捜索中。


 ──Side レゼルクォーツ



「ここが、……過去の世界、ねぇ」


「(仮)……がつくみたいですけどね」


 旅人と思われる沢山の人間や他種族が列を作って進む、とある街道。

 その賑わう様子を遥か天空高くからリシュナと一緒に見下ろしながら、昨日の話を思い出す。

 先にこの過去の時代……と思われる場所に飛ばされていた宰相殿。

 最初に見た時は、どこの食堂の肝っ玉オカンかと吃驚プラス爆笑したもんだが、突然別の時代に飛ばされた宰相殿からすれば、情報収集にはもってこいの場所だったらしい。

 ……あの恰好は非常に不本意だったらしいが。


「まだ神様がいて、その眷属達が他の種族とも仲良くしていた時代……と聞きましたが、本物、なんでしょうか」


「……何かによって惑わされているのか。それとも、俺が見ているただの夢、なのか……。可能性は幾つかあるが」


 俺の腕の中でキョロキョロとしているリシュナの頭を撫で、暫し瞼を閉じる。

 あの時、ロシュ・ディアナの軍勢との戦いが収束目前……という時に生じた、『異変』。

 てっきり、俺の前に現れたあの仮面の男のせいかとも思ったが、どうやらそれも違うらしい……。

 俺とリシュナ、宰相殿。そして、仮面の男と負傷しているあのガキ。

 それ以外にこの奇妙な世界で再会した者はいないが、さて……。

 

「誰かが悪意や敵意を以って俺達をこの世界に閉じ込めているとしたら、……匂いがしてもおかしくないんだがな」


「匂い、ですか?」


「お兄様はグランヴァリアが誇る精鋭、グラン・シュヴァリエなんだぞ。幻惑や妨害工作の類には敏感なんだ」


 だから、何らかの意図が働いていて、俺達にとってそれが害となるならば、俺にも気付けるはずなんだが……。

 試しに意識を集中させて探ってはみたが、……何も感じる事はなかった。

 

「レゼルお兄様。皆さんが歩いていくあの先に……、何か光が見えます」


「宰相殿が言っていたな。『天上へ続く門』があって、地上の民を招き入れる、と」


 あの町から続くこの一本道は周囲に何の建築物もなく、整えられた街道と、緑の野が広がるばかり。

 目的地は長い道の果てにある、小さな森の中心から天空へと向かって伸びている『天上へ続く門』。

 この世界を治める『御柱』と呼ばれる神に参拝するのが目的らしいが、他にも色々と出来る事があるとかないとか。


『天上と呼ばれる場所は、御柱の坐す場所の他に様々な区域があるそうだ。参拝目的の者、観光目的の者、商売を目的とする者。神の聖域でありながら、随分と自由度の高い寛容な場所だと聞く』


 少々呆れ気味に感想を付け足して昨日説明してくれたのは、オカン割烹着姿の宰相殿だ。

 今日一緒に来るはずだったが、生憎と……、食堂が大繁盛で女将に捕まっていた。


「俺達がここに飛ばされた理由や帰る方法も気になるが、その為には調査が肝心だからな。とりあえず、……門まで行ってみるか」


「でも、宰相様が何があるかわからないから、門まで行くときは三人一緒に、と」


「確かに何があるかわからないが、一応、ちょっとだけ様子を見た方が持ち帰る情報も増えるだろ? 大丈夫だ。門を使ったりはしないし、細心の注意を払って行動する」


「むぅぅ……」


 リシュナは慎重さを重視するタイプだからなぁ……。

 下手に動きすぎて俺に何かあったらと、心配してくれてるんだろう。

 あぁ、上目遣いに俺を見つめてくる不安げな瞳と表情がすっごく可愛いっ。

 ふふ、ふふふふっ。特に、このちょっとほっぺを膨らませてるところがまたっ。


「リ~シュナ~っ、ふふっ、ふふふふ」


「な、なんですかっ。ちょっ、ほ、ほっぺを突(つつ)かないでくださいっ、うぅっ」


 意味不明な場所に飛ばされても、全然不安にならないのは、やっぱりこの妹がいるからだよなぁ~。

 別世界に行く時の必需品=可愛い可愛い妹!!=リシュナ!!

 もうこの一択に限る!! 他には何もいるものか~!!

 俺を心配してくれるリシュナを腕にぎゅっと抱き締め、俺はぷにぷにのほっぺに頬ずりする。

 あ~、柔らかいっ、すべすべでぷにぷにだ~!!


「やっ、やめてくだっ、んん~!! れ、レゼルお兄様っ、く、苦しっ!!け、警備隊の皆さぁぁああんっ!!」」


「ははははっ!! 生憎とこの時代にそんなお邪魔虫は──」


「このド変態変質者があああああああああああああああああああああ!!!!!!」


「ぐはああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


「へっ?」


 お空の真っただ中で邪魔者なんて来ない来ない。

 ……と思って調子こいてたら、まさかの後頭部にとんでもない一撃が!!

 まさか、後を追いかけてきた宰相殿か!?!?


「痛ててっ……。い、いやっ、声がっ、ちがっ、──え?」


 一体いつの間に現れたのか、襲撃者は一人じゃなかった。

 俺達を丸く囲むようにしながら得物を構えている複数の翼人達が皆、多分……、俺に対してなんだろうな。

 滅茶苦茶怒気を滾らせてこっちを睨んでいる。

 特に、その中でも一番迫力と圧が凄いのが、闇夜の輝きを秘めた長い髪を馬の尾のように後頭部高くに結んで風に遊ばせている一人の子供だ。

 人間で言えば、十四、五さいぐらい程だな。

 その子供はぐっと握り締めていた拳を解き、腰に携えている鞘から銀の剣身を引き抜き、俺に突き付けた。


「かよわき子供に下種な欲を抱くとは万死に値する!!」


「は?」


「え?」


 俺と、腕の中のリシュナが困惑顔で視線を合わせ、首を傾げる。

 かよわき子供……、ってのは、リシュナの事だよな、うん。

 で、……下種な欲を抱く、ってのは、……え?


「なっ、だ、誰が欲望塗れのロリコンクソ野郎だこらああああああああっ!!」


「レゼルお兄様!! 解釈がさらに大暴走してますよ!!」


 元の世界でも、たま~に、……たまに!! 俺とリシュナの兄妹のスキンシップを盛大に勘違いして、俺を犯罪者扱いで牢にぶち込む警備隊ってのがいるが、ここでもか!!

 

「ふざけるな!! 俺はリシュナとは兄妹でっ、さっきのは、兄と妹の愛情を深める素敵なスキンシップタイム──」


「あの罪人(ド変態)を捕縛せよ!!」


「「「「はっ!!」」」」


「うげぇええっ!!」


 多勢に無勢。

 いや、リシュナを抱えながらでも戦えたはずの俺だったが、抵抗の手は動かなかった。

 その背に幾重もの白き翼を抱く子供の顔立ちに、その真摯な眼差しに……、自分が跪かねばならない誰かを思い出して──。







 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ──Side レインクシェル



「クシェル、怪我の具合はどうだ?」


「ただの軽傷なんで、問題ありません。雑魚の片付けばっかりでしたしね」


 人間の国に現れた、ロシュ・ディアナの軍勢。

 その最中に起こった、予想の範囲内と、その外の出来事による混乱。

 俺の弟であるレゼルと、意識を失っていたリシュナと、そのぬくもりを抱いていた伯父貴。

 三人と同じ瞬間に消えた、敵側の二名。

 誰が放ったのかもわからねぇ眩い閃光に両目を庇った後、その五人だけじゃなく、ロシュ・ディアナ側の始祖の姿も消えていた……。


「あれから、……もう、三日。……アイツらの気配は」


 いまだ人間の国に留まっている陛下の部屋で、俺はソファーに腰掛けながら尋ねた。

 レゼル達の捜索を行う人員と、この王宮の修復作業に関わっているグランヴァリアの人員。

 それから、ロシュ・ディアナからの再襲撃に備えられるようにと、グラン・シュヴァリエの何人かとその部下達もここに留まっている。

 ──で、もう三日は経つってのに、レゼル達の居場所はわからずじまいだ。


「陛下……。ロシュ・ディアナ側に、……攫われた、という可能性も捨てきれないと思います」


 俺の隣に後から腰を下ろしてそう言ったのは、心配のしすぎで顔色が悪いフェガリオだ。

 レゼル達がいなくなって不安に陥っているガキ共の世話をしながら、こいつも相当に参っていた。

 なにせ、気配の残滓がどこに向かって飛んだかも読めない挙句、捜索隊から得られる情報も皆無。

 まるで、神隠しのようだ。そう噂する奴も多少はいる始末だ。

 神隠し、ねぇ……。

 この世界には神様がいるって話だが、その神様は不在なんだろ?

 なら、神様以外の何かが関与してるって考えた方が正解だ。

 大体、俺達と面識のない神とやらが絡んでくる可能性なんか皆無だろう。


「ロシュ・ディアナに関しては、彼女……、先代の女王陛下に探って貰っている。だが、あの時の、ロシュ・ディアナの始祖の顔を見ただろう? 驚愕と、その後の精神的な乱れからの発狂。あれは、始祖の意図ではない」


「ですが……」


「それに、ロシュ・ディアナの始祖は……、何かに怯えているように見えた。

 

「あ~、……あの、すっげーヒステリックな叫び声、っすか」


 あれはマジでうるさかった。

 世界中に響き渡るかのような、クソ面倒でうるさい音だったからな。

 確かに、見ようによっては、あれは恐怖の感情からくる発狂と言ってもいいだろう。


「神の眷属が怯えちまうような存在っつったら、……はっ、ますます意味わかんねぇ」


「陛下……、我らグラン・ファレアスにも始祖がおられ、魂だけで生きている、と、そう伺いました。その御方にはもう尋ねられたのですか?」


 グラン・ファレアスの始祖……。

 俺達のはじまりの祖であり、初代国王。

 それが魂だけでまだこの世に留まってるっつー話だが、俺も今回の件に関してはその始祖に聞くのがレゼル達を見つけるための早道だと思っていた。

 勿論、陛下もそれを考え動いている、と、そう思っていたんだが……。

 陛下は自分の目の前に置かれているティーカップの中身を静かに見つめながら、小さく首を振った。


「国王が出入り出来る始祖の間への道が、……閉じられている」


「はぁ……?」


「それは、……いつから」


「陛下なら入り放題じゃなかったんですか?」


「そのはずだが、ロシュ・ディアナとの戦いの後、すぐに向かったが……、閉じられていた。俺の声に応える声はなく、あんなにも好んでいた食事や酒も、要求してこない」


 ……つまり、俺達の始祖様とやらは、今回の件について何か心当たりがあるわけだな?

 でなけりゃ、そんなタイミング良く、頑固に閉じこもるはずがねぇっ!!

 

「入り口をぶち壊すに千票!!」


「クシェル……。仮にも始祖様だぞ……。無礼すぎる」


「いや、それ以前にあれは誰の手を以ってしても壊せんだろう。国王が使う扉の先にあるはずの『道』自体が消えているのだからな」


「声は……、届かないのかよっ」


 始祖は、グラン・ファレアスの最初の親だろう?

 子孫が困ってるってのに、何の力も貸してくれないのかよ!!


「アイツらが無事なら、そりゃ、まだ時間に余裕もあるかもしれないっ。けどっ、けど……っ、もし、もしっ」


 悪意ある何かによって攫われたのなら、無傷で済むという保証もないという事だ。

 俺が余裕なく乱暴に拳を叩きつけたせいで、客部屋の金をたんまり使ってそうなテーブルに大きく亀裂が走る。


「お前がここで怒りを募らせたところで、何も得られはしないと思うがな」


「どうしようも出来ねぇからこうなってんだろうが!!」


「クシェル!! 陛下に無礼だぞ!! ……甥御と言えど、王と臣下の壁を壊すような真似をするな……」


「うるせぇっ!!」


 三日間。

 俺も必死にアイツらを探して、方々を飛び回った。

 どこかに気配が少しでも残っていないか、声が聞こえないか、必死こいて……!!


「……らねぇんだよっ! どこを捜してもっ、捜して捜して捜しまくっても!! 全然っ!!」


 もう、取り返しがつかなくなる未来を掴みたくはない。

 俺に出来る事があるなら、何だってしてやるし、何だって差し出してやるよ!!

 だから、……だから、……レゼルを、俺の弟達を返しやがれ!!


 ──コンコンコンコンコン!!!!!!!


 もう一度捜しに行こうと扉に向かいかけた時だった。

 すっげー爆音連打の如くノックされたこの部屋の扉。

 おい、破れんだろ!! と怒りたかったが、聞こえた若い女の声にうっと黙り込んだ。


『陛下~!! 陛下~!! ご依頼の分析と解析が一応終わりました~!! 入ってもよろしゅうございますか!? 入りますね!! はいっ、入っちゃう!!』


 ──ドゴォオオオオオオン!!!!!!


「「「………………」」」


 おい、……あの銀髪ボイン女、……悪気なく他国の扉をノックでぶち壊しやがったぞ?

 室内側に向かってぶっ倒れてきた扉も賓客をもてなす為に芸術品同様に金をかけられたもんだろうに、ノックという普通の行為がどこかおかしい女によって、ズタボロの末路を迎えたようだ。

 一応、装飾に使われてある宝石の類はまだ価値がありそうだが、……可哀想にな。


「あわわわわわわっ!! いやぁぁんっ、なんで壊れちゃうんですかぁああっ!!」


「アンタが爆裂連打ノックしたからだろうが!!」


「……ルナ・ファルヴァー殿。徹夜明けと、成果を得た事による興奮状態なのはわかりますが……、どうか、力を抑えてください。人間の国の建築物や扉は、グランヴァリアほど耐久性が強いわけではありませんから」


「は、はひぃっ。……うぅっ、ごめんなさいっ」


 ルナ・ファルヴァー。

 グランヴァリア王国が誇る、グラン・シュヴァリエの一人であり、普段は自国の研究施設で有能な研究者としても仕事をしている女だ。

 銀のふわりとした長い髪に、浅黒い肌、でっかい丸眼鏡。

 そんで、白衣姿プラス、男共が好きそうなでっけー胸。

 仕事は出来る女だが、……研究成果を上げたり、徹夜明けだと大暴走する困った年上の女、ってのが、俺のこいつに対する印象だ。

 

「ルナ・ファルヴァー。お前が頑張ってくれた成果を報告してくれるか?」


「は、はぃいいっ!! え、えっと、ですね……っ。よいしょっ。三日前のこの王宮敷地内で起きた戦闘における戦闘記録、そして、敷地内に発生していたあらゆる要素の調査を進めましたところ……、吃驚しちゃう現象が幾つか起きていたんです!!」


「レゼル達はどこにいるんだよ!!!!!!!」


「きゃっ!! んもうっ、レインクシェル君、お顔が怖い怖いです、よ!! ほらっ、ちゃんと席に着いて!!」


「立ってようが座ってようがどっちでもいいんだよ!! さっさとレゼル達の居場所を報告しろ!!」


 ルナ・ファルヴァーの両肩をきつく掴んで揺さぶった俺だったが、相手は同じグラン・シュヴァリエ。

 ついでに言えば、俺より経験年数の遥かに高い強敵……だった事をすっかり忘れていた。


「だ~か~らぁ~!! 研究者の汗と涙の報告はぁああああっ!! 黙って聞きましょ~、ねぇええええっ!!」


「どわあああああああああああっ!!」


「クシェル!!」


 強烈な背負い投げ一本!

 相手の戦闘能力をすっかり失念していたせいで、俺はズタボロの扉方面へとぶっ飛ばされてしまった。

 パンパン、と、ルナ・ファルヴァーが憤慨顔で両手を叩いて払う仕草が見える。


「ルナ・ファルヴァー。申し訳ないが、今は事を急いでいる。結果を最初に頼めるだろうか?」


「うぅ~……っ。物事は理論立ててご説明するのが研究者のマナーですのにぃっ。……わかりました。では、まずは簡易的な結果をご報告させて頂きます」


「頼む」


「お捜しの行方不明者に関してですが、恐らくは、──意図的に開かれた時空の『扉』の向こうへと存在を飛ばされた可能性があります」


 意図的に開かれた時空の『扉』?

 予想外の報告に眉を顰め、心に不安を抱く俺達にルナ・ファルヴァーは続ける。


「御存知の事だとは思われますが、この世界は数多ある世界のひとつでしかありません。そして、私達の世界も含め、その全てが、ひとつの時空の中におさまっている、と、伝承ではそう伝えられています。ですが、私がご報告させて頂いた件にて発言させていただいた『時空』とは、この世界の中だけを限定とした、『全ての時間軸』の集合体である存在、と、お考え下さい」


「わかりづれぇよ……」


「はい。なので、時空のミニ版だと考えて頂く為、『時の箱庭』と呼ばせていただきます」


「で、結局、レゼル達はどこなんだよ……」


 言ってる事はわかるが、何が起こっているのか、あの時、何が起こったのか……。

 ルナ・ファルヴァーの説明はまどろっこしくて、イライラする。


「本来、『時の箱庭』は、この世界の全ての時を、記憶をおさめているだけの害のない存在です。『今』を生きる事が私達のお仕事であり、自然の摂理ですから、『時の箱庭』なんて関係なく生きているものですからね」


「で?」


「その『時の箱庭』に、あの戦闘の最中……、干渉し、開く力が生じたのです」


 研究者としての真面目な表情に変わったルナ・ファルヴァーの説明は続いたが、俺の頭の中ではレゼル達がどの時代に飛ばされたのか、戻って来られるのか、という点だけが重要部分だった。

『時の箱庭』……。

 俺達には本来、触れる事も、関わる事も出来ないはずの禁忌。

 三日前から抱いていた不安が破裂しそうなほどに膨らんでいく。

 

「偶然ではなく、干渉、か……。それで? お前達研究者は答えを出せているのか?」


「…………申し訳ございません。それが『誰』かという問いには、まだお答え出来ません」


「わかった。では、レゼル達が飛ばされた時代の特定と、帰還の方法に関しては?」


 答えなんか、陛下もわかってるんだろう。

 誰も触れた事のない『時の箱庭』だ。

 ルナ・ファルヴァーがすげー有能な研究者であっても、研究施設の奴らが徹夜で頑張っても、たった三日で答えが出るわけがない。

 ルナ・ファルヴァーはサファイアのように煌めく目ん玉に大粒の涙を浮かべ、──げっ!!!!!!


「ご、ごめんなさいです……っ。私、私……っ、うわぁああああああああんっ!!!!! 陛下のご期待に応えられないなんて、時空一の無能者ですぅうううううううう!!」


 誰もそこまで責めてねぇし、激しく鬱陶しいわ!!!!!!!

 陛下も答えを急ぎすぎたと思ったのか、その場に泣き崩れるルナ・ファルヴァーを抱き起こし、


「お~、よしよし!! よくここまで調べて報告してくれたな!! うんうんっ、お前は良い子だ!! 俺の自慢の研究者であり、頭の良い、努力家だ!! よしよしよしっ!!」


「ふぇえっ!! ふぇっ、ひっく……っ。陛、下っ、……うぅぅっ、私っ、私っ、が、頑張ります、からっ、もうちょっと、もうちょっと、だけっ、お時間、貰っても、いい、です、かぁあっ」


「ああ!! 勿論だ!! ルナ・ファルヴァー!! お前はやれば出来る子だ!! 国に戻り、美味い菓子と茶でも味わって、まずは休息をとってから頑張るといい!! いや、頑張ってくれ!!」


 うわー、またかよ……。

 ルナ・ファルヴァーはどんだけ面倒な属性つきなんだよってぐらいに鬱陶しい面があるんだが、大泣きしているいい歳こいた女の頭を撫でてやりながら必死に宥めている陛下にも……、はぁ。

 まぁ、仕方ねぇよな。ルナ・ファルヴァーを泣かせたまんまにしとくと、こっちが頭痛を覚えちまう。

 それに、どんな男だって、女の泣き喚く姿とヒステリックな部分は大の苦手で、大嫌いだろうしな。

 怒鳴って追い打ちをかけるよりも、宥めた方が早くに心の休息を得られる。


「ひっく、……えっと、ですね。まだご報告してないんですがぁ……」


「ん?」


「陛下は、……うぅっ、……私達の、……始祖様のっ、……ひっく、お血筋が、濃いんです、よね?」


「あぁ。その通りだ」


 今度はなんだ? 

 陛下の隣にゆっくりと宥められながら座らされたルナ・ファルヴァーが、持って来ていた書類を亀裂入りのテーブルの上で整理し、嗚咽の混じる声で話し出した。


「始祖様って、……んっ、……神様の眷属、なんですよね?」


「あぁ」


「という事は、生み出してくださった神様の御力も、多少なりとも」


「受け継いでいる、とは言われているな。力は比べ物にならないらしいが」


「なら、……今回の件を引き起こした方がどういう類の方なのか、という点では、特定出来ているかもしれません」


 は? 陛下が目を通しやすいようにその前に並べられた数枚の書類。

 ルナ・ファルヴァーの説明によると、あの時の戦場にいた全種族、それも、個人個人のデータをグランヴァリアの研究機関に集めたのは勿論の事。

 その『場』に生じていたあらゆるデータ、生命反応以外のものも専用のデータバンクに取り込んで色々と調べていたらしいんだが、


「肉眼で確認出来る姿はありませんでしたが、……陛下の受け継がれている始祖様の、神の眷属としての変質している力をさらに細かく分けて調べてみたところ……。一致したのです。あの場に生じた、行方不明者が発生するタイミングと同時刻に場を支配した突然の閃光を分析した結果と同じものが」


「始祖の、神の眷属と……、同じものがか?」


「はい。ただ、……あの光の放つ力は、その、……大変、ご無礼かとは思いますが、……陛下のものよりも強大で、……また、始祖様の変質した神の眷属としての御力よりも純度の高い……」


 グランヴァリアでも最強と謳われる陛下の力は、グランヴァリアの寵児と呼ばれる先祖返りの象徴だ。

 その陛下よりも、さらには、始祖の力の質よりも……、くそっ、どういうことだ!!

 グラン・ファレアスの始祖よりも上の存在ってことだろ?

 そんな存在なんか……、同じ、神の眷属か、その血を受け継ぐ奴で、さらに強い奴がいるってことか?

 だが、ルナ・ファルヴァーの見解は違っていた。


「始祖様の御力を調べさせて頂けるのでしたら、さらに詳しいデータと照合出来ると思います。ですが、……私達研究者が寝ずに考えを突き合せた結果は……」


「神の眷属という枠ではおさまらぬ存在である、という事か?」


「断定は出来ません。私達は御柱様がいらっしゃった時代を存じ上げませんし……。神の眷属がどれほどの力を有していたのか、それすらも、データが少なすぎますから」


 御柱によって見守られていた神代の時代は終わっており、後に残されたのは、神の眷属が分かたれた後世の二種族と、地上の他種族達のみ……、──と伝承に伝え聞くだけだ。

 だが、伝承だけが歴史を語るわけではなく、それ以外の、伝承には含まれなかった話もあるのではないだろうか。それは例えば、自分達の祖である最初の王を凌ぐ神の眷属が存在し、まだこの世で生きているか……。

 もしくは……。


「……つーかさ」


「どうした? クシェル……」


 ふと、当たり前のようで誰も口にしなかった問いを俺は呟いていた。

 隣に座って書類を見ていたフェガリオの方を向き、一言。


「──神の眷属って、寿命あんのか?」


 神の眷属は、この世界を生み出し、統治していた御柱たる者の子同然の存在。

 神に寿命などないと聞く。だが、神の眷属である俺達の始祖は死んでいる。

 魂だけの存在となって、代々の王と言葉を交わしているのだと……。

 なら、神の眷属には寿命があって、『死』からは逃れられないということだ。

 ロシュ・ディアナの始祖も、魂だけの存在となり、器を欲して利用している。

 すなわち、──あちら側の始祖も死んでいる。

 

「眷属に寿命や死が存在するなら、当時の眷属が生き残っている可能性は低い、よな……。だとしたら、他に種族を作って、血を繋いできたか……。それで、ウチみてぇに先祖返りで、強大な力を持ってる奴が」


「──もしくは、眷属よりも強い力を持つ『神』が、あの場にいたか」


 陛下の言葉に、フェガリオが「そんな……」と、驚愕を口にする。

 そうだ。一番簡単な答えなんだ。

 何故、という疑問は幾らでも湧いてくるが、第三の眷属説や、その眷属が作った別の種族、という可能性を考えるよりも、もっと簡単な答え。

 ルナ・ファルヴァーは言った。

 陛下の中に眠る始祖の変質した力を細かく調べた結果よりも純度の高い神の力だと……。

 純度が高いって事は、その力の質が純粋で、さらに高められているものって事だろう。

 つまり、……そっちに当たりをつけたほうが、納得出来る答えだ。


「クシェル。お前の推測が正しいとして、何故、遙か昔に消えた神が、御柱がレゼル達を『時の箱庭』に引き摺り込む理由がある? 何の関りもない、ただ、眷属の血を引いているという、それだけの理由しかない者達を」


「俺もそこは謎ですよ。けど、……時に干渉するなんて、神様ぐらいしか出来ないんじゃないんですかね。そんで多分……、ただ、悪ふざけであの二人や伯父貴を選ぶとは思えねぇし、……」


「俺もクシェルに同意です……。それに、敵側からも、二名巻き込まれているのではないかと、……」


 敵サイドに関しては確証なしだが、同時に消えてるって点で色々となぁ……。

 御柱様とやらが犯人と確定すんには早い話だが、


「陛下。始祖と話をしたほうがいいんじゃないっすかね。絶対、なんか知ってますよ」


「ふぅ……。代々の国王に伝えられている事のひとつに、『始祖様の心を安らかに』というのがあるが、今回ばかりは無理な話だな。親父殿の力を借りるか」


「どうせ楽隠居してるんですから、使えるんなら極限まで使った方がいいですよ。あのクソジジィも一応は先代の王なんですから、少しは協力してくれるでしょ」


 そうと決まったら、さて、俺はどうするか……。

 アイツらの無事を確認したい気持ちは強いが、捜すにも時の遥か彼方ってのはなぁ。

 始祖の引き摺り出しに協力するか、研究施設に向かうか、……って、ん?

 俺がこれからの行動に悩んでいると、途中から黙り込んでいたルナ・ファルヴァーが耳にしているピアスをちょんちょんとしながら、……何かに耳を澄ませているような?


「おい、何やってんだ?」


「……あ、少し静かにして頂けますか? ん~、……もう、ちょっと」


「いや、だから何してんだよ、アンタ」


「え~と、ここかなぁ~……。あ、みぃ~つけたぁ~」


「は?」


 何かの調整でもするかのように、ルナ・ファルヴァーがピアスから垂れている青のクリスタルをちょんっと強く揺らした直後。


『──誰が欲望塗れのロリコンクソ野郎だこらああああああああっ!!』



 ……実弟の、意味不明でクッソ情けねぇ残念な絶叫が室内に轟いた。


 

 

 

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