第10話 ラグナレーク王国の現状

 マグナ達はミズガルズの街から王都アースガルズに向かう馬車に揺られている。距離が長い為、途中の村に寄りつつ一週間ほどの旅程となる。マグナとスラが胡坐あぐらをかいて座りながら、会話をしている。フリーレはうたた寝をしていて、ラヴィアは荷物の整理をしている。


「やはりフェグリナは神の力を持っているのか?」


「おそらく間違いないでしょう、どんな能力かは私にもわかりません。そして、彼女の能力を推測する上で、マグナさんにも知っておいてほしいことが」


「なんだ」


「まず、このラグナレーク王国ですが、はっきり言って常軌を逸した政治が行われています。十年前に先王フェルナードを彼の長女にあたるフェグリナが殺害、さらに母親や弟といった家族を含めた反対勢力を粛清、あっという間に王国の十三代目国王ラグナル十三世として君臨してしまいました。フェグリナは異様と言える数のシンパを率いており、何らかの驚異的な力をその時点で持っていたと考えられます」


 マグナは黙ってスラの話を聞き続ける。


「そしてフェグリナは王国議会の議員を選挙ではなく自身で選ぶ、教会地や貴族領を次々と寄進させるといったやり方で一気に中央集権化を進めました。六年前にはヴァルハラ城の増改築。さらには五年前、隣国の神聖ミハイル帝国領土に侵攻して戦争が勃発。翌年にはポルッカ公国とも交戦状態になりました。フェグリナは兵役をラグナレーク王国騎士団以外の市井しせいの者にも課し始め、それを免れるには巨額の税を納める必要がありました。一昨年にはそれに関係なく、すべての税が従来の三倍になりました。去年には戦死者多数の事実を鑑みて、ならず者や服役中の罪人を労役や兵役に回す政策が始まりました」


「とんでもねえな、政治と言えるのかそりゃ」


「マグナさん、国とは何のためにあるべきだと思いますか」


「国っていうのはまあ役割分担、共同作業の究極系だと俺は思う。自分一人じゃメシの用意だけで手一杯だ。色んな奴らが協力し合うことで大きなことを為すことができ、その上で真なる豊かさを得ることができる。そして協力して得られるものなのだから、その豊かさは分かち合わなければならない。民を振り回し、王だけが私腹を肥やすなんてあっちゃいけない」


「素晴らしい見解です、ですがフェグリナが進んでいる道はあまりに真逆。そして実に奇妙なことなのですが……彼女の政治に意を唱えるものは誰もいないのです」


「誰も……一人もか?」


「ええ、本当に一人も見かけないのですよ、フェグリナに明確な反意を持つ者をこのラグナレーク王国内で。私はマグナさんたちが来る一ヶ月前からこの国に潜入して、王都アースガルズ以外のラグナレーク各都市で調査をしていました。ミズガルズ以外にも、北西の二ヴルヘイム、北東のヨーツンヘイム、南東のムスペルヘイム、南西のヴァナヘイム。しかしどこの都市でもフェグリナへの反抗勢力を確認することはできませんでした。それどころか批判する人間を一人も見つけられない」


「反対勢力はすべて粛清され、王を批判することを禁じる法でもできたとか?」


「十年前の時点で大粛清はありましたが、それ以来反対派の粛清は一度も行われていないようです。そして王を批判してはいけないというような不敬罪の類は実は存在していないのです。王を批判したことで処罰されている光景も見たことがありません。皆自分の意思でフェグリナを支持している状況なのですよ」


「奇妙だな」


「ええ、実に。国民のすべてが反対勢力になっていてもおかしくない状況ですが、実際の現状は真逆。始めは人を洗脳する能力の類を疑いました。しかし、洗脳というにはいささか不自然。皆、批判という結論には至りませんが、王に対して持つ意見がばらばら、十人十色なんですよ。或る者はフェグリナは両親との折り合いが悪かったのであんな事件も仕方がないかもしれないと言い、また或る者は戦争に勝ち領土を広げることはいずれ国の為になるのだから今は我慢の時だと言い、また或る者は政治は金がかかるのだから税が上がるのも仕方がないいずれ国を富ませ我々の生活を豊かにしてくれるだろうとおっしゃいます」


「ばらばらだな」


「ばらばらです。彼らと話していて正気を失っているような様子もありませんでしたし、国民はどうも普通に暮らしているようなのです。もっとも戦時中で税も上がっているので、ほとんどの人は貧しい生活を余儀なくされています。それでも皆、王を支持し続けている。一つだけ確実に言えるのは、この状況は間違いなく神の御業みわざによるものだろうということです……」


 ラグナレークの女王、フェグリナは強大な神の力を持っている。スラの話を聞くことで、それが単なる推測ではない、現実味を帯びた話となった。




「しかしうらやましいもんだな、姿を消せるやつもいれば、人心を掌握して大国を牛耳ってしまうやつもいる。俺なんか体を金属化して殴るだけだぜ」


「ふふ、マグナさん、神の力はそれを扱う者の資質次第ですよ。貴方の心の有りよう、それ次第では様々なことができるようになるでしょう」


「心の有りようか……」


 その時、眠っていたフリーレが急に目を覚ました。


「どうした?」


「……来るぞ」


 フリーレがそう呟いた瞬間、轟音と共にマグナ達の乗っていた馬車は衝撃波に巻き込まれた。馬車は、御者や馬の肉体とともにばらばらになって大破した。

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