第2話 ハレイケル・デュローラ公爵
翌日、ヘキラル近郊の街トカヴァンのデュローラ別邸に関係者は集まっていた。クローヴィア男爵家当主アルバス・クローヴィア男爵と妻のソフィア・クローヴィア。
「
アルバスは力ない声で言葉を紡ぎ出した。夫婦ともども深く深く頭を下げる。ジャックは微動だにしない。
「これ、お前も頭を下げないか!」
アルバスが声を荒らげジャックを睨みつける。しかしジャックは余裕しゃくしゃくだ、顔色一つ変わりはしない。
「申し訳ありません、ハレイケル様。このジャックめ、今回の件について頑なに口を開こうとしませんでしてな。デュローラ家の前でなら全てを話す、そういって聞かないのです」
「うむ、そうか」
ハレイケルが落ち着いた声で言った。銀色の髪の絶え間から冷たい瞳がアルバスを見つめている。
「さあ、ジャック!すべてを話さぬか!」
「いや、その必要はない。私がすべてをお話ししよう」
ハレイケルが立ち上がりジャックに近づきつつ言った。
「今までご苦労だったなジャック、もうつまらん演技など無用だ」
「は?」
アルバスの声が裏返った。
「このジャックという男、三年前にクローヴィア家に庭師見習いとして入っただろう?彼はもともとデュローラ家の使用人だ。お前たちに提出された彼の経歴書は我々の手で偽装されている」
「なっ!?」
アルバスは驚愕した。ソフィアも理解が追い付かない顔をしている。
「つまり、今回のことは、ハレイケル様はご存じで?何故このような……」
「何故?そんなもの、お前たちの領地を体よく簒奪する大義名分と目障りな糞親父の死、その両方が欲しかったからだ。さらに言えば今回の対談、わざわざこちらがヘキラルまで赴く形にしたのも、今回の事件がクローヴィア家に都合がいい状況下だったと周りに思わせるためだ。自領内なら、殺害を偽装ないし隠蔽することはそれほど難しいことではない」
ハレイケルはアルバスを見下ろしながら言う。
「これからクローヴィア家の適当な人間をジャックに仕立てて処刑する。処刑理由は、デュローラ家当主アレイ・デュローラの命を奪いデュローラ家の衰退、ひいてはクローヴィア家の躍進を画策したため。クローヴィア家は国賊となる。国家秩序安寧の為にも我々デュローラ家はクローヴィア家を滅ぼし、ヘキラルの町は我が支配下に入るのだ」
「……ふざけるなっ!」
アルバスの首が勢いよく宙を飛んだ。ソフィアは呆けた目でそれを見ている。ハレイケルは青白い大剣を抜いていた。背負っていた奇妙な紋様が柄に刻まれた大剣。やがてソフィアの首も飛んだ。
◇
三日後、ラヴィアはひどく心配していた。両親が未だに戻らないことに。トカヴァンはヘキラルとそう離れていない、馬車で一日で着ける。帰ってくるのにこんなに時間がかかるはずがない。
(お父様、お母様、どうしているの?)
ラヴィアは屋敷の窓から夜の闇を見つめている。
やがて扉が開き、マリーがひどく慌てた様子で入ってきた。
「お嬢様!どうかお逃げ下さ……!」
後ろから思い切り殴られ、マリーは失神した。ガラの悪い大男が三人入ってきた。
「なあ、サス。このメイド、なかなか美人だと思わねえかい?」
「ああ、高く売れそうだな、ネイトよ」
「こちらのお嬢様はもっと高く売れるだろうなァ、可愛いし何よりここいらじゃ珍しい黒髪の異民族の血を引いている。夜の闇のように黒くて艶のある髪、売り飛ばす前にこのレスター様が味見をしようかなァ」
ラヴィアはレスターという大男に髪を引っ張られる。痛みで声を上げた。
「何ですか、あなた方は!?放してくださいっ!」
暴れに暴れてレスターから逃れた。急いで廊下に駆け出す。
(誰かっ、誰かいないの!?)
やがて廊下の突き当りで見知った顔が目に入った。執事のナゼールである。
「ナゼール!無事だったのですね。良かった……」
「ラヴィアお嬢様!ご無事だったのですね」
ナゼールは安心したような笑みを浮かべてラヴィアに向かう。ナゼールの手がラヴィアに触れる。
「本当に、本当に無事でよかった」
穏やかな声で語るナゼール。ラヴィアはやがて腕に違和感を覚えた。ラヴィアは驚愕した、ナゼールに腕を縛られていたのだ。
「……!これはどういうことですか、ナゼール!?」
「おやおや状況がわかりませんか、察しの悪い。そんな地頭ではやっぱり王立学院なんて夢のまた夢でしょうね」
三人の大男が追い付く。
「グルなんですよ、彼らと私はっ。ちなみに庭師のジャックもそうです。この男たちは私がこの屋敷へ招き入れました。彼らはブリスタル王国外の荒野に住んでいた野盗です。多くの野盗たちをハレイケル・デュローラ様が金で飼い慣らしていたのです」
「デュローラ!?」
ラヴィアの表情が固まる。
「ではアレイ・デュローラ様が殺されたというのも嘘……?」
「いえ、それは真実ですよ。アレイ様はもうこの世におりません。彼は野心に欠けていたし、なによりハレイケル様を認めていなかった。ハレイケル様の覇道においてこの上なく邪魔な存在だったのですよ」
「お父様お母様が戻らないのも、デュローラ公爵家のしわざなんですか?」
「お二人方とも既にハレイケル様が処分しています。もっとも世間には逆上して襲い掛かってきたアルバス夫妻をハレイケル様が対処したという、正当防衛として公表するつもりですけれども。あの場にいた人間は全員口裏を合わせてあります」
ラヴィアは信じられないといった目でナゼールを見ている。
「……一体何が目的なんですか?」
「ハレイケル様はデュローラ公爵家の家督を継いで当主となる。クローヴィア家は国賊となり、ヘキラルを中心としたクローヴィア領はデュローラ領に入る。クローヴィア領はかつて黒髪の異民族が入り込んだ歴史もあり、周辺地域では珍しい黒髪の人間達がいる。そいつらを中心に各地に売り飛ばし更なる財を成す。さらに軍備を増強させ、やがてハレイケル様はブリスタルの新たな王となるのです」
「……ふざけてる」
「ふふふ何とでも言えばいい。この世は金と力が全て、こんな没落貴族にどのみち未来なんてありませんよ」
ナゼールはさらにラヴィアの両足を縛り、口にも縄を噛ませた。レスターが下卑た笑みを浮かべながら彼に声をかける。
「なあなあ、このお嬢様、俺たちで味見してもいいかい?」
「いいえそれは許しません。傷物にしては売値が下がります。黒髪、美人、貴族、教養、処女……。ラヴィア・クローヴィアは間違いなくこのヘキラルで最も高く売れる人間でしょう」
「……ちっ、分かったよ」
「それでは略奪を続けましょうか。屋敷中の商品価値の有る家財と人間を外に運び出しなさい。終わったら屋敷に火を放ちます」
ナゼールが冷たい声で指示を出す。三人の大男が動き出した。ラヴィアを抱えてナゼールが歩き出す。ラヴィアの表情は恐怖に歪んでいた。
ヘキラルの町では公然と人狩りが行われていた。町のいたるところで炎が闇夜に立ち昇っている。
逃げ惑う人々を、馬を駆る男たちが追う。老人は即座に殺され、若い男女や子供は生け捕りにされている。縛られた人々は荷馬車の中に次々と放り込まれる。粗雑に、まるで積み荷のように扱われている。
マグナはその様子を見ながらどこか違和感を覚えていた。
(どういうことだ?人狩りに抵抗しているヘキラルの兵が妙に少なくないか?それにこれだけ大人数のならず者、いつこの町に入って来たんだ?)
マグナは一つの予感へと行きつく。
(まさか、あのならず者どもの一部が以前から兵士や住民として町に入り込んでいた……?誰かが手引きでもしていたのか?)
思えば二、三年ほど前から他所から越してくる人が多くなっていたように思う。治安が悪くなり、自分が誰かと諍いをする頻度が上がったのも同時期だ。
(妙に繋がるな……)
彼の予感が確信に変わるのは、馬に乗った一人の男が視界に飛び込んできた時だ。その男は行きつけの酒場でよく見かける顔だった。顔を見るようになったのも二年か三年ほど前。馬上の男は町人の男を思い切り殴りつけると後ろの兵士姿の男たちに投げ渡した。町人の男が縛られる。兵士たちの鎧にはデュローラの家紋が付いている。
「てめえっ」
マグナは馬上の男を睨みつけた。彼には何となく状況が理解できた。この町は侵略されているのだ。ならず者……ではなくデュローラ公爵家に。ならず者もデュローラ公爵家の息のかかった者たちだろう。今回の襲撃は前々から計画されていたものに違いない。
「よう誰かと思えば、正義のヒーロー、マグナ君じゃねーか」
馬上の男が不敵に笑う。
「一つ聞く、何故こんなことをする?」
「何故?はっはっはっ!俺から言わせれば、お前の方が理解できないね。二束三文の仕事を地道にこなし、自分にゃ関係のねえ他人のいざこざにも首を突っ込む。お前は何が楽しくて生きているんだ?」
「俺は願ってるんだよ。誰も虐げられない、助け合って生きられる世界を」
「はっはっはっ!そんなものはこの世のどこにも無え!人が他人を助けるのはそうした方が自分にも得がある場合だけさ。お前みたいな頭のおかしいやつは他にいないんだよっ!」
馬上の男がマグナを見つめる。
「世の中は力が全てだ。武力に財力、権力……。それが無い奴らは虐げられて当然なんだよ!なあマグナ、悪いことは言わねえ、お前もハレイケル様に付けよ。ハレイケル様はとても羽振りがいいぞ!」
(確か、アレイ・デュローラ公爵の息子の名前がハレイケルだったな……)
マグナは馬上の男を睨み返す。
「ふざけろ、誰がお前らの仲間になんざなるか!こんなことは今すぐ止めろ!」
「そうかい、残念だよ、じゃあ……」
馬がマグナに向かって突進する。彼はすんでのところでこれを回避した。
「あれま、まあお前はどうでもいい。まず狙うはラヴィア・クローヴィアだな、やっぱし」
(そうか、やってることが略奪や人さらいなら、一番狙われるのはクローヴィア邸だな)
馬が突進の勢いのままに走り去る。
マグナもまたクローヴィア邸に向けて走り出した。
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