仇を討てないので、ご自分でお願いします。

「何でそうなるんだよおおおおおおおお!?!?」


「愛らしい顔をして、何という無慈悲な言葉を仰るのですか、レディ……」


「人間相手に……、初めて恐怖を感じた気がする……」


 手を取り合い、冷たい微笑を向けた私に対して怯えの表情を見せた三人の吸血鬼が、心中などまっぴら御免だと騒ぎ出す。レインクシェルさんも、ぽかんと口を開けたまま固まっている。

 別に驚く必要なんてないのに……。私が殺せないのなら、彼らが自分で死ねばいいのだ。

 私の傍でその命を自分の手で奪い、一緒に眠ってくれれば……、少しは気が晴れる。

 けれど、短剣の刃に頬を寄せ笑う私に、吸血鬼三人組は心底恐れているかのように涙ぐんでみせる。


「嫌だぞ!! 俺はまだ生きたい!! 人間共の血を腹いっぱい飲んで、強い吸血鬼になるんだ~!!」


「私も、美しいレディ達との出会いをせずに死ぬのはちょっと……」


「死ぬの……、怖い」


 身を寄せ合い震える吸血鬼達だけど、そんな言い分は聞きたくない。

 自分達が犯した許されない罪を、自害という方法で償わせるのだ。

 これなら、私が手を下さなくても、ある意味二重に彼らを苦しめられるかもしれない。

 三人の傍に座り込み、もう一度『お誘い』をかける。


「一緒に死んでください。ね?」


「「「嫌だぁあああああああ!!」」」


「吸血鬼よりも容赦ないですね~……、お嬢さん」


 自分の目的を遂げる手っ取り早い方法はこれだけなのだ。

 本当は、隣国の国王を陰で傀儡としているかもしれない吸血鬼の噂も気になるけれど、私は、これ以上『生きていてはいけない』のだ。

 誰にも見つからない場所で、『あの人達』の魔の手にかかる事なく、穏やかな死を迎える。

 一刻も早くそれを叶える為には、隣国の件を調べている余裕はない。

 本当は、討ちたい。皆の仇を……、この手で。

 それなのに、それなのに――!!


「うぅっ……」


「お、お~い、どうしたんだよ。気分でも悪ぃのか?」


 目の前で空の嗚咽を漏らした私に、ガサツ吸血鬼がオロオロと傷口から両手を放して戸惑う。

 いけない……。過去の記憶を思い出すと、どうしても体調が。

 身体に嫌な汗を掻きながら、私は短剣を持った手で吸血鬼達に弱々しく迫る。


「お願いします。一緒に死んでください」


「だから、吸血鬼以上に怖ぇ目で無理難題を押し付けんなあああああ!!」


「レディ……、目が本気ですね。一体何が愛らしい貴方をそこまで追い詰めているのか……」


「本気だ……、怖い」


 そんな気遣いはどうでもいい。この機を逃したら、私はまた死ぬのが遅くなってしまう。

 特に、レゼルクォーツさんとフェガリオさんに見つかったら、強制送還であの温かな場所に連れ戻されてしまう。それだけは……、断固回避しなくては。

 さあ……!! と、短剣の柄の部分を差し出した私は、三人の吸血鬼達に自決を迫る。

 ブルブルと恐怖に震えている三人が、嫌だ嫌だと首を振る様子を、何だか可愛いなどと思ってはいけない。この人達は、二番目の仇なのだ。一番目を葬れないのは心残りだけど、私がこの世界にいると、私を守ろうとしてくれるレゼルクォーツさん達にさらなる迷惑がかかってしまう。

 

『覚えておけよ、リシュナ。妹想いなお兄様は、お前を絶対に一人にはしない。逃げ出しても全力で捜し出して連れ戻しに行ってやるからな』


 ある夕食の席で、にっこりと爽やか全開の笑顔で脅された事を忘れはしない。

 一緒に頷いていたフェガリオさんも含め、私が姿を消したら絶対に居場所を探し当てて、『お兄様のお迎え』とやらを強制実行してくる気だ。間違いない。

 だから、早くこの三人に自害して貰って、私も毒素に身を委ねて、いや、この短剣で、私も果てよう。

 本気で鬼気迫る声音と共に、三人の吸血鬼達の精神を追い詰めにかかっていると、不意に短剣の柄を握り締めていた私の手首を、制止の意味合いを含んだ温もりが包み込んだ。

 邪魔をするのは誰だと、その伸ばされた手の方を振り向くと……。


「お前は一体何をしているんだろうなぁ? 可愛い妹よ」

 

 見間違いなのだろうか……。てっきりレインクシェルさんが止めに入って来たのかと思ったのに、私を見下ろしながらにっこりと微笑む……、自称『お兄様』がいた。

 私の手から短剣を取り上げ、三人の吸血鬼を庇うかのように目の前に陣取った自称『お兄様』こと、レゼルクォーツさんが、私の両肩にその手をおいた。

 その傍には、完全に怒っている事がまるわかりのフェガリオさんも立っている。

 何故ここがわかったのか……、その辺にいたはずのレインクシェルさんはどうしたのか、色々と疑問はあったけれど、ずずいっと近づけられた美しい美貌の自称『お兄様』に、私はぴしりと固まってしまった。


「誰が、村の外に出ていいって言った? あとで迎えに来るからって言ったよなぁ?」


「命令される覚えは……、ありま、せん。それと、私は貴方達の妹ではないのです。いい加減に家族ごっこはやめてください」


「……ほぉ、そうか。そんな冷たい言葉を『お兄様』に吐くのか、お前は? ――フェガリオ、どうする?」


 立っているフェガリオさんに視線を向け、冷たい苦笑を零したレゼルクォーツさんがそう問いかけると、フェガリオさんの綺麗な青い瞳にも、絶対零度の気配が宿るのが見えた。

 怒っている……。これは、逃げ出そうとしていた時とは比べ物にならないぐらいに、私に対する怒りの念を募らせている。フェガリオさんが膝を着き、レゼルクォーツさんと一緒になって私を正面から咎めるように睨んできた。


「村中を探してもお前の姿を見つけられなかった俺達の気持ちが……、お前にわかるか?」


 フェガリオさんの低い声音は、抑え込んではいるけれど、やっぱり私に対する怒りが見え隠れしている。出会って間もない小娘が、せっかく面倒を見てやっているのに逃げ出すとは何事だと腹を立てているのだろう。私はこくりと静かに頷きを返す。


「拾って貰った恩も忘れ、ご迷惑をおかけしてしまった事は謝ります……。すみませんでした」


「「……」」


「ですが、私にはもう関わらないでください。ようやく……、この場所でゆっくり休めるんですから」


 二人は、私の言った言葉の意味を正しく理解しているのだろう。

 その形の良い眉を不快に顰めるレゼルクォーツさんとフェガリオさん……。

 当たり前だ。自分達が善意で拾って世話をしてやったというのに、こんな心ない冷たい言葉を吐くような『妹』なんて、きっとこの世界で一番可愛くない。怒って当然だ。

 だけど、怒鳴る声はいつまで経っても聞こえず、代わりにレゼルクォーツさんの疲労の滲んだ溜息が耳に届いた。


「リシュナ……、そうやって無理矢理にでも一人になろうとする癖をやめろ」


「無理矢理じゃありません。それに……、貴方達の家族ごっこに付き合わされるのには飽き飽きしてるんです。私は貴方達吸血鬼の玩具ではありません。……早くどっかに行ってください」


「リシュナ……」


 さらに冷たく酷い言葉を静かにぶつける私に、小さく目を見開く二人……。

 きっと私を拾った事を心底後悔し、今にも怒鳴りつけたい気持ちを抑え込んでいるのだろう。

 いっそ、その方がいい。二人の中にある、私への同情心を完全に捨てさせる為に、次々と酷い言葉をぶつけていく。吸血鬼なんか嫌い、餌を家族と呼んでごっこ遊びを愉しむその道楽には付き合いきれない……と。こんな『妹』なんていらないでしょう? だから、叩いても殴ってもいいから、私を早く捨てて行って。――早く、早く。


「貴方達なんか……、大っ嫌いです」


 視線を外さずに真っ向から睨み付けると、二人は同時に立ち上がった。

 良かった……。これで、捨てて貰える。私が死んでも、悲しむ事はない。

 ――と、胸の奥に寂しさと安堵を覚え、瞼を閉じた……。

 その直後、私の身体がふわりと宙に浮きあがる感覚を覚えた。

 一体何が……と、目を開けた私の視線のすぐ近くに、レゼルクォーツさんの怒ったような不機嫌全開のままの綺麗な顔が迫っている。

 自分が彼の腕によって抱き上げられた事を理解し、すぐに暴れ始めた。


「おろしてください……。触らない、でっ」


「聞き分けの悪い『お兄様』泣かせな『妹』には、どういうお仕置きがいいんだろうな?」


「罰として一週間は外出禁止だな……。俺の新作の着せ替えフルコースでも堪能させてやろう……」


「じゃあ俺は、膝の上に抱えて食事を手ずから食べさせてやるかな。ついでに風呂も一緒に入るか」


 どちらも全く罰になっていない発言だ……。

 というか、レゼルクォーツさんの方は一部、年頃の乙女に対する気遣いのない変態発言が混じっている。王都の警備隊の皆さんに即通報すれば、問答無用で連行されていく事だろう。

 ちらりと視線を右に逃せば、あの仇……、吸血鬼三人衆がそろ~りと地面を這って出口に逃げようとする姿が目に入った。


「レゼルクォーツさん、おろしてください。仇が逃げます」


「仇?」


「こいつらの事か……?」


 フェガリオさんがすぐ傍を這っている三人組の退路を塞いで睨み下ろすと、私に説明を求めた。

 その三人が、村人の遺体から血を啜り、傀儡となった彼らを操って人の手で炎の餌食にした元凶なのだと……。びくりと恐怖に震えている三人が、恐らくは自分達よりも格上の吸血鬼なのだと、二人を判断したのだろう。レゼルクォーツさんとフェガリオさんの足元に縋り付き、助けを求め始めた。


「このガキ、マジでヤバイんだよおおおお!! 一緒に心中しろとか意味不明な事言いやがるし!!」


「私達にも非があると泣かれまして……、麗しのレディを悲しませるのは好まないのですが、流石に死出の旅路を同行する事は……」


「俺達は……、まだ、死にたく、ない」


 その必死な様子を眺めながら、レゼルクォーツさんとフェガリオさんが大体の事情を察して足元の三人をげしっと踏みつけた。その目には侮蔑の気配が浮かんでおり、蓄積されていた怒りをぶつけるかのように、三人組を足先で嬲り始める。


「これだから常識の叩き込まれていないクソガキは嫌いなんだ……。お前ら、リシュナの家族に、よくも取り返しのつかない極悪非道な真似をしてくれたな?」


「お蔭でこっちは心臓が止まるかのような心地を味わった……。子供だからと免罪符があると思うなよ……」


「「「ひぃいいいいいい!!」」」


 非常にシュールだ……。私を腕に抱えたまま、三人の吸血鬼達を踏みつけ、グリグリと靴底の跡が残るように甚振る美麗な自称『お兄様』達。

 その声には怨嗟の声が宿っており、視覚的にも聴覚的にもきつい。

 ……って、そうじゃない。この人達は、私の言った事をしっかり聞いてくれていたのだろうか?

 さっさとどこかに消えてくれと冷たく言い放った私に罵声を浴びせるでもなく、全ての罪が三人の吸血鬼達にでもあるかのようにげしげしと……。


「お前らのせいで、ウチの可愛い妹が反抗期に入っちまったじゃないか!! どうしてくれるんだ!!」


「ただでさえ、甘える事に遠慮がある娘なんだ……。そのスキルを磨かずに、毒舌スキルが上がってどうする? ……苛立たしい」


 いえ、完全に責任の擦(なす)り付けだと思います……。

 眼下で繰り広げられている悲惨な光景から目を逸らすと、大鎌を手に持ち直したレインクシェルさんがトコトコと二人の凶行を止めに入って来てくれた。

 二人の名前を知っている事から、きっと知り合いなのだという事が窺える。


「レゼルもフェガリオも、子供相手にムキになるのは良くありませんよ~」


「子供相手だろうが、こいつらはリシュナの家族に一番やっちゃいけない事をやったんだぞ!!」


「死者の亡骸に手を出す事は、その尊厳を傷付ける事だ……。子供といえど、許されはしない」


「それはわかってますよ~! でもですね、彼らに怒りをぶつけていいのは、君達じゃありません! 他でもない、お嬢さん自身なんですよ~」


「「……」」


 諌められた二人が私の方へとまた視線を定める。

 仇討ちをしてもいいのは私だけ……。他の誰にも許されない、遺された家族だけが出来る権利。

 三人の吸血鬼から足をどけると、レゼルクォーツさんが私を両腕に抱え直し、じっと私の顔を見上げてきた。


「リシュナ……、仇を討った後に死にたいという思いは……、やはり変えられないのか?」


「貴方達には関係ありません……」


「何故そうまでして自分を殺したいんだ……。遺体は燃えてしまったが、お前なりの弔い方で家族の墓を作ってやればいい。それが済んだら、俺達の妹になってもう一度人生を……」


「お断りします」


 ぴしゃりと感情のこもらない声で提案を退けた私に、レゼルクォーツさんの顔が悲しみに歪んだ。

 ちくり……、ちくり、優しい人を、自分を本気で思い遣ってくれる人を拒絶する事に、心の奥が血の涙を流すかのように痛む。

 だけど、そうしないと……、いずれ『巻き込んでしまう』事になるから。

 

「私は誰の家族にもなりません……。この人達に自害してもらったら、私もこの場所で眠ります」


「リシュナ……!!」


 揺れる心を鷲掴むかのように向けられた悲痛な大声に、私はどくりと鼓動を呑み込まれた。

 私をその胸に抱き締め、首筋に顔を埋めたレゼルクォーツさんが……、低く辛そうに呻いている。


「死にたいとか……、そんな悲しすぎる未来を自分から掴もうとするなっ」


「悲しくなんて、……ありません。私がこの世界から完全に消える事、それが、私にとって一番の幸せです」


「どこがだ!! まだこんなに小さいのに、死んで幸せになれるわけがないだろう!!」


「幸せ、です……。両親は、村の皆は、私を心から愛してくれました。それ以上の幸せなんて、もう、……どこにも、ありません」


 きつく抱き締められながら、私は静かに言葉を零す。

 たった数年……。僅かな時間しかなかったけれど、私は確かに幸せを掴めた。

 『あの頃』とは違う。確かな温もりと、愛される喜び……。

 これ以上を望むなんて、もう私には許されない。

 だから、……。


「逝かせてください……。もう、静かに……、眠りたい」


「断る!!」


「え……」


 首筋から顔を上げたレゼルクォーツさんが、その瞳から涙を頬に伝わせ、懇願するように見つめてくる……。心の底から、……私を絶対に死なせない、と。そう、訴えてくるかのように。

 フェガリオさんの方も同様だった。私のような年若い娘が死ぬ必要など、どこにもない、と。

 レインクシェルさんも「そうですよ~! 人生まだまだじゃないですか~」と飛び跳ねて二人の援護に加わり、何故か仇である三人の吸血鬼達も涙を零しながら「駄目だ、駄目だ、死んじゃ駄目だ~!」と大声で連呼している。……何故この人達まで。


「『兄貴』、フェガリオ……、吸血鬼の掟には反するが、――構わないよな?」


「そうですね~。僕としても、このままお嬢さんに死なれると辛いですし~、まぁ、これも世の為、人の為~……ってことで、特別に許可しましょう。その代わり、完全に、は駄目ですよ?」


「あぁ、わかってる」


「レゼル、あとで絶対に嫌われるとは思うが……、覚悟して頑張るんだな」


 何を話しているのかはわからないけれど、レインクシェルさんがレゼルクォーツさんの足をポンポンと励ますように軽く叩き、フェガリオさんが肩を叩いて了承の返事を送っている。

 一体……、何を話しているの? 猛烈に嫌な予感がして、私はじたばたと暴れだしてみたが、やっぱり……、さっきと抱き上げられた時と同じく、契約の恩恵の効果が弱まっている。

 レゼルクォーツさんに動きを押さえ込まれ、その吸血鬼の証たる鋭い牙が覗いた。


「リシュナ……、お前には憎まれるかもしれないが、俺達は……、俺はお前を絶対に死なせたくない」


「な、……や、やめてくださいっ。何をする気で……、――っ!!」


 抵抗の声は最後まで続かなかった。

 その優しげなアメジストの双眸が瞬時に抱いた妖しくも恐ろしい気配に怯える暇もなく、私は……、蒼髪の吸血鬼の牙によって、身の内に流れる命の源を喰らわれた。

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