第55話 脱出劇
およそ正気とは思えない兵士の様子、その真相をラヴィアは即座に看破した。
(おそらくこの二人も記憶を操られているのでしょう。ミアネイラを守るべき存在、私を捕らえるべき悪しき存在として認識するように)
ミアネイラの能力が分かってから、ぐちゃぐちゃに混乱していた頭も枷が外れたように冴えてきた。
「この毒婦めが!観念しろ!」
「二度とこんな真似ができないように懲らしめてやる!」
「殺しちゃダメだからね、お前たち。まあ半殺しまでなら許可するけど」
二人の兵士の放つ殺気、威圧感で室内は
(大丈夫、全然絶体絶命じゃない。あのミアネイラって人は私をなめ切っている。それに二人の兵士も冷静さを欠き、我を忘れるほどの怒りに満ちている。あれじゃあスキだらけ……操るならもう少し上手くやればいいのに)
兵士たちがラヴィアを壁際へと追い詰めていく。ラヴィアはさも
「いやっ!止めてください!助けて!」
「こいつ、この期に及んで虫のいいことを言いおってからに!」
「自分が何をしたのか、忘れたわけではあるまいな!」
兵士たちは頭に血が上っており、そしてラヴィアを甘く見ていた。これでは、反吐に
ラヴィアは床にへたり込んだ体勢から即座に腰を浮かせると、低い姿勢を維持したまま、手を伸ばしてきた側の兵士の足を払った。完全に不意をつかれた兵士はバランスを崩して倒れる。もう一人の兵士が声を上げるが、ラヴィアは素早く立ち上がると兵士に体当たりの如くに突撃し、その隙だらけの
二人の兵士をあっという間に床に付けると、ラヴィアはすぐに駆け出して、弾けるように部屋から飛び出していった。
ミアネイラは呆気にとられた表情をしていた。そして周囲の使用人たちを鬱陶しそうに振りほどくと、裸足のままでラヴィアの後を追う。靴を脱がせ、足のマッサージをさせていたので完全に出遅れていた。廊下に出ると、ラヴィアは既に突き当りまで遠ざかっていた。
兵士二人の隙を突いて逃げおおせるなど、こんな小娘にできるとは微塵も思っていなかった。ミアネイラは苛立ちに顔を歪める。ラヴィアは脚を止めずに逃げ続ける。振り返った拍子にベッと舌を出すと、彼女は廊下を曲がってミアネイラの視界から消えてしまった。
「クソガキがぁ!」
廊下を走りながら考える。屋敷に自分を連れて来たのはおそらく逃げ出せないようにする為と、応援を呼べないようにする為だろう。街中ではどちらも容易にされる可能性がある、それを警戒してのことだったのだろう。
(まあ私をナメていましたし、油断しまくっていましたし、これでは何の意味もありませんね。せっかく慎重な策を取ったはずなのに、何をやっているんでしょうね)
階段を下りようとしたところ、複数の兵士が立ちはだかっていることに気付く。先ほどの二人以外にもいたのだ。しかしラヴィアはちっとも動揺しなかった。すぐ近くにあった壺を乗せた調度品台を持ち上げると、乱暴に窓ガラスに叩き付ける。そのまま二階から飛び降りて、屋敷外へと脱出する。門の入口近くにも兵士はいたが、ラヴィアは門には近づかず、噴水に登りそこから八艘跳びの如くに跳躍して鉄柵の高所にしがみつくと、そのまま柵を乗り越えていった。一分とかからずに、彼女は二階の客間から屋敷の敷地外へと抜け出すことに成功した。
去り往くラヴィアを、ミアネイラは二階の窓越しに見下ろしていた。額に青筋を浮かべている。
「ちぃっ!あれじゃ追っかけるのも面倒ね……もういい!グレーデンに捕まえさせよう。アリーア!聞こえる?グレーデンにラヴィア・クローヴィアが逃げたから捕まえとけって言っといて!」
がなるような声を虚空に上げて叫ぶのだった。
逃走中、ラヴィアは更に考える。そもそも自分は何故狙われたのだろうか?あの俗物の権化のような女は他人の記憶を読むことができるし、頭の中に用があると言っていた。きっと自分の記憶を読み取りたかったのだろう。しかし自分の記憶の中に、わざわざ狙われるような情報などあっただろうか?
これまでを振り返る。
お屋敷で窮屈な勉強三昧の日々を送り、住んでいた町が人狩りに遭い、見初めていた男が正義の神となり、共に旅をする為に彼のリュックサックに潜り込み、ならず者と波乱万丈の遭難生活をして、悪しき女王を討伐する為に王城へと潜入し……
(そういえば、あのフェグリナの偽者……私と同じような髪色でしたね)
大陸の西方で黒い髪はかなり珍しい。ミアネイラが調べていることがフェグリナの偽者についての情報であり、同じ髪色である自分に波及したというのは十分に考えられる話だった。
それに肝心の偽者は既にこの世にいないが、ある物が残されていることに思い至る。
(そういえばフェグリナの偽者が使っていた三種の神器……たしか今はヴァルハラ城の宝物庫に保管されているんでしたっけ。どれも希少性の高そうなものでしたし、もしかしたらそれ狙いだとか?)
ラヴィアの考えはあくまで推測の域を出ない。しかし他にもっともらしい目的を推察することもできず、結局彼女はとくに目的もなく動かし続けていた足をヴァルハラ城へと向かわせるのだった。
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