第54話 記憶の神ミアネイラ
突如現れた怪しげな女に同行を求められる。誰だって
「何ですか、貴女?いきなり付いてこいと言われましても」
「ああ?いいから付いてこいっつってんのよ」
女は乱暴に言うとずかずかと歩き出す。ここで知らんぷりして逃げてもよかったのだろうが、ラヴィアの胸中には拒否感とは別に好奇心が存在していた。この女は何者なのだろうか?何故自分を呼びつけているのか?ここで退散したところでこの疑問は晴れないだろう。それで枕を高くして寝られるだろうか。
ラヴィアはおずおずと女の後ろに付いて歩き出す。思えばラヴィアは慕っていたマグナの旅に付いて行きたいばかりにリュックサックに潜り込むような少女であった。以前から妙に度胸のあるところはあったし、それが連日の修行を通して増長しているかもしれなかった。
◇
二人は高台を降りてしばらく歩く。やがて周囲の景色は、
ラヴィアは金持ち区域に入ったなと思った。彼女は居住エリアに部屋を借りているし、勤めている店も修行している武道場も居住エリアにある。日頃から歩き回っているわけだから、このエリアの地理は大体把握していた。基本的に大通りに近い部分には商店が多く、エリアの奥地や河沿いはいわゆる庶民が多い(
二人はやがて一軒の屋敷の前で立ち止まった。周囲は鉄柵で囲われている。その内側には複数の噴水が備えられており、窪んだ石畳を清らかな水が満たしている。夜風の中でその水音はどこか幻想的であった。囲いの中央には石レンガ製の建物が待つ。階数は二階までしかないが、その面積は庶民の住居とは比較にならないほど大きかった。
「お帰りなさいませ、ミアネイラ様」
執事服を着た初老の男性が門を開けて出迎える。ミアネイラと呼ばれた怪しげな女は一切構うことなく屋敷へと向かっていく。ラヴィアもおずおずと敷地内に足を踏み入れた。
屋敷の中へと立ち入る。綺麗な絨毯と豪華なシャンデリアが目を引く、いかにもな金持ちの屋敷であった。ラヴィアは燃え落ちた自分のお屋敷を思い出していた。フェグリナの圧政の中にあっても、こんな屋敷が残っていたのだ。この女性はフェグリナと近しい間柄だったりしたのだろうか、とラヴィアは思った。
「ミアネイラさん……ですか?ここって貴女のお屋敷なのでしょうか」
「はあ?んなわけないじゃない」
ミアネイラは後ろを歩くラヴィアを一瞥もせずに言うのだった。ラヴィアは混乱した。この屋敷はこの女性のものではない?ならばここは誰の屋敷であり、この女性は何者なのか?第一、先ほど執事らしき男性が名を呼び、出迎えていたではないか。ラヴィアにはわけがわからなかった。
二階に上がると、ラヴィアは客間のような部屋に通される。広々とした部屋で高級そうなテーブルと椅子、暖炉や絵画が目を引く。ミアネイラがテーブルの片側の席に腰掛けると、座れと素っ気なく言ってきた。ラヴィアは言われるがままに対面の椅子に座った。
しばらく沈黙が続いた。ミアネイラはだるそうに頬杖をついている。ラヴィアは首をあまり動かさず、目ばかりキョロキョロと周囲を見回していた。
(ああ、一向に分からない。ここは誰のお屋敷なの?この
やがて扉がノックされる。ミアネイラが入れと乱暴に言った。部屋前には先ほどの執事姿の初老の男性、他にも執事姿の若い男性、そしてメイド服の若い女性が二人いた。初老の執事とメイドの一人は何かを乗せた盆を持っていた。
「ミアネイラ様、こちらフランチャイカ産最高級のシャンパンでございます」
初老の男性がグラスをミアネイラの前に置き、手慣れた手つきでシャンパンを注いだ。
「ミアネイラ様、こちらラグナレークでは珍しい南国産のライチの実でございます」
メイドの一人がシャンパンを注ぐ執事とは反対側に立ち、綺麗な陶製の器に盛られたライチの実を差し出した。
「ミアネイラ様、お体を
若い執事の男がミアネイラの背後に立つと、肩を揉み始めた。
「ミアネイラ様、
メイドのもう一人が丁寧に靴を脱がすと足をマッサージし始めた。
リラクゼーションを受けながら、ライチの実を摘まみ、シャンパンを傾けるとミアネイラは上機嫌そうな笑みを浮かべた。ラヴィアが驚いている間にも次から次へと人が入って来る。
「最高級の素材を最高級の職人が焼き上げた最高級のケーキでございます」
チョコレートでコーティングされた上等なケーキがテーブルに置かれる。
「最高級の画家がミアネイラ様を最高級の絵画に仕立てます」
身なりのいい男性がキャンバスを置いて絵を描き始める。
「最高級の音楽家が最高級の旋律をお届けいたします」
髭をたくわえたいかにも音楽家めいた男性がバイオリンを弾き始める。
「最高級の職人が最高級の皮で作り上げたカバン、贈り物でございます」
黒地の高価そうなカバンが
「最高級のイイ男でございます」
青いツナギを着た体格の良い男が背もたれに片腕を預けるように腰を掛け、悩ましい視線を向けつつ服のファスナーを下し始める。
ミアネイラはすっかり陶酔した表情になっていた。反して、ラヴィアはこの状況に戦慄していた。
(何なの、この
ラヴィアは混乱した頭でなんとか状況を整理しようと試みる。
まずこの状況自体が異常だが、そもそもミアネイラはこの屋敷は自分のものではない趣旨の発言をしていた。であれば、この光景はなにゆえ成立しているのだろうか。どこの誰とも知れない部外者をここまで手厚くもてなす道理とは?それとも彼女の発言が偽りであり、実際はこの屋敷の令嬢なのだろうか?その方がまだ理屈は通るが、日常的にこんなもてなしをさせるとも思えない(連日続けばさすがにうんざりするだろう)。
当惑した表情のまま、思考を巡らせているラヴィアにミアネイラが声をかける。
「本当ならアンタも、こいつらみたいに
「え?」
「でもアンタの頭の中は覗けなかった。私はね、ちょっとした閲覧や書き換えなら近づくだけでもできるの。でもアンタにはできなかった。そのうざったい感じ……噂の正義の神の加護でもあるの?」
(頭の中を覗く?書き換え?……っ!そうか!)
ラヴィアはようやく得心がいった。今更ながらこのミアネイラという女からは、マグナやスラと同じような特殊な気配があることに気が付いた。この女は神の能力者に違いない。
(きっと記憶か何かに干渉する能力……!あの人たちは記憶を
バイオリンの音色が止んだ。ミアネイラは不敵な笑みで口元を歪める。
「ようやく分かったみたいね。私は記憶の神ムネモシュネーの能力者、裏世界のNo.13、ミアネイラ・オリヴァル。アンタの頭の中にチイと用があんのよ。
その時、粗雑な足音が部屋の中へと入り込んできた。
怒号が部屋中に響き渡る。
「貴様かぁぁぁ!我らの御主人様を暗殺しようとした不届き者というのは!」
そこには兵士姿の二人組の男がいた。二人は恨みに満ちた鋭い視線をラヴィアに向けていた。
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