第107話 太古の世界で①
何が起きたかは把握できていない。ただ自分がどことも知れぬ場所に迷い込んだことだけは理解できた。
(みんなはどうした?ここはどこだ?どうなっている!)
周囲を見渡しながら歩き回る。程なくしてリピアーと合流することができたので、マグナはほっと胸を撫で下ろした。不測の事態に天蓋孤独という最悪の状況だけは避けられたようだった。
「リピアー、無事か?」
「ええ、貴方は?」
「俺も大丈夫だ。しかし、ここはどこなんだ?俺たちはどうなっている?」
周囲の地形は明らかに変化していた。遠くからさらさらと水が流れる音が聞こえてくる。自動車で廃屋を目指して走っていた時は近くに水場など無かったはずだが。
二人は思案気に周囲を見回していたが、いつまでもそうしていたところで事態が好転するはずもなかった。
「……とにかく、マルローたちもどこかにいるかもしれない。捜しに行ってみないか」
「そうね、このままこうしていたところで埒が明かなさそうだわ。行きましょう」
◇
周囲の散策を続ける。視界に入るのは驚愕に値するものばかりであった。
人の腕くらいはありそうな巨大な
河べりに差し掛かり河伝いに歩く。泳ぐ魚たちも見慣れぬ不気味な姿だった。
既に充分すぎるほどに驚いていたのだが、森林を抜けた先では更に信じられないものが姿を現した。土気色の荒々しい鱗に鋭く尖った牙と爪。陽光に照らされながら地を踏む威厳のある姿。
そこにはおよそ考古学の図鑑でしか見たことがないような、恐竜の姿があった。
「……!」
「……噓でしょ」
普段は冷静な二人も目を見開き、ただただ驚き呆れかえるばかりであった。
見つからないように森林へと引き返す。仮に襲われたところで負けることはないだろうが、それよりもぐちゃぐちゃになっている頭の中をとにかく整理したかった。
「……どうなってんだ?こりゃ」
「……どうやら私たちは太古の時代に迷い込んでしまったようね」
リピアーの発言に、マグナもやはりそうかといった顔つきをした。巨大な昆虫に爬虫類……何億年も昔の時代に自分たちは飛ばされたのであろうか?
「おそらくだけど、私たちの位置が移動したとかではないと思うの。私たちは未だ変わらずにあの山小屋の周辺にいるはず」
「つまり俺たちがいる場所の時間だけが逆行していると?」
「ここが過去の世界であることは間違いなさそうね。見たでしょう?あの恐竜を」
「本当に、太古の昔にはあんな生物がいたんだな……」
生きている恐竜を目の当たりにする、その手の愛好家や金持ちなら大枚をはたいてでもしたい経験であろう。しかし今はそれどころではない。マルローたちと合流しなくてはならないし、為すべきことを放置していつまでもこの時代にいるわけにもいかないのだから。
けれども、どのような理屈でここに来たのかがまず分からなかった。帰る手段も検討がつかない。二人は途方に暮れるように河べりの岩に腰掛け、呆然と遠くの景色を眺めていた。
「こうして太古の世界に来ている以上、あの山小屋にレイザーが居て、ソイツが時間に関する能力を持っているのは間違いなさそうだな」
「そうね」
「けど、どうやって帰ったモンか」
「……いえ、なんとかなるかもしれないわよ」
リピアーの言葉を聞いて、マグナは彼女を見る。リピアーは黙って空の一点を指差していた。
そこには大きな鳥が飛翔する姿があった。種類は分からないが猛禽類のように見える。
「鳥が飛んでいるな」
「違和感を感じないかしら」
「?」
「あのテのれっきとした鳥類が誕生するのは恐竜の時代からずっと後のはずよ。鳥類は爬虫類から分化して進化してきた経緯があるそうだけれど、だとしたらあの鳥と恐竜が同じ時間軸にいるのはまったくそぐわないわ」
マグナもはっとしたような顔をする。
「要するに、時空がこんがらがっているってことか?」
「おそらく私たちの周囲の時間軸が複雑に絡み合っているのよ。すぐ近く同士でまったく異なる時間軸が幾重にも隣り合っている。さながら
リピアーは両腕で、紐がぐるぐると巻いて縄を編み上げているようなジェスチャーをする。
「状況は理解した。けどここからどうやって元の時間軸に戻る?とにかく歩き回ってみるしかないか?」
「いえ、時間は不可逆的なものよ。通常は逆行などしない。つまり、どんどん新しい時代に向かって進んでいけば、いずれは現代の時間軸へと収束するはず」
「……なるほど、じゃああの鳥がひとまず俺たちの
彼方の空を飛翔する鳥を見る。恐竜の時代にはいない鳥が飛んでいるということは、少なくともあの方角が現在位置よりも未来の時空ということなのだろう。
立ち上がり、お互いを見つめ、頷く。
二人は拭いくれない不安を抱えながらもひたすらに歩を進め始めた。
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