第14話 VS親衛隊長ロキ①

 マグナとスラは、ガルダンと彼の使役する神鳥を縛って身動きを封じた。スラは殺すことを提案したが、マグナはそれを拒否して、ガルダンは街道沿いの比較的見つかりやすい場所に放置することにした。彼からすればフェグリナ打倒までの間、邪魔立てしてこなければそれでよいのだった。


 馬車が壊された地点から近隣にある町で、新たな馬車の手配をした。二人は腰を落ち着けて軽い食事を取りながら、フリーレとラヴィアをどう探し出すかを思案していた。既に三日が経とうとしていた。しかし二人がどこへ飛んでいったのか、今どこにいるのか、まったく情報がない。


 明くる日、明確な答えを出せないままでいると、突如北の方角の空に稲妻が横方向に走るのが見えた。周囲の人々がどよめく中、マグナだけがそれが何であるかを理解した。


「ありゃ、フリーレのグングニールだな。間違いない」


「なるほど、あれが……飛んでいる方角は、アースガルズがあるのと同じ方角ですね」


「……そういうことか。フリーレ達、先にアースガルズに行って、そこで落ち合うつもりなんだろう。捜す手間が省けて助かる、行くぞスラ」


 ◇


 王都アースガルズはラグナレーク王国最大の規模と人口をほこる街である。


 市内を十字状に大通りが通っており、市内は北西の軍部エリア、北東の官公庁エリア、南西の居住エリア、南東の歓楽街エリアとに分かれている。南北に走っている大通りは幅が広い為、東と西のエリアはそれなりに距離が離れている。東西に走っている大通りはやや北寄りで十字に交わる為、南のエリアは北のエリアよりも幾分か広い。また、北方のヨーツンヘイム近郊の湖から流出した河川が、居住エリアに接するように北から南へ流れている。

 十字状の大通りをさらに北へ登っていくと小高い丘の上にちょっとした森が広がっていて、その先にフェグリナの居城であるヴァルハラ城がある。


 官公庁エリアに建つ租税庁の時計塔が、アースガルズ市内ではひときわ高い建物となっている。フリーレの異常な視力はその時計塔の位置をはるか遠くの山頂から捉えており、投擲されたグングニールはその時計塔の先端を目掛けて、山頂から下降していくような軌道を描いていた。何かにぶつからなければ、投擲したグングニールは止まれないからである。


 空を裂くグングニールの稲妻はやがてアースガルズ市内へと到達し、時計塔の先端に激突。

 時計塔の先端部分と、大槍を持った金髪の女、そしてその金髪の女に片腕で抱えられた黒髪の華奢な少女が真っ逆さまに墜落していった。



 南北大通りではちょうどフェグリナの行幸が執り行われており、フェグリナは開放型の大きな馬車に乗って、街道沿いに集められたアースガルズ市民に手を振っていた。市民には行幸時には参列することが義務付けられている為、現在アースガルズ市内は大通り沿い以外の場所にはほとんど人がいない状況だった。そのため幸運にも、時計塔が倒壊する衝撃による死傷者は一人もいなかった。


 行幸の警備の為、ガルダン以外の親衛隊員とその部下たちは馬に騎乗して行幸に並行しており、親衛隊長ロキはそこで時計塔が崩れる様を目撃していた。急に勢いよく飛び込んで来た稲妻、ロキはそれが何であるか瞬時に理解した。


「フェグリナ様、あれはおそらく前に申し上げました、ならず者の頭領でしょう。グングニールという神器は投擲すると稲妻のような速度で飛んでいくようです。もうこのアースガルズにまで到達してしまった!いかがいたしましょう」


 神獣スレイプニルに乗りながら、ロキはフェグリナの馬車の方を向く。フェグリナは気だるげな顔でロキを一瞥するとぽつりとつぶやく。


「私の手を煩わせるつもり?」


「滅相もございません……!このロキめにお任せを!」


 ロキは手を振り上げると後方の部下たちに声を掛けつつ左折、大通りの脇道から時計塔のある官公庁エリアに向かおうとする。


「ロキ隊、行幸のお供は中止だ!租税庁の方角へ向かえ、賊を成敗するぞ」



 時計塔の倒壊した地点にフリーレとラヴィアは居た。フリーレはしっかり着地してピンピンしており、ラヴィアもフリーレに上手く抱えられていたので外傷はなかった。あくまで身体的な外傷は。


「無事か?ラヴィア」


「フリーレさん、もう金輪際この移動方法はやめてください……寿命が、何年か縮まったと、思います……」


 ラヴィアは蒼白した顔で不満を訴える。フリーレは彼女が落ち着きを取り戻すのを待っていたが、そうこうしている内に、周囲を囲むように馬に騎乗した兵士たちが現れた。そして幾ばくか遅れて地面を踏み鳴らしながら姿を現したのは神獣スレイプニル。それにはロキが騎乗している。


 フリーレはあの時の神獣であることに気付き、鋭い視線を向けた。ロキもまたフリーレの方に視線を投げかける。


「やれやれ、こんなに早く来るとは誤算でしたよ。おかげで行幸のお供を中止して抜け出すことになってしまった」


「いきなりお前を見つけられるとはな、私は運がいい。私の仲間の居場所を教えてもらうぞ」


 フリーレがグングニールを構える。

 ロキが手を振り上げ合図を出す。周囲を取り囲む騎兵たちは小銃でフリーレに狙いを定める。


「粋がっていられるのも今の内ですよ。貴方もまた我が国の繁栄の為に散り、神器グングニールはフェグリナ様のコレクションに加わって頂きましょう」


 ロキが指を鳴らす。兵士たちが馬上から射撃を開始する。


 弾丸の軌道上に自分だけでなくラヴィアもいることを察知したフリーレは、すぐさまラヴィアを後方に蹴り飛ばした。ラヴィアは思い切り蹴られたのでうめき声を上げながら、後方にすっ飛んでいった。フリーレはすぐさま自分も飛び跳ねて弾丸を躱す。弾丸が地面に次々と突き刺さる音が響き渡り、石造りの地面にいくつもの弾痕が出来上がった。


 フリーレは回避行動をとった後、グングニールを近くの騎兵に向けて投擲する。この際のグングニールは力を込めていないので稲妻のようには飛んでいかない。それでもフリーレの腕力は重いグングニールをなかなかの速度で飛ばし、騎兵は慌てて馬を動かし、すんでのところでこれを躱した。グングニールをただ普通に投げるだけで妥協したのは、フリーレには彼らを殺すつもりがないからである。


 やや下降する軌道で投擲した為、躱されたグングニールは地面に突き刺さっていた。フリーレはグングニールに向かって駆け出すと、飛び上がってグングニールを踏みつけ、それを踏み台に一気に高く跳躍した。その落下の勢いのまま真下の騎兵を蹴り落とし、馬の上に着地しつつ落ちた兵士を引っ張り上げた。兵士の首根っこを掴んで持ち上げると、周囲に掲げるように見せつける。銃の発射準備を整えていた兵士たちはたじろいだ。このまま発射していたら味方を撃ち殺してしまうところだったからだ。


 フリーレはそんな兵士の一瞬の隙を見逃さず、前方の騎兵に向けて掴んでいた兵士を投げつけ落馬させる。すぐに後方に大きく跳躍すると、後方の騎兵にキックをかまし、馬上に着地しつつまたもや兵士を掴み上げた。

 

 兵士を武器として盾として利用していた。ならず者の戦い方である。掴んだ兵士をまだ落馬していない騎兵に向けて投げつける。投げつけられた騎兵は隣の騎兵も巻き添えに、もろともに落馬した。



 フリーレは馬から飛び降りると、地面に突き刺さったグングニールを回収しつつ、うずくまって呻いているラヴィアの元へ戻る。その後ろ姿を、ロキは驚愕の瞳で見つめている。


(何だ、この女は?あまりにも戦い慣れしすぎている。人間のできる動きなのか……?)


 彼の額を一滴の汗が伝い落ちる。周囲の兵士たちに声をかける。


「お前たち、もうこの場はいい。フェグリナ様の警護の方に戻っていてくれ。こいつは常人では歯が立たん。私のスレイプニルがカタをつける」


 ロキの命令を受け、残りの騎兵たちは続々と引き上げていく。落馬した兵士たちもよろよろと馬に乗り直して立ち去っていく。


 一方、フリーレは足元でうずくまるラヴィアを見下ろしている。


「げほっ、はぁ、はぁ」


 ラヴィアが苦しそうにしているところに、フリーレの声がかけられる。


「ラヴィア、正直邪魔だな、お前」


「……!」


 フリーレは苛ついているというよりは、落ち着いた声音で、ただ事実を伝えるように言った。

 ラヴィアの瞳孔が見開いた。


「私は守りながら戦うのにははっきり言って慣れていない。私の住んでいた荒野は弱い者は死んで当然の世界だったからだ。自分で戦えない者に明日を生きる権利などなかったのだ。だがここが人間社会であり、野生の外であることを私は理解しているし、それにお前が死んだらマグナが悲しむだろう……というわけで、こっちに来い」


 フリーレがちょいちょいと手招きをする。ラヴィアが立ち上がり、おそるおそる近づくと、フリーレは懐から細長い布を取り出した。普段グングニールの刃に巻き付けている布だ。彼女はラヴィアを背負い上げると、細長い布で自身とラヴィアを巻き付け、縛って離れられないようにした。


「ええ!フリーレさん、これって……」


「いいかラヴィア、私はお前のことなど気にせず動くからな。怖くても耐えろ、いいな」


(うう、何だかこれ、赤ちゃんみたいです……)


 フリーレはグングニールを構え直して振り返る。前方にはロキが騎乗するスレイプニルがいななきながら、鋭い眼光を向けていた。


「さあ来るがいい、化け物馬よ。お前の肉を今宵の馳走にしてやろうか……!」

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