第22話 対峙
中央尖塔内の螺旋階段を登った先、王の間にフェグリナとフリーレの姿がある。
フリーレは両手両脚を縛られ、腹部から流血したまま石床の上に横たわっている。フェグリナは床に転がる彼女を見下している。
「ふふふ、ならず者風情が私の居城に侵入し、あまつさえこの私の視界に入り、手を煩わせるなんて。なんという不敬!なんという身の程知らずでしょう!」
フェグリナはフリーレを踏みつける。
彼女は何も答えずじっとしている。
「あなたを殺すことなんてたやすいことだけど、それだけではいけません。その魂に加虐し、身の程をわきまえさせ、来世では身の丈にあった存在となれるように、この私が直々に引導を渡してあげましょう」
フェグリナは一旦脚をどけると、脚を大きく引いてから思い切り蹴りつける。フリーレは呻き声を上げながら吹き飛んだ。
「最近流行りの球戯、フットボールだったかしらね?あのエクササイズにはちょうどいいかもしれないわね。ふふふふふふふふふふふ……」
フェグリナによる虐待は十数分は続いた。彼女は一切の手加減なく、執拗にフリーレを蹴り続けた。負傷している脇腹も何度か蹴り上げていた。
フリーレは衰弱していた。だが決して取り乱さなかった。
やがてフェグリナの加虐の脚が止まる。
「あなたつまらないわねぇ。普段なら大の大人でも子供みたいに泣き喚いて、無様に許しを請い、命乞いをしているのに」
「……命乞いか。生憎だがそのような文化は持ち合わせていない」
ここまで頑なに口を閉ざしていたフリーレがようやく口を開いた。
「私の生きてきた荒野は弱い存在は死んで当たり前、そんな世界だった。野を生くる獣と同じ、強きが弱きを喰らう、それだけだ。今まで私はならず者として、他者の金品を、場合によっては命すらも奪って生きてきた。生まれた時から荒野に居たからこんな生き方は当然のことだと思っていたが、やがて人間の都市では人間特有の社会があり、必ずしも徹頭徹尾に獣社会と同じ
そして彼女は揺るがぬ瞳で言葉を続ける。
「だが、私は今まで獣の理で生きてきた。ならばそれを最後まで貫徹するまでだ。それが道理というものだろう?私が人間として生きてきたならば命乞いもしたかもしれないが、私は強きが弱きを喰らうという野生の条理の中で生きてきた……そして私は敗れ、もはや生殺与奪の権はお前が握っている。命乞いなどするまいよ、潔く死を受け入れてやろう」
フリーレは覚悟の決まった綺麗な瞳をしている。
彼女の眼差し、弁舌が勘に触ったのか、フェグリナの額に青筋が立ち始める。
「つまり何?敗者のあなたを殺そうとするこの私も、野を生きるけだものと同じ理で動いているとでも言いたいの?」
「何か違うのか?”暴君”、フェグリナ・ラグナルよ」
フェグリナはフリーレの負傷した腹部を蹴りつける。
「そう、わかったわ。もうお遊びの虐待はここまで。あなたの言う理を否定してあげる。いいえ、否定させてみせる。意地でもあなたの口から、命乞いをさせる。そうねぇ、まず眼球を抉りだしてあげる。そして腹を捌いて、
フェグリナは執務机の方まで歩くと、何やら手に提げてフリーレの元へと戻って来る。それは黒い鞘に納められた刀剣だった。
剣を引き抜き、鞘は後方に放り捨てた。カランッと冷たい音が部屋に響く。カツカツと靴音を立てながら、横たわるフリーレににじり寄る。
「ふふふふふふふふふふふふ」
(……)
自分は獣として生きてきた。殺す時は躊躇なく殺し、殺される時は躊躇なく殺されるつもりだった。
死が間近に迫って来たことを如実に肌で感じた時、フリーレは思わず眼を閉じた。頭の中には、助け出すべき仲間たち……そしてある男の姿が浮かんだ。
(何をしている……早く来い!マグナ……!)
フェグリナがフリーレの体を引き起こそうとしたその時、何かが飛んできた。
――鎖だ。
先端に矢じりのような尖頭器のついた長い鎖。
王の間の入口辺りから射出されたそれは、すぐさま回避行動を取ったフェグリナの頬をかすめて、奥の石壁に突き刺さった。
「Hold Up!そして、すぐにその剣を床に向けて落としな……」
フェグリナは入口に目を向ける。二人の男の姿がある。
「……さもなくば……」
一人は自分によく似た少し緑がかった白色の髪の男。もう一人は――
「……正義の神も、お痛が過ぎることになるぜ」
栗毛色の逆立った髪をした、どこか怜悧な眼差しをした男だった。右腕は黒色の金属に変貌しており、鎖はそこから射出されていた。
正義の神、マグナ・カルタが暴君フェグリナとの対峙を果たした。
目の前に居る男が正義の神である、それを理解したフェグリナは妖しく笑うと、大人しく両腕を上げて手にした刀を石床に向けて落とした。
「いいわ、返してあげる!」
フェグリナはそのまま、足元のフリーレを渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
フリーレの体がマグナ達の方に向けて吹き飛び、彼は鎖を戻すと、ツィシェンドと共に彼女の元へと駆け寄った。フリーレの外傷はひどいものだった。腹の傷が開いているのかおびただしく血が流れ、全身のところどころが腫れている。
既に気を失っているフリーレを抱えながら、マグナは眼前の暴君に視線を向ける。
「この女がフェグリナ・ラグナルか――ツィシェンド、お前はかつて心優しく誰からも慕われていた姉だったと話していたが、今目の前にいるこいつは残念ながらそんな名残が一切感じられない。まるで深い谷底の、底知れない闇を覗いているかのような、身の毛もよだつ肌寒さを感じさせる」
「ああマグナ、俺もお前と同じ意見だ」
ツィシェンドはその位置のまま剣を抜き、フェグリナに向けて突きつける。
「…………誰だ、貴様?」
フェグリナは何も答えない。
「誰だと聞いている!」
フェグリナはやがて嘆息すると、その姿が突如ぐにゃぐにゃと歪み始めた。二人は驚愕する。長い黒髪の不気味な笑みを浮かべた女性の姿が現れた。
見てくれは美人と言えるが雰囲気が非常に薄気味悪い。長い黒髪は顔の半分を覆い隠してしまっている。服装も白を基調としたドレスから、
「貴様は誰だ?名を名乗れ!」
「そんな問答に意味なんてあるのかしら?本物のフェグリナ・ラグナルは十年前にとっくに死んでいて、今では私が名実ともにラグナレーク王国第十三代目国王、フェグリナ・ラグナルとして君臨している――お前は誰だと聞かれても、私がフェグリナだと答える以外にないわねぇ」
「ふざけるなよっ!貴様!」
ツィシェンドは翼を出現させ、はためかせる。
「貴様如きが、姉様の名を騙るなぁ!」
彼は剣を手に、フェグリナに向かって飛び掛かる。
しかしそれより早く、フェグリナは床に落としていた剣を拾い上げると、その勢いのまま回転。剣を抜いて斬撃を飛ばし、向かい来るツィシェンドを撃墜した。
「ふふふ、これは三種の神器の一つ、”
マグナは負傷したツィシェンドの元へと駆け寄る。
「ツィシェンド、お前が戦う必要はねえぜ」
「マグナ、こんな状況だが俺は……俺は今、ひどく安心しているんだ」
ツィシェンドの目から涙が零れ落ちる。
「姉様じゃなかった。よかった、姉様じゃあなかったんだ……あの心優しいフェグリナ姉様が悪逆非道な行いをするはずがないと、ずっとそう信じてきたんだ。その通りだった、本当にその通りだった。姉様はやっぱり最後まで心優しく可憐で……乱心などしていなかったんだ」
ツィシェンドは涙を流しながら言葉を紡ぎ続ける。
彼の想いをマグナは黙って聞いている。
「マグナ、いや”正義の神”よ!このままではラグナレーク王国はダメになってしまう……滅亡してしまうだろう。あの姉様の名を騙る不届き者は、この国の行く末など何も考えてはいない。奴は取り除かれなくてはならない!頼む、助けてくれ……」
ツィシェンドは力を込めて、想いを込めて、叫んだ。
「この国を救ってくれ!正義の神よ!」
「……任せな」
マグナの姿が漆黒の鎧に変わった。
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