幼い心を苛む毒の気配……。
※レゼルクォーツの視点で進みます。
――Side レゼルクォーツ
「はぁ……、はぁ……」
寝台で眠るリシュナは、高熱が戻ってきたかのように体調を悪くしてしまった。
意識が混濁し、幼い頃のおぞましい記憶が毒となり、その小さな身体に浸食していくかのように……。やはり無理に聞き出すべきではなかったのか。
最初は、故郷を隣国の襲撃により焼かれた戦災孤児なのだと思っていた。
両親を亡くしたショックで深い絶望を抱き、一時的に死を望んでいるのか、と……。
けれど、リシュナのその目を見た時に悟った。彼女の中には、絶望以上の何かが潜んでいる。
それが何かはわからなかったが、リシュナを保護し自宅に連れ帰った俺は、彼女の言動をそれとなく観察し、次第に……、両親を失った以外の何かが根底にあるのではないかと感じ取った……。
十四歳という若さで、『死』を望むのは早すぎる。何がリシュナをそこまで追い込んでいるのか、俺はそれを知りたかった。知って、彼女の道を光に戻したかった。
自分勝手な偽善の押し付けだという自覚もあったが、それでも……、目の前で自分から戻って来れない絶望の底に沈もうとしているリシュナを見ていられなかった。
里帰りと称してリシュナの故郷に同行した時も、気になって様子を見に行ってみれば、すでにその姿はなく……。すぐにフェガリオと共に探し歩いたが、村の中にいない事を知った俺達は、リシュナの気配を探る事にして、あの洞窟へと辿り着いた。
そうしたら……、まさか、死んだ村人達の遺体を傀儡にして馬鹿な真似をした吸血鬼達に自害を迫っているとは……、流石に驚いた。
しかも、そいつらが自害した後に、毒素で死ぬと言い出したリシュナに、俺は猛烈に腹が立った。
人が必死こいて探しまわっていたというのに、ようやく見つけ出した俺達の心を叩き割るような、いいや、――殺すような言葉を、よくも言ってくれたな……と。
(だから……、衝動的に、リシュナを俺の『隷属者』に堕とした)
そうすれば、リシュナに自分の人生を考えられる時間を与えられると思って……。
俺達の……、俺の手で、彼女の孤独と絶望に満ちた心を、時間をかけて抱き締めてやりたくて。
だからこそ、俺はリシュナの事情を何が何でも聞き出したかった。
だが……、結果的にそれが、彼女の心に刻まれていたおぞましい記憶を引き出し、拒絶反応を起こさせるまでに至ってしまった。
想像以上だった……、というべきか。種族の違う者同士が恋に落ちる事はよくある事だが、その子供と母親を引き離し、虐待の限りを尽くすとは……。
リシュナが最後に何を言おうとして気を失ったのかはわからない。
だが、ろくでもない最低最悪の罰とやらを押し付けられた事には容易く想像がついた。
「一体……、どこの種族だっ。罪のない子供によくも……っ」
「罪がなくても、下種な愚者は世の中に溢れてますからね~。犠牲になる子供は多いですよ……」
それは確かに事実だ。人であれ人外の種族であれ、腐った人格を抱く愚者は数多い。
だが、それが当たり前だとは言わせない。
幼い子供に手を上げ、鞭を振り下ろし……、この世に生まれて来た事が罪だと罵る外道など、出来る事ならば、この手で一人残らず引き裂いてやりたいと強く思う。
リシュナの母親と、その相手である男への憎悪を……、幼いリシュナに向けた事を、俺は絶対に許しはしない。
「兄貴、フェガリオ……、俺は調べるからな」
「止める気はないが……、その前に、リシュナの存在を隠す必要があるんじゃないのか……?」
「フェガリオ……?」
壁に背を預けていたフェガリオが、腕を組んでいたその手を解いて寝台に近寄ってきた。
苦しそうに魘されているリシュナの髪を撫で、その顔を眺めながら静かに口を開く。
「リシュナの『死にたい』という思いは……、その必要があったからこそ抱かれたものだ。そして……、その『死』を望む感情の根底には、絶望からの逃避の意味合いがあった……」
「途中までしか話を聞けませんでしたけど、お嬢さんはその囚われの場所から逃げて来たって事になりますよね~。で、あの国境近くの村でご両親と一緒に暮らしていた。その時は、普通の子供と同じように生きていたわけでしょう? ……という事は」
十中八九、リシュナの逃亡を助け、その存在を追手達から隠す為の細工が行使されていたはず。
けれど、村が隣国の兵士達に襲撃された事によって、その協力者を失い、リシュナは無防備な状態となってしまった……、か。
なるほどな、だから……、早く自分の存在をこの世界から消してしまいたいと願ったわけか。
そいつらに捕まって、死ぬよりも辛い目に遭わされる、その前に。
「わかった……。まずはリシュナの安全の確保だな。クシェル兄貴、頼めるか?」
「いいですよ~。可愛いお嬢さんの為ならいっぱい働いても苦じゃありませんからね~」
「そう言いながら、リシュナに脅しをかけただろう……」
リシュナの眠る寝台にばしばしと手を叩き付けて依頼を請け負ったクシェル兄貴に、フェガリオがすかさず情のない指摘を入れた。
この女好きを公言して憚らない実兄は、子供の姿で本性を隠し、ちゃっかりとその胸に顔を埋める様な、根っからの困った愚兄でもある。
そのくせ、本性は辛辣な毒と刃を秘める性格ときた。
自分にとってそれが必要であると判断すれば、相手が女子供であろうがその牙を剥く。
そして、口では何だかんだ言いながら、……情を向けた者に対する想いが深くなる男でもある。
それは、実弟である俺に対しても同じで、無理をした俺の想いを無駄にしない為に、リシュナに脅しをかけたのだろう。流石に、幻影を使ってのあの方法はどうかと思うが。
「しっかりやってくれよ……、兄貴」
「は~い!! じゃあささっと行ってきますね~!! お嬢さん自身の事に関しては、フェガリオが上手く細工しといてくださいね~」
「わかった……」
上機嫌で出て行ったクシェル兄貴を見送った後、俺は寝台に横たわっているリシュナの手を取り、その心にも温もりが届くようにと握り締めた。
リシュナ……、今までよく頑張ったな。もう……、一人になろうとしなくてもいいんだ。
まだ情報は少ないが、この幼い少女に根深い傷を付けた種族に関しては、必ずその存在を突き止めて……、『始末』させてもらう。それで、リシュナが幸せになれるのなら、もう死にたいと言わなくなるのなら、俺に出来る全てで……、この少女を救ってみせる。
「レゼル……」
「ん?」
少しだけ表情の和らいだリシュナに安堵していると、傍に立っていたフェガリオが、含みのある音を寄越した。
「リシュナは……、気付いていると思うぞ」
「あぁ……、知ってる。自分の傷を舐める為にやってるんだろう……ってな。俺の過去を知っているわけでもないのに、よくわかったもんだよ」
出会って間もない少女を、必要以上に心配し関わろうとする吸血鬼……。
普通に考えれば、『餌』目的だと思われても仕方がないだろうな。
何かある……、そう思われる事は当たり前で、俺自身もそれを否定はしない。
リシュナを救いたいと強く願いこの心の奥底には……、彼女がその片鱗を感じたように、『理由』がある。それは彼女だけに向けられるものではなく、希望を失くし絶望に染まった全ての者に対して抱くようになった思い……。
祖国であるグランヴァリアを出て、もうどれほどの月日が経つのか……。
俺は……、自己満足の為に偽善を他者に押し付けているだけの、どうしようもない男だ。
だが、それでも……、全てを失おうとしている命の傍に寄り添いたいと願うこの心は、抑えられない。
「フェガリオ……、俺は、自分のやってる事が身勝手で自己中心的なものだとしても、リシュナを生かしたい」
「止めてもお前はやるだろう……。それに、俺も作品の丁度良い試着者を失うのは本意ではない……」
「協力してくれるって事か?」
「――『妹』なんだろう? 『兄』として、出来る限りの心を尽くすのは当然だ」
俺がリシュナを保護して帰宅した時は、『また拾ったのか……』と、不機嫌そうな顔をしたくせに、最後には必ず俺の我儘を許してくれる従弟。
祖国を出る時も、フェガリオは何も言わずに付いて来てくれた……。
向こうにいれば、上位貴族の息子として何不自由ない暮らしを続けただろうに……。
口端を上げて微笑む従弟に、俺はしっかりと頷く。
「フェガリオ……、そろそろ俺の事を、『レゼルお兄ちゃん』って、呼んでもいいんだぞ?」
「勝手な勘違いをするな……」
瞬間、いつまで経っても俺の事を名前でしか呼んでくれない照れ屋な従弟にそれを促し、がばっと抱き締めようと伸ばした両手が、するっと素早くかわされてしまった。
冷やかな目で一瞥されながら、俺は情けない姿で床に倒れ込む。
うーん、やっぱりフェガリオは照れ屋だな。昔から素直に甘える事を苦手がるというか……。
けど、そのフェガリオは、甘えさせる事に関しては上手い。
俺が拾ってきた子犬や子猫も、行くあてのない子供達も、最初はフェガリオを怖がってはいたものの、必ず最後には懐いたからな……。俺よりも……、懐かれてたな。
「ある意味……、天然タラシ、なのか?」
「何を言ってるんだ、お前は……。リシュナの気配が俺達以外に漏れないように術をかけておいた。定期的に術の効力を厚くしていけば……、嗅ぎ付けられる事はないだろう」
「サンキュ。だが……、村が襲撃されたのは十日以上前だからな。注意と、不審な犬には目を光らせとかないとな」
リシュナを憎悪の対象としている奴らがまだ諦めていなければ、すでに動き出している可能性もあるだろう。俺達が保護するまでに無事でいてくれて良かったが……、リシュナに平穏な生活を与える為には、その基盤を整える必要がある。
彼女が俺達の本当の『妹』となり、『家族』となる為の……、最初の仕事だ。
――不穏分子は、徹底的に排除する。徹底的に……。
「お前は、味方となるには心強いが……、敵となった場合は相当に厄介な男だな」
「ん? 何言ってんだよ。俺がお前の敵になるわけないだろ? 勿論、リシュナの敵にもな」
「クシェルはどうなんだ?」
「あぁ……、リシュナに不埒な真似したら……、問答無用で張っ倒す」
俺の答えに迷いはない。一度リシュナの手を離し、両手をバキボキと不穏に鳴らした俺は、仕事に出ている実兄のどうしようもない性格を重々承知した上で、リシュナを奴からも守る事を固く心に誓った……。
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