時の彼方で揺らめく意志



 ──Side レイズフォード


「収束に向かってはいるようだが、……被害の甚大さには頭を悩ませられる事だろうな」


「観光区域の復興ぐらい、すぐに済みますよ。ですが、クククッ……、地上の民が持ち込んだ『災い』は、確実に神の眷属達が心の奥底に抑え込んでいた『歪み』を表に出していくことでしょう。慈愛深き御柱様の意に添いたくとも、誰にでも限界というものはありますからね~」


「……抑え込んでいたもの、か。お前は……、ん? そういえば、名を聞いていなかったな?」


 観光区域の一角にある、今は廃墟同然に悲惨な姿となった噴水広場の前。

 甥のレゼルクォーツから面倒な輩を押し付けられてから数十分ほどが経つのだが……。

 まずは観光区域の様子をと、……この意味不明な仮面の男と共に見に来ていたのだが、何故、私がロシュ・ディアナの民と行動しなければならないのか。

 お互いの種族的関係性と、元の時代で起きた戦闘の様子を振り返れば、『敵』としか思えないのが普通だろう。

 だというのに、この仮面の男は馴れ馴れしく話しかけてくるわ、真面目に話していても茶化してくることさえある。

 敵でなかったとしても、私の性格的に、まず合うわけがない。

 だが、別行動をしようとしても、こういう手合いは大抵の場合、面白がってついてくることが常だ。

 そう先を読んだ私は、この男への警戒を持ったまま、表向きの交流をはかるために名前を訪ねてみたのだが……。

 仮面の男は、意外な事を聞かれた、といった気配を表し、きょとんと首を傾げて、次にぽんっと手を打った。


「あ~!! そういえば、そんなものもありましたね~!! クククっ、普段、あまり人と接しないせいでしょうか、自分にナンバーがあることを忘れていましたよ~」


「……ナンバー?」


「十三番(サーティーン)です」


「は?」


「私の、呼び名です。あぁ~、それは名前じゃないというツッコミはなしでお願いしますね~。なにせ、貧民街生まれのものでして、個体名をつけられたのは研究所にひろって頂いてから、でしたかね~。皆さん、適当な方ばかりで、研究以外は無頓着だったんですよ。クククッ、困ったものです」


 内容と、醸し出されているおちゃらけた雰囲気のこの差はなんだ?

 ひとつの命として生まれながら、つけられた呼称が数字だと?

 グランヴァリアや人の世でも、法の目を掻い潜り、奴隷の類に番号をつけて管理する組織がいるにはいるが……。

 この仮面の男からは、何も悲痛な、不遇さを味わって生きてきた気配が感じられない。

 訝しむ私に、仮面の男がハートマークの描かれたそれ越しに笑みを深めていく気がした。


「クククッ……、番号呼びに抵抗がある、と仰りたいようですね~。名前も番号も、どちらも音になるのですから、気にする意味もないと思いますが……、貴方は気になるのでしょう? あっ、そうですね!! どうせ呼ぶなら、可愛いほうがいいかもしれません!! クククククッ、少々お待ちくださいねっ。私が嗜んできた愛読書の中から、とびっきり可愛い名前をっ」


「何故そうなる!!!!」


 私に気を使っているつもりなのか、仮面の男が何冊かの本を出所不明の手品師的手腕で瓦礫の転がる地面に並べていく。

 研究書に始まり、ロマンス小説やら童話本やら……。

 ジャンルに纏まりがないところを見るに、雑食系というやつか。

 

「ん? ……これは」


 気疲れを顔に出しながら膝をついた私は、呆れるほどの量で並べられた本の列の中に、ひとつだけ異質なものを見つけた。

 やけに分厚い……、古びた装丁の……、題名のない、本。

 それに向かって手を伸ばしたが。


「これは駄目です」


 本に触れる寸前、一瞬、誰が発したのか判断出来ないような無機質じみた声と共にそれが目の前から掻き消えた。

 視線をあげてみると、仮面の男の手におさまった……、目当ての本が。


「…………」


「…………」


 お互いの間に流れた、ほんの僅かな沈黙。

 題名のない本と仮面の男を交互に見やり、……行き場のなくなっていた手を静かに下ろす。

 

「いや、別に見せたくないなら仕舞ってくれて構わないが……。──いやっ、それよりもっ、可愛い名前とやらは必要ない!! コホンッ……。どのみち、元の時代に戻れば、敵同士でしかないからな」


「おやおや。もう少しねばってくれたら、すこぉ~しだけ、私のピュアピュアメモリィーの一部を見せて差し上げようかと」


「いらん!!」


 誰が敵の、興味もない相手の何かを知りたいと思うものか!!

 大体……、 見たが最後後悔かトラウマの対象にしかならなそうなブツな気配がプンプンと伝わってくる!!

 性質の悪い道化としか思えない輩の相手を真面目にする必要があるか? ない!!


「レゼル達の後を追う。あとは好きにしろ」


 別に必ずしもペアを組んで行動する必要はないだろう。

 私はまだ焦げ臭さの残る生々しい気配が満ちる観光区域から飛び立ち、眷属達が住まうという区域に向かうことにした。

 だが、仮面の男、──十三番(サーティーン)は置き去りを食らう気はないらしく。


「いつ何が起きるかわかりませんし、別行動はオススメしませんねぇ~。あぁ、そうだ。少々寄りたいところがありますので、次は私が先導しますねぇ」


「だから、好きにしろと言っているだろう!! 私まで巻き込もうとするな!!」


「ペアを組んだんですから、少しは歩み寄らなくては利がないじゃないですかぁ~! 私と仲良くなると、ロシュ・ディアナの情報を引き出せるかもしれませんよぉ~? お得感、大事でしょぉ~? ねぇええええええ~!! ククククッ!!」


 お得感より、私の精神的平穏を守らせろ!!!!!

 先導すると言いながら、私の右腕にがっしりと抱き着いてきた十三番(サーティーン)のしつこさは心から辟易するほどだ。

 力づくで振りほどく……、事も不可能、ではないが、……ロシュ・ディアナに関する情報も、出来れば……、ぐぐっ。

 欲しいものを得るには、この七面倒くさい男を相手にすることが確定事項……。

 それさえ我慢すれば、我慢……、出来れ、ばっ!!

 十三番(サーティーン)にしがみつかれた状態で眷属達の住居の一角へと誘導され、私は仕方なく諦めの境地を受け入れた。


「十三番(サーティーン)。ロシュ・ディアナの情報が欲しくはないかと言っていたが、答える気があるのか?」


「クククッ……。ありますよぉ。まぁ、私の気分次第ですけど、貴方とは少し真面目なお話をしたいと思っていましたし? 少しは有益な情報を得られるかもしれませんよぉ? クククッ」


「お前が口にする情報に偽りがなければ、という不安要素が付き纏うがな……」


 頭の中がスッキリとしてくるかのような爽やかな香りを感じながら目の前を睨み据えるが、十三番(サーティーン)のふざけた笑みの気配が崩れることはない。

 お互いのやり取りが全て、想定の範囲内、といったところか。

 咲き乱れる白の花々の間を歩み、やがて辿り着いたのは誰の気配もない……、恐らく、天上の中でも目立たない区画なのだろう。

 研究所じみた印象を抱かせる建築物の入り口。

 規模的には、そこまで大きくはなく……、どちらかといえば、個人の物、といった印象を感じるが……。


「ここに何がある? ……誰の気配もしないようだが」


「ええ。誰もいませんよ。個人所有の上に、今はその持ち主もお留守ですからね」


「…………」


「ここはですね。私達の生きている時代においてもまだ現存している施設でして、ちょっと覗いてみようかな、と」


「過去の遺物に興味がある、と」


「まぁ、そんなもんです。クククッ、研究者たる者、探求心と好奇心は決して絶えぬ情熱の、って、ああっ、私より先

に行こうとしても無駄ですよ。セキュリティーが生きてますからね」


 なら、さっさと解除でも何でもして、用事を済ませろ。

 話す度にこちらの精神的な疲労感は強まるばかりだというのに、十三番(サーティーン)は暢気に鼻歌よろしくセキュリティーの解除を行い、先への道を開いている。

 

「さぁ、行きましょうか」


「あぁ」


 問いたい事はあるが、それは後で纏めてからでもいいだろう。

 いちいち何か反応したり声をかけると、こちらが精神的ダメージを何度も受ける事になる。

 無駄なやり取りは極力省く。それでいい。

 研究所の中に踏み入ると、意外な光景が待っていた。


「まるで……、民家のような内装だな」


「無機質なよくある研究所でも想像していましたか? クククッ……、この研究所はどこもあたたかみのある色合い、というか、そうですねぇ、例えるなら、木漏れ日の差す森、でもテーマにしているかのような内装が多いのですよ。それと」


「わんっ!!」


「にゃあっ!!」


「ん?」


 木の色合いを感じさせる壁紙や、そこかしこに置かれている観葉植物の類や絵画。

 それらを眺めていると、両サイドの窓から柔らかな日差しが差し込んでくる通路の向こうから何かがやってきた。

 動物の類なのだろうが、モフモフと愛らしい生き物が何匹も私達の元へと……、いや。


「動物に好かれる性質(たち)か?」


 私の方に、ではなく、小型から中型まで、多くの動物達が飛びつきにかかったのは、十三番の方へだった。

 そっと……、伸ばしかけていた右手を仕舞う。


「クククッ……。モテモテは辛いですね~。おやおや、生憎とご飯は持っていないんですよぉ~?」


「わんっわんっ!!」


「にゃぁおおんっ!!」


 それにしては……、懐かれようが尋常ではないというか……。

 対して、私を視界に入れた動物の一部は顔を顰め、小さく唸って警戒の気配を見せている。

 当然だ。私達は侵入者であり、本来歓迎を受けるはずがない。

 ──だが、その警戒を受けているのは不思議な事に、……私一人に対してだけだ。

 どう考えても、不審者はそこにいる仮面の変態男だと思うのだが……、本当に何故だ。


「あ~、こらこら、いけませんよぉ~。この世界に在るものは全て兄弟のようなもの。皆仲良くしましょうね~」


 今にも私に襲い掛かってきそうな様子を見せていた動物達が、十三番の声に反応し、警戒の気配を消し去る。

 まるで……、飼い主に宥められたペットのように。

 その様子に私が目を細め、十三番を訝しげに見つめれば、奴は自分の唇に人差し指を添え、微笑んだ。


「グランヴァリアの宰相殿に話がある、と言ったでしょう? 貴方が疑問に思っていること、幾つかには……、答えてあげられると思いますよ」


「…………」


 犬に似た小型の動物を三匹ほど器用に両腕を使って抱き上げた十三番が、私を先へと誘う。

 光に満ちた通路を過ぎると、左右に幾つかの部屋へ続く扉が見えた。

 そして、十三番は慣れ知った場所だとでもいうかのように、一番奥の部屋へと足を進めていく。

 現代にもこの研究所が残っているというのだから、特にそれは問題ないが……。

 途中、動物達が出てきたのだろう部屋の前を通りがかったが、開いている扉の向こうで……。


「ヒッ、ヒヒンンッ、ヒヒッ……!!」


 ……何か、大型の動物が部屋から出ようとしながらも、引っかかって出られずにいる光景に遭遇した。

 ゴン、ゴンと、何度も残念な衝突音が聞こえる。

 例えるなら、……馬、のような、何かだとは思うが……、非常に困っているのはわかる。


「あれはいいのか?」


 出るのを手伝うべきかと迷いながら十三番に尋ねると、放置でいいと答えが返ってきた。

 

「今優先すべきは、私の用事ですからね~。それに、獣も頭を使って苦難を乗り越えなくては、成長も進化もありはしませんしねぇ」


「……そうか」


 すまないな、名も知らぬ馬のような何かよ……。

 悲痛な助けの声を振り切り、十三番の歩みが止まるのと同時に、私の足も止まる。

 他の部屋となんら変わらない、……いや、扉に青い花で飾ったネームプレートのような看板がかかっているな。

 

 入り口の時と同じで、魔術によるセキュリティーシステムが掛かっているようだが……。


「気分でパスワードや魔術式のあれこれ変えちゃうタイプは面倒極まりないんですけどねぇ。……クククッ、私も覚えがあるので仕方ありませんねぇ。クククッ……、解き甲斐がありますねぇ~!!」


 十三番が難解だと思われるセキュリティーの数々を高速で解き明かし、三分もかからぬ間に扉が稼働音を立てて開くに至った。

 解除時に周囲へと飛び出していた花模様の魔術陣がその光と共に消えていく。

 あまりにもあっさりと、……いや、現代にこの研究所が残っているのなら、解除手順も全て頭に入っていて当然なのだろう。

 だが、この男の行動や言動、動物達の反応を見る限り……、ある種の疑惑は深まっていくばかりだ。

 わざとか、……それとも、隠す気がないだけ、か。


「ん~。綺麗に片付いてますね~。クククッ、家探しと荒らし甲斐がありますよぉ~!!」


「やるな!!このコソ泥変態仮面が!!」


「ククククッ!! その程度のモブレッテルで私のアイデンティティーが揺らぐと思わないで頂きたい!!」


「~~~っ!!」


 お前はこれ以上何に進化? いや、退化? ともかく、面倒なものになる気だ!?!?

 ……いや、だから迂闊に相手をするだけ無駄な体力と気力を失うことに繋がるというにっ。

 私はそれ以上言い返すことはせず、誰かの部屋の中に視線を走らせる。

 普通の民家にある一室の……、いや、むしろこの部屋ひとつで民家ニ、三軒分は入りそうだな……。

 だが、私の目に映っているのは、一人用の寝台に机、あとは本棚が少し。

 ドームのような形状の部屋の両サイドからは陽光が差し込み、室内は明るくあたたかみのある光景を演出している。

 

「……違和感のある部屋だな」


「部屋の広さに反して、物が少ないですからねぇ~。シンプルなのもいいですけど、もっと何か、あ~!! 可愛いぬいぐるみさ」


「あくまでここは入り口、いや、『幕』が掛かっている状態か……。で? この部屋の何に用がある? 早くしろ」


「……貴方、面白みがない、って、皆さんに言われませんか?」


 最後まで言わせなかったことに不満があったのだろう。

 哀愁と拗ねた気配を漂わせながら人に対して失礼極まりない発言を発する十三番を容赦なく睨む。

 私は兄上や弟と違い、人を笑わせたりなんだりといった芸当とは無縁だ。

 特別だと称えられる者達とは自分がどこまでも遠いことも……。


「おやおや~。コンプレックスに触れちゃいましたかねぇ~? と、ですが時間もあまりないと思いますし、ささっとやっちゃいますか~!!」


 肩を竦めた十三番が指を鳴らした瞬間、私達の周囲にあった光景全てが姿を変えた。

 まるで夜空の星々の只中に移動したかのような景色が広がり、様々な場所や何かのデータらしきそれぞれの映像が大量に浮かび上がる。

 

「ん? あれは、レゼルクォーツとリシュナか!!」


 真白の色が広がるどこかの施設内を、甥であるレゼルクォーツがリシュナと共に歩いている姿が映っている。

 

「好きなだけ見てていいですよぉ~。私はこっちで作業してますから」


「何の作業だ?」


 二人の事も気になるが、今はこの十三番の動向に目を光らせておきたい。

 過去の世界で、一体何をしようとしているのか……。

 十三番は私から距離をとった場所に座り込み、この空間内で展開している魔術システムに干渉を始めた。


「おい……、答えろ。お前は何をしようとしている?」


「ん~、説明すると、ちょぉぉ~っと難しくなりますからねぇ~。口を開くより作業に集中していたいので黙ってて頂けますか~?」


「私はお前の見張り役だ!! 勝手な事をさせるわけにはいかん!!」


 十三番へと伸ばした私の手は、強い拒絶の光によって阻まれる。

 危うく弾き飛ばされかけるところだったが、私は自分がさっきまで立っていた場所までで、どうにか踏み止まった。

 作業を終えるまでは何もさせない気か、こいつは……!!

 僅かに血の感触が滲んだ手を怒りと共に握り締め、眉を顰める。

 だが、俺の警戒とは真逆に、十三番は星空の煌めく空間の中でぽつりと静かに言葉を零した。


「知っていますか?」


「は? 何をだ」


「この世界、いえ、私達のいる世界と、その外にある数多の世界では全て、過去は未来に不干渉である、と言われているんですよ」


「重要な部分だけを言え。無駄口は叩きたくないのだろう?」


 十三番の作業の手は止まらず、この場所に組み込まれている魔術システムの何らかの部分に……。 

 くそっ、天上のロシュ・ディアナ達が使う文字に頭の中の情報を用いた翻訳が追い付かない。

 以前に陛下の元に送られたロシュ・ディアナの文字はそれに翻訳の術がかかっていたから読めたが……。

 馴染みのない他種族の、それも古代と言っても差し支えのない時代。

 十三番を実力行使で止める方が効率的に良いが、この男……、背を向けていても隙を感じさせていない。


「大丈夫ですよ。別にグラン・ヴァリアの不利益になるような事をしているわけではありませんから」


「十三番……っ! 説明をしろ!!」


「過去は未来に不干渉。もし、誰かが過去に触れる事が出来たとしても、未来を変えるような行動を何ひとつ取れない、という意味ですが……、それはどこまでが不干渉領域に当たるのだろうな、と思いましてね。ここが笑えない夢の中だとしても、現実だとしても……、試したくなったんですよ、私は」


 それまでのおちゃらけた気配が掻き消え、十三番の静かな声音に強いものが混じり始める。


「私が失った『幸福』を取り戻す為に……、賭けぐらいさせてくれてもいいじゃないですか。たとえ無駄だったとしても、……私は足掻く」


「何を言ってるんだ、お前は……っ!! 他者の魔術システムに干渉などしてみろ!! すぐに管理者がっ」


「来ませんよ。未来においても、この過去においても、天上に張り巡らせてある全ての魔術システムは『私』が構築したものですからね」


「…………何を、……言って」


 未来と、『過去においても』、だと……?

 この世界は、私達の生きている時代からすれば、何千年という時の流れよりもさらに奥底にある遥か古の時代だ。

 私達の始祖であるグラン・ファレアス自身も、神の眷属ではあるが、……当の昔に死して、今は、今は……。


「陛下は確かに仰っていた。私達の始祖は確かに死している、と……」


 だが、その魂は代々の国王と対話をし、……外に出て活動できる器も、ある、と。

 ならば、この十三番もそれに類する方法で生きながらえている、という事か?

 

「あぁ、貴方の考えている事は半分ハズレですね。私の場合は……、最初の器が『呪い』で死す前に、魂を自分の意図で何度も転生させられるように術を施してありますから、この時代からずっと生きているわけではありません」


「自分の意図だと? 魂の管轄は冥界の領分だと、私はそう伝え聞いているが……」


「そうですね。御伽噺では、死した者の魂は冥界に向かい、新たな生へと向かう。それが地上の者達に定められた掟に違いはありません。ですが、私は神の眷属。還る所は冥界ではなく、我が父であり母でもあられる御柱様の許……。復活させるも、どこかに転生させるも、御柱様の御心のままに……。それに逆らって術を施し、歴代の記憶を保持したまま転生を繰り返している私を、何故か御柱様はお許しくださっている」


「何の為に……、そんな事を」


「それは、貴方がたの始祖殿にも当てはまる事でしょう? まぁ、あの人の場合は転生という法を用いず、魂だけをグランヴァリアに縛り付け生き延びているようですが……。理由は、『彼女』の為でしょうね」


 作業の手が止まり、十三番が自嘲の音と共に立ち上がる。

 振り向くのと同じく、その手が顔を覆っているふざけた仮面にかかる。


「私も……、『兄さん』も、……『彼女』を何よりも愛していますから」


「──っ!!」


 仮面の下の素顔を目にした私は、驚くべきなのか、それとも当然だと……、話の流れから導き出されていた『答え』を前に目を瞠った。

 家族は誰しもがその遺伝性を引き継ぎ、面差しや別の何かに似通ったものが表れるものだが──。


「我がグラン・ファレアスの……、始祖殿の……、血縁者か? お前はっ!!」


 他人とは否定出来ようもない、その面差し。

 仮面の下に浮かぶ、優し気な顔立ち。

 雰囲気は違えど、始祖殿と自分は顔がよく似ていると笑っていた陛下によく似ている……。

 陛下と始祖殿を太陽のような存在と形容するのであれば、この男は紛れもなく……、月。


「ふふ。不可思議さの溢れるこの世界において、なんら驚くこともないと思いますがね。あぁ、貴方がたからすると、弟の私も親戚みたいなものになるんでしょうかね~」


「つまり、この施設は過去のお前のものか……。だから、魔術システムに干渉したところで、この時代のお前にはわからないわけだな」


「この時代の私は、今の私と違って純粋な性質でしたからね。過去の自分を騙すなど朝飯前ですよ」


「魔術システムに干渉し、何をした?」


 作業はすでに完了しているようだが、知っておく必要はある。

 自分の正体を明かしてはいるが、それがこの男に対する信用に繋がるわけではない。

 目的も、その心の内も、まだ謎のままだ……。


「言ったでしょう? これは私の賭けです。貴方がたには特に関係ありませんから、聞いても無意味。けれど、貴方は私が何をしたのか知っておく必要がある」


「わかっているなら答えろ」


「そうですねぇ……。過去を利用した実験、といったところでしょうか。知りたくありませんか? 未来を変えるカードが何枚残るのか、それとも、全て時の彼方になかったものとして葬り去られるのか……。貴方の主にはそうお伝えください。それだけで情報は十分だと思いますよ」


「そのカードの中身が不明なものを情報と言えるか!!」


「あぁ、それと……。これを貴方の主と、もう一通は私のヘタレな兄に渡していただけますか? いい加減、こちらも限界が近いので、あのヘタレには決断してもらわないと困るんですよ」


 十三番が私へと放って寄越した二通の書簡。

 どちらも、開封すべき者の手に渡らない限り、開けることも燃やすことも出来ないように術が施されている。

 

「貴方はグランヴァリアの宰相だ。国王にも、始祖にも、その手紙を届けることは可能でしょう? お望みとあれば、私の特選ブロマイドもおつけしますが」


「どこまでもふざけるのが好きな奴だな」


「ククククッ……。そういう風に役作りをしていますのでね」


「そこにも事情がありそうだが、あえて変態的な何かに役を定める必要がどこにある……」


「相手をおちょくるのが愉しいので」


「怒るぞ!!」


 この男の言う通り、本当に始祖殿の弟ならば、もっと敬意を払わねばならないのだろうが、その気も失せる!!

 私の怒声に十三番は愉しげに笑う声を響かせたが、もう一度仮面を被る瞬間に見せた寂しげな表情がどうにも頭に残る。


「お前を信用するわけではないが、これはおかしな術が仕掛けられていないか厳重に調べた後に陛下へお渡ししよう」


「よろしくお願いします。ククククッ……、さぁ、そろそろ出ましょうかね。もう一か所、寄っておきたい所があるんですよ」


「まだあるのか……」


「ククククッ……。とても興味深い人物ですよ」


 十三番は仮面の下で微笑む気配を見せながら、その人差し指を己の唇に添えた。


「なにせ、──」


 空間が元の日差しを受け入れる場所に戻ると、十三番が何かを言った瞬間に鳥の羽ばたく音がそれを攫っていった。



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