第93話 量産型レーヴァテイン

 ミストレルの街中は騒然としていた。裸の女が白昼堂々街を歩き回っているのだから無理もないことだった。リピアーは周囲から好奇の視線に晒されるが、相変わらず表情を崩さず、いたって平静に黒髪の少女の手を引きながら歩き続ける。こころなしか早足であった。


「おいおい、姉ちゃん!なんだその恰好、誘ってんのか?」

「欲求不満なのかい?おい」


「……」


 リピアーは、鼻の穴を膨らませながら近づいて来る男たちを歯牙にもかけず先を急ぐ。背後から無視するなと怒鳴る声が聞こえてくるが、彼女は一切反応を示さなかった。

 そして一軒の服屋を見つけると、彼女はそこに足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ……」


 突如裸の女が入って来たので、出迎えた女性店員もさすがに固まった。しかも裸の女は子連れなのである。


「驚かせて御免なさい。諸事情あって着るものを失くしてしまって……服を一通り用意してもらいたいのだけれど」


「……は、はい!少々お待ちください!」


 店員は慌てながらも事情を素早く飲み込み、服と下着、そしてブーツを用意してくれた。しかしあろうことか、用意された服はフリル飾りの着いたワンピースドレスで、およそリピアーの趣味からは程遠いものだった。

 リピアーには華美に着飾る嗜好は無く、基本的に服装は見た目より機能性を重視している。彼女が最初に男物のコートを着ていたのもそんな理由からで、女性の衣服に比べて読みかけの本や小物を入れておけるポケットが多くて便利だと思っているからだった。

 店員に用意された服はリピアーの趣味でこそなかったが、彼女には悠長にしている時間はない。


「……いささか可愛すぎるような気がするのだけれど」

「で、でも、お似合いですよ?」

「まあ、急いでいるからこれでいいわ。紙とペンを貸してもらえるかしら。見ての通りだけど持ち合わせがなくてね。請求書の送付先住所をしたためておくから、後で送って頂けるかしら」


 そう言ってリピアーは紙に住所(書いたのは裏世界の表向きの顔であるカフェの住所だ)とサインを書き残し、その場を後にした。かれる少女は大人しく付いて来る。抵抗を諦めているというのもあるだろうが、少女はどこかリピアーに対する警戒心がほぐれかけていた。

 リピアーのしている行為は紛れもない誘拐であり、犯罪行為以外の何物でもないが、当のリピアーからは悪人特有の下卑た思考や振る舞いが見られない。どちらかといえば諸事情あって、仕方なしに悪しき所業に身をやつす善人のように思える。少女の緊張がいつの間にかほぐれているのも、そんなことを無意識に感じ取ったからかもしれなかった。




 可愛らしい衣服に身を包み、急いで通りを往き過ぎる。人通りの少ない街はずれ近くまで来ていた。

 王都ミストレルを出たところで、同じ裏世界のメンバーであるグラストと落ち合う約束であった。彼は多数の神獣を飼いならすモンスターマスターで、特に鳥の神獣(神鳥と呼ぶべきか)の扱いに長けている。重要な裏世界の足であり、彼の神獣に乗れば長距離の高速移動も思いのままだ。


 しかしリピアーは脱出前に、予想外の邪魔立てを受けることになる。


 何かがくうを裂き、近づいて来るような音が聞こえてくる。それは巨大な空飛ぶ紡錘形の金属であった。左右には翼のような薄い金属が取り付けられていて、鳥のように滑空している。後部では金属製の筒からエネルギーの波動のようなものを噴出していて、それを推進力にしているようだった。搭乗席も設けられていて、そこには未だ苦しそうにしているマグナとマルローの姿があった。


 リピアーもさすがにこれには驚いたか、目を丸くしていた。


「……何よ、アレ」


「ハハハ!こっそり造っておいたレーヴァテインの量産型よ!オリジナルを勝手に使うわけにゃあいかねえからな。どうにか自分で造れないかと、修繕の合間に色々試していたのさ!」

「流石だぜマルロー。これなら俺たちが動けなくても、アイツを追いかけられる」

「ああ、それに俺様が追加した新機能もお披露目といこう。レーヴァテイン!”戦闘形態”だ!」


 ――神器レーヴァテイン。

 それはラグナレーク王国の戦闘部隊”国防軍事局エインヘリヤル”の第五部隊長フレイの神器。搭乗して使用する世にも珍しい神器だった。しかしフェグリナによる圧政の時代には、その機動力の高さを警戒した女王に取り上げられ、彼女の親衛隊幹部”智謀のルードゥ”に引き渡されていた。それをルードゥとの戦闘の際にマグナが破壊してしまい、マルローが修理していたのが事の顛末だ。

 ルードゥとの戦闘時に披露された形態は、要塞形態と機動形態の二つだった。前者はどっしりと大地に鎮座しハンマーや鎌のような形状の武器を振り回す。後者はまさに今見せている形態であり、翼を広げジェット噴射での高速飛行を可能とする。


 マルローはオリジナルのレーヴァテイン、そして現在搭乗している量産型にも新形態を追加していた。


 翼が折りたたまれ、横向きだった紡錘形が縦向きに傾いていく。その際にジェット噴射の筒が収納され、代わりに太くて長い二組の棒がせり出して来た。先端は平べったく変形して地に接触、リピアーはこの時それが脚であると理解した。次いで翼を収納した穴からも同じく棒状の造りが出現する。それが腕であり、縦に傾いた紡錘形が胴体の役割となっていることに気づく。搭乗席も傾きとともに胴体の上部分に移動し、そして金属の枠に覆われた。


 マルローが操縦桿を動かす。

 人型となったレーヴァテインは威嚇するように腕を持ち上げ、脚も動かしてリピアーに迫りゆく。


「へへへ、敵に接近されると対処が難しい神器のようだったが、この形態ならその欠点も克服できる!覚悟しなぁ、リピアーさんよぉ。嬢ちゃんは返してもらうぜえ!」

 未だ怪我と病気の再発で苦しいはずだが、マルローの声音は嬉々としていた。思いがけずレーヴァテイン新機能のお披露目機会に恵まれ、どうにもテンションが上がっているようだった。


 高速で空を飛び、しかも人型に変型して戦闘までこなせる神器。グラストの姿はまだ見えない。リピアーは観念するべきかと迷い始める。レーヴァテインの巨大な腕がリピアーへと伸びる。


 その時だった。その場にいた全員が目を見開いた。


 戦闘形態となったレーヴァテインの巨大な腕が、突如切断されて地に落ちた。轟音とともに砂埃が舞う。やがて背の高い、黒いコートを着た老人の姿に一同は気がついた。


「バズ!来ていたのね」


「任務に時間がかかっているようだったからな。暇だしお前の様子を見に来ていたんだよ、リピアー」


 ――男の名はバズ・クレイドル。

 裏世界のNo.1。その昔、世界中に名を轟かせていた伝説の傭兵。


「覚悟しな、小僧ども。この俺が来たからには勝負は着いたも同然だ」

 眼鏡を直しながら、厳かな声でつぶやいた。

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