狂気と希望と……。

※人間達の世界に姿を現した、ロシュ・ディアナの現女王……。

その美しき面はリシュナによく似ていて……、そして、思い出してはいけない狂気の象徴だった。

思い出してしまった絶望の過去と、部屋から姿を消したリシュナの行方は──。




 ──Side レゼルクォーツ



「リシュナぁああああああああああああああああああっ!!」


 突然俺の目の前から掻き消えた、大切な妹の姿。

 何が起こったのかを考えるよりも早く、俺は本能に突き動かされるまま空間を超え、──リシュナのぬくもりをこの両腕に掴んだ。

 ロシュ・ディアナ勢とグランヴァリア勢が戦っているそのど真ん中に無防備な姿を晒すなんて、馬鹿そのものの所業だろう……。

 だが、そこにはリシュナがいた。

 いまだ絶叫を響かせながら、認めたくない現実に心を滅茶苦茶に傷つけられながら……。

 そして、リシュナを自分の腕に庇うのと、ロシュ・ディアナの始祖が残虐な笑みと共に光の鉄槌を放つのはほぼ同時。

 狙いは確実に俺達を、いや、リシュナに定め撃たれたもの。

 直撃すれば、リシュナの命どころか、俺も纏めて黒焦げか……、存在そのものを消し炭にされるほどの威力。 だが、俺に出来る最大強度の結界にそれがぶち当たる前に、神の眷属たる者の一撃は阻まれた。


「──陛下!?」


 夜闇深き天空を乱す強大な光の本流へと向け、突き出されているグランヴァリア国王である陛下の両手。

 その身から迸る真紅の色濃い輝きは、まるで全てを飲み込み焼き尽くす炎の激しさのようだ。

 その力は激流同然に荒々しいうねりと共に始祖の力とぶつかり合い、拮抗している。

 そして、陛下の隣では同じように両手を突き出し、大空を舞う白銀の巨大な鳥を思わせる光の像が始祖の力に絡みつき、敵を押し返そうと輝きを強めている。


「レゼル、ここは俺と彼女で引き受ける。お前はリシュナを連れて下がれ!」


「はい!!」


「リシュナちゃんをお願いします!! ……ここに『あの方』が、始祖が出てくる可能性を低く見ていた私の失態……っ。何があっても、ロシュ・ディアナの軍勢を追い返してみせます!!」


「陛下、先代女王陛下……。頼みます!!」


 神の眷属たる始祖……。

 ロシュ・ディアナの先代がどこまで力を出せるのかは不明だが、ウチの陛下はグラン・ファレアスの始祖に一番近しい強大な力を抱いて生まれたと言われている。

 だから、ここは陛下に任せておくのが最善の選択だろう。

 俺は気絶してしまっているリシュナを腕に抱え、味方側の軍勢……、指揮を執っているレイズフォード宰相殿の許に飛び込んだ。


「リシュナは!?」


「大丈夫だ……。錯乱はしたが、今は意識を失っているだけだ」


「リシュナ……、すまないっ」


 拳をやりすぎな程に握り締め、悔恨の情を浮かべる宰相殿。

 きっと、リシュナを一番に助けに行きたかったのは宰相殿だ。

 だが、今のグランヴァリア軍勢の指揮を執っているのは、味方の生死の鍵を握っているのはこの人だ。

 たとえ心が血飛沫と共に絶叫を上げたとしても、宰相殿に動く事は出来なかった。

 それを責めるつもりはない。

 軍を率いる者に身勝手な行動が許されないのはどこも同じだからな……。

 それに……。


「アンタは二重の意味で動けなかったんだろう?」


「…………」


 リシュナが突然取り乱した訳。

 宰相殿がリシュナを助けに行けず……、いや、一番重要なのは、その場を動けない程に、動揺していた訳。

 

「あれは……、本当に『リシュナの母親』なのか?」


「──っ!!」


 ロシュ・ディアナの現女王は、宰相殿のかつての想い人。

 映像越しに見た……、リシュナとよく似た顔立ちの美しい女。

 始祖によって身体を好きに使われている……、リシュナの母親。

 わかっていた。先代女王とその仲間達からの話で……、すぐに察していた。

 それでも、現実が生々しく目の前に現れた事による精神的な動揺は……、予想以上だった、って事だろう。


「エトワール……っ」


「宰相殿。ロシュ・ディアナの現女王は、『弱み』によって始祖の餌食となった、そう言ってたよな?」


「あぁ……」


「恐らく、その『弱み』ってのは、リシュナの事だと思う。リシュナ……、娘の存在が、現女王の足枷になった」


「そんな事はわかっている!!」


 ロシュ・ディアナの始祖への怒り、憎悪。

 自分に何も打ち明けず、一人で今日まで耐えてきた……、想い人と、娘への想い。

 奥歯を噛み締め、苛立たしそうに口の端から血の筋を作った宰相殿を真正面から見据え、リシュナを示す。


「だが、もう『弱み』は存在しない」


 リシュナの母親が始祖の言いなりになる必要はない。

 俺の言葉に、宰相殿が息を呑みながら目に確かな光を宿していく。


「始祖は神の眷属だ。だから、そう簡単に上手くいくかはわからない。だが……、やってみる価値はあるんじゃないか?」


 一度でも、始祖の意識ではなく、リシュナの母親の意識を覚醒させる事が出来れば──。

 始祖を追い出し、器を失わせ、現女王を奪還出来れば……。


「レイズフォード様。我らは国王陛下の忠実なる臣下。そして、貴方様は我らの絶対なる長。──ご命令を」


 宰相殿の背後から前に出てきたのは、巨大な三日月型の武器を手に微笑むシュヴァリエの女、ロゼナ・リオンディーテだ。黄金の豪奢な巻き毛を揺らし、宰相殿の前に服従の礼をとる。


「見たところ、あの始祖という女は、謂わば、精神だけをこの地に飛ばしている状態と見受けられます。ならば、早々に敵軍勢を排除し、時をおかず、一気に敵国を掌握するのがよろしいかと」


「今のこの状況見て、すっげ~強気な事言うよな、アンタ……」


「時は金なり。それに、到着が遅れていたグラン・シュヴァリエと増援部隊もすぐに合流いたしますわ。相手が神であろうと、必ず隙を見出し……、──狩り取るが我らグラン・シュヴァリエの使命、ではなくて?」


 はい、とっても頼もしいお言葉をどうもありがとうございます、とな。

 茶目っ気を感じさせるウインクと一緒に敵を見据えたロゼナ・リオンディーテの心に恐れはない。

 まぁ、確かにな……。まずは、ここに居座っている敵軍勢を蹴散らさないと明日の朝陽も拝めやしない。

 それに、始祖だけでなく、俺に一撃見舞ってくれたクソガキ野郎にも礼をしてやんないと気がすまねぇ。

 俺はリシュナを宰相殿に預け、ロゼナ・リオンディーテと同じように上官への礼をとる。


「ご命令を、我が長よ」


「ロシュ・ディアナ側の始祖に関しては、陛下にお任せしておけ。お前達は、それ以外の雑魚共を早急に片付けろ。倒れる事は許さん。行け」


「「「「「我がグラン・ファレアスに、絶対なる勝利を!!」」」」」


 崩れかけていた陣形が即座に正確な形を成し、グラン・シュヴァリエ達を先頭に敵軍勢の真っただ中へと突っ込んでいく。始祖の力は、その注意は完全にウチの陛下と先代女王陛下に注がれている。

 

「陛下!!」


「俺達には構わず行け!! 始祖の力は全て引き受ける!!」


「うっ……! だ、大丈夫、です、からっ、早く、……今の、うちにっ」


 時はあまり残されていない。

 陛下はまだ余裕がありそうだが、先代女王陛下の表情にはすでに限界の気配が浮かんでいる。

 

「すぐに片付けます!! だからそれまでっ、どうかお願いします!!」


 空(くう)を高速で駆け回り、雑魚の一団を切り裂いては次の群れへと飛び込んでいく。

 どれほどの生臭い血飛沫を浴びようと、どれほどの断末魔の叫びを耳にしようと、決してこの手を休める事はしない。


「ギャァアアアアアアアアアアアアッ!!」


「ウァアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「ヒィイイイイイイイイイイイイイッ!!」


 各部隊の働きもあってか、すでに敵の九割の排除が終わったと思ってもいい時だった。

 顔についた血を拭っていた俺の背後に、凄まじい殺気の奔流が生じる。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「──ッ!!」


 必ず仕掛けてくると思っていたが……、やはり来たか。

 青とアメジストの輝きを抱く、オッドアイのガキ……。

 憎悪という感情に支配されているその瞳が、歪な形状をした双剣を巧みに操り、俺に連撃を叩きつけてくる。


「我らが神……っ、始祖様のご尊顔を拝しておきながら、まだ逆らうか!!」


「生憎と、俺達の始祖様じゃないから、なっ!!」


「ぐっ!!」


 一度目に犯した失態はもう二度と繰り返しはしない。

 相手がどれほど強かろうと、俺は必ず……、俺の邪魔をする『敵』を、仕留めてみせる!

 ほんの一瞬だがよろける素振りを見せた敵の動きと次の予測を頭の中で瞬時に計算し、俺は長剣を手にその防御を突き崩し、攻めの連撃によってあの時の報復を果たす。


「グァアッ!!」


 敵の肩口に突き刺さった俺の一撃。

 赤い血が流れだすのかと思った。

 だが、その傷口から溢れ出した命の源は……、灰色?

 いや、それよりももっと濁りの酷い色合いにも見える。

 種族が違えば血の色も違うかもしれない。

 だが……、俺が目にした今までのロシュ・ディアナの者の血の色は赤だったはずだ。

 傷を負ったオッドアイのガキが憎々しそうに俺を一瞥し、雷の気配が混ざった突風を巻き起こし、距離をとる。


「ロシュ・ディアナは、それぞれ血の色が違うのか……?」


「黙れ!! 神の眷属たる我々に傷を負わせるなど……っ、この罰当たりめが!!」


「それを言うなら、こっちだって始祖は元神の眷属だ!! ──ハァアアアッ!!」


「ぐぁっ!!」


 最初に戦った時とは違う。

 相手の動きをある程度覚えていたお陰もあるが、以前よりも身体が動きやすい気がする。

 力も……、敵の動きを読む動体視力も、そして、俺の身体も……。

 戦いやすくなっていると自覚した俺は、攻撃の手を決して休めず、猛攻を仕掛けながら感じていた。

 左胸に刻まれた、──リシュナの誓いの証の熱を。


「貴様等は神の眷属などではない……っ!! 『天上』を捨てっ、地に染まった汚物だ!!」


「神様は全てを愛する存在だろう? お前達みたいに他者を見下して貶すような奴らは……、神の眷属でも何でもない!!」


「ぐっ!! ──だぁああああっ!!」


 互いの得物による打ち合いは何度か続く。

 一方は自分達種族の誇りの為に、俺は、大切な者を守る為に。

 確かにこいつは相当の力を持っていて、最初は強いと感じた。

 だが、リシュナの恩恵だけが有利に運んでいる理由ではなく……。


「なるほどな。意外に脆いわけか」


「何をっ!!」


 こいつは自分の動きを読まれるのを嫌っている。

 だから、最初に圧倒的な力を以て敵を委縮させ、短い時間で仕留めにかかる。

 だが、戦いの時間が長引けば長引くほどに、こいつには隙が多い事や、剣の弱い癖があると知る事が出来る。

 俺は自分の剣に魔力を付加し、その隙と弱みを狙って勝敗を決する為の鋭き一撃を放つ!


「かはっ!!」


 剣身が捉えたのは、ガキの胸……、心臓部だ。

 普通の人間であればこの一撃で即死だろうが……、さて、ロシュ・ディアナにこれは有効なのか。

 苦痛の声を上げながらも、絶命する様子が一切ないところから見て……。


「き、サ、マァアアアアアアッ!!」


「げっ!!」


 ガキの発音自体が壊れたかのように聞こえた直後。

 剣で貫いた心臓部から、気色の悪い触手じみた何かが一斉に飛び出し襲い掛かってきた!

 俺は剣を即座に引き抜き、その襲撃から逃れる為に飛翔する。

 縦横無尽に飛び回り、触手を躱し、空高くまで飛行距離を上げ……。


「ガキのお守りは、終わりだ」


「──ッ!! 汚物ガアアアアアアアアアアアッ!!」


 心臓を刺しても終わらないのなら、その身を再生不可能なほどに傷つけてやればいい。

 化け物レベルの生命力を見せてくれたガキ目掛けて急降下しながら、俺はもう一本の剣を左手に呼び出し、双剣となったそれで引導を渡す、──はずだった。


「──ぐっ!?」


「すみませんねぇ。この子は稀なる成功例なんですよ。だから……、回収させて頂く」


「なっ!!」


 ガキの前に前触れの気配もなく現れた、あの三人の内の一人。

 若い男の声がするその顔を隠しているのは、見た事のない紋様や花が描かれた仮面。

 その男が右手を前に突き出した、ただそれだけの仕草を見せられた直後、俺の動きは完全に止まった。

 まるで時の流れが強制的に停止されたかのように、俺の意識も……。


「そして、君はとても興味深い……。あのお姫様には申し訳ないが、……私の研究材料になってもらいましょうかねぇ」


「──ッ!!」


「レゼルクォーツ!!」


 攻撃は無効化されたが、自由になった……、そう思ったのもつかの間のこと。

 仮面の男が微笑む気配を目にしながら、俺は──。

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