吸血鬼達に突撃報復……、させられました。

「さぁ~て、それでは張り切って悪者退治に参りましょうか~!」


「……本当に大丈夫なんでしょうか」


 洞窟内で半ば無理矢理同行が決定してしまった男の子と共に、私はあの三人組の吸血鬼達の後を追う事になった。元気良く「レッツゴ~!」と振り上げられた男の子の右腕は、だぼついた袖が腕の根元に落ちたせいで……、『傷口』がどす黒く変色した様子がよく見えるようになっている。

 この子が、私を信用させる為に、――『自分で付けた傷』。

 私に提供した武器が本物であるという証明と併せて、自分自身もまた、これらの武器により死に至る危険性もある事を目の前で見せつけた。

 今だって元気そうに振舞ってはいても、その右腕は傷のせいで痛みに震えている。

 まさか自分の命を賭けて証明するなんて……、この吸血鬼には生への執着はないのだろうか?

 男の子の無謀すぎる証明は、恐怖と呆れと共に、私の中にある種の信頼を生み出した。

 それに、本当にダメージを受けているのかどうかを試す為に、予告なしでべしんっと傷口を叩き付けた時、その笑顔がぐしゃっと苦痛に染まったのを目にしたから、きっと大丈夫のはずだ。

 私は、男の子との『一時的なパートナー』契約を結んだ証である首筋の噛み痕に手を当てながら、その小さな背中を追って歩き始めた。

 毒素に関しては、契約のお蔭で確かに無効化されている。


「とりあえず~、三人の悪い子に関しては、見つけても暫くは一人で頑張ってくださいね~。お嬢さんに信用して貰う為に傷を作っちゃいましたので、今ちょっとへろへろなんですよ~」


「わかりました……。だけど、相手は三人もいますし、……なるべく早く手を貸してください」


「了解で~す! あ、でもですね~。武器以外にも、お嬢さんには僕の『能力』を分けてますから

きっとお役立ちですよ~。まぁ、発現するまでにちょっと時間がかかりますけど~」


「……あてになるんですか? それ」


 男の子……、レインクシェルと名乗ったこの子と結んだ『契約』。

 通常、吸血鬼は人の血を吸い、その対象を自由に操れる『傀儡』へと変える事が出来る。

 血を吸った吸血鬼を主とし、自分の意思を封じられ、ただの操り人形となる、恐ろしい侵食行為。

 けれど、私とレインクシェルが結んだ『契約』は違う。

 僅かな血の量を吸わせ、同時に吸血鬼の中に宿る『ヴァイルディア』という、所謂、『吸血鬼の菌』を体内に注がれる事によって、『パートナー』の関係を成立させる事が出来る。

 『パートナー』とは、『傀儡』とは違い、吸血鬼が抱く能力の恩恵を受ける事が可能となり、吸血鬼が認めた相手、つまりは、友人になりたいと思った相手を自分と深く結びつける事が出来るのだそうだ。


「そうは言っても、お嬢さんと僕は一時的な関係ですからね~。色々と制限がかかってしますのですよ~。ふふ、一夜の関係ってやつですね~。ドキドキしちゃいます」


「はぁ……」


 完全な契約が結ばれれば、吸血鬼の力と想いを受け入れた身体は暫しの眠りにつき、根本からその存在を別のものへと作り替える必要があるのだそうだ。

 けれど私は違う。一時的に力を貸して貰う、ただそれだけの為に提案を受け入れたので、所謂お試し状態というものにあたっている。だから、休息は必要ない……、らしい。

 全部を信じたわけではないけれど、毒の脅威も感じなくなったし、確かな武器もこの手にある。

 だから、今だけは……、レインクシェルさんを信じてみよう。

 私の方を振り向き、にっこりと笑うその優しい気配に、誰かの姿が重なって見えるのも、きっと信用してもいいと思える要素のひとつなのだと思うから。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「くっそ~!! 腹減った腹減った!! 血が吸いてぇええええええ!!」


「まだ食後から一時間も経っていないのですけどね~」


「堪え性がないからすぐに腹が減るんだ……。はぁ、ひもじい……」


 ……姿を見失ってしまった三人の吸血鬼がどこに消えたのか、同族の存在に鼻が利くレインクシェルさんのお蔭で、ようやく洞窟の最深部と思われる場所で、その姿を目にする事が出来た。

 一番奥にどっしりと鎮座している大岩の上に大の字で喚いているのは、あの強気そうでガサツにしか見えない吸血鬼だ。その下側では大きな身体つきをした物静かな吸血鬼が岩に背を預けて眠たそうにしている。ナルシストっぽい方は……、手鏡を見つめたまま微笑んでいる。ある意味怖い。


「まぁ、レベル的には吸血鬼の中でも格下、というか、僕からすれば敵にもなりません。ただ、持っている能力によって、厄介な相手にもなる場合もあるんですけどね~」


「能力……」


「はい~。僕が有しているように、どんな吸血鬼でも、最低ひとつは特殊な生まれながらの能力を持ってます~。威力も効果も、本人が言うか使わない限りわからないんですけどね」


 ちなみに、洞窟の曲がり角に隠れて奥の様子を一緒に窺っているレインクシェルさんも、発現するまでは内緒だと言って、自分の能力を教えてはくれなかった。

 あとのお楽しみだと言い含められたものの、やっぱりどんな能力なのかわからないままというのは、どうにも不安だ。だけど、もう一度聞いても「それじゃ面白くありませんよ~」と、却下。

 どこまでも暢気というか、どうにも楽観的すぎる気がする吸血鬼だ。

 こっちは村人達の無念を晴らす為に必死だというのに……。


「さて、それじゃあ悪者退治本番ですね~」


 声を潜めながら私の顔を見上げ、にこにこと笑ったレインクシェルさんが、何を思ったのか私の身体を片手で、ここ重要、『片手』でひょいっと持ち上げた瞬間、三人の吸血鬼達が暇そうにしているそのど真ん中へと向かって、――ぶん投げた!!!!!!

 まるで私の重さなど感じていないかのように、全くの手加減もなく投げた。

 しかも勢いがつきすぎていた為か、私は大岩の上で寛いでいる吸血鬼の方に直撃してしまい、そのお腹のど真ん中に頭突きをお見舞いしてしまった……。

 よく悲鳴が上がらなかったものだと自分に感心した私とは反対に、大ダメージを負った吸血鬼の方は可哀想になるほどの大声と共に苦痛の音を響かせる。

 

「痛ぇえええええええええええええ!! な、なんだぁああああああ!?」


「女の子……、ですか?」


「どこから入ってきた?」


 最悪だ。……いいや、最悪なんてものじゃない。

 何の計画も立てずに、私を敵陣のど真ん中にぶん投げるなんて、レインクシェルさんは悪魔だ。

 一応武器は隠し持ってはいるものの、三人の吸血鬼に取り囲まれてしまった私は、あのお気楽能天気な吸血鬼を信じてしまった事に多大な後悔の荒波を感じ始めている。

 無茶ぶりにも程があるとしか言えない……。


「おい、クソガキ!! 痛ぇじゃねぇか!!」


「……不可抗力です」


「はああああああああああ!? 舐めてんのかああああああああ!?」


「不可抗力は、不可抗力です……」


 確かに襲撃しようとは思っていたけれど、決してこんな形は望んでいなかった。

 どうするの……、この居た堪れない危険度大の、私の立場。

 ぎろりと洞窟の曲がり角に視線を投げたけれど、レインクシェルさんの姿はない。

 まさか逃げたんじゃ……と勘ぐってしまうのは仕方がない事だろう。

 だけど、今の恨みを晴らそうにも、まずはこの三人の吸血鬼の脅威をどうにか退けなくては……。


「す、すみません……。登場の仕方を間違えたので、出直して来てもいいですか?」


「登場の仕方というのは、己の美学を体現する大切な自己表現の一種ですが、却下します」


「そうですか……」


 ガサツそうな吸血鬼に後ろの襟首を掴まれて地面に引き摺り下ろされた私は、直前まで抱いていた村人達の第二の仇に対する憎しみを大幅に削がれてしまった。あの能天気な吸血鬼のせいで。

 かくなる上は、殺される事も覚悟で……、この隠し持っている短剣で殺るしかないだろう。

 地面に転んだのと同時に蹲ったまま、三人の吸血鬼がこちらを覗き込んで来たのを確認すると、ギリギリまで近づいた気配に対して勢いよく取り出した短剣を繰り出した。


「うわあああ!!」


「な、なんですか、いきなり!!」


「これは……、くっ、対吸血鬼用の武器か……!!」


 運が良いと言うべきか。私が薙ぎ払うように繰り出した刃は、三人の吸血鬼の身体のどこかを傷つける事が出来たらしい。

 ポタポタと地面に染みを作った血液の色は……、レインクシェルさんと同じ紫色。

 それは微かなものだったけれど、吸血鬼にとっては命の危機を感じさせる一撃だったらしい。

 私から距離を取り始めた三人が、この対吸血鬼用の武器である短剣を青ざめながら凝視してくる。

 今更ながら……、レインクシェルさんがあんな奇抜な事をしなければ、洞窟に迷い込んだ子供のふりをして吸血鬼達の隙をつき、油断したところをお命頂戴と出来たのではないかとも思ったけれど、終わった事はやり直せない。これからの行動を慎重に決めるべきだ。


「お前、『ハンター』の子供か!? それとも……」


「私は、貴方達に恨みがある者です。大人しく殺されてください。お願いします」


「可愛いレディ……、そんな物騒な物は貴方には似合いませんよ? さぁ、こちらに渡してください」


 あくまで私が子供だと侮っているのか、ナルシスト臭をさせる吸血鬼が手を伸ばしてくる。

 三人の中で、この優男風の吸血鬼が一番弱そうに見えるから……、まず、この吸血鬼を。

 短剣を構えて二撃目を放ったけれど、今度は難なく躱されてしまった。

 けれどめげずにその懐へと飛び込み、力任せに短剣を振り回す私に、目の前の吸血鬼は微笑ましそうな表情でくすりと笑いを零す。


「いけませんねぇ……。武器とは男が扱う物ですよ? 女性や子供が持つ物ではありません」


「おい、さっさと捕まえちまえよ! んで、その物騒なモンを早いとこ取り上げろ!!」


「ですが、何だか可愛らしいので、もう少し遊んであげたくなるんですよねぇ」


 どれだけ渾身の力で短剣を繰り出しても、不意打ちでもない限りもう当たる事はないのだと言われているかのようだ。ひらりひらりと舞うように攻撃は躱され、私達の様子に焦れたガサツそうな吸血鬼が私の後ろに回ってまた首根っこを掴みあげた。


「は、放して……、ください」


「お前、どこのガキだよ。武器の使い方はなってねぇし、大体、恨みってなんだよ?」


「村の……、人達を襲いました」


「村ぁ? ……あぁ、もしかして、あの死体だらけの村の事か? だとしたらおかしいだろ? オレ達は死んだモンの血を吸っただけで、殺しちゃいねぇ」


 違う……。たとえ直接的な死因を作っていなくても、この人達は二度目の死を村人達に与えたのだ。亡くなった命への礼儀も忘れ、自分達の餌としてだけではなく、その亡骸を傀儡とし、焼き払らわれる運命に処した。

 残された者がそれを知って、平静でなどいられないと、何故わからないのだろうか。


「許しません……、絶対にっ」


 私の前に現れた以上、それを知った以上……、野放しには出来ない。

 私はまだ手の中にある短剣を瞬時に持ち替え、背後で不思議がっているガサツな吸血鬼の腹に突き出した。しかし……。


「だ~か~ら~、ガキがそんなモン振り回すなってんだ」


 吸血鬼の空いていた方の手で短剣を持つ手を打ち払われ、地面に無機質な虚しい音が響いた。

 大丈夫……、この拘束をどうにかして抜け出されば、まだ隠している武器を使う事は出来る。

 けれど、そんな私の考えを読んだかのように、フェガリオさんお手製の可愛い洋服をパンパンとはたかれ、そこからどばっと武器の類が地面に転がり落ちてしまった。……非常に不味い。


「どんだけだよ……、お前」


「貴方達を殺さないと……、村の人達が浮かばれません」


「ですが、さっきも言ったとおり、私達は死者の血を吸って、少し遊んだだけですよ? 埋葬の手続きが省略されて良かったではありませんか」


「死んだ者は蘇らない。餌にしても問題はないと思う……」


「貴方達の価値観で語らないでください……!! 私にとって、両親も、村の人達も、大切な家族だったんです。それなのに……、それなのに」


 弔う事さえ出来なくなった家族の気持ちを、二度も屈辱を味わわされた命の叫びを、何故理解しようとしないのか。種族の違い故か、……違う。

 レゼルクォーツさんやフェガリオさんとは、根本的に、根底が大きく違うのだと、私は本能的に理解した。彼らは人間を餌としか見ず、死後の在り方に何の感慨も抱いていない。

 異なりすぎている互いの価値観と命への考えに、涙さえ出て来ない。

 

「大体よぉ、あそこに転がしといても腐るだけだろ~? なら、オレ達が喰っちまってもいいじゃねぇか」


「ふざけないでください!!」


 瞬間、自分でもありえない程の力が湧き上がったかと思うと、私をくるりと自分の方に向けていたガサツ吸血鬼のお腹に強烈な蹴りが見事にぶち当たり、この身体のどこにそんな力がと思うくらいの大ダメージが吸血鬼を苛んだ。

 緩んだ拘束の感触から飛び下りて、その場に蹲ったガサツ吸血鬼を睨み付ける。

 身体が妙に熱い……。それに、自分の奥底から外に溢れ出すかのように暴れまわっている力の奔流を感じる。もしかして、これが……。

 

「レディ! おいたはいけませんよ!!」


「そこを動くな……」


 伸ばされたナルシストの腕を掴み、本能のままに私は吸血鬼の身体を洞窟の壁へとぶん投げる。

 相手の重みを一切感じず、私は大男のお腹にも右拳で渾身のパンチを打ち込んだ。

 

「ぐあぁあっ」


 凄い……。大人相手に、しかも吸血鬼相手に、こんな力が出せるなんて……。

 勿論、これは私自身の力じゃない。レインクシェルさんと結んだ契約の恩恵が、ようやくその力を発現させるに至ったのだ。そうか……、あの子の能力の正体は、『怪力』だ。

 相手の重さもなんのその。圧倒的な力を以て捻じ伏せる、脅威の怪力……。

 ぶん投げられた際に、もしかしたらと感じていたけれど、これが、あの子の特別な力。


「何故レディにこんな力が……っ」


「人間じゃ……ない、の、か?」


「くそぉ、痛ぇぇ……」


 これなら、この吸血鬼達を仕留められるかもしれない。

 両手をぎゅっぎゅっと何度も握っては開いてを繰り返した私は、発現した能力に目を輝かせ、地面に落ちていた武器のひとつを拾い上げた。


「償ってください……、村の人達がどれほど辛かったか」


「だーかーらー!! 殺したのは隣国の兵だって言ってんだろうが!! それに、その隣国の王を操ってんのは、俺達の同族だって、偶然この前聞いちまったし、恨むならそっちだろうが!!」


「……同、族?」


 命乞いでもしているのかと思ったものの、ガサツな吸血鬼は嘘の気配が見えない力強い視線で私を見据え、そう叫び続けた。

 隣国の国王には、――『吸血鬼』が憑いているのだ、と。

 雪に閉ざされていた隣国が、作物の育ちが悪い自国の苦をどうにかしようと、領土を広げる戦争を他国に仕掛けているという噂は知っている。

 けれど、侵略した国の民を無意味に殺す事はしなかったはずの隣国が、最近になって冷酷無慈悲な殺戮を好み始めた事は記憶に新しい。

 私も何度か耳にした噂だったけれど、……隣国の陰に、『吸血鬼』の存在がある?

 思ってもみなかったその情報に、仇がさらに増えたと奥歯を噛みしめた。

 人間同士の避けられない戦火の蹂躙だったのだと思っていたのに、人間同士が殺しあう様を見ながら裏で嗤っている黒幕がいる? 

 討ちたい……、仇を。私の家族の命を踏み躙った、その、吸血鬼を。

 でも、私には、私には……、時間がなさすぎて、選択肢が少なすぎる。


「……それが本当だとしても、貴方達も仇です。今すぐに死んでください」


「ガキが物騒な事口にすんなあああ!!」


「そうですよ、レディ……。私達を討ったところで、あまり意味はないでしょう? そうだ。私達と友人になりませんか? 貴方のように可愛らしいレディならば、是非友になりたい」


「何でそこで口説きにはいるんだよ!! テメェは!!」


「可愛いレディを前にしたらまず褒め讃え口説き落とすべし、と、父上が仰っていました」


「お前んとこの親父は本当に女狂いだなっ!!」


 確実な死を予感しているはずなのに、この人達はさっきと変わらず騒ぎ散らしている。

 この、倫理観皆無の吸血鬼達のせいで……、皆は二度苦しむ羽目になった。

 殺そう……、早く、この手で……、仇を討とう。

 短剣を構え、まずはナルシスト風の吸血鬼の傍に寄った私は、ぐっと左手でその肩を怪力で押さえつけ、その喉元に鋭利な短剣の刃を添わせた。

 残りの二人が、声をあげて私に飛びかかろうとしたけれど、威嚇を込めて短剣の刃先を少しだけ吸血鬼の白い首筋に食い込ませてみせると、その動きが止まった。


「家族を失う悲しみを……、貴方達にも教えてあげます」


 大丈夫……。これは人じゃない。村の人達を苦しめた、人外の化け物だ。

 殺せる……、殺せる。私は、仇を討てる。

 視線をナルシスト吸血鬼の首筋に戻し、その刃にさらなる力を込めようとした私は……、うっすらと滲んだ紫色の血に息を呑んだ。今から……、私は、ひとつの『命』をこの手で、奪う。


「……っ」


「震えていますね……、お嬢さん」


「震えてなんか……、いません」


「おい、やめろって!! ガキが人殺しなんかして、何の得があるんだよ!!」


「貴方達は人じゃありません!! 人じゃ……、ない、から、大丈夫……っ」


 そう思っているのに、どうして私はこれ以上の力を籠める事が出来ないの?

 一息にその首筋を引き裂いてしまえばいい……。

 わかってる……、わかってる。それなのに……!!

 

「ははぁん? お前、それ以上何も出来ねぇのか?」


「――っ」


 命を奪われたそれを口にする事はあっても、自分の手で奪った事は一度もない。

 目の前にいる仇さえも、私の中ではひとつの『命』だと認識され、それを奪う事に……、私は。

 相手がたとえ、憎くて憎くて仕方がない相手でも、この心は躊躇するというの?

 再び私を取り押さえようと迫ってきた二人の吸血鬼を怪力で薙ぎ払い、それと同時に、短剣でその身体のどこかに攻撃を加えてしまった私は、滲みだす紫の存在にびくりと震えた。

 今度は……、怪力の恩恵のせいで、大量のそれが溢れ出している。

 苦痛に呻く吸血鬼達から距離をとり、洞窟の壁に背を預けた私は、……短剣をするりと落としてしまった。


(怖い……、怖い……っ)


 彼らの存在を知って、手の届く距離にいる事を知って、仇を討つ事を決めたはずなのに……。

 いざ、命を奪える事を確信した瞬間、――どうしようもなく恐ろしくなってしまったのだ。

 頭で理解し納得するのとは違う……。現実と向き合った時の直(じか)に感じる恐怖。

 

「あ……、ぁあ」


 震えが……、止まらない。動く事さえ怖くなってしまった私は、その場にずるずると座り込んでしまった。傷口を押さえ、私を睨み付けるガサツな吸血鬼の目に、獲物を狩る気配が激しく揺らめくが見えた。大男も、ナルシストも、吸血鬼本来が持つ妖しくも残忍な光をその瞳に宿して、私へと近づいてくる。怪力を使ってさっきみたいに捻じ伏せなくては……。

 そう思うのに、身体が……、動いてくれない。


「ったく、腹が減ってんのに何してくれてんだ、テメェはよぉ」


「躾のなっていないレディには、教育が必要ですねぇ」


「……代償は払ってもらう」


 私を取り囲み、餌を前にした吸血鬼達が、その唇を舌で舐めあげ小さく嗤う。

 ガサツな吸血鬼の右手が私の髪を鷲掴み、引っ張り上げる。


「痛ぅっ!!」


「痛ぇだろぉ? オレ達も痛かったんだぜ? テメェの怪力のせいで……。ん? なんだ、この噛み痕」


「おや、……なるほど。レディは私達の『同族』の契約者、友人でしたか。けれど、不完全ですね、これ……」


「同族の友なら……、何故、俺達を襲う?」


 首を傾げ、三人が顔を見合わせていると、――洞窟内に場違いな『声』が響き渡った。


「そ~れ~は~、僕の『お仕事』のついでだからですよ~」


 トコトコと可愛らしい足取りで入ってきたのは、隠れていたはずのレインクシェルさん。

 その手にはあまりに不似合いな大振りの鎌を持ち、――ニッコリと吸血鬼達に視線を定めていた。

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