舞踏会にて
――Side リシュナ
「リシュナ、リシュナ~!! この肉、すっごく美味いぞぉ~!!」
「子供相手だからと侮らない、素晴らしいお味の子供用ワインもオススメですよ。あぁっ、甘美なお味にうっとりします」
「もぐもぐ……。甘いもの、いっぱい、……ふぅ、幸せだ」
三人ともご満悦のようで何よりです。
国王様の計らいで出席出来るようになった舞踏会の一角にて、私は三人のお子様が差し出してくる食べ物や飲み物を前に微笑を浮かべている。
どこにいても目に入ってしまう、上流階級の人達が織りなす色鮮やかな眩い光景。
大きくて豪奢なシャンデリアの下、楽しげな談笑の声が漏れ聞こえ、大広間の中央では男女が互いの手を取り合いながら優雅に舞っている。
辺境の片隅にある村で日々をほのぼのと暮らしていた庶民の私には、絶対に見る事の出来なかったはずの光景だ。それなのに、今、こうして可愛らしいドレスを着せて貰い、この場に溶け込んでいる事が夢のようで……。歓喜する、というよりは、ちょっと信じられない思いで戸惑っている、といったところだろうか。
「ほぉ~ら、リシュナ~。お兄様がお前の好きそうなのを集めてやったぞ~」
「リシュナ……、飲み物もこのトレイから好きなのを選ぶといい。色々種類を揃えてみた。俺のお勧めとしては、このクリームが浮いているソーダ系の」
「……レゼルお兄様、フェガリオお兄様、どっちも盛りすぎ&集めすぎです。……でも、ありがとうございます」
大きなお皿いっぱいに盛られたお料理と、トレイの中で狭苦しく寄せ集められている沢山のグラス。レゼルお兄様もフェガリオお兄様も、私を喜ばせたくて堪らないのだろう。
次々とこれを食べろ、これを飲めと勧めてくる。……うぅっ、猛攻すぎますよっ。
その行為と好意は子供達にまで及び、周囲に居合わせた人達がクスクスと微笑ましそうな音を零す気配が伝わってくる。
「レゼル、フェガリオ、今晩は。ふふ、可愛らしいお子さん達を連れていますわね。そうだわ、あちらのテーブルに王宮パティシエ特性のデザートやお菓子がいっぱいありますから、連れて行っておあげなさいな。子供達のお気に召すと思いますわよ」
突然紛れ込む事になった私達に嫌な顔をする事もなく近寄ってきた美しい女性。
濃いブラウンの巻き毛と黄色いドレス姿のその女性が腰を屈め、おめかしをしたお子様達を褒めながら優しそうに微笑んでくれる。
「クレフスティーヌ夫人、お気遣い感謝いたします。前回御会いした時よりも、そのお美しさが増していらっしゃるようですね。御夫君の愛情の深さが垣間見えるようですよ」
レゼルお兄様が紳士の礼をとり、茶目っけのある笑みを向けると、クレフスティーヌ夫人と呼ばれた女性が、自分の傍に寄り添った男性を見上げながら幸せそうな笑みを浮かべた。
恐らく、その男性が『御夫君』なのだろう。見つめ合っている視線と、ひとつに溶け合うかのように寄り添っているその姿を見ていれば、二人の仲が特別なものだとすぐに伝わってくる。
心から愛し合っている男女の姿に、私と子供達は少し照れ臭さを感じ、頬を赤くして目を背けてしまう。
「クレフスティーヌ伯爵、夫人、御紹介いたします。この度、私とフェガリオの妹となりました、リシュナと申します。そして、こちら三人が」
目で合図を送ってきたレゼルお兄様に小さく頷き、私とディル君達は礼儀正しさを心掛け、クレフスティーヌ夫妻の前に進み出て挨拶を交わした。
クレフスティーヌ夫人はレゼルお兄様にとって血の繋がりのある親戚で、お母様のお姉様なのだそうだ。また、フェガリオお兄様にとっても親戚筋で、同じく、お母様のお姉様。
つまり、レゼルお兄様とフェガリオお兄様のお母様も姉妹同士。二人は従兄弟の関係だったのだ。そして、クレフスティーヌ夫人は、見た目は二十代半ば程だけど、中身の実年齢は五百を越えているらしい。
だけど、年齢についてこっそりと私に耳打ちをしたレゼルお兄様の所業を見逃さず、クレフスティーヌ夫人が迫力のある笑顔で、――あ。
「あ痛たたたたたたたたっ!!」
「ふふ、女性に対する礼儀というものをどこに置き忘れてしまったのかしらねぇ?」
レゼルお兄様の耳を容赦なく引っ張って痛めつけ始めたクレフスティーヌ夫人。
その旦那様である銀髪と眼鏡姿の男性が、「学ばないな……」と、呆れ気味に嘆息した後、微笑ましそうな表情になった。ディル君達は手を取り合ってブルブルと震えているし……、はぁ、レゼルお兄様にはやっぱりどこかデリカシーというものが欠けている。
辺境の村で私を育ててくれていた養母……、お母さんも、村の子供達に歳を聞かれると、必ずこう言っていたものだ。……自分は永遠の二十代だから、永遠に歳は取らないのだ、と。
あの時は確か……、お父さんがお母さんの背後で爆笑し、その後……、飛び蹴りをお見舞いされていたような気が。
「良いですか? 女性という生き物は、デリケートな生き物なのです。その心を傷つけるような真似をする男性は、紳士の資格を失います。それを肝に銘じ、しっかりと女性に向き合うのですよ? いいですね?」
「「「はっ、はいぃいいいいっ!!」」」
「痛たた……。ったく、ただ単に、自分が老けたと指摘されたくないだ、――ぐふっ!!」
「おほほほほっ! 私(わたくし)に構って貰いたいからといって、昔のような子供じみた振る舞いはおやめあそばせ」
「「はぁ……、懲りないな」」
大人達のちょっと怖い戯れの声を遠くに感じながら、私は虚ろな目でジュースのグラスに口をつける。ほんのちょっとした事で、ついつい養父母の事を思い出してしまう。
辺境の村で過ごした日々。あの村での日常は、私にとってその全てが特別な事ばかりだった。
孤独(ひとり)だった世界が終わり、痛みと絶望ばかりに苛まれて生きていた私に、あたたかな光が舞い降りた。私を怖い世界から連れ出してくれたあの人、お父さん、お母さん、村の人達。
毎日が穏やかで、ほのぼとしていて、特に大きな出来事があるわけではなかったけれど……。
大切な人達と過ごせるただの日常は、私にとって渇望するほどに大きな、あたたかな幸せだったのだ。……もう、終わってしまった、過去の、幸福。
「リシュナ~? どうしたんだ? 大丈夫か?」
「レディ、退屈してしまったのですか? ならば、わたしと一緒に踊りましょう」
「リシュナ、美味いもの、いっぱい、ある。笑顔の、素」
「あ……。ふふ、ありがとうございます。ちょっと……、いいえ、何でもありません」
もう、未来を紡ぐ事の出来ない大切な人達。
その魂に、必ず幸せになると、生きる事を、自分の道を作り続けていくと誓ったのに……。
時折、当時の事を思い出すと、……堪らなく、切ないような、寂しいような気になってしまって。
心配してくれている子供達に微笑み、その頭を撫でる。
しっかりしないと、思い出に浸ってばかりでは、前に進めない。
ディル君が差し出してくれた小さなチキンを食べながら、私はレゼルお兄様の方を見る。
……どうやらまた余計な事を言ったのだろう。頭の上に大きなタンコブが。
「クレフスティーヌ伯爵……、奥方の教育を、うぐぅっ、……ちょっと、凶暴、すぎっ」
「申し訳ない。私も……、最愛の妻を怒らせたくはないというのが本音でな。……まぁ、後で少しだけ頑張ってみよう」
「いえ、レゼルのこれは自業自得です……。慈悲は無用ですので、どうかお気になさらずに」
伯母様を相手に紳士の仮面を被り切れないのだろう。
何かにつけて余計な一言を口にしてしまうレゼルお兄様の背中を叩き、フェガリオお兄様が頭痛を感じているような顔で眉間に指先を押し付けていた。
「……でも、元気なようで安心しました。レゼル、フェガリオ、貴方達の笑顔の素は、子供達とそちらのお嬢さんかしら?」
「ははっ!! そりゃあもうっ!! こ~んな可愛い妹と、少しはマシになったやんちゃ共が家にいるわけですからね!! 毎日に張り合いがあって楽しいですよ。すっごくね」
「……そう。陽の下で輝く花のように元気な笑顔を作ってくれる家族が出来て、本当に良かったですね。……けれど、……たまには、実家に帰ってあげてちょうだいね? 特にレゼル、貴方のお父様が息子のいない日々に涙を零されておいでなのですから」
「……気が向いたら」
「レゼル……」
「はぁ……、わかりました。近いうちに、顔を出しておきます」
レゼルお兄様の、お父様……。
先にグランヴァリア王国を後にし、人間の世界に向かったというレインクシェルさんがお兄さんであるという事は知っているけれど……、それ以外は何も知らない。
何人兄妹弟なのか、御両親はどうしているのか、全然……。
レゼルお兄様とクレフスティーヌ夫人の交わす言葉と、その少し寂し気な表情を観察しながら、私はもぐりとまたチキンを齧る。
少ししてから、クレフスティーヌ夫妻が私達に笑みを向け、いつか屋敷に遊びにいらっしゃいとお誘いをくれると、人混みの中に消えていった。
「素敵な伯母様ですね」
「う~ん、まぁ、昔は求婚者続出の蝶だったんだが、俺達にとっちゃ……、怒らせると怖い女帝さながらだけどな」
「それは、レゼルお兄様が悪いんですよ。わざと怒らせてますよね?」
「ふふ、伯母と甥のスキンシップというやつだからな。――それよりも、リシュナ、そろそろ踊らないか? まだ一度もそっちを楽しんでいないだろう?」
淑女を踊りの輪へと誘う、恭しき紳士の顔で一礼したレゼルお兄様が私の前に片膝を着く。
宰相様には事前にダンスのステップやマナーを教えて貰っていたけれど、そのエスコート役の宰相様が体調不良になってしまったのはつい二時間ほど前の事だ。
私と踊るレッスンをしている最中に踊りづらそうにしていた宰相様の事を思い出すと、エスコート役を代わってくれたレゼルお兄様にも大変なひとときになるに違いない。
それに……、紳士的な礼をとってくれているレゼルお兄様に対して……、何か、……。
私は差し出されたその手を見つめ、少しだけ迷う素振りを見せてしまう。
「ん? どうした?」
「……」
元々、レゼルお兄様はその残念な言動さえなければ、正真正銘、女性にモテモテ確実の、美しい男性だ。しかも、今夜は舞踏会の仕様で華やかな装いをしており、まさに貴族の紳士そのもの。
舞踏会に参加している男性陣の中でも、飛びぬけてカッコイイと思う。
……妹に、私に対してハイテンションで構ってくる残念な姿さえ見せなければ。
まぁ、そんな見かけだけは麗しのイケメン紳士風なレゼルお兄様の顔にもう一度視線を向け、私は困ってしまう。中身をちゃんと知っているのに、……何だろう、この奇妙なドキドキ感は。
私の様子を窺いながら、「俺の足を踏んだって別にいいんだぞ~? お兄様は丈夫に出来てるからな!」と、最大級に甘く微笑む吸血鬼に、触れたいような、近付いてはいけないと、よくわからない感情がぐるぐるとまわっているかのような。
「……フェ、フェガリオお兄様っ、わ、私と踊ってくださいっ」
「なぁああああああっ!? なっ、何でフェガリオなんだっ!? ダンスの申し込みをしたのは俺だろう!!」
「い、今のレゼルお兄様は……、た、タラシの気配がプンプンします」
「ぐはっ!! た、タラシ……、だとぉおおおおおおおお!?!?」
本当は別の理由だけど、タラシと言ったのは正しい事実だ。
今夜のレゼルお兄様の姿は、美女を虜にしてその生き血を啜るような……、その、男性的な色香、と呼べばいいのだろうか? そういう、何だか、ぞくりとくるような危ない気配がするのだ。
ぴたりと、私がフェガリオお兄様の傍に寄り添う姿にまたショックを受け、レゼルお兄様が青ざめた表情から苛立った顔へと様変わりし、うがーっ!! と、怒鳴りだした。
「言っとくがな!! 俺はクシェル兄貴みたく、女遊びなんかっ」
「そうだな……。今は、してないな」
「フェガリオぉおおおお!! 余計な発言突っ込むなぁああああっ!!」
「大丈夫ですよ、レゼルお兄様。私は、私の知らないところでレゼルお兄様が、にゃんにゃん? とか、いちゃいちゃ? とか、そういうことをしていても、別に兄妹の縁を切りたいとは言いませんから」
「だから誤解だって言ってるだろうがぁあああああああああ!! あとっ、にゃんにゃんとか古い言い方してるが、その中身わかってないよな!? 首傾げながら言ったもんな!?」
ずいっと顔を近付けて迫ってきたレゼルお兄様に腰を鷲掴まれ抱き上げられた私は、フェガリオお兄様に助けを求めて叫ぶ。……しかし。
「すまない……。レゼルの我儘に諦めという言葉はないんだ。だから、楽しんで来い」
「「「リシュナ~、行ってらっしゃ~い!」」」
苦笑気味に小さく手を振るフェガリオお兄様&、美味しい料理に夢中一直線ながらも、一応は見送ってくれるお子様三人組。――薄情者!! 薄情者!! この吸血鬼!!
「ったく……、俺の何が不服だってんだ」
ドスドス! と、人混みの中に割り込んで行くレゼルお兄様に、もう何を言っても、何をしても、逃亡の道を切り拓く事は不可能なのだろう。
ぎゅっと力強く抱き締めてくる力に緩みはなく、目的地であるダンスの場に辿り着くと、レゼルお兄様が私を自分の前に下ろし、……すっごく拗ねた顔で見下ろしてきた。
「レディ、お手を」
「……」
声も、大人げのない響きだ。……だけど、レゼルお兄様の怒っている瞳の奥に傷付いているような気配を感じた途端、私は抵抗をやめた。
レゼルお兄様にダンスを申し込まれた時の複雑な感情は、私だけのもの。
この人に伝わっていたわけじゃない。レゼルお兄様からすれば、大切にしている妹に善意でやった行動を意味もわからず拒まれ、不名誉な事を言われ傷付けられた、それが認識出来る事実。
クロさんを頼ってしまった時よりはマシのようだけど……、やっぱり。
「よろしく……、お願い、します」
淑女の礼を示し、私は心の中でごめんなさいと謝りながらその手をとった。
ありすぎる身長差の二人。大人と子供。舞踏会に集まっている蝶や紳士達が微笑ましそうに視線を向けてくる気配を感じながら、私は一生懸命にステップを踏んでいく。
「周りの事は気にするな。俺がちゃんとリードしてやる」
「レゼルお兄様……、はい」
宰相様とは何度も練習したけれど、レゼルお兄様と踊るのは初めての事。
ステップを間違えないだろうか、足を踏まないだろうか、転ばないだろうか。
そんな不安よりも、レゼルお兄様に抱かれている腰が、繋いでいる手のぬくもりの方が、……困る。お互いにいつもとは違う姿でいるのが原因なのだろうか?
今は、レゼルお兄様の事をお兄様、というよりは……。
「きゃっ」
「おっと」
「す、すみませんっ……」
「いや、初めての場で緊張するのは誰だって同じだからな。全部俺がフォローしてやるから、安心して失敗しまくっていいぞ」
躓きかけた私の体勢を素早くフォローしてくれたレゼルお兄様が、やっと笑顔を浮かべてくれた。
「あの……、レゼルお兄様」
「ん?」
「その、……さっきは、……ごめん、なさい。本当は、タラシなんて思っていませんから」
「……ふぅん」
機嫌が直ったかと思えば、この素っ気ない反応。
人が素直に謝っているのに、ジロジロと私を観察しながらくるっとターンを促すレゼルお兄様。
もう怒ってはいないようだけど……、この意地悪な視線とわざとらしい気配。
「…………」
レゼルお兄様の冷めていた表情が徐々に緩み始め、……にやぁぁぁぁぁ。
――ぶちっ!!
「~~~~~っ!! お仕置きです、レゼルお兄様」
「は?」
妹をからかって意地悪をするようなお兄様に容赦は無用!!
大勢の目がある場所だという事も忘れ、私は自分の意思でそれを実行した。
一瞬で光に包まれ、子供の姿から大人の女性の姿へと変化を遂げ、こちらも少しだけニヤリと笑う。
「――っ!! り、リシュナ、お前っ」
「ご不満ですか? レゼルお兄様」
目線が高くなったものの、やはりレゼルお兄様を見上げる形になってしまう背丈。
急激な変化と共にドレスもサイズが変わったけれど、今の私には少し幼すぎるはずだ。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
普段の私にはベタ甘で構ってくるくせに、この姿の私にはどこか距離を取ろうとするレゼルお兄様だから、効果は思った通り。
ガクガクと震えながら真っ赤になっていく美貌の吸血鬼に、私の笑みが深まっていく。
ふふ……、意地悪をした罰です。
私のこの大人バージョンをどうして苦手に思っているのかはわからないけれど、活用しない手はない。
「り、リシュナ、と、とりあえず、は、離れっ」
「ダンスの最中ですよ? 淑女を放り出すなんて……、レゼルお兄様は紳士失格です」
「い、いやっ、だ、だからっ、あのっ、……くそっ、こんな悪知恵の働くような教育、誰がやったんだっ」
「ふふ、強いて言うなら、……そうですね。レゼルお兄様のせいで、この事態を引き起こす羽目になったのではないかと」
「~~っ」
私が謝った時点で素直に許してくれていれば、今のこれはない。
……だけど、踊っている最中にこうも思っていた。
子供の姿ではなく、今の大人の姿でレゼルお兄様と踊ってみたい、と。
何故、なのかは……、わからないけれど。この人の目線に近くなってみたい、本当の自分と踊ってほしい。そんな想いが胸の奥で微かに騒いでいたから。
まぁ、案の定、困らせてしまう結果になったのだけど、今回は謝りませんからね? レゼルお兄様。
「うぅっ……、俺の妹がこんな小悪魔にっ。純粋で素直な、レゼルお兄様大好きな可愛い妹はどこに行ったんだっ」
「凄い妄想力ですね。はぁ……、そんなに嫌ですか? 私のこの姿」
私としては、こちらの姿で生活する事にも慣れて行きたいと思っている。
国王様の話では、この姿こそが私の本来のものだという話だったし……、出来れば、レゼルお兄様にも受け入れてほしいと願っているのに。
逃亡も許されずダンスの続きに徹し始めたレゼルお兄様に顔を俯けながら聞いてみると、三秒ぐらいの沈黙の後、ぼそりと落ちたひと言。
「違う」
「レゼルお兄様?」
「嫌とか、その姿が気に入らない、とかじゃ、なくて、だな……。何というか……、嫌いだとか、気に入らないっていう事じゃないんだ。それだけはわかってくれ」
何やら切実な事情がありそうな、レゼルお兄様の困惑顔。
いまだに顔が赤いし、私の事を極力見ないようにしているけれど、……とりあえず、嫌悪の情はないらしい。……良かった。
内心でほっとした私だったけど、ちらりと視線を寄越してきたレゼルお兄様が何故かますます赤くなってしまうのを見て、首を傾げてしまう。だから、どうしてそんなに真っ赤になっていくんですか? レゼルお兄様。
「あ、もしかして」
「な、なんだ?」
「レゼルお兄様、本当は女性が苦手、というか、異性と接する事に慣れていないんじゃありませんか?」
「……は?」
「だって、凄くギクシャクしてます。緊張の度合いが強いというか、あれ……、でも、人間達の世界では、市場の女店主さんや近所の奥様達と普通に話していたような。あれ?」
私の疑問に、レゼルお兄様が嘆息しながら一曲を終え、何やらブツブツと……。
「あ~……、女は、別に、苦手じゃ、ない。ただ……、そ、そうだっ!! 可愛い妹が突然でかくなったから、小さいのに慣れているお兄様としては、色々と困りものなわけで、あはっ、はははっ!! 所謂、ギャップに戸惑っているという感じだな!! うん!!」
「……そう、ですか。確かに、変わりすぎですよね……、これ」
本当のお母さんによく似ているという私の顔。
動く時に邪魔だな、と思える、眼下の大きな膨らみ。
私自身がいまだに慣れていないというのに、レゼルお兄様が全面的に受け入れられるはずもない。
まさに別人。お互いに時間が必要なのだろう。妹として、やっぱりレゼルお兄様の戸惑いを気遣ってあげなくては。
「じゃあ、最初の内は……、少し、控えます、ね」
「あ、あぁ。お手柔らかに、頼む」
元の姿に戻り、胸の前で両手をぐっと握り込んで言った私に、レゼルお兄様の反応はやっぱり少し、挙動不審なものだった。
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