第23話 VSフェグリナ・ラグナル①

 全身を金属硬化して武装したマグナが、フェグリナの前に立ちはだかる。

 ツィシェンドは気を失っているフリーレを抱え、部屋の隅に引き下がる。

 また、誰も存在に気が付いていないが、ヘルメースの能力で姿を消しているスラとラヴィアも王の間の入口すぐの脇に入り込んでいた。


「さて、その鎧が見掛け倒しかどうか、試してみるとしましょう」


 フェグリナは草薙剣を振り上げ、力を込める。剣から禍々しい気配を感じる。やがて剣を振り払い、巨大な斬撃の刃がマグナに向かって放たれた。


(ずいぶん高度の高い軌道だな……これなら避けたりせず、屈んでやり過ごすが吉……)


 マグナの顔辺りを目掛けて飛んでくる斬撃。彼は屈んでこれをやり過ごそうとした。


 ところが屈んだ直後、彼は強烈な衝撃を受けて後方に吹き飛んでしまった。マグナは困惑しながら、負傷した鎧姿で立ち上がる。


(……驚くべきことは二つ有る。一つは、あの草薙剣とかいう神器、とんでもない威力だ。おそらくフルパワーには程遠い、通常攻撃感覚で放った一撃だろうが、血を吸ったハレイケルのデュランダルと大差ない威力だ。そしてさらに驚くべきことは、俺は確かに奴の斬撃を躱したはずだ、何故直撃を受けている?)


 ツィシェンドもまた困惑した表情でマグナを見ていた。


(どうしたマグナ、床スレスレの斬撃だったぞ?何故自ら当たりに行くような動きをしたんだ?)


 フェグリナがふふふ、と笑う。


「屈むような動きをしたということは、貴方には軌道の高い斬撃に見えていた、ということよね。その鎧、やはりそれなりに重量があるのね。だから素早く動き回るには向かない。跳んだり跳ねたりする必要なく躱せる攻撃が来ればいいなと、きっと貴方は心のどこかでそう思っていたんでしょうね……だから、貴方にはそういう攻撃が来たように見えた」


 フェグリナが得意げに口角を上げる。

 マグナとツィシェンドが何かを察したような目をする。


「これが私の能力よ。欲望の神エロースが私に授けた力――”人の希望的観測を極大化させ錯覚を生じさせる”」



 ついに判明したフェグリナ、いや偽フェグリナの能力。

 マグナ、ツィシェンド、スラの三人とも得心がいったような顔をする。


「なるほどな、錯覚させる能力……要は勘違いさせる能力ってことか。納得がいったぜ、この国の現状に。悪逆非道の政治に誰も異を唱えない。始めは洗脳する能力を疑っていた。だが住民は皆正気を失っているようには見えず、操られているようではなかった。しかし錯覚させる能力なら、すべての辻褄は合う。国民は皆、現状を自分なりに都合よく解釈して、現状を受け入れちまう。自分の住む国が良くなる未来、新しい君主が良い国を造ってくれるという期待……それは誰しもが少しは願っていることだろうからな。本物のフェグリナが清廉潔白な人物で、民からの人望も熱かったいう事実も一役買っているんだろう」


「確かに姉様を慕う人は多かった。そして父上は良くも悪くも厳しい人物で、城内には反感を持つ者も少なくなかった。八咫鏡とやらで姉様に成りすまし、エロースの能力で姉様を慕う兵たちを味方につけ、十年前のあの日に父上を殺したのだな!」


「錯覚の能力ですか、外部からは国民の意識が支配されているとは分かりにくいですし、それに希望的観測を極大化させるというところがミソですね。弱者は得てして強者にすがってしまうもの……そしてフェグリナは善人で人気があったという事実もありますから、あれだけの圧政の中でも皆一縷の望みを抱いて、王に縋ってしまう。好き勝手に振舞いながらも”信心”まで集められるとんでもない能力ですね。そして定期的に各地で行っていた行幸……あれには国民の参列が義務付けられていましたが、今思えば能力のかけ直しの為なのでしょう。きっと能力の効果は無限には続かないのです」



 無論、スラの分析はラヴィア以外の者には聞こえていない。

 マグナが体勢を立て直す頃、フェグリナは再び草薙剣を構えていた。


「ふふふふ、お褒めに与かり光栄ね。さて、貴方は私の能力を知ったことで迷う余地が生まれた……せいぜい惑いなさい!」


 再び斬撃の刃がマグナに向かって飛んでいく。今度は高くも低くもない軌道だ。だが今見えているこれは、本物の斬撃なのだろうか?


(能力で錯覚して見えているのか?それとも馬鹿正直に放っているだけか?くそ、見ただけじゃ分からん!それにこうして迷っていること自体がやつの術中……)


(どうするつもりだ、マグナ?)


 ツィシェンドが不安げな眼差しをマグナに向ける。


 斬撃が届くより幾許か早く、マグナは金属化した右腕を天井に向けて挙げると、鎖を射出した。尖頭器の付いた鎖は勢いよく天井に突き刺さる。そして鎖を収納し、その勢いで一気に天井まで上昇した。


 直後に轟音が鳴り、王の間の壁が盛大に崩れる。結局、どのような軌道で斬撃を放っていたかは分からない。だがマグナは確かに斬撃の回避に成功した。


「マグナさん!良かった……」

 ラヴィアが安堵する。


「まあ、攻撃は当たらなければ意味がありませんからね。そもそも放つはずがない方向に向かって飛ぶというのは概ね正解でしょう」

 スラが冷静に分析する。



 天井に張り付いたマグナは、眼下のフェグリナに狙いを定めている。

 彼は天井に突き刺さった鎖を取り外すとともに天井を蹴り、勢いよくフェグリナに向かって落下を始めた。着地する瞬間に金属化した右腕を思い切り振るって殴りつける。しかし、床を割る手応えだけが感じられ、視界にも砕ける石床しか映らなかった。


 直後、背中に再び衝撃を受けた。


 フェグリナはマグナの背後から斬撃を放っていた。いつの間にか狙った位置から移動していた……いや違う!始めからフェグリナはその場所にいて、自分が見当違いな位置を攻撃していただけだったのだ。


「ぐっ……!」


 強烈な斬撃を受けてマグナは膝を付く。

 全身を鎧化していてもこの威力、生身では一撃も耐えられないだろう。


「ふふふ、天井にへばり付いている状態なら、急転直下で攻撃できる位置に敵がいたら楽だものね。だから、貴方は心のどこかでそのように願った」


 フェグリナが得意げに笑う。

 ツィシェンドの顔に焦りの色が浮かぶ。


(厄介な能力だ。攻撃も、奴自身の位置も、見えているものが本当とは限らない……どうすれば奴に攻撃が届く?)



 心配するツィシェンドの心を読んだかのように、マグナが立ち上がり呟く。

「奴は本当はどこにいるのか?攻撃はどのようにくるのか?考えるだけ無駄だな、こうして迷わせて精神的に疲弊させていくのも、奴の戦略なんだろう……おそらく正確な位置はどうあれ、本物はこの王の間のどこかにいるはずだ」


「へえ?」


「今更ながら得心がいったが、お前がアースガルズ市内でやっていたような行幸……あれは能力を定期的にかけ直す為のものなんだろう。能力の持続時間は長期間に及ぶが有限、錯覚に気づけてしまえば即解ける、そしてそれなりに接近した相手にしか掛けられないんだろう」


 眼前のフェグリナは、黙ってマグナの話を聞いている。

 彼女が本物か幻影かは知る由も無い。


「お前はこの部屋の中にいる、それは間違いないだろう。そしてぐだぐだ考えていても、すべてお前の術中だ。だから迷うことは……止めだ」


「なら、どうするの?」


「こうする……!」


 マグナはツィシェンドに目配せをする。

 ツィシェンドは彼が自分に何を伝えたいのか、何となく察せられた気がして、フリーレを抱えて部屋からの退避を始めた。それを見ていたスラも素早くラヴィアを抱えると、王の間から飛び出した。


 マグナは両腕を高く突き上げる。両の拳が腕の中に収納されていく。直後、空洞となった腕先から何本もの鎖が勢いよく飛び出した。両腕合わせて十本以上はあるだろうか。射出された鎖は、それぞれが独自に回転を始め、王の間の壁を、床を、ひたすらに引き裂き続けた。


(なるほど、位置が分からないなら、空間全体への攻撃ということですね)

 退避しながら、スラは分析した。


 尖頭器の付いた鎖が石床を砕く音、石壁を引っ搔く音、執務机や調度品を破壊する音が響く中で、金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。

 壁際の階段付近。マグナとフェグリナが先ほどまで交戦していた、王の間に入ってすぐのスペースからは少し離れた位置。


 マグナは上手い具合に鎖の回転をコントロールし、鎖同士はほとんどぶつからないようにしていた。それにも関わらず、階段付近で金属同士がぶつかり合う音が、連続して何回も聞こえた。


 その音が何であるかを理解したマグナは、すぐさま鎖を収納して拳を戻すと、全速力でその場所へと駆け出した。


 いつの間にか入り口付近のフェグリナの姿は消えていて、階段付近にフェグリナの姿が現れていた。


 錯覚が解けたのだ。

 気付けたのは金属同士がぶつかり合う音――鎖から身を守るため剣で弾いた音が、マグナに彼女の位置を知らせていた。


「ふふふ、小賢しいわねぇ、このゴミ虫が……!」


「ごきげんよう、女王陛下。ようやくお前と触れ合えるぜ!」


 マグナの拳がフェグリナの胴に突き刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る