医務室にて

 ――Side リシュナ



「ディルく~ん、大丈夫ですか~?」


『うぇえっぷ……』


 駄目駄目そうですねぇ……。

 レゼルお兄様とのダンスを終えた後、私は子供の姿に戻り、食べ過ぎでお腹を壊してしまったディル君に付き添いながら王宮内にある男子トイレに足を運ぶ事になった。ティア君とオルフェ君も一緒だ。


「確か、王宮内にお医者様がいるって、国王様が言っていたような」


「陛下の主治医の方と、王宮に勤めていらっしゃる方々専用の医療施設があるとか……。レディ、ディルを連れて行きましょう」


「医者……、注射、怖い」


「大丈夫ですよ、オルフェ君。ディル君はお腹が痛いだけですから、お薬を貰えばすぐに良くなります。注射があったとしても、その痛みを味わうのはディル君だけですからね」


 初めての舞踏会は、お子様達にとって、とても新鮮で楽しいものだったのだろう。

 はしゃぐ気持ちも、ついつい美味しそうな料理をパクパク食べ過ぎてしまう気持ちもわかる。

 だけど……、ディル君の場合は、料理メニュー全種類制覇!! を決めてしまったのがまずかった。

 何事も、欲張りは良くないという証明だろう。

 暫くして、げっそり顔のディル君がトイレが出てきた。


「うぅ……」


「ディル、どうですか? まだ痛いですか?」


「う~、なんつ~か、腹ん中ぐるぐるして……、うぇっぷ、気持ち悪ぃ」


「自業自得だ、ディル。医務室に行こう」


 ティア君とオルフェ君に支えられたディル君を連れ、医務室に向かおうとしたところで気付く。

 

「医務室への道、誰かわかりますか?」


 視線を交わすこと十秒後、皆の目がまだ見ぬ目的地を求めて彷徨い始める。

 話に聞いた事があっても、今まで誰もお世話にはなっていなかったのだ。

 場所を知らなくて当然。う~ん、でも、レゼルお兄様はなんだか疲れきった顔でどこかに行ってしまったし、フェガリオお兄様はお知り合いに挨拶をしてくると言って消えてしまったし……。


「女官さんか、兵士さんを探しましょう」


「「「さんせ~い」」」


 遥か向こうまで続く長い赤の絨毯を進みながら、私達は誰かいないものかと周囲を見て歩く。

 時折、誰かの姿を見かける事はあったけれど、声をかけられる雰囲気じゃなかった。

 舞踏会の給仕や、裏方関係で大忙しなのだろう。皆、私達の存在にも気付いていないほど余裕がなさそうだった。残るは、王宮警備にまわっている兵士さん達の類が頼みの綱だ。

 しかし、その姿と出会う前に、私は曲がり角のところで誰かとぶつかってしまった。


「痛ってぇ……」


「痛い……」


「リシュナ~……、大丈夫か~……?」


 腹痛の上、疲労困憊の青ざめ状態だというのに、ご心配ありがとうございます、ディル君。

 尻もちを着いてしまった私は、同じような状態になっている目の前の人影に向かって謝罪を口にした。

 ピンクの……、豪華なフリフリドレスの……、私と同じ、幼い容姿の女の子。

 貴族の娘さんだろうか? 先に立ち上がりその子の傍に寄って手を差し伸べると、ぎろりと睨まれてしまった。

 金髪の縦巻きロールの美少女に睨まれてしまうなんて……、ちょっと辛い。

 だけど、その子はすぐに表情をニンマリとしたものに変え、愛らしい声で一言。


「ふふ、み~つけた」


 美少女の必殺、極上の笑み。

 四人揃って意味が分からず首を傾げると、麗しの美少女令嬢が私の手を掴み、凄い力で――。


「さぁっ!! 行きますわよぉおおおおおおおおおおお!!」


「ちょっ、ちょっと、待っ、あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


「「「リシュナぁああああああああああああああああああああ!?!?」」」


 凄い。こんなか弱そうな、いや、外見だけがそう見える美少女の勢いに煽られて、私の身体が若干浮いてる、浮いてるっ。どこかにまっしぐらな美少女に声をかけられる隙は見当たらず、ディル君達の声も遠く……。

 え~と、私は今、どういう状況なのだろうか? 危険……、な予感はしない、けれど……。

 あ、そうだ。何かあった時には、頭の中でレゼルお兄様に話しかければ応えてくれるとか何とか、

 一生懸命後を追ってくるお子様達を遠めに眺めながら、私は目を閉じた。


『レゼルお兄様、レゼルお兄様。なんか、よくわからない縦巻きロールの美少女に誘拐されました。どうしたらいいんでしょう?』


『――お問い合わせになった連絡先は、現在、諸事情にて応答する事が出来ません。時間をおいて、やり直してください。繰り返します、お問い合わせになった連絡先は』


 る、留守番応答サービス!?

 レゼルお兄様の声なのに、何だか紳士的というか、執事風な音声に応答を拒否されてしまった……。

 

「レゼルお兄様の……、馬鹿」


 まぁ、緊急事態の気配がしないから、まだ余裕は持てるのだけど……。

 妹の危機? に応えてくれないお兄様というのは如何なものか。

 ……ふぅ、と、誘拐中にも関わらず、私は何だか疲れ切った溜息を吐きながら、目的地はまだかなぁと暇を持て余す。いえ、美少女のスピードが凄いせいで身体が浮きっぱなしですし、走る必要もないので。

 ――と、暫くして、令嬢らしからぬ行動力で白い金装飾の施された大きな扉を蹴り飛ばして開けた美少女が、


「おらよ!!」


 ぽーんっ!! と、私を投げ放った。投げられた、投げられた……。私は物じゃないですよ。

 このままでは壁か何かに激突してしまう。だけど、受け身を取る余裕は、あ。

 ぽふんっと、宙に投げ出された私の身体は誰かの腕の中に抱きとめられた。


「ふふ、ご苦労様。出て行ってまだ十分も経っていないのに、早かったね」


「いやぁ~、途中でたまたま出くわしちまったんだよ!! なぁ? レゼルの可愛い養い子ちゃん?」


 助けてくれた誰かの姿を確認する前に起こった変化。

 真っ白な色を基調としたその広い室内の中で、私をここまで連れて……、いや、誘拐してきた犯人が、満足げな笑い声を響かせながら光に包まれ、――大人の女性へと変化した。

 黄金の長い巻き毛を背に垂らした、とびっきりの美女に。


「驚かせて悪かったな~! いやぁ、でも、邪魔が入る前に確保しときたくてよ」


「うん。君が何の説明もせずに犯罪紛いの事をやったのはすぐわかったけど、駄目だよ? お嬢さんを困らせたりしちゃ」


「むぅ~っ。説明なんかしてたら、レゼルの奴が血相変えて飛んで来るだろが。それに、アタシはちゃんと謝った! なぁ? 嬢ちゃん」


 悪気のない豪快な笑顔に、どう返したらいいのか……。

 まずは、腕の中にすっぽりと納まっている身体を捩り、助けてくれた低い声の男性を見上げてみると……、――え? 長い蒼髪、少し茶目っ気を感じさせる優しい笑み。


「レゼル、お兄様……?」


 いや違う。よく似てはいるけれど、レゼルお兄様よりも年上に見えるし、人間で言うところの……、二十代半ば、くらいだろうか? 纏っている気配は落ち着いていて、凄く大人の人に感じられる。

 それに……、近づいてきた金髪美女の顔を見ていると、同じように既視感を覚えてしまう。

 女の子が大好きで、いつも子供の姿でヘラヘラ笑っているくせに、時々、こわ~い一面を見せる……、


「レインクシェルさん……?」


 冷酷な一面を私に突き付けた、あの吸血鬼と似通った造形の人。

 蒼髪の男性が私を近くにあった革張りの椅子へと下ろし、金髪美女と並んで私の前に立った。

 

「初めまして、レゼルのお姫様。僕はあの子とクシェルの父親で、グラスティア公爵家の当主を務めている。ふふ、よろしくね。で、こっちは僕の可愛い可愛いツンデレ子猫ちゃんな奥、ぐふっ!!」


 あ、金髪美女の強烈な肘打ちがレゼルお兄様のお父様の横腹に。

 

「まぁ、そういうわけだ。息子達が世話になっているから、一度挨拶をしておこうと思ってな」


「ご両親だったんですね……。レゼルお兄様と……、一応、レインクシェルさんにも、お世話になってます」


 後者の吸血鬼にはあまりお世話になった覚えはないけれど、礼儀として頭を下げておく。

 でも……、まさか、レゼルお兄様達のお母様に攫われた果てに、お父様ともご対面する事になるとは……。

 失礼にならないようにと、控えめにお二人を観察しながら、私は改めて自分の自己紹介をしてみる。

 そして、よくよく周囲を観察してみれば、どうやらここは医務室のようで……。


「どうして、医務室に?」


「あぁ、君を連れて来るのに時間がかかるだろうな、って思ってね。その間、お医者さん業でもやってようかな~と。まぁ、気分が悪くなったりする子って少ないから、閑古鳥が鳴いてたんだけどね。ふふ」


「はぁ……」


「こいつは昔、医学の勉強をしてて、一応免許持ってるんだよ。気分転換の一種らしいぜ」


「なるほど……。素晴らしい気分転換ですね。あ、そうです。なら、ディル君のお腹を診てあげてくれませんか?」


 すっかり忘れていたお子様吸血鬼達の事を思い出しお願いしてみると、レゼルお兄様のお父様が笑みを深めて白いカーテンが閉っている場所に足を向け、シャーッ。

 

「もう診察済みだよ」


「……あ、ありがとう、ござい、ます」


 てっきりまだ廊下の途中だと思っていたのに、簡易ベッドにはスヤスヤと楽になった顔で寝ているディル君の姿が……。それに、ベッド横の丸椅子には、ティア君とオルフェ君が渦巻きキャンディーをペロペロと舐めながらのんびりリラックス中。――何という先回りっ。


「所謂、食べ過ぎだね。ふふ、お薬を呑ませてあるから、一時間もすればバッチリ回復するはずだよ」


 白衣姿のその人にパチンッと愛嬌たっぷりのウインクをされた私は、もう一度頭を下げて本題を切り出す。

 何故、レゼルお兄様を通してではなく、直接私だけをここに連れてきたのか。

 この人達が、自分の息子が拾った養い子である私の存在を……、本当はどう思っているのかもわからないし。

 ……それに、お父様は私の事をロシュ・ディアナの姫君と呼んだ。

 つまり、国王様か誰かから、私に関する詳しい事情を聴いている可能性がある、という事で……。

 他種族との厄介ごとに首を突っ込む羽目になったレゼルお兄様を解放する為に、……私に、話をしに来た可能性も。だけど、私の警戒と不安を読み取ったのか、お母様がこう言ってくれた。


「安心しろよ。アタシ達はレゼルと嬢ちゃんの関係を壊しに来たわけじゃない。昔っから好き勝手に生きてる息子達だからな。アタシもそいつも、野暮な真似はしないさ」


「いえ、すみません……。厄介な事情を抱えている身の上なもので……、レゼルお兄様のご両親からすると、息子さんの事が心配だろうな、と思いまして」


「ふふ、うん。まぁ、親だからね。心配はしてるけど、余計な手は出さないって決めてるんだ。娘だったらもうちょっと過保護になったかもしれないけどね」


 カーテンを閉めたお父様が私の近くに寄ってくると、その腰を下ろし膝を着く。

 優しそうな眼差しが私を見上げるように捉え、ニコリと微笑む。


「どうして自分だけを連れてきたのか、どうして、レゼルに話を通さなかったのか。何か大事な用事があるんじゃないか、って、君はそう考えているんだろう?」


「は、はい……」


 私が怖がらないように、不安にならないように、あたたかな温もりが両手を包み込んでくれる。

 レゼルお兄様とよく似ている顔に、徐々に緊張がほぐれていく。

 

「実はね、レゼルに内緒でここに来て貰ったのは、君に手紙を託したいからなんだ」


「手紙、ですか?」


「うん。可愛らしい郵便屋さんからなら、レゼルもちゃんと中身を見てくれそうだからね」


「……」


 何故? どうして? 貴方達家族の間には、何があるの?

 聞くべきはずの問い。私自身も、その理由に興味がある。だけど……。


「わかりました。預けて頂ければ、必ずレゼルお兄様に届けます」


「君には知る権利があると思うけど、理由はいらないのかな?」


 私の答えを意外だ、とは思っていないようだ。

 お父様は白衣のポケットから取り出した……、ピンクの封筒を指先の間に挟み、それを左右にゆっくりと振り始める。


「いらない、というか……。レゼルお兄様にも色々と事情がありそうなので、勝手にお父様達から聞いてしまうのは良くないだろうな、と、そう思いまして」


 クレフスティーヌ夫人と話していた時の、実家の話題を出された時のレゼルお兄様の表情。

 その事情が軽いのか重いのかはわからないけれど、他の誰かから聞く気にはなれなかった。

 何となく……、今その理由を知ってしまったら、レゼルお兄様を傷付けてしまいそうな予感がして……。


「君は、レゼルの事を大切に想ってくれているんだね」


「はい。レゼルお兄様は私の恩人で……、あの人との出会いが、私を救ってくれました」


「恩人だから、大切、なのかな?」


 恩義を感じているから慕うのか。そうでなければ、何とも思えない対象なのか。

 不意に、お父様の声音に含まれた問いかけの音。

 私は首を傾げ、あの出会いがあったからこその関係なのだから、レゼルお兄様を大切に想う気持ちは恩人からの延長だとしか言えない。


「えぇ~と……、恩人で、お兄様で、家族、で……、その、全部ひっくるめて、大切だと思っているのですが、駄目でしょうか?」


 始まりがなければ今もない。

 だけど、レゼルお兄様の傍にいる日々が一日一日と長くなっていくにつれ、ちょっと困ってしまう事もある。

 あの人と一緒に時を重ねていけば、いつか……。


「ん? 嬢ちゃん、どうした?」


「いえ、……何でも、ありません」


 心配してくれたお母様がお父様を押しのけて私の顔を覗き込んでくる。

 何でも、ない……。だけど、何だか、胸が、痛い。

 今は、これから何年かは、レゼルお兄様の妹でいられるのだろうけれど、……いつか、別れの日が訪れるかもしれない。一人で世の中に出て行く日が来たら、私は。

 ……甘やかされすぎている弊害だろうか? 

 ふと別れの日を想像してしまった瞬間、じわりと込み上げてくるものがあった。

 これは、――寂しい、という感情に似ている。


「おい、本当に大丈夫か? ほらっ、キャンディー食べるか?」


「フィーユ~、僕の七不思議ポケットに予告なく手を突っ込むのやめてくれるかな~? 色んな意味でドキドキしちゃうだろう? もしかして、誘ってるのかな? もうっ、フィーユのエッ」


「黙ってろ、変態野郎」


「んがっ!!」


 つい感傷的になってしまった私にお母様が差し出してくれたのは、お父様の懐から強制的に引っこ抜いた渦巻キャンディー、(ピンク色)だ。七不思議ポケット……、他には何が入っているのだろうか? 

 ちょっと好奇心が疼いてしまう。


「すみません。お父様からの言葉で、少々再確認してしまいまして」


「何をだ?」


「私にとってレゼルお兄様は確かに感謝すべき恩人です。でも、……それ以上にあの人は、かけがえのない、大切な存在になっているんだな、と」


 勿論、フェガリオお兄様や子供達の事も大事に思っているけれど、なんというか……、レゼルお兄様だけは、何かが、少し、違う気がする。よくわからないけれど……。


「きっと、本物の兄妹のようになってきているんだなぁ、と、そう思います。だから、こんなにも……」


 レゼルお兄様の存在を、あの人の笑顔を心の奥に思い浮かべると、ふんわりとその部分があたたかくなる。

 

「血は繋がってませんけど、レゼルお兄様と兄妹になれて幸せです。だから、私もいつか、一人前になれたら……、あの人が幸せになるお手伝いをしたいと思っていますし、大切に……、大切に、想っています」


「「…………」」


 おこがましかっただろうか?

 ほんのりとした熱に包まれながら言った私に、……何故かお父様がだばーーーっ!! と滝のような涙を垂れ流し、お母様の胸にしがみついてしまった。何故に?


「フィーユっ、フィーユっ、この子天使!! 純粋すぎて僕、浄化されちゃうよ~!!」


「おぉ~、よしよし。跡形もなく浄化されちまえ~」


「あ、あの……」


 自分自身、ちょっと、いや、物凄く恥ずかしい事を言ってしまった気がするけれど、何故そんなに大げさな感動を……。と、私が困惑しながら視線をお二人を見ていると。


「リシュナぁああああ……っ」


「……」


 医務室の入り口、扉の隙間の向こうに……、お父様と同じく号泣状態で感動している過保護な吸血鬼が!!

 き、聞かれた……っ。は、恥ずかしすぎる本音を、よりにもよってレゼルお兄様本人に!!

 途端に私の身体全体に激しい熱、というか、炎がゴォオオオオッ!! と走り抜け、顔が真っ赤っかに染まってしまった。ど、どうしよう……っ。逃げるべきだ!! どこかの穴に飛び込むべきだ!!

 そう考えたけれど、逃げる暇などなかった。タイミングを見計らかったとしか思えない動きでレゼルお兄様のご両親がサッと横に避ける。そして、障害物のなくなった一直線上の向こう側から――。


「リシュナぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


「れ、レゼルお兄様、ストッ、――んぐっ!! うぅうううううううっ!!」


 兄の大感激の果ての行動、恐るべし……!!

 私はレゼルお兄様の腕の中にむぎゅりと閉じ込められ、ぐいっと抱き締められたまま椅子から持ち上げられた。

 むぎゅむぎゅと熱い抱擁と共に、レゼルお兄様がクルクルとその場をまわりながら何かを叫んでいる。


「あぁっ!! いつもツンツンクールなリシュナがまたデレてくれたああああああああああ!! ん~!! ちゅっちゅっ!! 妹よ!! お兄様は嬉しすぎて今すぐ天国に昇て」


「お仕置きです……!!」


「え?」


 はしゃぎすぎだし、本音を聞かれてしまった私の恥ずかしさや照れというものを全くわかっていない!!

 私はすぐに大人の姿へと変身し、レゼルお兄様に会心の一撃を与えて差し上げた。


「――っ!! あ、あ、あぁぁぁああああああっ、ちょっ、ふ、不意打ちはっ」


「レゼルお兄様は、たとえ妹であっても、女性に対する扱いを考えるべきです……!!」


「おやおや。息子君の珍しい一面だねぇ」


「すげぇな。レゼルの奴湯でダコだぜ? 女なんて見飽きてるだろうに……。ぷっ、くくっ、面白ぇなぁ」


 案の定、私のこの姿にまだ慣れていないレゼルお兄様はすぐさま飛びのき、真っ赤なお顔で震えながら子供達のいる方に逃げ込んでしまった。……ダンスの時よりも反応が酷くなってませんか?

 吃驚している子供達を盾にするように抱き締めたレゼルお兄様の姿を、まずお父様が遠慮なく噴き出して笑いまくった。


「ははははははっ!! 可愛い反応だねぇ、レゼル!! まるで初々しい乙女のようだ!!」


「くくっ、おい、もうやめとけよ。レゼルに嫌われちまうぞ。……はぁ~、けど、ぷっ、はははははっ、や、やっぱ面白ぇなっ。お、おまっ、子犬みてぇっ!!」

 

「ぐぅううううっ!! わ、笑うなぁあああっ!!」


 確かに、子供達に縋りながらプルプルと震える姿は可愛いわんちゃんのようだ。

 ……しかし、何故だんだんと反応が酷くなってきているのか。 

 嫌われたわけではない。ただ、まだ慣れないだけ。そうフォローはされたけど、……何だか、不満を感じてしまう。レゼルお兄様が気に入っているのは、子供の私。大人の私は……、受け入れて貰えない。

 

「はぁ……」


 溜息の後、私は子供の姿に戻った。

 俯き加減に歩き、お父様からお手紙を預かってからレゼルお兄様の前に立つ。


「お手紙です」


「は?」


「お父様からのお手紙です。郵便屋さん係を頼まれたので、これでお仕事完了です。では」


「り、リシュナっ?」


 ピンクの封筒を差し出し、レゼルお兄様が受け取るのを確認してからご両親に一礼し、私は医務室を出て行く。

 レゼルお兄様が焦った様子で「待て!」と大きな声を放ってきたけれど、……知りません。

 私の大人の姿によくわからない反応をする事に対して、一応の理由を受け入れはしたけれど……。


「はぁ……」


 ……拒まれるのは、辛いから。

 長い真紅の絨毯の先を目指して進みながら、私は胸を押さえる。

 欲張りだけど、我儘だけど……、子供の私だけじゃなくて、大人の私も、本当の姿だというそれを、あの人に受け入れてほしいと望んでしまう。

 どちらの姿でいても、優しく明るい、あの笑顔を向けてほしい。

 途中から急ぎ足になって……、追いかけてきてくれるレゼルお兄様の足音が後ろから聞こえてこないとわかると、また、胸の奥がきゅぅっと悲しみを抱きながら軋んだ。

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