第56話 カルロとグレーデン
王都アースガルズの官公庁エリア。租税庁の時計塔を筆頭に高い建造物の多いエリアである(時計塔についてはフリーレのグングニールによって倒壊してしまっているが)。そのエリアの一画、建物の屋根の上に二人の男の姿が見える。夜更けである為、目を凝らさなければ気付けないであろう。
一人は山吹色の髪でリーゼントを作った不敵な笑みの男、もう一人は無精髭をたくわえヘアバンドを巻いた無愛想な男であった。
「アリーアから連絡が来たな。ミアネイラの奴がラヴィア・クローヴィアを取り逃がしたらしい」
「ああ、聞いている。どうやらそいつの捕縛についても、俺にお鉢が回ってきてしまったようだな」
「お前の狼なら鼻が利く。居場所を難なく見つけ出せるだろう?グレーデン」
「まあ狼たちに見つけたら殺さずに連れてくるよう指示は出しておこう。だがわざわざ探させはしない、今はな。ラヴィア・クローヴィアの記憶の失敬は、優先順位としては三番目だ。一番は”三種の神器”の奪取、そして二番目は……」
「王都アースガルズで殺戮の限りを尽くすことだろう?ひゃはは!そそるねぇ」
「お前にとっては最優先事項のようだな、カルロ」
山吹色の髪の男は裏世界のNo.12、カルロ・ハーレス。ヘアバンドの男は同じく裏世界のNo.11、グレーデン・アンテロであった。二人は高所から夜の街並みを眺めつつ話を続ける。
「第一、殺戮ならお前のアポローンの能力で街ごと焼き払えば一瞬だろう」
「おいおい、分かってねーなぁ、グレーデン。生きていた奴らが一気に死体に変わるだけ……それだけじゃあ物足りないってもんだ」
カルロがやれやれとばかりに首を振る。
「そこに至るまでの過程が大切なんだよ。昨日までは平穏に暮らしていた幸福に彩られた顔が、迫り来る恐怖に歪み、叫び、脆くも傷つき、血を噴いてくたばる。そこに美があるんだよ」
「だからじわじわ殺していきたいわけだな」
「そうさ。だからお前の狼たちで、まずは阿鼻叫喚の
「既に街中に百匹ほど放っている。お前の明かりで誘い出せ、カルロ」
「へいへい、りょーかい」
カルロは右手を宙に向けて伸ばす。すると、赤、青、黄、緑に紫と様々な色の蛍火が無数に出現した。蛍火はやがて消え、別の場所に現れてはまた消えて、アースガルズの夜空の下で明滅を繰り返し始めた。夜の闇は色彩豊かに照らし出され、息を飲むような幻想的な光景であった。
――あの光は何だろう
――綺麗
――すごいね
――見に行ってみようよ
――何かの凶兆ではなかろうか
夜更けにもかかわらず、その神秘的な光に誘われた人々は次々と外へ出てくる。
「まるで篝火にたかる虫のようだ」
「違えねぇ。これから虫けらのように殺すんだからな」
カルロの口元が妖しく歪む。そこには餌を前に舌なめずりをする猛獣のような醜悪さがあった。
「しかし夜にわざわざおびき出して狩る。昼間に堂々とやるのとはどう違うんだ?」
「人間にはどうしても体内リズムがあるからな。夜の方が虚を突きやすい。何より闇は俺のテリトリーだ、明かりを消せばそこはもう俺だけの猟場も同然よ」
グレーデンもまた、狩りをする
◇
「何なんだろう?あの光」
メイリーは店の外に出て高台まで登り、上空で明滅する色鮮やかな光球を眺めていた。眼下の街並みに視線をやれば、続々と家から人が出て来ては空を仰ぎ、感嘆の声を漏らしている。しかしそう単純な人ばかりでもなかった。こんな現象、普通ではあり得ない。何やら良くないことの前触れではないか、そう語っている人たちも少なくないようであった。しかし夜空の光に感動している人も、訝しんでいる人も、表に出て来るという行動については一致していた。
突如、観衆の一部が叫び声を上げて、弾けるようにその場から駆け出していく。周囲の人々もまるで共鳴したかのように即座に続いた。慌てふためいていたのか、誰かがもんどりうって倒れる。その拍子に別の誰かを巻き込んで倒れ、また別の誰かが手を貸して急いで走り去っていく。そんな状況が、眼下の街並みで同時多発的に起きていた。
メイリーは気が付いた。何やら四足歩行の巨大な影が街の各所に出没していた。人々はそれから逃げているようだった。明滅する上空の光が照らすタイミングで影の正体を知る。狼だ。それも二メートル以上はあろう巨躯を誇っていた。
「……何アレ」
ラグナレーク王国の山野に狼自体は生息しているだろう。しかしあんな巨大な狼がアースガルズ近郊に群れで生息しているなど聞いたことがない。上空の光にしろ、街を蠢く巨狼の群れにしろ、理解の範疇を越えていた。
背後で唸り声がする。
冷や汗が流れ、血の気が引くのを感じた。おっかなびっくり振り返る。いつの間にか高台にも現れていた狼が獰猛な声を発し、鋭い牙を剥き、メイリーに狙いを定めていた。
「……!!!」
声にならない悲鳴を上げて、その場から逃げ出そうとする。しかし躓いてしまった。狼が迫り来る。メイリーは思わず目を閉じる。しかし、いくら待ってもあの牙が自分に突き刺さり耐えがたい痛みに悶える瞬間がやって来ないので、彼女は恐る恐る目を開けた。
そこには、角材で狼の牙を受け止めているハレーの姿があった。
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