ナントイウコトデショウ!!
「う、うぅっ……!!」
騒動の翌日、ようやく夜の気配が去ってからの事。
朝陽の温もりを感じながら目覚めた私は、……とてつもない試練に遭遇していた。
「ん……、むにゃ、……リシュナぁ、……勝手に、どっか行っちゃ駄目、だろぉ……」
いえ、今すぐに行きたいんですよ……。貴方の目に触れないどこかに!!
国王様と宰相様にボコられて回収されていったはずのレゼルお兄様。
その人が何故ここにいるのかは、考えるまでもないだろう。
むしろ、今はそれどころではない。
横になっている状態で向き合いながら抱き着いているレゼルお兄様を、離れようとしても、しつこく抱き着いてくるこの変態ロ〇コン男をどうにかしないと……!!
目を覚まされたら、一巻の終わりだ。――私の人生がっ、もう一度始まった私の存在が、一瞬で終わってしまう!!
「そうだ……。今度は、下に向かって身体を逃がすというのはどうだろう? よい、しょ」
「おっはようございまぁ~す!! レゼルくぅ~ん!! お嬢さぁ~ん!! 健全過ぎて面倒臭い朝の始まりでっすよ~!!」
「――っ!!」
新しい試みに挑もうとしていた私の努力を台無しにしてくれた、某ドエロ吸血鬼の登場。
扉を開けてニコニコ笑顔で飛び込んできたレインクシェルさんが、寝台に飛び乗った瞬間、――固まった。
「……え?」
「み、見ないでください……っ!」
「……そんな、……そんな、っ!!」
驚かれる事はわかっていた。私だって、この現実を受け入れられずに困り果てているのだから。
それも、こ、こんな……っ。こんな、はしたない姿を目撃されてしまうなんて……!!
けれど、レインクシェルさんは予想外の大声を上げてとんでもない事を叫んでしまった。
「れ、レゼル君がぁああああああっ!! レゼル君がぁあああああああっ!! 僕の可愛い女っ気ゼロのヘタレな弟君がぁあああああああっ!! 美女と一夜のアバンチュールをぉおおおおおおっ!!」
「……は、はい?」
「しかも、しかもぉおおおおお!! ボイィイイイイイイイイイイイン!!」
朝っぱらから、この吸血鬼は何を言っているの……!?
大ショックで絶望を覚えているかのような顔で叫ぶ吸血鬼を、私は殺意を込めて睨みつける。
――絶対に、一生許さない!! このド変態エロエロ下ネタ吸血鬼!!
レインクシェルさんの空気を読まない反応のせいで、案の定、レゼルお兄様が目を覚ましてしまう。……あぁ、どこにも逃げ場がないっ!!
「ふあぁぁぁぁ、……なんだぁ? うわっ!!」
「目を開けないでください!! 開けたら絶交です!!」
「ちょっ、お、おいっ!! 何すんだぁああっ!?」
最後の手段です。レゼルお兄様の両目に両手を押し当てて時間を作った私は、ガクガクと震えている役立たずな吸血鬼に指示を飛ばす。
「服を!! 何でもいいので、今の私が着られる服をお願いします……!!」
「ふぇえっ!? え、あ、あのっ、……わ、わかりました~!! ちょっと待っててくださいね~!!」
あの不埒な吸血鬼に関しては、後で一発殴らせて貰う事にしよう。
私は子供姿のレインクシェルさんが大慌てで出て行くのを見送りながら、ほっと息を吐きだした。
服さえ届けて貰えば、それを着れば、次の行動に移れるはずだ。
だけど、その服を手に入れるまでの間、目の前に居座っている問題をどうするべきか……。
「おい!! いい加減にしろ!!」
「だ、駄目……、ですっ!! レインクシェルさんが戻って来るまでっ、お願いですからっ、レゼルお兄様っ!!」
「放せって言ってるだろうが!! 大体、俺の事をレゼルお兄様と呼んでいいのは、ウチのリシュナだけだ!!」
「きゃっ」
男の力に抗えないのは当然の摂理だった。
私が必死に押し留めているその手を引き剥がし、苛ついた顔のレゼルお兄様と目が合う。
羞恥に染まる私を見つめ、……そのアメジストの双眸が、警戒の色を浮かべる。
「誰だ、お前は」
軽蔑の情さえ抱いているかのようなレゼルお兄様の怖い声。
こうなるとわかってはいたけれど、……さて、どう説明したものか。
今の私は、とても複雑で、理解不能な存在になってしまっている。
十歳前後の幼子の姿だったはずの私の身体。それが、今は大人の女性の姿に変わっている。
その事がわかったのは、目覚めてすぐに事。
身体に覚えた違和感と、見下ろした先で目に入った……、大きな胸。
一応は夜着を身に着けていたから、胸元からお腹の辺りまでは隠れているのだけど……。
警戒心と共に観察されているこの状態が、堪らなく……、恥ずかしい。
「王宮の女官じゃないな? おい、リシュナをどうした? 万が一、害でも成していたら……」
――殺す。
突きつけられた物騒な宣告に、全身が生物としての恐怖で震えてしまう。
やっぱり、わからない、か……。レゼルお兄様なら、私の事をわかってくれると、……少しだけ、期待していたけれど。
「レゼルお兄様……」
「俺の命を狙ったのか? それとも、強引に肉体関係を結んで、俺の家の権力を」
「今すぐ、警備隊に突き出してあげます。妹の事もわからない、不審者扱いした挙句、いやらしい目でこの身体を見た罰です」
「……え?」
「ついでに、今日限りで絶縁します。……ふんっ」
危うく腕を捻り上げられそうになった瞬間に告げた、いつもの台詞。
妹に対してベタベタ甘々のレゼルお兄様を邪険に扱う時の決まり文句。
それをぶつけられたレゼルお兄様の気配が徐々に、はにゃ~んと和らいでいくと目を逸らされた。
「あ~……、ちょ、ちょっと待てっ。……えぇ? 人間の成長って、……いやいや、一晩? んなわけないよなぁ……。でも、……よく見てみれば、面影が」
「私にもわかりません。朝起きたら、こうなっていたんです。一応、さっきから、大人の姿になったり、子供の姿になったり、を繰り返してますけど」
ついでに、背中に生えているらしき翼もそのままだ。
自分でもよくわからないこの事態について説明すると、レゼルお兄様は苦しそうに唸り声を発し、今度は泣きそうな顔になってしまった。
「ご、ごめん……っ。ほ、ほんとっ、ごめん!! リシュナっ!! 可愛い妹相手に殺意向けるとかっ、誰だ? とか、マジで俺、兄失格だっ!!」
「別に構いませんよ。ちょっと失望しただけなので」
「失望されたの!?」
「ちょっとですよ、ちょっとだけ……。でも、……とりあえず、こっち見ないでください」
「な、なんで……?」
「レゼルお兄様の目がいやらしいからです」
「そんな目で見てないからぁあああああっ!!」
知ってます。でも、この姿を見られるのは恥ずかしいので、あと……、さっき知らない人を見る目で威嚇してきた罰です。
完全に青ざめて動揺しているレゼルお兄様を外に叩き出し、私は部屋に一人となった。
ふぅ……。静かになった。
「ん……」
あぁ、背中の翼も、大人と子供、二つの姿で違いがあるのか。
姿に合わせて変化しているらしき両翼に触れながら、毛布を手繰り寄せる。
突然の事態に戸惑ったけれど、……やっぱりこれは。
「クロさんとの件が、関係あるの……?」
ロシュ・ディアナの血を目覚めさせると、あの人は言った。
私の首筋から吸血行為をし、起こった変化はひとつ。この背中の両翼だ。
なら、身体の成長も……、何か関係があるのかもしれない。
それくらいしか、心当たりが、ない。
十四歳の実年齢に反し、姿が一向に成長しない自分の身体……。
もしかしたら、この変化した大人の姿こそ、本来の私なのかもしれない、そう思える。
「でも……、十四歳って、こんなに胸があるもの、……なの?」
あぁ、これは肩凝りで悩みそうな大きさだと、喜びよりも哀愁のようなものを感じてしまう私だ。
「半分くらいに……、ならない、かな」
動いて荷物にならない程度の大きさがいい。
私は、そんなどうでもいい事を考えながら、服の到着を待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side レゼルクォーツ
「うぉおおおおおおおっ!! 俺はっ、俺はぁあああああああっ!!」
「レゼル……。朝から活きが良いのは頼もしい限りだが、もう少し音量を下げてくれんか? 俺の寝起きには少々きつい」
朝の吃驚仰天イベントで大ダメージを負った後、俺は国王陛下の執務室に逃げ込んでいた。
執務の合間に朝食を採っている陛下には悪いが、落ち着いてなどいられるか!!
たとえ姿が変わろうと、リシュナは俺の妹だ!! 可愛い可愛い、絶対に幸せにすると誓った相手!! それなのにっ、それなのにっ、俺はリシュナを、リシュナをぉおおおおっ!!
ソファーに乗り上がって懺悔の嵐を巻き起こしていた俺は、それから十分ほどして、ようやく平常心に戻る事が出来たのだった。
「はぁ、はぁ……っ」
「気が済んだか?」
「は、はい……っ」
少しだけ、だが。……はぁ、リシュナの兄になったつもりでも、まだまだ俺は未熟だった。
両手の覆いを引き剥がした途端、視界に映った見知らぬ美しい女。
一応、美男美女などの類は見慣れていたはずなんだがな……。
リシュナの変化した姿に一瞬見惚れてしまった俺は、そんな自分に嫌悪感を覚えた。
大切な妹の姿を確認するよりも先に、『女』に心を奪われかけた、己の未熟さに。
まぁ、中身はリシュナ本人だったわけだが……。それでも、俺にとっては、罪だ。
「昨夜の報告と総合して考えれば、ロシュ・ディアナの血の影響である線は確実だろうな」
「はい……。ですが、リシュナの話では、姿の変化は安定せず、子供と大人の姿を行き来している状態だそうで……」
「その件に関しては、後で俺が確認しに行こう」
「お願いします。……ところで、グラディヴァース・ルデイドの件ですが……」
「手出しは無用だ。あれは、お前達の手に負える存在ではないからな……。本気で挑んだところで、肉を裂かれバラバラにされるのがオチだ」
グラディヴァース・ルデイド……。蹂躙派の、長一族の男。
陛下とも個人的な因縁がある相手だと聞いているが……。
リシュナにとっても、以前から縁のあった存在だと知ったのは、昨夜の事だ。
王宮に帰還した子供達が教えてくれた。リシュナとグラディヴァースは、昨夜以前にも顔を合わせた事がある、と……。
そして、あの男は伝説の存在でしかないロシュ・ディアナの事を知っていた。
白の種族と呼ばれる彼らを知るのは、一握りの者だけ。それに、あの男も含まれていたとは。
あらゆる意味で気に入らない相手だが、……もう一度、会う必要がある。
グラディヴァース・ルデイドは、恐らく……、リシュナの母親に関して情報を持っているはずだ。
「事を荒立てる気はありませんが、リシュナに関しては別です。俺は、あの男にロシュ・ディアナに関してどこまで知っているのか、それを確かめるつもりですから」
「お前に教えると思うか? グラディヴァースは、傲慢にして気まぐれな支配者だ。昨夜は思うところがあってあの娘に協力したのかもしれないが、二度目もそうだとは限らんだろう?」
「ですが、確かめなくては前に進めません。上手くいけば、リシュナの母親の生存に関してや、父親の事もわかるかもしれませんし」
「望みは薄いだろうが、事を起こす時は事前に相談をしてから行け。俺が同行すれば、少しは話が通じるだろうからな」
苦笑を漏らし、一応の許しを与えてくれた陛下だが、……大丈夫、なのか?
グラディヴァースは陛下を憎み、殺したいと望んでいる危険人物だ。
顔など合わせでもした日には、グランヴァリア中に血の豪雨が降り注ぐ気しかしない。
「心配するな。グラディヴァースも大人だ。……ふっ、遥か昔の傷を根に持つなど、そんな子供じみた感情で俺の前に立つ事はないだろう」
「陛下!! アイツを煽って殺意ゲージぶっ壊す気満々ですよね!? 俺の目的がおじゃんになったらどうしてくれる気なんですかっ!!」
「はっはっはっ!! すまんなぁ。昔からどうにも……、グラディヴァースを見ると、可愛がってやりたくなる癖が抜けんのだ。きっと、俺なりに憎しみを捨てさせ歩み寄りたいという気持ちの表れだな、うんうん」
う・そ・だ!! その物凄く事態を面白がっていそうな顔は、グラディヴァースで遊ぶ気満々の、嫌な予感しか感じさせないぞ!!
……もしかしなくても、あの男は陛下の被害者なんじゃなかろうか。
昔に、とんでもない遊ばれ方をして、それ以降ずっと憎んでいる、とか……。
だとしたら、陛下を連れてグラディヴァースの前に現れるのは、嫌がらせ以外の何物でもないな。
それは少し可哀想な気もするが……。いや、全然可哀想じゃないな!!
あの男は、俺の大切な妹に吸血行為をかました挙句、始終人を見下した言動ばかりしていたんだ。
恨みは、――十分に、ある!!
「陛下、その時はお願いします。是非、是非……!!」
「あぁ、任せておけ。丁度、グラディヴァースとも戯れたくなってきた頃合いだからな」
心強い味方の笑みに力強く頷き、俺は心の中で叫んだ。
ふっふっふ、グラディヴァース・ルデイド、首を洗って待っていやがれ!!
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