第143話 ヴェネストリア解放戦②

 一同は調理場から食堂内の座席が並べられている場所に居所を移した。傍らでハルファスとマルファスがカレーに舌鼓を打っている中、ストラスはうろちょろする皇帝の前にひざまずいている。


「おのれラグナレーク王国め!いつの間に!まさかあの険しい山脈を抜けて、直接ヴェネストリア州に乗り込んで来るとはな!」


 皇帝は歯噛みしている。そして顎を撫でつつ疑問を口にする。


「しかしウァラクがあちら側に潜入調査していたはずだが、何故ラグナレーク側が襲撃準備をしている旨の連絡がなかった?様子を尋ねた時も、復興作業に従事しているのみでとくに怪しい動きはないの一点張りだったが」

「それについては、大変申し上げにくいことではございますが……」


 ストラスは言いにくそうに言葉を続ける。


「進軍するラグナレーク兵の中にウァラクの姿を見たと偵察兵から報告がありました。加えてエリゴスも共にいたとのことです」

「……まさかウァラクめ、裏切ったのか?」


 皇帝は右手をこめかみに当てると遠隔思念を飛ばし始める。宛先は勿論ウァラクだ。皇帝は目を閉じてしばし黙っていたが、やがて口を開いた。


「…………駄目だ、応答がないな。意図的に無視されている。仕方ない、ビフロンスの方に確認しよう」


 そう言って皇帝は思念の宛先を、今度はウァラクが所属する第16師団”暗躍部隊”師団長のビフロンスへと変更した。しばらく待った後、非常に不気味な声が頭の中に響いて来る。


【ゲヒッゲヒッ、これはこれはリドルディフィード様。突然のご連絡、いかがしましたでしょう?】

【ビフロンスよ、今現在ヴェネストリア州がラグナレーク王国軍に侵入されている状況なのだが、その中にウァラクの姿を見た者がいるそうだ。何か知っていないか?】

【ゲヒゲヒ、それは由々しき事態でございますネ。いやはやなんとも、何と申し上げてよいやら。どうも我々は気ままな者が多く、主様にもご迷惑おかけすること甚だしい。ウァラクについては何にも存じておりません。彼女が勝手気ままに行動しているのでしょう。いつものことと言えばそれまでですが、折がありましたらウァラクにもきつく言っておきます。どうかご容赦くださいますようお願い申し上げます、ゲヒゲヒ】


 ビフロンスは何とも不快な声音で、だらだらと話す性分のようであった。


【そうか、お前は事情を知らないか。分かった、ウァラクの処分は追って検討する。暗躍部隊については今一度部隊内の統率を意識した方がよさそうだな。お前も肝に銘じておけ】

【勿論でございます、リドルディフィード様。今後このような事態が発生しないよう、規律を持った部隊行動を意識して参りたいと思います、ゲヒッゲヒッ】

【期待しているぞ。ではな、失礼する】


 皇帝は通話を終了すると、改めて眼前のストラスに向き直る。


「ビフロンスは何も知らないようだ。おそらくウァラクの独断行動であろうな」

「おのれウァラク……!主様に反旗を翻すとは!」


 ストラスが険しい顔で怒りを露わにしている。普段は落ち着いた老紳士然としている彼には珍しいことであった。そこからしばらく沈黙が通り過ぎたが、それを打ち破る声が足音と共に近づいて来る。



【オ話ハ聞カセテ頂キマシタ、リドルディフィード様】


 二足歩行の巨大な蜂とも蟻ともつかぬ出で立ち。第1師団”近衛部隊”、師団長のバエルが食堂に姿を現していた。


「バエルか」

【偉大ナル主様ニ歯向カウトハ……!事情ハドウアレ私ニハ許セマセヌ!】


 バエルはストラス同様に皇帝の前に跪くと言葉を続ける。


【リドルディフィード様、私ニゴ命令クダサイ。裏切リ者ノウァラク、エリゴスヲ速ヤカニ始末シテ参リマショウ。ツイデニ、ラグナレークノ兵ドモモ皆殺シニ致シマス。主様ノオ手ヲ煩ワセルコトハナニモアリマセン。ドウカ私ニゴ命令ヲ!】


 皇帝はしばし考えた風であった。やがて彼らから少し離れて、食堂の座席の一つに腰を掛けると口を開いた。


「……いや、このままでいい」

【ッ!何故デス!?】


 納得のいかなさそうなバエルの声色。ストラスも神妙な面持ちで皇帝を見上げている。


「エリゴスはそもそも俺が見限っているからな、敵に寝返っていても不思議ではない。女騎士は敗北して捕縛されるところまで含めて様式美だからな、とくに始末を考えたこともなかった。オーク側に寝返る展開もよくあることだから、今更どうしようとも思わん」


 またしても皇帝の言葉に聞き慣れぬ単語が現れたが、もはや慣れている二人はとくに意に介さない。


「そしてウァラクについても、そもそも俺が暗躍部隊を気ままな連中の多い部隊として作ってしまったことが原因だからな。裏の仕事に従事する存在は掴みどころがない性格の方が魅力的だと思ったが、むしろ敵に近づくことの多い部隊だからこそ忠誠心を厚くするべきであったか。まあ過ぎたことはいい、何より俺は今のこの状況を悪くないと思っている」

【悪クナイトハ?】

「バエル、それにストラスよ。俺はお前たちの忠誠心の厚さを頼もしく思っている。だが七十二体も将軍級コマンダーがいるのだ、色々な奴がいた方が面白いと思い、俺はそのように魔軍レメゲトンを作った。今回はそれによって生じた、言ってしまえば起こるべくして起こったことなのだ。それに一人や二人寝返っている状況の方がかえって面白いではないか」


 バエルはしばし押し黙った後、【私ニハ主様ノオッシャイマス、面白イトイウ言葉ノ意味ガ分カリカネマス】と何やら不服そうに言った。


「バエル、ストラス、よく覚えておけ。俺は結果だけを求めてはいない。なにしろ俺はゲーマーなのだからな。いきなりエンディングだけ見せられても感動も何もない。そこに至るまでの涙有り笑い有り驚き有りのめくるめく冒険活劇、悲喜こもごもの愛憎模様、そういった過程もまた重要なのだ。その観点で見た場合、この状況はむしろ思わしくすらある」

【……シカシ、私ニオ任セクダサレバ、裏切リ者モラグナレーク兵モ速ヤカニ確実ニ始末シテゴ覧ニイレマス。敢エテ確実ナ手段ヲ回避サレルノハ何故ナニユエデショウ?】

「バエルよ、ここでお前を動かすことは、例えばそうだな……ムドーを倒したいが為にドランゴを仲間にするようなものなのだ」


 説得に敢えて相手の理解できない単語を乱用する皇帝。これもいつものこと。聞き手である二人は、理解の及ばぬ単語から、理解しようと努めるしかない。


「あの序盤で転職もままならぬ時期にドランゴを仲間にできるなら、強敵ムドーもたやすく撃破できるだろう。だがそれのどこが面白い?あの少ない戦力で、必死に炎の爪やらゲントの杖やらを駆使して辛くも勝利するから楽しいのであろうが!なによりバエルよ、お前は近衛部隊だ。もしもの時の為に城に控えておくのがお前の仕事だ。現状とくに動く必要はない」

【……承知致シマシタ】


 バエルもストラスも皇帝の意思を完全には汲めていない。しかし皇帝も元よりそこまで求めていなかった。納得できないながらも従ってくれる配下に、彼は感謝すらしていた。


「すまないが分かってほしい。俺は楽しみを台無しにするくらいなら本気なぞ出さん。そう、妖星乱舞第四楽章を最後まで聞くためにケフカとだらだら戦うように、これはゲーマーあるあるなのだ、分かってくれ。何より俺は此度の戦を捨てているわけではない。ヴェネストリア州を支配しているのはあの部隊だぞ?」

「……深淵部隊でございますね。屈指の完成度を誇る、主様のお気に入りの部隊だとか」


 ストラスが相槌を打つ。


「当然だ!気に入るとも!ブネ、フォルネウス、アロケル、アミー……分かる者には分かるこのラインナップ!ソロモン七十二柱をモチーフに軍団を作ると決めた時から、この編成はやるつもりでいた。とても浪漫ロマン溢るる編成だ。フハハ、どうしてもこうしてしまうのは、ゲーマーのサガと言ってよいだろうな!」


 皇帝はとても楽し気な表情で笑っている。深淵部隊とやらへの思い入れがこの様子からも伺い知れる。


「近衛部隊には及ばぬが、実力も折り紙付きだ。ラグナレーク兵どもは自ら死にに来たも同然だろう。奴らが下した先遣部隊とは比較にならぬ相手なのだからな。だが油断しては勝てる戦も勝てなくなるだろう。俺はこの戦を楽しむつもりだが、無論勝つつもりでいる」


 リドルディフィードは座席から立ち上がる。そして眼前に跪くストラスに命令を下す。


「ストラスよ、これから偵察部隊は全面的に深淵部隊と連携せよ。ヴェネストリア州でのラグナレーク側の動きを調べて逐一情報連携し、勝利を確実なものにするのだ!」

「承知致しました……!」


 ストラスは穏やかに、力強く言葉を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る