第21話 幻影の城

「なるほど、あの男はツィシェンド・ラグナル。フェグリナ・ラグナルの実弟。処刑されたと聞いていましたが、実際は魔人研究施設に送られて生き延びていたのですね」


 スラとラヴィアは、マグナ達と幾ばくか距離を取って、ゆっくりと彼らの後ろを付いていく。二人は手を繋ぎ、ヘルメースの能力で音と姿を消している。


「あのスラさん、マグナさんと合流はしないのですか?」


「今現在、我々の所在はマグナさんにも敵にも知られていません。通路で立ちはだかった者たちは残らず始末しましたし、誰も私たちがどこにいるのかを把握していません。これはとても大きな武器なのですよ。私のヘルメースの能力は、言ってしまえばごまかすだけの能力ですからね。それに私はマグナさんに貴方のことを任されています。姿を消して敵に存在を気取けどられなければ、貴方を守ることも、場合によっては彼の助太刀をする上でも役に立つことでしょう」


「そ、それもそうですね……」


「そして私はあのツィシェンドという男をまだ信用してはいません。まあ嘘を吐いていたり、何か後ろ暗い企みがあるようには見えませんがね。それでも彼にヘルメースの能力を早期に知らせる利点は乏しいでしょう。それに、フェグリナに姿を消す能力者がいることを知られるのもよろしくない。もし驚異的な攻撃力の持ち主で、私の能力で何人も伏兵が潜んでいることを警戒して、周辺をやたらめったら攻撃してくるようなことがあったら?(実際には直接触れている対象しか姿を消せないというのに)そうなれば、いよいよ貴方を守ることも難しくなってくるでしょう」


 スラの冷静な判断にラヴィアは得心がいったような顔をする。


「それに私の助太刀など無くても、マグナさんなら一人で何とかしてしまえるのでは?私はそう感じています」


 王の間を目指し悠然と進む正義の神に、スラ・アクィナスは信頼の眼差しを向けている。


 ◇


 フリーレはヴァルハラ城の中央尖塔に入ると、辺りを見回す。

 兵士が大勢待ち構えていることも想定していたが、塔の中にラグナレーク兵の姿はなかった。


 中央には荘厳な装飾が施された噴水が設置されており、いくつかの丸テーブルと椅子が備え付けられている。噴水の音以外は何も聞こえない静謐せいひつな空間だった。壁際には螺旋階段の登り口があり、おそらくそこを登っていけば、国王の執務室兼居室――通称”王の間”と呼ばれる部屋へと到達するのだろう。


 フリーレは気が付いた。

 噴水近くの丸テーブルに誰かが座っている。少し緑がかった白髪の美しい女性だ。テーブルの上には茶器とボンボニエールのような菓子入れが置かれており、彼女は優雅に紅茶を嗜んでいた。


 フリーレはその女性の元に歩み寄ると、グングニールの刃を女性の頭に突きつける。


「お前がフェグリナか?」


 女性はティーカップを傾けながらフリーレを一瞥もせず泰然としている。そのまま振り向くこともなく、声が聞えてきた。


「ええ、その通りよ。私がラグナレーク王国第十三代目国王、フェグリナ・ラグナル。お逢いできて光栄でしょう?」


「そうか、お前がフェグリナか。私の仲間を解放する為……そしてこの国の人々を解放する為にもお前には死んでもらおう」


 フリーレはグングニールを高く振りかざす。

 一方、フェグリナは相変わらず身動き一つせず涼しい顔のままだ。


 いくら何でも隙だらけだった。この距離から槍を振り下ろせば、躱すことはできまい。

 命の危機が迫っているはずの敵がまったく戦闘態勢をとらないことに、フリーレは言いようのない不気味さを感じていた。


 (おかしいぞ、何か秘策でもあるのか、自分の力に絶対の自信でもあるのか。いやそれでも、こちらを一瞥もしないのは不自然だ。そこまで動かないことにこだわる理由が分からん。こいつ、”動かない”のではなく、”動けない”んじゃないか……?)


 フリーレは実に勘良く、思い至っていた。

 だが、既に遅かった。




 フリーレの背後に何者かが立っていた。

 剣を彼女の脇腹に深く突き刺している。おびただしく血が滴り落ちる。


 (馬鹿な、いつの間に後ろに……こんな静かな場所で気づけないわけがない……!)


 フリーレはさらに驚愕する。

 目の前に座って紅茶を飲んでいた女性……それはティーカップを持たせただけの人形だった。


 (ふざけるな、気づけないわけがないだろう。ただの人形を生きた人間と見間違えるはずがない。しかし先ほどまで眼前にいた女は確かに生きた人間だったはずだ、何故だ……)


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 背後の女性が不気味に笑う。


 その女性も人形と同じく少し緑がかった白色の髪をしていた。

 フリーレの脇腹から剣を引き抜く。フリーレは力なく床に倒れた。


「ふふふ、あなたやるわね。意識まで追い付いていたかは定かではないけれど、刺される直前に体が回避行動を取りかけていた。心臓を狙ったつもりだったのに、脇腹に刺さるんだもの。まあ危機的状況には変わりないわね」


 フリーレは苦悶の表情を浮かべながら剣を携えた女性を見る。先ほどまでテーブルで紅茶を飲んでいた女性とは、髪の色こそ同じだがどこか顔立ちが違っていた。

 そして人形の方を見る。髪の色こそ本人の色と合わせてあるのだろうが、その人形の造作は生きた人間のそれには程遠く、やはり見間違いなど起きるはずもなかったとフリーレは思った。


 先ほどまで自分が見ていた女性は何だったのか。

 自分の脳内で生み出された幻影だったのだろうか。


「人形と生きた人間を見間違えるはずがないって困惑している顔ね。でも仕方のないことよ、だってそういう能力なんですもの。あなたには何の罪もないわ」


 女性はグングニールを奪い取ると、フリーレをロープで縛り始める。


「ふふふふふふふ、路線変更。さっさと殺して終わらせようかと思っていたけど、即死を回避してくれたんですもの。なら、じわじわ殺していく方向でいきましょう」


 女性はロープを引っ張り、フリーレを引きづるようにして螺旋階段を登り始めた。

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