第1章 ラグナレークの夜明け
第6話 フリーレ
マグナとラヴィアはあてどなく荒野を歩いている。
二人は目的地を決めかねていた。ブリスタル王国は半島に存在する王国で国土の大部分は海に囲まれている。陸路で他国に渡るにはブリスタル南方に広がる果てしなき荒野を通り抜ける必要がある。
荒野から見て北東にはラグナレーク王国、東にはポルッカ公国、南にはフランチャイカ王国が存在する。荒野の西側は海に面しており国家は無い。
「マグナさん、これからどちらに向かわれるんですか?」
ラヴィアが問いかける。
二人は岩に腰掛け、地図を広げ始める。
「ラヴィアはブリスタル近郊の国について何か知っているか?」
「そうですね、ラグナレーク王国は現在多国間で戦争状態であると聞きます。南方に接するポルッカ公国、そして東方に接する神聖ミハイル帝国。ブリスタル王国とも海を挟んで隣り合っていますので今後戦争に巻き込まれる可能性が懸念されています。フランチャイカ王国は戦争状態ではありませんが、王権が強大化しすぎていて市民の不満がたまっているという噂が……」
「どこにいっても問題はありそうだな……」
マグナが行き先を決めあぐねていると、突然叫び声が聞こえてきた。
「た、助けてくれえええ!」
一人の男がひどく慌てた様子でこちらに走り寄ってきた。
「あ、あんた助けてくれないか!」
「誰だお前」
「俺はアレックス、わけあって荒野を旅している途中だったんだが、野盗どもに荷物を奪われちまってよ」
マグナがアレックスと名乗る男をじろりと見る。確かに荷物は無く手ぶらだ、服もボロボロで汚れている。
「野盗どもの居場所なら知ってる。人数は三人だ。二人がかりで不意を突けばなんとか……」
「知るか、自分で何とかしろ」
マグナは正義の神らしからぬことを言った。
「そんな、頼むよ」
「この荒野に野盗が多いことなんて有名だろう?それを戦う術も持たず、護衛も付けず、一人で旅するなんてあまりにも不用心だ。この状況はお前の責任だ、自分で何とかしろ」
マグナは正義漢だが人がいいわけではない。自分にとって相容れない、非道な所業には首を突っ込んできたが、なんでもかんでも人助けに奔走するようなお人好しではない。言ってしまえば、自分が気に入らないことに対して制裁を下してきた、自分勝手な正義なのだ。それに今回のことに関してはアレックスの不用心さにも問題がある。この態度がむしろ公平で正しいものであるとすらマグナは思っている。
「うう、荒野を通るのは初めてで、よく知らなくて、おりゃどうすれば」
ラヴィアが、マグナさんそれでいいんですか、と言いたげな目で彼を見る。
「……と以前の俺なら言っているところだが、今の俺は正義を為す存在。いいだろう、お前を助けてやるよアレックス」
「ほ、本当か?」
アレックスの声が弾んだ。
◇
アレックスに先導されて、マグナとラヴィアは荒野を歩く。
「この辺りは行商人が宿泊用に建てた簡易小屋がいくつもあってさ、ぼろくなって使われなくなった小屋を野盗がねぐらにしていたりするんだ。もっともこの一帯は治安が悪いことが知られて行商ルートから外れたから、小屋はみんな使われなくなっているみたいだがよ」
アレックスは慣れた足取りで歩きながらこの地帯の説明をしている。確かにそこかしこに打ち捨てられた粗末な小屋が建っている。
「あ、あれでさあ!あれが野盗どものねぐらです!」
アレックスが指差す先に、ひと際ボロボロな小屋が巨岩の陰に建っていた。
「俺が先に入って囮になります。その隙に旦那はやつらをぶん殴っちまって下せえ」
アレックスがマグナに棍棒を手渡した。
(……要らねえ)
「そんじゃ、頼みますよ。一分ほどしたら、中まで来て下せえ」
アレックスは小走りで小屋に入り込んでいった。
「マグナさん、私は外で待っていた方がいいでしょうか?」
「……いいや、むしろ近くにいてくれた方が安全だろう」
アレックスに言われた通りの時間を待つとマグナはラヴィアを連れてあばら屋へと踏み込んだ。小屋の中には……誰もいない。それどころかアレックスもいなかった。もともと格子もガラスもはまっていない窓が有る。そこから抜け出したのか?
そんなことを考えていると、突如轟音を立てて爆発が起きた。
あばら屋がガラガラと崩れ落ちる。その様子を外から三人の男が喜色を
「ひゃっはあ!やってやったぜ!」
「上手く言ったな兄弟」
「ああ、小屋に爆弾をセットしておいて誘い込んでドカン。崩れた小屋の下敷きになってお陀仏さ。この方法なら強そうなやつでも直接やりあわずに済む。使う小屋はもともといくつもあるから手間もねえ。死んじまった旅人を他のやつが見つけても、寝泊りの為にボロ小屋を使っていたら崩落に巻き込まれた間抜けとしか思わねえ」
アレックスが得意げに作戦を披露した。
「よーしお前ら、金目のモンを漁るぞー」
兄弟分ふたりとともに崩れた小屋に向かうアレックス。しかし突如、巨大な瓦礫が宙に浮きあがった。
「……え?」
「まあ、こんなことだろうと思っていたよ」
アレックス達は驚愕して立ちすくんだ。全身を漆黒の鎧に変貌させた男が瓦礫を片手で受け止めていたのだ。もう片方の手でラヴィアを引き寄せ、腕と胴体で包み込むようにして彼女を守っている。
「お前には不審な点がいくつもあった。荒野を通るのは初めてといいながら歩き方が妙に小慣れていたしな、見知らぬ土地で非力な身ならもう少しおっかなびっくりした歩き方になると思うぜ。野盗のねぐらを突き止めているのも不自然だしな、俺だったらねぐらを知られた相手を生きては帰さない。それにもっと状態のいい小屋が他にいくつもあったのになんでひと際ボロい小屋がねぐらになってんのか、爆破なりする予定なのがみえみえだぜ」
(……私、マグナさんにすごい抱き締められてます)
マグナが冷静に解説をする一方、ラヴィアはひどくずれた方向に陶酔していた。彼女を安全な場所まで離すと、持ち上げていた瓦礫を邪魔にならない場所に下した。
「兄弟、なんだよあいつの姿……」
「わかんねえよ、くそ!どうなってんだ!」
マグナが三人の野盗に向き直る。
「――俺は正義を司る神、マグナ・カルタ」
「……神!?」
「俺は寛容だ、今回は見逃してやる、心を入れ替え盗賊から足を洗うと誓えばな。だが誓わないなら命はない、誓った後で約束を違えても命はない」
マグナは脅すような口調で言う。実際ただの脅しのつもりだったのだが、マグナは神であり、そんな彼に対して一度誓った事柄を一方的に破れば、その身に災いが降りかかる。マグナの要求は文字通りにアレックス達三人の命に係わるものだった。
「ひいい、誓う、誓います!もうしませんから、助けてくれええ!」
アレックス達は一目散に逃げだした。マグナが変身を解除するとラヴィアが駆け寄ってきた。
「マグナさん、大丈夫ですか」
「ラヴィア、お前こそ無事か」
「私は大丈夫です」
「正直、あやしい限りだったがあやしいの域を出なくてな……結局問答無用でぶちのめすのはやめて、あいつの誘いに乗っかることにしちまった。お前の安全を考えるなら、悪手だっただろうが……」
「いいえ、問題ないです!それで、それで問題ないです!」
ラヴィアは先ほどの抱擁を思い出しながら答える。マグナが鎧化していた関係上感触は固かったが、それでもラヴィアにとっては嬉しかったのだ。そんなラヴィアの心は露知らず、マグナは純粋に彼女の身を案じていた。
「さてと、あーいう野盗が出る危険地帯ってことが分かったところで、気を付けながら進むとしよう」
二人が気を取り直して先に進もうとすると、突然叫び声が聞こえてきた。
「た、助けてくれえええ!」
三人の男がひどく慌てた様子でこちらに走り寄ってきた。
「あ、あんた助けてくれないか!」
アレックス達がマグナの前でひざまずく。
「おいおい、やる相手を間違えてるぜ。俺はもうお前らの手口を知ってる。それに誓ったはずだよな、盗賊から足を洗うと……」
「ち、違う、殺されそうなんだよ!助けてくれ!おれりゃもう足を洗ったまっとうな人間だ、助けてくれよ、正義の神さんよ!」
アレックス達はひどく取り乱している。虎の尾を踏んだ小動物のように。
「やばい奴らにからまれちまったんだ!この荒野の野盗の中でも、ひと際やばいと言われている連中、巨大な槍を携えていて、金色の髪をなびかせていて……」
アレックスが言い終わる前に、遠くに十人の人影が現れた。全員服はボロボロで肌は日に焼けている。図体の大きい男もいれば、中肉中背の男、小柄な男もいる。その集団の中央に要る人物は巨大な槍を携え、白い仮面を付けてボサボサの金色の髪を肩まで伸ばしていた。
「ひいい、逃げろ、殺されるぞ!」
アレックス達は無我夢中になって走り去る。
突如現れた野盗集団、その中央に居る人物が仮面を脱ぎ捨てた。肌は日に焼け凛々しい目つきをした、女が現れた。
(こいつ、女だったのか)
女はマグナの前まで悠然とした足取りで近づくと、手にした巨大な槍を突きつけた。
「我が名はフリーレ。旅の者よ、荷物はすべて置いていけ……抵抗すれば、命まで置いていくことになる」
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