世話焼きで吸血鬼なお兄様達に保護されました

古都助

~第一章・吸血鬼なお兄様達との出会い編~

吸血鬼なお兄様に拾われました

 肩に食い込んだ、……鋭い牙の感触。

 私の痩せ細った白すぎる肌に、忘れかけていた『生』を感じさせる鈍い痛みが走る。


「……」


 僅かに眉を顰めたものの、『捕食』を意味するその行為に、私は……、ただ、身を委ね続ける。

 肩を掴んでいる大人の手が、不意にその熱を離し……、何故か、その牙の感触さえも引いた。


「……おい、お前、『死んでる』のか?」


「……さぁ?」


「さぁ、って……。はぁ、何だろうな、お前。こんな事をされて無反応ってのは、少々複雑な心境になるんだが」


「そうですか……」


 虚ろとなった私の目を、その長身の背を屈めた大人の男性が真正面から見据え、何かを探ろうと見つめてくる、ような気がした。

 『死んでる』のか……。この人はそう、私に聞いた。

 今の私には、ぴったりの言葉だ。生きているのに……、心が『死んでいる』のと同じなのだから。

 いや、そうならざるを得ない状況に置かれている、というべきか。

 誰の邪魔にもならず、誰に責められる事もない……、母なる森に来た、その事情。

 傍(はた)から見れば、齢十四歳ほどの小娘が、何に絶望し『死』を選ぶのかと疑問に思う事だろう。未来に希望の溢れているはずの、歳若い小娘が……、何故、と。


「……お前、死にたいのか?」


「どうなんでしょう……。ただ、私にはもう何もないので、ゆっくり休みたいな、と、そう思いまして」


「人生の半分も生きていないような子供が言う台詞じゃないな。……親はどうした?」


「……死んだ、と思います。」


「保護者は?」


 感情のこもらない、『空(から)』の音。もう私には、それしか出す事が出来ない。

 国境近くの村で暮らしていた頃は、同じ年頃の子供達と、もう少し元気に遊んでいたような気もするけれど……。

 今の私は、『何もない』、唯の迷い人だ。ただただ、楽になりたくて……、ここまで来た。


「さぁ……。そう呼べる、一時的な人は、どこかに行ってしまいましたね」


「おいおい……、何だそりゃ」


「お気になさらずに。……それよりも、貴方にとって価値があるなら、血を吸うなりお好きにどうぞ。結果的にそれで楽になれそうですし」


 生に対する執着がないのかと問われれば、今の私には『ない』としか言えない。

 幼い頃から苦労ばかりの連続で、最後には大切な人々さえも失い、この心は限界を迎えた。

 だから私は、楽になれるのならば……、目の前の『吸血鬼』にだってこの命を差し出そう。

 そう思って、自分の肩口をぐいっと見せつけてあげたというのに、男性はますます微妙で複雑そうな、やりきれない顔になってしまう。……何故?


「お前……、歳、幾つだ?」


「十四です」


「名前は?」


「リシュナです」


 私の名前や歳を聞いたところで、この男性にとっては何の意味もないはずだ。

 それなのに、わざわざ個人情報を聞いてくれるという事は、お墓でも立ててくれるのだろうか。

 吸血鬼というのも案外律儀なものなのかもしれない。

 ぼんやりと、眠りそうになる意識の片隅でそう考えながら、私は答えた。


「そうです、ね……。血を差し上げる代わりに、お墓を、お願いします」


「おい、リシュナ」


「はい」


「お前の墓が立つのは、――これから何十年も先の事だ」


「はい?」


 少しクセのついている蒼い長髪を首もとで束ねている男性が、闇空に煌々と佇む静かな月を背に、私へと両手を伸ばしてくる。

 ふわりと……、両脇に硬い手の感触が生じると、私の小柄な身体は宙へと浮き上がった。

 闇夜の中でも綺麗な、宝石のような、紫の瞳。

 それを見下ろすように抱え上げられた私は、意味のわからない満面の笑顔を貰う事になった。


「今日からお前は、俺の『妹』だ。いいな?」


「……はい?」


 人形のように、カクン……、と、首が横に傾いた。

妹、って……、妹って、ドウイウイミデスカ?

不審者を直視する目で問いを重ねたけれど、男性はそれを無視して森の中を歩き始めてしまう。

 殺さないの? どこに連れて行くの? 何をする気なの?

 頭の中に、少女誘拐、監禁、身代金要求、などなど……。

 非常にあぶな~い想像が私の中を駆け抜けた。

 けれど、それでも私の表情はあまり変わってはくれない。元々表情変化に乏しいからだろうか。

 とは言っても、この状況はやはり不味い。死ぬよりも恐ろしい目に遭わされるかもしれない。


「も、元の場所に……、戻してください」


「却下。あんな場所で死んでも、天国には行けないからな」


「……天国でも、地獄でも、構いません」


「俺が構う。あぁ、こらっ、暴れるなっ」


 誰も、初対面の怪しい吸血鬼などに構われたくはない。

 あんな事やそんな事をされるくらいなら、森の獣達に食べられた方がマシというもの。

 それを主張しながらジタバタと、あまり力の入らない身体で暴れてみたけれど、全然効力なし。

 男性は少し歩いたところで立ち止まり、ぴくぴくと、その人外にしか見えない、少し尖った耳を震わせた。森の中でサァァァ……と、静かな葉擦れ音が響き、私の耳もぴくりとそよぐ。

 頼りになるのは仄かな月明かりだけ……、獣も眠る夜更けの世界。

 見知らぬ男性の腕に抱えられ、どことも知れぬ場所に連行されかけていた私は、抵抗する気力さえなくなり、とろん、と……、目を潤ませてしまう。

 駄目、眠っては、駄目。このままだと、変態ロ○コン吸血鬼の餌食に……。


「ん……」


「よっと。……そのまま眠ってろ」


「だ、……め、なの、に……。むにゃ」


「ははっ、……子供は、もう、寝る時間だからな」


 次に目を覚ました時、何が待ち受けているのかもわからない。

 それなのに、私は……、悪い想像をするのと同時に、この正体不明の吸血鬼に、どこか安心出来るものを感じてしまっていた。

 出会って一時間も経っていない、何も知らない、恐れるべき、人外。

 温かな感触に包まれながら、ぼんやりと、思った。

 

(このまま……、眠るように、終われたら、いいのに)


 そんな事を思いながら、無防備にも……、私は夢の世界へと落ちていったのだった。

 ボロボロに傷ついた素足の裏に……、冷たい風の感触を感じながら。

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