リシュナの一歩

「――単刀直入に言う。王が何を見せようと、俺達の意思は変わらない」


「そうですか……」


 過激派の領土を治める大人三人組に囲まれた私は、表情を動かさずに答えた。

 最初からわかりきっていた事というか、それを押し通す為に脅される事も予想済みだったから。

 ディル君の実家であるお屋敷の応接間でソファーにちょこんと座っていた私は、出されたお茶にそっと口をつけて瞼を閉じる。

 私の大切な家族と、村の人達の遺体から血を啜り、傀儡とした子供達……。

 あの子供達が犯人だと知った最初の時は、心の底から許せなかった。

 いや、今でも許せてはいない。絶対に償わせてやりたいという思いが胸の奥にある。

 けれど、それとはまた別に……、あの素直で無垢な子供達に、誰かを思い遣る優しい心を持ってほしいとも思っている。

 だからこそ、彼らに生きる道を与えた。いつか誰かの役に立てる力となれるように、種を蒔くたつもりで……。


「確かに、あの子達の将来を考えれば、この地の流儀で育てるのが当然なんだと思います」


「おやぁ、どうしたのですか? レディ、急に物分かりが良くなられたようですが」


「何を企んでいる……」


 齢十四の小娘を相手に、目の前の席に座っている吸血鬼達は何を探ろうとしているのだか。

 レゼルお兄様達が傍にいない今、私はただの無力な小娘だ。

 特製のハリセンだって、フェガリオお兄様の作ってくれた洋服の中。

 夜着姿の今は、それさえも手にできない状態……。

 そんな小娘を相手に警戒されても、期待には応えられない。

 

「別に何も。国王様が見せて下さった貴方達の、いえ、正確には、ディル君のお父様の過去の記憶と、この過激派の地における掟や生き方を見た結果、そう思っただけです」


「ふん……。じゃあ、さっき言った通り、ようやく納得出来たってわけか?」


「さぁ、それはどうでしょう……。そういう生き方をしないと大事なものを失ってしまう、というのはわかりましたが。それが正しい……、いいえ、貴方達の、子供達の将来にとって良い事なのかは、まだよくわかりません」


「良いも悪いもない。俺達は、次代を担う息子達は、そうやって生きて行かないと、いずれ滅ぼされるだけの話だ」


 ディル君のお父さんが淡々と語るその事実に間違いはないだろう。

 この過激派達の住ま地域は、力がすべて……。強ければ生き残り、弱ければ蹂躙される。

 そうわかっているのに、私の口から子供達をこの大人達に帰す言葉が出て来ないのは……。

 私はティーカップの中で揺らめくミルクティーを見下ろしながら、答えを出せずに惑う。

 

「今の段階では、まだ、子供達をお帰しする事は出来ません」


「なんだと……?」


 私の座っているソファーの右側、月明かりの差し込む薄暗い部屋の中、その窓辺に背を預けていたディル君のお父さんが、ぎろりと私を睨んだ。

 黒髪に、青いメッシュ……。ディル君と同じ色の、家族。

 腰に下げている剣の柄に手を添えたディル君のお父さんから感じられる気配は、酷く殺気の漂うものだ。王宮で接していた時とは違う……。


(これが、ディル君のお父さんの、ううん、ティア君とオルフェ君のお父さんも同じ……)


 過激派の中で生きる吸血鬼の本性が、今、目の前にある。

 味方となる人はいない。そうなるようにしたのは、私自身。

 駄目だと言ったレゼルお兄様を王宮に留めて、ついて行くと決めたのだから。

 あの子供達を本当に私やレゼルお兄様達の許で育てていくのなら、その親であるこの人達を避けて通る事は出来ない。

 

(最初は、最低最悪の親だって、そう思っていたけれど……)


 この人達のもっと奥の部分に触れていかなければ、私の中の迷いは晴れない。

 そう思ったから、私はここに来た。


「私の名前は、リシュナです」


「あ? 何言ってんだ、テメェ」


「お名前を教えてください。人が人と関わる一番最初の手順を、まだ踏んでいませんでしたから」


 国王様が見せてくれた過去の記憶だけでは足りない。

 今、私が目の前にしているこの大人達の存在を、ありのままに受け止め、知っていかなければ、子供達に対する私の思いも、定められない。

 そんな私からの言葉に、ティア君とオルフェ君のお父さんが顔を見合わせ、その眉を顰めた。

 ディル君のお父さんも反応は同じだったけれど、先の二人とは少し違う。

 自分の髪をくしゃりと掻き混ぜ、溜息と一緒に私の傍へとやって来た。


「一人でのこのこついて来て、殺されるって心配するのはまだしも……。大したガキだ」


「どうも」


「けどな、俺達の名を知ってどうする? 女子供の得意技で、媚びまくって懐柔でもしようって腹か?」


 誰がそんな面倒で気色の悪い真似をするものか。

 見下ろしてくる挑戦的な吸血鬼の視線を静かに受け止め、私は言葉を紡ぐ。

 

「そんな事は死んでもしません。ただ……、馬鹿のふりをしていた過激派の吸血鬼達の内面を、本当の姿を知りたくなっただけです」


「おやおや、小さなレディは大人の世界に足を踏み入れたいのですか? ぐふっ」


「だからお前は、何故毎回そういう方向性に持っていくんだ……。黙っていろ」


 ずいっと身を乗り出し、私の両手を掴もうとしたティア君のお父さんの胸倉を、すかさずオルフェ君のお父さんがその逞しい手で容赦なく引っ張り上げた。

 王宮で見た、お馬鹿で暴走気味の父親達。だけど、本当は違う。

 私が休んでいた部屋に忍び込んで来たディル君のお父さんの目を見た時に、このお屋敷に来るまでの道のりで、徐々に気づき始めたこの人達の本当の顔。

 

「結果がどうであろうと、私は貴方達を知りたい。駄目でしょうか?」


「「「……」」」


 三人の吸血鬼達は暫し顔を見合わせながら黙り込むと、やがて私の方へと視線を集中させた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side レゼルクォーツ


「なんで駄目なんだ!! ぐぅううっ!! 放せ!! 放せ!! フェガリオ!! 兄貴ぃいい!!」


「陛下の御命令だ……。大人しくここで待機していろ」


「そうですよ~!! 今の君が行っても邪魔になるだけ!! ほら、美人のおねえちゃん達が大集合してる水着写真集を見せてあげますから~!!」


「そんなもんいるかああああああ!!」


 リシュナがあのド阿呆三馬鹿吸血鬼達に攫われてからすぐ後、まるでタイミングを計ったかのように踏み入って来たクシェル兄貴とフェガリオに連行され、俺は陛下の私室に放り込まれた。

 そこには、ワイングラス片手に『大好き! 面白工作1000点』と書かれた表紙の本を楽しそうに読んでいるグランヴァリア王の姿と、書類仕事をしている宰相の姿が。

リシュナが攫われた、いや、正確には自分からついて行ったわけだが、を報告しても反応は冷静そのもの。むしろ、わかっていたかのように平然としていた。

 

「ふむ……。レゼルよ、お前は本当に過保護な兄道を突き進む奴だな」


「もう少し落ち着きを持ったらどうだ? レゼルクォーツ」


「陛下はともかくとして……、アンタは取り繕った風を装いつつも、手元がわかりやすく震えまくってんだろうが!! 宰相殿!!」


 その冷静沈着な美貌には一片の曇りもないが、手元!! 手元がわかりやすいわ!!

 宰相殿ことレイズフォード様は「気のせいだ」と落ち着いた声音で言ってくるが、だから手元!!

 本当は、リシュナがアイツらに攫われて内心焦ってるはずだ。いや、むしろ焦りすぎて表情に出なくなるほどになっているのかもしれない。

 まぁ、実娘の可能性がある存在だ。普通はそうなる。

 というか、血の繋がっていない俺がこの焦り様だ。


「なんで行かせてくれないんですか!! 陛下!!」


「まぁ待て。これも俺の予想の範囲内だ。むしろ、このまま上手くいってくれれば万々歳だがな」


「何がですかああああっ!! あの三馬鹿共が俺の可愛い妹にあんな事やこんな事でもしやがったらどう責任を!!」


 どの種族にも、変態的趣味の奴というのはいるんだ!! 

 グランヴァリアで言えば、過激派は特にその傾向が強い!! と、前に本で読んだ。

 だが、俺の苦痛を伴った訴えを、陛下はあっさりとスルーしてしまう。

 俺の視線の先で、宰相殿の方はバキリと羽根ペンを真っ二つにしているが。


「そう焦るな。ちゃんと『視て』いるから安心して休んでいろ。まだ、あちらに行くには早いからな」


「う~ん、でもぉ~、腐っても、どんなに阿呆でも、過激派思想の強い吸血鬼達ですよ~? お嬢さんが子供達を渡さないって頑固に首を振ってたら、傷のひとつやふたつ」


「そうならないように祈りたいものだが……、陛下、本当に……、リシュナを行かせて良かったのでしょうか?」


 俺をソファーに座らせて縄でぐるぐる巻きにした後、フェガリオが半信半疑で陛下に問いを向けた。

 陛下や宰相殿に絶対忠実なフェガリオだが、可愛い妹を心配する気持ちは俺と同じだ。

 クシェル兄貴の方は……、まだリシュナの事を受け入れていないからか、どうでもいいって感じなんだろうな。


「俺があの娘と子供の父親達に過去の記憶を見せたのは、ただの始まりにすぎん。言っただろう? あの娘が覚悟を見せねば、先には進めぬと」


「だから……、王宮の警備を手薄にしてまでこんな事を」


「レゼルよ、あの娘はお前が思うよりも聡い子だ。その境遇故に、一度は死を望んだ事もあるようだが、お前達に救われて、また前を向く事が出来た。もう一度の逃げは、選ばんだろうさ」


 そう静かに微笑んで、陛下はまた本のページへと視線を落とした。


(リシュナ……)


 俺だって、リシュナの事を信じている。

 家族の仇だと、その躯を弄んだ子供達に一度は死を望んだ妹だが、最後には生きる道を与えた。

 あのお子様共と一緒に暮らすようになって、許せない気持ちを抱えながらも、まっすぐに導こうと頑張っていた事を、俺は知っている。

 僅かな時間の中で、少しずつ……、仇としてではなく、ありのままのアイツらを受け入れ始めていた事も。

 子供達だって、そんなリシュナに最初は怯えつつも、徐々に親しみ始めていたはずだ。

 

(子供ってのは、悪魔にも、天使にもなれる存在、か)


 真っ新な子供達は、善にも悪にも染まれる無垢なる存在だ。

 その一生を、これからを考えて……、リシュナはあの父親達について行った。

 そうわかっていても……。


「やっぱり心配だああああああああああああ!!」


「はいはい。大人しくお茶でも飲んで待っていましょうね~。はい、チーズケーキ」


「いらんわああああああああああ!!」


「はぁ……。本当にどうなるんだ、これから」


 口にチーズケーキを突っ込まれながら暴れている俺の隣では、フェガリオが疲れきった顔で持参の裁縫道具を取り出していた。

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