ぬくもりの中で疼く傷


 ――Side レゼルクォーツ



「……陛下、返してください」


「まだ眠ったばかりだ。無粋な真似はするな」


「~~っ」


 医務室での一件後。

 親父と母さんに引き止められなければ、こんな事にはならなかった。

 静かな月の光と、夜空に散りばめられた美しい星屑の世界。

 その下で、グランヴァリア王宮の中庭にある東屋で、俺の妹は陛下の膝を枕にして静かに眠っていた。

 俺が過剰反応をしたせいで、怒って逃げてしまった妹。

 どうやらその逃亡先で偶然陛下と出くわし、リシュナはこの中庭に連れて来られたようだった。

 少し悲しげな寝顔。泣いたわけじゃないようだが、……胸が、痛む。

 俺はリシュナを起こさないようにその近くへと腰を下ろし、片膝を立てながら手を伸ばす。

 人間達のいる世界で拾った子供、ロシュ・ディアナの娘。

 その命を強制的に繋ぎ止め、家族として受け入れた……、俺の、妹。


「子供だと思っていた相手が大人の女とわかった途端にヘタレるとはな。我が甥の可愛げに喜ぶべきか、嘆くべきか」


「……見透かすのはやめてくれませんかね?」


 リシュナの頬を起こさないようにそっと撫でていた俺に、陛下が面白そうな顔をしながら微笑む。

 俺が睨みつけても、この人相手に効くはずもない。

 零れ出たのは、自分自身に呆れ果てていると口に出したくなるような溜息だ。

 リシュナの身に施されていた封印は、本来の年齢さえもあやふやに誤魔化すような効果をも含んでいた

 子供だと、思っていた。十四歳だという話を聞いた時に、それにしては成長が遅すぎる、と……、思いもしたが。俺の妹の本当の年齢は、子供ではなく、大人。

 それも、確実に百の歳を数えている、二種族の血を受け継いでいるハーフだ。

 だが、俺はそれを知っても、子供姿のリシュナに対しては今まで通りの感情で、子供を扱う大人の顔で……、こいつに接する事が出来ていたのに。

 いざ、目の前で大人の女の姿になられてしまうと、何故か冷静さを奪われてしまう。

 リシュナという、俺の知る妹のはずなのに……、中身は同一であるはずなのに、子供姿の時と同じように扱えない。


「嫌悪とか、そういうのじゃないんですけどね……。慣れることが、大人のリシュナを受け入れる事が、なかなか……」


「ふむ。それは仕方のない、男としての性(さが)というものだろうな」


「は?」


「俺とレイズも、これの母親と初めて出会った際には、うっかり見惚れてしまったものだ。美しさでいえば、上級の遥か高みをいく容貌だからな。まぁ、俺の好みとは少々違っていたが」


 美人過ぎて、直視出来ないのだろう? 男として当然の戸惑いであり、正直な反応だ。

 陛下にそう言われたが、……どうせわかっているんだろう。

 俺がそれだけで、大人のリシュナに対して困っているわけじゃない、と。

 子供の姿から大人の女に化ける美女なら、自分の母親がいるから慣れている。

 同族や他種族にも、そういうタイプは大勢いる。だが……、俺が、大人のリシュナになかなか慣れる事が出来ないのは……。


「予感を……」


「ん?」


「大人のリシュナを一目見た、最初の瞬間の事です……。よく、わからない予感を覚えました」


「…………」


 陛下は何も言わずに続きを促してくる。

 数秒……、今度はリシュナの頭を撫でながら、頭の中で口にするべき言葉を探す。

 予感、と言いはしたが、具体的な事は何もわかっていない。

 漠然とした……、強烈な、何かという事しか。


「すみません。……よく、わかりません」


「では聞こう。それは、お前にとって、良いものか? それとも」


「……それにも、上手く、答えられません」


 だが、例える言葉の見つからない、定まる事のない色の渦が俺の中にあり、……その中に。


「……ただ、あの時、予感のようなものと一緒に、思い出しました」


 いや、事実を、己の罪深さを、改めて強く、深く、突きつけられた、というべきか。

 リシュナが見抜いている、俺の……、『傷』。

 俺が何かに対して償いたがっているように見えると、リシュナが指摘してきた事があるが……。

 実際のところは、絶望を抱く者を救いたいと願う俺の本音は、……『自分に対する救済』だ。

 泣いている誰かが、死にたがっている誰かが、俺には……、自分自身に見えて。

 誰に手を差し伸べようと、俺の行為で誰かが救われ笑顔を向けてくれても、……本当に救いたい、償いたい相手ではないから。クシェル兄貴の言う通り、俺が今までやってきた人助けの類は全て、自己満足でしかない。

 たとえ絶望している者への同情があろうと、手を差し伸べるのは、その相手への為の行為ではなく、自分の為。


「リシュナは、自分が生きていてはいけない存在なのだと、そう言っていました。……俺と、同じように」


 初めて出会った時のリシュナは、俺自身だった。

 勿論、その時の感情の種類が、というだけで、俺とリシュナは全く違う。

 リシュナは穢れなき無垢の魂。犠牲となってきた被害者の立場だ。

 だが俺は、愛する者を守りたいと願いながら、――その幸福を壊した加害者(罪人)。

 昔は、自分の罪深さに苛まれ、何度も何度も狂いそうになり、死を選ぼうとした事もあった。

 あの頃、自棄(やけ)になっていた俺に喝を入れてくれたのは陛下だ。

 

『お前が嘆き、己の身を八つ裂きにしたところで、誰の得にもならん。無駄にする命ならば、有効活用しきってからにしろ』


 その言葉がきっかけになって……、俺は、人間の世界に行く事を決めた。

 最初は何となく人間の世界を巡り、……あぁ、そうだ。

 初めてこの手を差し伸べて拾ったのは、子犬だったな。

 行き場のない捨て犬で、俺が頭を撫でてやったら凄く喜んで……。

 雨の中、この手で抱き上げた子犬の冷たいぬくもり。

 必要とされる喜び。俺とこいつは、お互いが必要なんだと思ったら、自分の命の使い方を見出せた気がした。

 それからの俺は、人助けと称して行動し続けた。

 自分の抱いている絶望から目を背ける為に、何かに必死になりたくて。


「リシュナは、絶望し自棄になっていた頃の俺に似ていました。……けど、そんな事よりも強く俺を突き動かしたのは、唯ひとつの願いでした。俺自身、よくわからない衝動だったんですけど」


 俺が触れているせいか、リシュナが僅かに身動ぎをする様子を見せ、微かに、幸せそうな笑みを浮かべた。

 ついさっきまで悲しそうな表情だったのに、……良い夢でも見始めたのか? リシュナ。

 

「ん……っ、レゼル……、お兄、様、……むにゃ」


 夢の中のお姫様が、自分の頬を包んでいる俺の手を掴む。

 子猫のような仕草で俺の手に頬擦りをしてくる妹の無意識のデレに、相変わらずきゅんとくる。

 子供の類は誰しも笑ったりちょっとした事で可愛いと思うものだ。

 だが、リシュナに関しては、その可愛いという破壊力が半端ない。うん、物凄く半端ない!

 まったく、末恐ろしい最強最高の妹だよお前は!!

 

「レゼル……、顔がニヤけているぞ」


「うっ……。すみません。え~と、ですね……、それで、あの、何というか、今までの『誰か』の事も、一人一人、ちゃんと大事にしてきた、つもり……、なんです、が」


 俺の心は、リシュナとその沢山の『誰か』を同じところに分類していないのだ。

 初めて出会った時、俺は本能のままに思った。『俺の手で、この幼子に幸せを与えてやりたい』、と。

 救いたい、ではなく、『幸せにしたい』。そう、強く、強く……。

 だが、大人の姿で俺の目に映ったリシュナに対して感じた予感のひとつに、『危うさ』のようなものを感じたのだ。……過去に自分の手で刻んだ、『傷』の記憶と共に。

 頭の中を整理しながら、伝えられる事だけを陛下に伝えると、ぽふんっと……、何故か子供扱いで頭を撫でられてしまった。


「ふぅ……。まぁ、追々慣れていけ。いずれ別の何かに気付くかもしれんがな」


「は?」


「今はまだ、全てが可能性の段階だという話だ。――だが、あまり過剰反応をしてばかりいると、お前の可愛い妹がいつか家出をしかねんぞ? リシュナは、大人の姿の自分をお前に受け入れて貰えぬ事に傷付いているようだからな。乙女心は繊細だぞ」


「……努力、します」


 一瞬で心を奪われそうな気になってしまうほどの美貌。

 触れてしまえば後戻りが出来なくなりそうな……、いつか、自分の手でまた大切なものを壊してしまいそうな予感。何故、大人の姿をしたリシュナを見ると、その感情が強く表れてしまうのかはわからないが……。


「きっと、俺にとってリシュナは今までの『誰か』よりも、一番近く感じられる相手なんです。というか、宰相殿の娘という事は、俺の従兄妹、という事になるわけで……、はっ!! つまり、お兄様じゃなくて、お従兄様!! になるのかっ!? あぁ、だからより親しみがっ、溢れんばかりの兄的愛情がっ!!」


「……ふぅ。どちらでも構わんが、……後悔せんようにな」


「はい?」


「何でもない。……それより、そろそろ膝が痛くなった。代わってほしいか?」


 人を残念極まりない目で見た後にそれか。

 ニヤリと笑い、リシュナを腕の中に抱いた陛下が眠るその寝顔に、頬に、そっとキスを落とした。


「ぁあああああああああああああっ!!」


「俺はリシュナの伯父だぞ? 抱擁のキスをしたところで、何を責められる謂れがある? ん?」


「ぐぐっ!! ~~~っ!! さっさと返してください!! リシュナは俺のっ、あ痛だぁああああっ!!」


 くそっ!! 可愛い妹の奪還行為を邪魔するのは、誰……、あ。

 激怒状態で振り向いてみれば、俺の背後には青筋を浮かべている冷酷ヘタレ宰相……、こほんっ、もとい、グランヴァリアの誇る、優秀優美な宰相殿姿が!! 今人の頭を鞭でしばいたな!!

 精神大打撃のダメージ喰らって休んでいた割には、復活が早かったな、おい!!


「たかが従兄の分際で所有権を主張するな」


「はぁああああっ!? たかがっ!? たかが従兄!? 俺とリシュナの間にある絆の強さを知っててそれか!? そういうアンタこそ、ただの血縁上の父親ってだけだろうが!! 父親だって名乗る気もないくせに、リシュナを拒絶してるくせにっ、口出しすんなっ!!」


「――っ!」


「レゼル、口を慎め。レイズもリシュナとその母親の件では心を痛めているのだ」


「……申し訳、ありません」


 はぁ……、ついやっちまった。

 リシュナの父親だと証明されても、サブ遺伝子という他の男の遺伝情報が出てきたんだ。

 宰相殿からすれば、その事実をどう受け止めていいのか、あらゆる意味でショックが大きいだろうに……。


「ふぅ……。仕方ないな」


 俺は陛下からリシュナを受け取り、宰相殿に差し出した。


「何だ?」


「一度だけでいい。リシュナを、アンタの娘を、その腕に抱いてやってくれ」


「…………」


 愛した女の裏切りで傷付いているのはわかる。

 だが、俺達が人間達の世界に戻れば、また別れ別れの生活だ。

 だから、リシュナの意識がない今の内に、一度だけでもいい。

 父親として、この幼子を受け入れてやってほしい。愛してやってほしい。

 宰相殿は眉根を寄せ、どう対応すればいいのか迷い始めた。


「私は、……」


「レイズ、好機を逃すようではグランヴァリアの宰相失格だぞ? 俺とレゼルは少し離れていてやろう。今だけでは、素直になってみろ」


「陛下……」


 まだリシュナに事実は伝えていない。

 出来れば、もしかしたら生きているかもしれないリシュナの母親を捜し出し、その後に……、両親揃って、アイツの前に立たせてやれたらと、そう思っている。

 だから、その日まで……、せめて、宰相殿がリシュナを一時的にでも今、受け入れてくれたら……。

 夢という形で、父親に会えるかもしれないから……。

 まだ戸惑っている宰相殿を東屋に残し、俺と陛下は庭の一角に向かい始めた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「――ところでレゼル」


「はい?」


 二人で東屋が見える位置の茂みから顔をずぼっと出しながら見守っていると、陛下がまたニヤニヤとしながら切り出した。リシュナの母親の映像を見てみたくはないか、と。


「あるんですか?」


「俺がリシュナの母親に会ったのは一度きりだが、レイズと二人の甘酸っぱい記録はしっかりと撮っておいた」


「ブラコンか!」


「お前の父親と母親の記録もバッチリあるぞ。ふふ、これぞ、兄としての最高の責務!」


 果たして本人達(弟達)は実兄のウザい行動に気付いているのだろうか?

 と、ちょっとだけ陛下の発言に引いていた俺だが、自分もリシュナやディル達の様子をよくこっそりと撮ってるなぁと気づいたところで、一言。


「血ですかね」


「いや、兄というオイシイ立場にいるからこその義務であり、楽しみだ」


「あぁ、じゃあ仕方ないですね~……」


「で、見るか? リシュナの母親を」


「じゃあ、お願いします」


 リシュナの母親。アイツとよく似た面差しの……。

 茂みの奥に引っ込み、陛下が術によって発動させた当時の映像を見始めた俺は、徐々に顔を青ざめさせていく事になる。少々? 破天荒な性格のマイペースな女だと聞いていたんだが……。


「あの……、宰相殿、滅茶苦茶振りまわされてませんか? これ」


「はははっ。楽しいデートの風景じゃないか。冷静顔ばかりのレイズを変えてくれた最高の女だぞ」


 最高の女……。これが?

 リシュナの母親は、確かに話の通りよく似ていた。物凄い美人だ。

 だが……、映像の中で活き活きと『暴れまわっている』女を見ていると、見惚れるよりもまず、恐怖を覚えてしまう。大人の姿を見せた時のリシュナに抱く感情など、映像の中の女には微塵も感じられない。

 関わってはいけない。こいつは絶対に第一級危険人物だ!! と、即座に判断出来るようなタイプ。

 凶悪だと聞く巨大魔獣をやすやすと乗りこなしたり、時に宰相殿を縄でグルグル巻きにしたり……。

 とにかく、大胆不敵な行動で色々な事をしでかすリシュナの母親に、宰相殿がブンブン振りまわされてるって感じだ。……リシュナ、ちょっぴり父親似の性格で良かったなっ、うぅっ。


「やはり、よく似た顔を見ても、それぞれに感じるものは違うようだな?」


「はぁ~……、当たり前でしょう。顔は同じように見えても、中身が全然違うっ。俺のリシュナは、こんな野蛮狂暴野獣じゃなぁああああああああい!! ――ひっ!!」

 

 映像の中の女に悪態を吐いていると、どこからか高速で暗器の類が飛来し、俺の頬を掠った。

 ……あそこだなぁぁぁぁ? 東屋でリシュナを愛おしそうに抱き締め、すっかりデレデレになってるくせに、自分を裏切った女を侮辱されたら怒るのか!? 今のは確実に宰相殿から一撃だったぞ!!

 憤怒の視線がグサグサ放たれてくるが、……本気だ、あの目はマジだ!!

 本当に好きなんだな……。そして、いまだに未練タラタラなんだな。……すげぇ。


「ま、まぁ、でも、リシュナの母親を捜す際の参考にはなりますね。……あまり会いたくないですけど」


「そうか? 活きの良い子猫のようで可愛いと俺は思うがな。お前の父親にも見せた事があるが、同じように評していたぞ。躾甲斐がありそうだ、と」


「三人とも、それぞれにヤバイでしょう、それ……」


 いや、まぁ、自分の父親に関してはアレが一番性格的な意味でヤバそうだなとは思ってるが。

 なにせ、俺の母親曰く、『アイツには愛情以上に、恐怖めいた身の危険を感じる』と口に出させるぐらいだからな。そういう枠で考えれば、リシュナの母親と俺の父親は相性ド最悪だろう。

 楽しそうに話してる陛下からの情報じゃ、宰相殿は映像の中の想い人に精神的な面で全然勝てなかったそうだしな……。俺も勝てる気が皆無だが。


「……にしても。宰相殿、十分以上も悩んだ末にようやく座りましたよ」


「ただの客人として扱うのと、娘として対するのでは心境的に違うというやつだ。可愛いじゃないか」


「可愛い……? ただの意地っ張りにしか見えませんけどね」


 腕の中に愛おしい娘がいるのに、何を耐える事がある? 何に拘る必要がある?

 目の前にいても、触れる事も、声をかける事も許されない存在がここにいるというのに……。

 膝の上で握った拳。いつも胸にあるのは、遠い日の『罪』の記憶だ。


「――逃げる事を、己に救いを与えてやる事を責めはせん。だが、いつかは向き合わねばなるまいな」


「……」


 ようやくリシュナのぬくもりをそっと抱き締め始めた宰相殿の方を眺めながら、陛下が言う。

 宰相殿に対してもだろうが、陛下の言葉は俺自身にも向けられているように感じられる。

 実家に近寄る事を避け、仕事を理由に過去から、……いや、本来の、今の現実から逃避を続けている俺にも。


「サラ……」


 不意に自分の口が呟いてしまった音に、一瞬遅れて胸の痛みが襲ってくる。

 物理的な痛みではなく、……犯した罪の痛みだ。いや、この程度は片鱗と呼ぶべきか。

 その音を拾った陛下が、俺の頭に手をおいて髪を掻きまわしてきた。


「別にお前に対して言ったわけではないぞ。お前は、十分に向き合い、……そして、サラが逃げているだけだ」


「陛下……」


「サラにとってはあまりにも辛い現実が続いているが、それはお前も同じ事だ。サラは、己の痛みにしか目を向けていない。今のままでは、向き合う以前の問題だ」


「俺は、サラの大切なものを奪い、その心を壊しました……。どれだけの謝罪を重ね、許しを乞うたところで、救いなど永遠に訪れません。彼女は、この先その命が尽きたとしても、……俺を憎悪し続ける事でしょう」


 サラ……。俺の、……大切な半身。

 彼女の幸せを願いながら、その人生を絶望に落とした罪深き我が身。

 俺はサラに償う事すら許されず、己が命を仕事と他者の為に使う事で自分自身を誤魔化してきた。

 誰に手を差し伸べようと、それは本当に救いたい、償いたいと願う相手ではなく……、ただの、身代わりだ。

 俺がそんな思いでいる事に薄々と気付いていた者は何人かいたが、決して踏み込んでは来なかった。

 いや、違うな。俺が言わせなかったんだ。俺の傷に触れるなと、無意識に相手を拒んでいた。

 だが、リシュナに関しては……。


「リシュナは、俺と出会ってから一ヶ月も経たない内にこの『罪』を見抜きました。内容なんか関係なくて、俺が、誰かに償いたがっていると、自分の為の偽善だと、……何故なんでしょうね」


「似ているから、と、気付いているのだろう? お前はサラを壊し、リシュナは己だけが助かり、生と死の狭間で苦しみ続けていた。同じ、ではないが、とてもよく似ていたのだろう。お互いの心の在り様が」


 だが、決定的に違う事がある。

 リシュナにはこれから自身の問題を乗り越え、幸せになる道がある。

 ……俺には、死んでも逃れられない罪の苦しみが在り続ける。幸せには、……なれない、資格が、ない。

 誰かと疑似的な家族を作り上げても、心のどこかで必ずサラの事が浮かんでは俺の心を戒めていた。

 手を差し伸べ、家族となった相手を楽しませ幸せにしても、俺だけは……、本当の幸せを知ってはいけない。

 そう、……ずっと感じ続けていたんだが。


「レゼル、苦しみ続ける事もまた、自己満足の一種だぞ」


「……はい」


「だが、……あの娘と、リシュナと共にいる時のお前は、心底幸せそうだと、俺は感じたがな?」


「――っ」


 肩にその手を置かれながら優しげな声音で指摘された俺は、僅かに目を見開き俯いてしまう。

 村を焼かれ、家族を失い、自身の死を願いながらあの森にいた少女。

 俺の傷を、罪を本能で見抜き、……俺の日常に加わった、妹。

 リシュナを相手にしている時の俺は、徐々に償いや偽善という本音を忘れ、あの子を笑わせてやりたい、幸せにしてやりたいと思うようになっていった。

 今も、リシュナといる時は自然と心が安らぎ、……サラの事を、何度か忘れ去った瞬間もあったように思う。


「……サラに知られたら、もっと憎まれそうです」


「リシュナと共にいる時の自分は嫌いか?」


「……そうだったら、こんな事言いませんよ」


「ふふ、愛らしく幸せにし甲斐のある妹を得た事で、お前は今までにない、夢中になれる存在を見つけてしまったわけだからな。そんな自分を厭うているならば、あんな笑顔は出来んだろう」


「む、夢中って……、俺は、ただ……」


 陛下は本当に自分の周りをよく見ている方だ。

 むしろ、人の世話を焼きすぎていて婚期が遅れていると、身内の間ではもっぱらの噂だが。

 ……けど、……あぁ、不味い。傍(はた)から見てバレるぐらいに俺が今の生活を、リシュナとの日々を心から楽しんでいる事を見抜かれているとなると……。


「今夜は……、サラの顔を思い出しながら、夜通し土下座しまくった方がいいですよね」


「ふむ。サラとしては、もう飽きているんじゃないか? 許す気のない相手に、恨み憎悪している相手に土下座されまくったところで、不快なだけだろう」


「……はぁ、……です、よねぇ」


「むしろ、何をしても無駄だとわかっているのだ。方向転換をして、存分に幸せになってはどうだ? サラに関しては、俺やレイズ、それに、お前の両親や家族が寄り添ってやれる。……いつかは、心の整理がつく時も来るだろう」


 サラは……、俺の顔を見るだけでも発狂し、罵詈雑言の嵐を巻き起こしながら襲い掛かってくるぐらいだ。

 俺が奪ってしまった『幸福』に、今もその傷を深めながら……。


「サラ……」


 俺の半身。俺の……、大切な、――双子の、姉。

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