第7話 親衛隊長ロキ
「おいおい、見逃しちゃくれねーか?俺たちゃたいしたもんは持ってねーぞ」
マグナは荷物を置き、ラヴィアをすぐ近くの岩陰に退避させながら答える。
「言ったはずだ、抵抗すれば命はないと」
フリーレが巨大な槍を容赦なくマグナに叩き付ける。しかし彼は瞬時に全身を鎧化した。斬撃はマグナに傷一つ付けることかなわず、フリーレは即座に後方に跳んで距離を取った。マグナは反撃の機会を逃した。
(この女、だいぶ戦い慣れしてやがるな、動きや構えに隙がねえ。それによくわからん気迫のようなものを感じる)
「一体何だ、その姿は?」
フリーレがとくに取り乱した様子もなく疑問を口にする。
対照的に取り巻きの男たちはやや狼狽していた。
「なんだありゃ、いきなり姿が変わったぞ……」
「お頭の攻撃を受けて傷一つ付きやがらねえ」
「お、おりゃ聞いたことあるぞ、神の力を持つやべー奴が世界には何人か存在するって……」
フリーレは右手に掴んでいる巨大な槍を高く掲げ始める。
「ほう、神の力を持つ人間か、そんな奴に遭遇するとはな」
手にした槍が光り輝き、底知れぬ迫力を帯び始める。
「おもしろい、このグングニールの振るい甲斐もあるというものだ」
(グングニール、あのでかい槍の名前か?どう見てもただの武器じゃねえ、ハレイケルのデュランダルと同じような、神器ってやつか?)
フリーレがグングニールを手にした右手を頭の後方に持っていく。槍の投擲が来ることを予見したマグナは、即座に回避の行動に移ろうとする。
(普通にやっても傷一つ付かないと分かった上での攻撃だ、ヘボい威力のわきゃねえ)
しかしグングニールが突如雷光のような煌めきを帯びたかと思えば、フリーレはマグナに向けてそれを投擲した。槍は雷鳴の如き速度で轟音を立てて飛んでいき、鎧化したマグナの胸部に突き刺さった。
「ぐあっ!」
グングニールが突き刺さったまま、彼は吹き飛ばされた。胸部から血が噴き出している。
(マグナさん……!)
ラヴィアの顔が青ざめる。
取り巻きの男たちが褒めそやす中、フリーレはマグナに近づいていく。
「その位置、心臓には当たっていないな。それに鎧のせいか、思ったよりも肉体への刺さりは甘いと見える。だが勝負はもう着いた、果てるがいい、名も知れぬ神よ」
槍を引き抜こうとする。しかし、グングニールは微動だにしない。
(これは……刺さった上から鎧が修復しているのか?)
「ふん、フリーレといったな。お前はこいつがなきゃ、俺に傷をつけられねえ、そうだろう?なら返しちゃやらねえぜ、この槍は。これでお前を牙を折られた獣も同然だ」
「……貴様っ」
マグナは槍を握っているフリーレの右腕を掴んで逃げられないようにすると、すぐさま彼女に拳を叩き込んだ。フリーレはよろめきながら後ずさる。
「形勢逆転だな。俺は正義の神マグナ・カルタ、神に手をかけたことを後悔するがいい」
マグナも気力を振り絞りながら、槍が突き刺さったままの状態で立ち上がる。武器を失い、負傷したフリーレ……勝負がつくかと思われた矢先、突如聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。
「た、助けてくれえええ!」
三人の男がひどく慌てた様子でこちらに向かって走ってくる。アレックス達だ。
(またあいつらかよ)
しかしアレックス達はマグナの元へたどり着く前に倒れこんだ。どうやら脚や背中に銃創を負っているようだった。
程なくして、四対八本の脚を生やした巨大な馬と、それに騎乗した男が現れた。馬は荷車を後ろに繋いでおり、数名の騎兵を伴っている。
倒れたアレックス達は兵士に口を塞がれ体を縛られ、荷車に放り込まれた。以前にヘキラルの町で見た人狩りと同じような光景だった。やがて巨大馬に乗った長髪を後ろに束ね眼鏡を掛けた男が口を開く。
「ごきげんよう、荒野のならず者のみなさん。私はラグナレーク王国の女王フェグリナ・ラグナル様の忠実なるしもべ、親衛隊長のロキという者です」
ならず者たちは当惑した様子でロキと名乗る男を見ている。マグナとフリーレ、そしてラヴィアも戦闘を忘れて様子を伺う。
「このどこの国にも属していない荒野に住まうならず者、あなたがたはどこかの国で人権を得ているわけでも市民権があるわけでもありません。つまり野生動物と変わらないのですよ」
ロキは丁寧口調で、しかし煽るような響きを滲ませた慇懃無礼な語り口で話す。
「そんなあなた方を私どもが有効活用して差し上げましょう。戦役に労役……とかく我が国は労働力が不足しておりましてね」
「てめえ、俺たちを捕まえて、無理やり戦わせたり働かせたりするつもりだってのか」
「ご心配には及びませんよ、貢献度の高いものはラグナレークの市民になることだって夢ではありません。それにフェグリナ様に逢えば、むしろすすんで奉仕したいと思うようになるでしょう」
「冗談じゃねえ、お頭、ずらかりましょうぜ」
ならず者たちが逃げ出そうとするが、兵士が彼らの一人を銃撃した。倒れた男を、兵士達が荷馬車まで運んでいく。
「逃げる選択肢はありません、あなたがたはどちらかを選ばなくてはいけない。我が国に奉仕するか、ここで死ぬか」
続々と捕らえられてゆくならず者たち。フリーレがすぐに対処できなかったのは先ほどまでのマグナとの戦闘で取り巻きの男達とは距離が離れていたこと、そしてグングニールが無力化されていることにあった。彼女が捕縛されてゆく仲間の元に駆け付けようとすると、マグナが鎧化を解除、苦悶の表情を浮かべながらグングニールを引き抜き、フリーレに差し出した。
「一時休戦するぞ、フリーレ。お前らならず者も俺が裁くべき悪だが、目の前の人狩りだってそうだ。協力してあいつらを助けるぞ」
「……すまない」
フリーレはグングニールを受け取ると雷光を帯びさせて巨大馬に向けて投擲、すぐさま飛び上がってそれを掴み一気に巨大馬の元へ移動する。
しかし巨大馬は即座に側方へ跳躍、グングニールの投擲はすんでのところで躱された。その勢いで荷馬車が大きく傾き、捕縛された男たちが何人か飛び出した。それを兵士達が積み荷を片すようにしまい直す。
フリーレは立ち上がると地面に突き刺さったグングニールを引き抜き、巨大馬に向き直る。
「ほう、あなたがこの者たちの首領ですか、なかなか素晴らしい神器をお持ちのようだ。ですがこの神獣スレイプニルの反射神経を甘く見ないでいただきたい」
スレイプニルがいななきながら、フリーレを睨みつける。
「ふん、馬の肉か。それも随分とでかくて食べ応えがありそうで、久方ぶりの御馳走だな」
フリーレが再びグングニールに雷光を纏わせスレイプニルに斬りかかろうとする。しかしすぐさまロキが懐から白い球のような物体を取り出して掲げた。
「させませんよ……神器ヘーパイストスの網、この者を捕縛せよ!」
ロキの掲げた球が毛糸玉が
(くっ!なんだこれは、体が動かん)
「これは闇のルートで入手した量産型の神器です。使い捨ての神器ですが、対象を強力な不可視不可触の糸で拘束する」
兵士達が身動きの取れなくなったフリーレに近づいていく。しかし兵士が一人、また一人と吹き飛ばされた。いつの間にかマグナがフリーレの近くまで来ていた。彼の奇妙な鎧姿を見て、ロキは目を丸くした。
「何者ですか、あなたは」
「俺の名はマグナ・カルタ、正義の神だ」
「……っ!神だと」
ロキの表情に僅かに動揺の色が溶け出す。マグナは拳を構える。
「まったく、どうなってんだこの世界は。どこもかしこも人狩り、人攫い。だが俺が来たからにはその所業もここで終いよ」
「……お前たち、狩りは中止だ。乗ってきた馬もすべて捨てろ、全員スレイプニルにしがみつけ」
ロキが命令を下すと、兵たちは次々とスレイプニルにしがみついた。スレイプニルが翻ってマグナに背を向けたかと思うと、全速力で走り始める。
「てめえ、逃げるのか!」
「当たり前でしょう、準備もないこの状況で神と戦いなどしません。さらばです、正義を騙る神よ」
スレイプニルの速度は通常の馬の何倍あるのだろうか、あっという間にロキたちを乗せて地平線の彼方に姿を眩ませた。
(正義の神か。我らが女王フェグリナ様と同じ神の力を持つ存在……早急にフェグリナ様に報告しなければなりませんね)
「くそ、逃げられちまったか」
マグナはぼやきながらフリーレを助け起こすと、鎧化した手で彼女を縛る糸に触れられないか試みる。結果、神の力でならこの不可触の糸にも触れられることが判り、マグナは力任せに糸を引きちぎった。フリーレを解放し終えると、ラヴィアが荷物を抱えて二人に近づいて来る。
「マグナさん、大丈夫ですか!」
「まあ、なんとか大丈夫だ……フリーレにやられた傷がかなり痛むがな」
二人がリュックサックから包帯と消毒薬を探していると、フリーレがグングニールを拾ってスレイプニルが消えた方角へと歩き始めた。
「おい待て、どこへ行く気だ」
「決まっているだろう、あいつらを助けに行く」
「ほう、ならず者の間にも仲間愛や友情ってモンがあるんだな」
「そうだな……こんな生活をしている我々だ。何かの拍子に誰かしら死ぬのが当たり前の環境だったが、今のあいつらとはもう三年以上の付き合いになる。お調子者のアベル、大酒飲みのアルブレヒト、女好きのユルゲン、図体も気心もでかいディルク、体は小さいが夢は大きなケヴィン、博打好きのドレイク、気弱でも勇敢なサミー、寡黙だが誰より心豊かなジンナル、荒くれものだが人情味の有るラルフ……みんな大切な仲間たちだ。偽りなく飾りない仲間愛、友情がある。私は彼らを助けたい」
「一人で行く気か」
「仕方がないだろう、私以外みんな捕らえられてしまった」
「お前は俺の話を聞いていたのか?俺は正義の神だと名乗ったはずだが」
「……断る、私は野生を生きてきた人間だ、神にすがる文化は持ち合わせていない」
フリーレは話を切り上げて先に進もうとする。マグナはラヴィアに包帯を巻いてもらいながら話を続ける。
「お前らならず者が神にすがらないなんてわかってるさ。いつも通りにやればいいじゃないか」
「何?」
「お前たちが普段やっている通りにすればいいんだよ、その手に持ってる槍は飾りか?」
「……なるほど、それもそうだな」
フリーレは踵を返してマグナに近づいたかと思うと、グングニールの刃先を彼の喉元に突きつける。ラヴィアは驚きで目を見開いたが、マグナは静かな表情でフリーレを見ている。
「正義の神、マグナといったか、私はこれから仲間を助けにラグナレーク王国とやらに向かうつもりだ」
グングニールの刃先をさらに近づける。
「協力しろ、嫌とは言わせん」
「……いいぜ、乗りかかった船だ、最後まで付き合ってやるよ」
マグナは目を閉じながら、どこか満足げに答えた。
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