の中に抱く信条や思考に従って生きている。

 生まれ育った場所、両親、自分を取り巻く人の種類……。

 ひとつの人格と価値観を育て上げる揺り籠。それが、違いすぎているのだ。

 話せばわかる、などという幻想が叶うのは、ほんのひと握りの事。

 どんなに時間を、月日をかけても分かり合えない関係も存在する。

 けれど……。


「私の……」


「あ?」


「私の家族は物じゃない!! あの村で生きていた皆は、私にとってこの世で一番大切な存在だったの!! それを……、それをっ、死んだからって、勝手に無意味にしないで!!」


 落ち着いていたはずの冷静な心が、届かない思いに血の涙を流して溢れ出た。

 この人達にとっては無意味で、何の関係もない他人でも……、私にとっては、かけがえのない家族だったのだ。皆を見捨てて逃げるしか出来なかった私自身を許しきれない気持ちと、ディル君達に覚えた激しい憎悪の念。炎に消えた人達が、時と絆を重ねて生きてきた身体。

 人の尊厳を踏み躙った罪は……、一生消える事はない。


「意味わかんねぇなぁ……。たかが人間の躯だろ? どうせ土の下に埋めるか、燃やすかの二択だ。ディル達の遊び道具にしたって問題ねぇじゃんか、ぶふっ!!」


 そんな問題じゃない!! 私の平手がディル君のお父さんの頬を手酷く叩き付けると、ジンジンと虚しい痛みが宿った。

 レゼルお兄様が席を立ち、感情の枷が外れ苛立ちに支配された私の傍へと向かってくる。


「リシュナ、もういい。そいつらには何を言っても無駄だ。百年程度じゃお前の言ってる事を理解しないぐらいには……、ド級に頭が悪いからな」


「あんだとっ、このクソガキぃいい!!」


「悪いだろう? 俺の可愛い妹が懇切丁寧に教えてやってるってのに、物事の内面を微塵も理解してない。息子の方が何千倍もマシだな」


「ぶっ殺すぞ、テメェ……!!」


 挑発を仕掛けるように冷たく言い放ったレゼルお兄様に、ディル君のお父さんが魔力の縄を引き千切ろうとしたけれど、国王陛下の御力に敵うわけもない。

 反対に大人三人の身体に強い雷撃のようなダメージが加わり、その気勢を削いだ。


「くっそ……、ディルは俺の息子なんだよっ。テメェらなんかにっ」


「そうですよ……。私達には、私達の教育方針があるのです。美しい女性には優しく、己の本能のままに、甘美なる血の宴と酒池肉林を手にする男になるように!!」


「だからお前は黙っていろ……っ。俺は、俺は……、何があっても、オルフェには、心揺らがぬ鋼の精神と、強さを与えたい。その為には、些細な情如きでっ」


 話の通じる相手ではない、か……。

 どんなに心を尽くしても、一緒に皆のお墓を作ってくれたディル君達のような柔らかで素直な部分が見当たらない。この大人達は、自身が歩んできた道と価値観を自分で剥げない程に、私という存在を、この思いを、完全に拒絶しているのだ。

 自分の家の事に、自分の息子達の在り方に、他人が口を出すなと。

 まるで、誰も信じられなくなった手負いの獣が必死に敵を威嚇するように、私に対する敵意を正面からぶつけてくる。


「ふむ……。だが、お前達の息子がその娘、リシュナに消えない傷を刻み付けたのは事実。その責任は、親として取らねばならんだろう?」


 国王陛下からの淡々とした一言に、頑な親達はその肩を微かに震わせた。

 グランヴァリアを総べる絶対の支配者……、国王陛下が席を離れ近づいてくると、射殺さんばかりの強烈な圧迫感を感じる視線が、三人へと向けられる。

 私はレゼルお兄様の腕に庇われるように身を寄せ合うと、喰われる寸前の小動物と暗黒のオーラを背負っているかのような肉食獣の戦いが始まるのを察知した。


「このグランヴァリアでは、人間界に出た際における掟がある。それはお前達も知っているだろう?」


 魔力の縄による拘束だけでなく、国王陛下の一切笑みの浮かんでいないブラック過ぎる不穏な真顔に、三人は怯えた子犬よろしく首だけをコクコクと頷かせている。

 どんなに冗談や愛想の良い面を見せていても、やはり一国の王。

 絶対に怒らせてはいけないというその忠告通り、国王陛下は掟を破った子供達の保護者である三人を……、大迫力の気配だけで脅しにかかっている。


「ひとつやふたつの掟破りではない上、俺の癪にも障っている……。これがどういう事かわかるか?」


 コクコク!! あぁ、さっきまで威勢の良かった大人三人組が……、今にも泣き出しそうな顔をして全力で首を。くるり。……良かった。三人のお子様達はまだ意識を取り戻していない。

 暴れまわった父親達の姿だけでなく、今度は脅されて怯えている姿を見せるのは忍びなかったから。私は胸を撫で下ろすと、国王陛下の発している恐ろしい余波で極寒の地のように寒くなった室内で震え始める。


「レゼルお兄様……、お任せして良いのでしょうか?」


「ん~……、意外にも、結構陛下も頭にきてたんだなぁ。これ、滅多に見られない本気の気配だぞ」


 お子様達が勝手に人間の世界に出た事、旅の途中で死体から血を得た事、また、私の村で皆の遺体からも血を吸い、挙句の果てにそれを傀儡とした事。

 どれも、グランヴァリアでは禁止されている行為。

 それを破る事は、国王陛下を愚弄する事と同じで、殺されても文句は言うな、と。

 

「本来であれば、結構な罰金と制裁が待ってるからな……。まぁ、別に俺達に対して怒ってるわけじゃないから、安心しろ。な?」


「は、はい……」


 と、宥められてもやっぱり怖いものは怖い。

 小娘の発言には何も感じなくても、自分達を支配する国王陛下からの脅しには全神経が素直に反応してしまうのだろう。お子様達の父親は、今にも死んでしまいそうな顔で首を縦に振るばかり。

 ……恐怖での絶対服従の図だ。

 

「保護者同伴でもなく、勝手に人間の世界に出た事……、物の道理もわかっていない状態で人間の亡骸にその牙を立てた事、そして、その尊厳を傷つけた。だというのに、反省の情もなければ、謝罪のひとつもない」


 三人の父親達は、国王陛下の怒りを前に、何かを言いたくても言えない状態となっている。

 今、改心したフリをして謝罪の言葉を口にしても、恐らくそれは通じない。

 上辺だけの取り繕った姿勢に意味はなく、国王陛下の前では偽りの全てが無意味だろう。

 

「俺は基本的にこのグランヴァリアの命全ての父になるべきだと考えている。そして、その子であるお前達を更生させるのも、俺の役目だ」


 怒りを収め私達の方へと振り向いた国王陛下が、私をその腕に抱き上げ、また三馬鹿な人達の所へと戻っていく。強制的に和解をさせようとでもいうのだろうか……。

 戸惑う私の顔をニッコリとお父さんのような笑みで見下ろした直後、国王陛下の足元に小さな闇が姿を現した。


「ちょっ、陛下!! 何をしようとしてるんですか!!」


 真っ先に声を上げたのはレゼルお兄様。

 眼下に現れた正体不明の闇に身体を強張らせていると、その範囲は三馬鹿の真下にも及んでしまい、私の目の前で三人は闇の穴へと落ちた。というよりも、呑み込まれた……?


「国王陛下……」


「リシュナよ、お前があの三人の子供達を真に導きたいと望むのならば、避けては通れん道だ。……挑む覚悟はあるか?」


 落ちた視線は足元に広がる深淵の闇。

 まるで、その向こうに何かが待ち構えている事を示すかのように、国王陛下は私の瞳をもう一度見つめてくる。眼下に佇む静寂と黒の気配……、不思議と、その奥に何かが在るような気がした。


「国王陛下、この闇は……、どこか別の場所に繋がっていたりしますか?」


「やはり、レゼルとの隷属契約で察しが良くなっているようだな? 正解だ。この闇に呑まれると、ある場所に行けるようになっている」


 あえて、その先に何があるのかは語らずに、国王陛下は「行くか?」と尋ねてくる。

 恐らく……、私とあの三馬鹿な親御さんが避けては通れない何かが、闇の向こうで待っているはずだ。何をすればいいのかも、確かな事は何一つ教えて貰える気がしなかった私は、静かに頷きを返した。闇の向こうに行く決意を込めて。

 怖くないわけではない。けれど、行かないという選択肢もなかった。

 お子様達を真っ当な吸血鬼に、出来れば、誰かの役に立ち、優しい心遣いを出来る大人になるように、私は、母親兼姉の役割をもぎ取らなければならないのだから。

 しかし、国王陛下の背後から口を出してきたレゼルお兄様が、大反対だ! と、声を大に猛抗議をしてきた。

 

「リシュナ一人で行かせる気ですか!? 相手は三人ですよ!! 俺がリシュナの助けにっ」


「レゼルクォーツ、ここから先はリシュナの根性の見せ所だ。お前が手を貸しては意味がないだろう?」


「ですが!!」


「はぁ……、レゼルクォーツ。陛下が言い出した事を簡単には曲げないと、知っているだろう? 命の保証はする。行かせてやれ」


 ソファーに背を預けながら、視線だけをレゼルお兄様に流したレイズフォード様が、溜息交じりに紅茶を口に含むと、静かにその瞼を閉じるのが見えた。

 フェガリオお兄様が不満そうにその姿を見つめているけれど、異議を申し立てないのは国王陛下を信頼しているからなのだろう。私を心配そうに見つめた後、「本当に危険はないんですね?」と一番大事な問いだけを国王陛下に向けた。


「命の危険はない。だが、この闇の中は俺の作った別空間に繋がっている。吃驚する代物もあるだろうが、いざとなれば俺が助けに入ろう。それでは不満か?」


「むしろ、いざとなるのを待たずに、あのお馬鹿さん達を別空間に封じちゃうえば万事解決だと思うんですけどね~」


「それでは意味がなかろう? どうせなら、あの仕方のない親達にも希望を与えてやりたい。――お前はそう考えていると、俺はそう思っているのだがな?」


 パチンとお茶目なウインクを落としてきた国王陛下に答えず、私はその腕の中で身を捩り、ただ一言。


「行ってきます」


 国王陛下の創り出した闇の泉へと一気に飛び降りた直後、最後に聞こえたのはレゼルお兄様の過保護全開の響きを帯びた私を呼ぶ声だった。

 本当に……、あの人はいつでも私の事を心配し、可愛がりすぎだと思う。

 それが、レゼルお兄様の歩んできた道筋の中で負った何かの傷のせいだとしても、拾った子供に与えるには、あまりに温か過ぎる想いだ。

 けれど、それを嬉しく思ってしまう私もまた、レゼルお兄様のブラコンに負けない程に、同じようなもの、なのかもしれない。あまり認めたくはないけれど……。

 闇の奥に何があるのか、普通なら不安で仕方がないものなのに、闇と溶け合うように消えて行った私の口元には、自然な笑みが形作られていた。

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