God:Rebirth(ゴッドリバース)

荒月仰

序章 神が生まれた日

第1話 ラヴィア・クローヴィアとマグナ・カルタ

 ブリスタル王国の南方に位置する辺境の町――ヘキラルには一軒だけ周囲の平凡な町並みとは一線を画す豪華な屋敷がある。クローヴィア男爵家の邸宅である。その屋敷の一室から深夜にもかかわらず明かりが漏れている。


「もうかれこれ十時間以上か……」


 クローヴィア男爵家令嬢――ラヴィア・クローヴィアは眠い目をこすりながら独り言ちた。長い黒髪が乱れ、幾本か顔にだらしなくへばりついている。彼女は日がな一日中勉学に明け暮れていた。政治、歴史、経済、算術、地理学……。彼女は王立学院の合格を目指していた。貴族、それか抜きんでた才覚を持った者しか入れない名門学校に。それが没落貴族から再び伯爵家に戻る日を夢見る両親がラヴィアに課したものであった。


(疲れた……そして退屈……)


 もともと彼女の交友関係は無いに等しい。曲りなりに貴族であるが故に町民たちとは距離があり、年の近い友人もいない。クローヴィア家はその暮らしぶりにおいて、貴族のメンツを保つために税を高く徴収しており、町民からは疎まれていた。何より今の彼女には両親から固く言いつけられた学習義務があり、外出の自由は今まで以上に無い。


(あの人はどうしているかな……)


 ラヴィアには一人だけ気になる男がいた。




 ヘキラルの郊外に存在する一軒の小さな酒場。


 そこの扉が開いたかと思うと一人の背の高い男が入ってきた。黒いジャケットに栗毛色の逆立った髪。目元は鋭利でどこか冷徹な印象の男だ。


「よう、マグナじゃないか。いつものやつかい?」

「ああ……それでかまわない」


  酒場の店主が慣れた手つきで酒を用意する。安いエールがマグナの前に置かれた。


「腕、怪我しているな。また喧嘩でもしていたのかい」


「喧嘩じゃない。頭の悪そうな連中が寄ってたかって気の弱そうな商人にからんでいたんだ。お前から買った斧がすぐに壊れた、粗悪品を売りつけるとは不届きな奴だ、謝罪の意も込めて多めに返金しろ、それともこっちの斧の強度をお前の頭で試してみようか、と」


「裏通りの農具屋か?」  


「俺はそれを見て腹が立ってな、止めに入ったが聞かなくてな。こっちに手を出してこようとしたから懲らしめてやったんだ」


「それを喧嘩というんだろう」


「違うな、俺に人を殴る趣味はない。これは必要なことだからやったんだ。喧嘩ではなく制裁というべきだ」


 この男、マグナ・カルタは正義感の強い男だった。いや、より正確に言えば、無法者や悪人を憎む気持ちがひたすら強かった。幼少期、両親が強盗に惨殺された過去が、マグナの人格形成に大きく寄与していた。領主も大した手は打たず、強きが弱きをくじくこの町を彼は憂いていた。


「お前さんとこんな話をするのももう何度目か、いい加減自分の身を大切にしたらどうだ。いつか死んじまうぞ。俺も若いころは随分と無茶をしたもんだが、所帯を持ってからはそれじゃだめだと思ってな。思い直すようにしたもんさ」


 酒場の店主が高価そうな首飾りを撫でる。亡き妻が彼の誕生日に送ってくれたものだという。


「……まあ大丈夫さ、俺は独り身だからな。誰も、悲しまない」


 マグナは表情だけで笑った。




(あの人、名前は知らない。けれど何処か惹かれる男性だった。もう三年前かな、気晴らしに屋敷を抜け出して散歩していた時、あの人を見たんだ)


 ラヴィアは窓からヘキラルの夜景を見渡している。町の各所にある、か細い篝火の光だけが目に映る。


(喧嘩というよりは一方的ないたぶりだった。複数人で一人の男性を殴ったり蹴ったり、そこにあの人が割って入った。数の差もあって手こずっていたけど、最後は勝利した。傷だらけになりながらも諦めるようなことはしなかった。あんな人もいるんだと思った)


 ラヴィアは胸を押さえる。


(あの人に会ってみたいな)


 奇妙な感情があった。これが恋かはわからない。

 ラヴィアはまだ恋を知らない。籠の鳥。


「大変です、ラヴィアお嬢様!」


 扉が開き、ひどく慌てた様子のメイドが入ってきた。


「マリー、どうしたのです?」


「庭師のジャックが、ヘキラルにいらしていたデュローラ家の当主、アレイ・デュローラ様を殺害したのです!」


 ラヴィアの顔が凍り付く。


「デュローラ公爵家!?たしかお父様は明日アレイ様と領地の裁量権について対談があると、そうおっしゃていましたから、町にデュローラの者がいるのはおかしくはありません。けれども何故うちの使用人がアレイ様を狙うのです?」


「分かりません。そして、アルバス様からの伝言です」


「お父様から?」


「明日、デュローラ公爵の屋敷へソフィアと向かう。戻るまでラヴィアは外出厳禁、来客にも決して対応しないようにと」

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