在りし日の幸せと、最愛の者達に誓う想い
※前半は、レゼルクォーツの視点。
後半は、リシュナの視点で進みます。
――Side レゼルクォーツ
「おやおや~、出血大サービスですね~」
一時的にではあるが、在りし日の姿を取り戻した明るい世界へと駆け出したリシュナの姿を見送っていると、子供の教育に多大な悪影響を及ぼす欲の権化のような実兄が傍に寄ってきた。
本来は俺達と変わりない大人の姿をしているくせに、好んで子供の姿ばかりをとっては、人間界の女達を相手に楽しんでいる困った実兄だ。本当に俺と血の繋がりがあるのか、たまに疑いたくなる。むしろ否定させてくれ、頼む。
「お嬢さんの『記憶』から再現を行ったところで、本当に意味があるんでしょうかね~」
「俺の自己満足だって、そう言いたいんだろ?」
「まぁ、ぶっちゃけて指摘するとすれば、そうなりますね~。偽りだとわかっているものに、何を感じさせたいのだか、理解に苦しみますよ……。幸せな頃の記憶の再生なんて、ひとつ間違えば傷を深める事になるとしか思えないんですけどね」
「そうかもしれないな……」
この村を戦火が襲った際、リシュナが最後に目にした光景は、その幼い心には耐えがたい……、凄惨な苦痛を伴うものだったはずだ。
愛していた者達が、自分を愛してくれていた存在が、目の前で敵の手にかかって、無念の最期を迎えたんだ。傷付かないわけがない、毎夜悪夢に苛まれるほどに、抱えきれない現実の重みに、リシュナは何度も押し潰されそうになったはずだ。
俺達の家に連れ帰った時も、最初の夜に部屋から聞こえた魘されるような声。
様子を見に、室内へと入ってみれば……、リシュナは頬に涙を伝わせながら自分の両手を宙に彷徨わせていた。その手をとり、俺は何度も魘される子供の名を呼んだ。
もう怖い事は何もない、お前は一人じゃない、と……。
リシュナを助けたのは、確かに俺の自己満足に依存するところが大きいのは否定しない。
俺が過去に犯した罪を……、どんなに贖っても、償い終わる日が来る事など……、ないとわかっているくせに、何度もそれを繰り返してきた。
確かに最初は、偽善と自己満足の上にしか成り立っていなかった行動。
だが、やがてそれは……、俺の中にある感情を生んだ。
絶望に沈んだ者の傍に寄り添い、その命が再び希望に向かって歩き出す様を見続けてきた俺は、罪の償いだけじゃない、――俺個人としての、ある願いを抱くようになった。
同じ時を過ごす内に、他人同士だったはずの俺と絶望を抱く者達が、確かな絆を結び、互いを思い遣る心を覚えた時、自然とそう思えるようになった感情。
それは、どんなに時が経っても、俺の心を癒すように温かな存在となって、今もこの身の内に在り続けている。
「俺は、……笑ってほしいんだ、あの子に」
俺達と家族になる事を承諾してはくれたものの、リシュナはまだ、心からの笑顔を浮かべた事がない。仄かに笑う事はあっても、己の生を心から楽しんでいる満面の笑みは、まだ、一度も……。
だから、俺はその、まだ見る事の叶わない心からの笑顔を、見たいと望んでいる。
それは、リシュナに対してだけではなく、今までに世話をしてきた者達にも抱いた願いだ。
悲しみと苦しみの中で足掻く命の傍に寄り添い、その表情が、心が……、もう一度、この世界の中で希望の花を咲かせるその瞬間を、俺は待ち望む。
「正直言って、個々が抱く感情は全て、本人だけが感じられるものだ。……だが、それでも俺は、リシュナに、悲しみを抱く者に、……幸せになってほしいと、そう望むんだ」
それは、罪の償いとは違う、俺個人が心から抱いた願い……。
どんなに拒まれても、楽になりたいと懇願されても、……生きる事を、諦めないでほしかった。
確かに死ねば、自分を苦しめてきた全てから解き放たれるだろう。
何一つ掴めない、闇の底に落ちて……、自分という存在さえも完全に消え去る、誰の手も届かぬ安息の深淵。出会った彼らが望み続けたその道を、解放の術(すべ)を、悲しい最期を……、俺はどうしても、受け入れる事が出来なかった。
「俺の身勝手には変わりないが……、死なれる方も、……結構、辛いからな」
「結構どころか……、百年以上の傷になってますけどね~? 君の場合……」
「クシェル、それ以上の言葉は慎んでおけ……。レゼルには、自分なりの信念がある。それで何が起きたとしても……、自己責任だ」
俺とクシェル兄貴が話していると、お子様共に食事を与えていたフェガリオが傍に寄ってきた。
まだ何か言おうとしているクシェル兄貴の後ろ襟首を鷲掴み、お前はもう向うに行っていろとばかりに、お子様達の方に投げ込んだ。……相変わらず、クシェル兄貴に対して徹底した態度だな。
疲労込みの溜息を吐き出し、フェガリオは俺の顔を一度見た後、リシュナの方へと視線を遣った。
「最期に見た……、辛い記憶を上書きさせる為、か」
「それもあるが……、どうせ思い出すなら、笑顔の方がいいだろう?」
リシュナの心には、自分が愛した者達の死に顔がはっきりと焼き付いているはずだ。
それまでに築いた幸せな記憶が崩れ去るぐらいに凄惨な……、家族達の最期。
気休めにしかならないかもしれないが、俺はそれでも……、リシュナがこの村にいた時の記憶を思い出す時に、愛する者達の笑顔を一番最初に浮かべてくれればいいと願っている。
本当は、死した魂に干渉出来ればいい話なんだが、生憎と……、冥界側の仕事が早かった。
犠牲となった村人達の魂は全て、それを役目とする者達の手によって回収されている。
あちら側の手に渡ってしまえば、俺達に出来る事は何もない……。
だが、魂はどこにいても、自分達に向けられる想いを隔たりなく感じ取る事が出来る。
それに、冥界に連れて行かれても、すぐに転生の道に入るわけでもなく、暫くは現世の様子を見ながら魂の休息をとる為、こちらの事は筒抜けだ。
リシュナが死を選ぼうとした事も……、全て、その心を痛めながら見ていたはずだ。
「亡くなった村人達の魂を安心させる為にも、リシュナは笑った方がいい……。大切な者達の笑顔を心に抱いて、自分の生涯を全うする。それが、一番の供養になるからな」
「生きる事は、確かに辛い現実と向き合い心が折れそうになる時もあるものだが……、それでも、自身で死を選ぶ事は、同時に……、新しい罪と傷を生み出す行為に他ならない、か……」
さっきのクシェル兄貴と同じように、フェガリオは俺に意味深な視線を寄越す。
死を選んだ者の気持ちと、残された者の悲しみ……。
フェガリオの視線は、「いつになったら、お前は救われるのだろうな」と、静かに語りかけてくるかのようだ。本音で言えば、俺が救われる日なんか、一生来なくてもいいと思っている。
それだけの罪を犯したんだ。救われていいわけがない。
微かな笑みを浮かべた俺は、フェガリオの視線から逃れ、村の中にいるリシュナの許へと向かい始めた。
(俺は幸せになんてならなくてもいい……。だけど、他の奴らには……、沢山の幸せが降り注ぐようにと、願う事だけは……、許してくれ)
誰にともなく心の声を向け、歩みを進める。
俺の発動させた術で村の中は過去の姿を取り戻しているように見えるが、この村に駐屯している兵士や騎士達には、ただの闇と、痛々しい戦火の傷痕しか見えていない。
あと一時間、もつかどうかも定かではない夢の世界で、リシュナは何を得る事が出来るだろうか。
後を追ってくるフェガリオの気配を感じながら、俺はそこに在るはずの夜空へと、視線を上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――Side リシュナ
「お母さん!! お父さん!!」
見慣れた村の道を走りながら、ようやく辿り着いた、かつての我が家。
瓦礫の山と化していたはずの小さな家は、元通りの姿で私を出迎えてくれた。
嘘だって、幻だって……、わかってる。だけど、それでも……、もう一度。
「あら、リシュナ、お帰りなさい。そんなに息を切らしてどうしたの?」
畑で採れたジャガイモの皮を剥きながら、優しく穏やかな笑みを浮かべて振り返ってくれたのは、記憶の中に在るのと同じ、大好きなお母さん……。
その手前の古びた木のテーブルには、私に向かって手招きをしているお父さんの姿もある。
本物であるはずがないのに、私の足は急かされるように、二人の許へと向かって飛び込んで行く。
料理をしているお母さんの胸に抱き着いて、溢れ出る悲しみの記憶と共に涙を零して泣きじゃくる。お母さんも、お父さんも、死んだはず、なのに……。
まるで、生き返ったかのように温かくて……、確かな感触がある事に、心の奥がきゅっと切なく締まった。
「お母さんっ……、お母さんっ」
「リシュナ、何を泣いているんだ?」
泣きながらお母さんに縋り付いてる私を、お父さんが心配そうにしながら声をかけてくる。
だけど、自分では抑えきれない感情が一気に表へと溢れ出てしまった私は、それに上手く答える事が出来ない。ただ、嗚咽を殺しながらお母さんの温もりを離さぬように抱き着いたまま、ずっと泣き続ける。
「リシュナ、もしかして、外で転んだりでもしたのか? それとも、誰かにいじめられたとか、ああっ、もしかしてアイツか!! あのツンデレやんちゃ坊主!!」
「アナタ……、ちょっと黙っていてくれるかしら?」
「ハイ……」
私を泣かせたのは誰だと、怒りに打ち震えるお父さんを言葉ひとつで黙らせたお母さんが、ゆっくりとその背を屈めて、私の視線に目を合わせてきた。
浮かんでいる私の涙を指先で拭い、何も言わずに抱き締めてくれたお母さん……。
本物じゃないのに、どうして……、こんなにも温かいのだろうか。
私の背中を優しい手つきで撫でながら、お母さんは「大丈夫よ、大丈夫……」と、静かに繰り返す。
「ごめん……、な、さいっ。……私だけ、……生き、残って、……、ごめんな、さいっ」
「本当にどうしたんだ、リシュナ……」
お母さんの傍に膝を着いたお父さんが、困惑した様子で私の頭を撫でてくる。
きっとこの二人は、ううん、村の人達は……、レゼルお兄様が作り出した過去の存在なのだろう。
決して本物ではない。けれど、偽りの存在だと切り離すには、あまりにも……、温かすぎる存在。
涙を零しながら謝罪の言葉を繰り返す私に、やがて二人は小さな吐息をついて、くすりと笑った。
「お前が何の事を謝っているのかはわからないが……、お父さんもお母さんも、リシュナが幸せになるようにって、いつも願っているんだぞ」
「そうよ。もしこの先……、万が一、私達が貴女の前から消える日が来たとしても、リシュナの幸せを願う気持ちは変わらないわ」
「私の……、しあわ、せ」
情けなくみっともない顔になった私が視線を上げると、お父さんとお母さんは、心からそう願っている事がわかる優しい笑顔で、私を見下ろしていた。
私の頭や頬にその温もりを添わせながら、慈しみを込めた眼差しで、二人は頷いてくれる。
「まぁ、いつかは嫁に出す時がくるんだろうが……、遠く離れる事になったとしても、お父さんとお母さんは、ずっと、リシュナのお父さんとお母さんだ。大切な娘の幸せを、どこにいようと祈り続ける。絶対に、な」
「お母さんは、リシュナを産んでくれたお母さんじゃないけれど、それでも、貴女の本当のお母さんになれるように、いつも、貴女の傍に寄り添いたいと思っているわ。血なんて関係なく、心で繋がった、本当の家族になれるように。だから、何も怖い事も、寂しい事もないのよ? お母さん達は、いつまでも、貴女の味方だもの」
「おかあ、さっ、……、おとう、さんっ。うぅっ……、ごめんな、さい、ごめんな……、くっ」
厄介者でしかなかった私を、嫌悪もせずに受け入れてくれた心優しい両親。
わかっていたはずなのに……、お父さんとお母さんが、どんなに私を大切に想ってくれていたか。
命賭けで私を逃がしてくれた二人が、私に生きてほしいと願ってくれた切なる想いを……。
わかっていたはずなのに、私は抱えきれない絶望から逃げたいが為に、死を選ぼうとした。
それをすれば、両親が、村の人達が……、どれほど悲しむのか……。
頭ではわかっていた。けれど、心ではわかっていなかった自分の罪。
こんなにも、私の幸せを願ってくれている人達の想いを、強い絆を結んだ私自身が、踏み躙ろうとしていたのだ。
「私……、私っ、……幸せに、なるっ。だから……、ずっと、私の……、お父さんと、お母さんで……いて、くだ、さいっ」
「勿論よ。私達の可愛い、愛する娘……。たとえ何があっても、私達は家族よ」
「そうだぞ。お父さん達とリシュナが結んだ絆は永遠だ。絶対に、消えたりはしない」
二人の、愛情のこもった温もりを感じながら、私は暫くの間、ずっと泣き続けていた。
家の入口に、レゼルお兄様とフェガリオお兄様が辿り着いた事にさえ、気付かずに……。
時が経って、ようやく周囲の気配に意識を向けられるようになった頃、私はある事に気付いた。
私と、お父さんとお母さんの様子を見ている二人のお兄様達の顔に、小さな動揺の気配が浮かんでいる事に。
「レゼル、お兄、様……?」
「リシュナ、……その二人が、お前の両親、か?」
「はい……」
「リシュナ? 誰に話しかけているの?」
その時、そこにいるはずのレゼルお兄様とフェガリオお兄様の存在が見えていないのか、お母さんが不思議そうに私へと尋ねた。
お父さんも、レゼルお兄様達の姿が見えていないようで、私の顔の前で右手をひらひらと振って、意識の確認をしている。その事に首を傾げていると、レゼルお兄様が我に返ったかのように、説明をくれた。
「今、お前の目に見えている両親や村人の存在は、お前の記憶を基に作り上げた、まぁ、所謂幻のようなものだからな……。それに認識されるのは、お前だけなんだよ」
「そうなんですか……」
「けどな、お前の両親が話している言葉は、たとえ幻でも、全て本物だ。お前の記憶の中で生きていた人々の人格を基に再構成された存在だから、それに反する言動はしない」
「はい……」
さっき、ここに来る途中で言葉を交わした人々も、皆、在りし日の慣れ親しんだ様子で、私に接してくれていた。この村に一緒に逃げ込んで来た『協力者』の青年も、村の道具屋さんの前で、いつものように少しお小言を零しては、怪我をしないように遊ぶんですよ、と……、想い出のままに、私を過去の世界へと誘ってくれた。だから、大丈夫。
たとえ本物の両親達がここにいなくても、向けられた眼差しが、その想いが本物である事は、それを受けた私が、一番よくわかっている。
「お父さん、お母さん……、最後に、ひとつだけ、お願いをしてもいいですか?」
「ん? リシュナがお願いとは珍しいな。よし、何でも言ってみろ! お父さん、がんばっちゃうからな!!」
「張り切りすぎて、自爆しないようにね? アナタ」
「お前はいつもいつも……、そうやって毒を吐くのは、何とかならないのか?」
「これも愛情のひとつだもの」
そういえば、……私がお父さんとお母さんに対して、何かをお願いする事は、あまりなかったような気がする。だって、温かな家族の愛情に恵まれた私が、それ以上に何かを願う事なんて考えられなくて、ずっとその幸せに身を委ねていたいと、そう願っていたのだから。
お母さんに窘められているお父さんに笑いを零した私は、二人の顔をしっかりと正面から見つめて、最後のお願い事を口にした。
「二人の笑顔を……、この先も、絶対に忘れる事がないように、私の目に、心に……、刻ませてください。大好きな、お父さんと、お母さんの笑顔を」
「う~ん、やっぱり今日のリシュナは変だなぁ。……でも、本当にそんな事でいいのか?」
「ふふ、リシュナのお願い事なら、喜んで叶えさせてもらうわ」
ぎゅっと私の身体を抱き締めてくれた二人が、ゆっくりとその身体を離し……、心からの笑顔を浮かべてくれた。一生、忘れない……。大好きな、お父さんと、お母さんの、私への、愛。
ぽろぽろと零れる涙をそのままに、私も心からの笑顔を返した。
「お父さん、お母さん……、いつまでも、大好きです」
最後の方は、涙と嗚咽のせいで掠れてしまったけれど、私の想いは二人に伝わったようで、その笑みが深まるのと同時に、徐々にお父さんとお母さんの姿は、光へと消えていった。
私の周りの景色も……、現実へと返っていく。
だけど、私は最後まで、二人が私に向けてくれた笑顔を心に刻みながら、涙を流し続けた。
「お父さん……、お母さん、……どうか、天国で、幸せ、に」
冷たい夜風が吹く場所で、止め処なく流れる涙を感じながら、両親と村人達の冥福を祈る。
私はまだ、皆の所に行く事は出来ないけれど……、いつか、自分の生涯を全う出来た時に、天国で笑って再会出来るように、私は、私の道を、歩き始める。
「リシュナ……、これで少しは前を向きやすくなったか?」
「はい……。レゼルお兄様、ありがとうございました」
きっとレゼルお兄様は、戦火で命を落とした人達の記憶ではなく、幸せだった頃の皆の姿を、その笑顔を、想いを忘れないようにと、さっきの幻を作り出してくれたのだろう。
幻を目にするまでの私は、皆が苦しんで死んだ最期の光景ばかりを思い出していたから……。
大切な人の事を思い出す時は、その人が一番幸せだった頃の笑顔が、本人にも、それを思い出す自分の為にもいいと……、そう、気遣ってくれたのだろう。
傍に来たフェガリオお兄様が、無言で私の手を取って立たせると、くしゃりと私の薄紫の髪を撫でた。
「自分を幸せにするという事は……、自分を大切に想ってくれる者を幸せにする事でもある。それを忘れずに、生きていけ」
「フェガリオお兄様……、はい。一生、忘れません」
「もう、大丈夫そうだな。……リシュナ、空いてる方の左手、握ってもいいか?」
フェガリオお兄様と一緒に歩き始めると、レゼルお兄様がすかさず私の左側に陣取って、許可を出す前に手を握ってきた。にっと愛想の良い笑みを浮かべ、元に戻った村の遥か上空を見上げながら、明日からの新しい生活について語りだす。
それを、特に邪魔するでもなく、フェガリオお兄様は黙って前を向いて歩いていく。
お父さんとお母さんの温もりとは違う、心地良い感覚……。
一緒に人生を歩む人は変わってしまったけれど、私は、大事な人達を亡くして、また、大切な存在を手に入れたのかもしれない。
夜空に瞬く小さな星々を見上げながら、目を細め、口元に笑みを刻む。
「レゼルお兄様、フェガリオお兄様」
「「何だ?」」
歩みを止め、私を見下ろしたお兄様二人の顔を交互に見遣り、笑みを刻んだままそれを口にする。
「ふつつかな妹ですが、これから……、よろしくお願いします」
自然と浮かんだ笑顔は、心からの言葉は、お兄様達に届いただろうか。
目を瞬いた二人が、やがて嬉しそうに表情を和ませると、私の言葉に応えるようにか、両側から私の頭に手をおいて、ヘアスタイルが崩れるほどに髪の毛を掻き回した。
「言われなくても、滅茶苦茶構ってやるつもりだからな。覚悟してろよ」
「お前に似合う服をいっぱい作ってやろう。楽しみにしていろ……」
力強く握り締められた温かな手の感触を感じながら、私はお兄様達の楽しげな声にしっかりと頷いてみせる。これから歩む道は、ずっと、この人達と一緒。
いつか終わりが訪れるその日まで……、私は、何を得て、何を失うのか、それはまだわからない。
だけど、これから過ごす時の一瞬一瞬を、大切に生きていこう。
まだ、出会ったばかりではあるけれど、私の事を心から案じ、想ってくれる存在と出会えたのだ。
奇跡にも近い、恵まれた巡り合わせの果てに出会った私達……。
この縁はきっと、亡くなった両親が、村の皆がくれた奇跡の形なのだろう……。
私もお兄様達の温もりをぎゅっと強く握り返し、もう二度と……、大切な存在を泣かせる事はしないと、そう自分の心に誓うのだった。
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