第13話 老爺の嘆き
ラヴィアとフリーレは森を彷徨い続ける。食料はフリーレが採取し、眠る時は火を焚いて、ラヴィアは上着にくるまって眠った。
森に墜落して三日が過ぎた朝方、二人は川の水で顔と口を
鬱蒼とした森だったが景色に変化が訪れる。遠くに小高い丘が見えてきた。小さな山小屋とちょっとした畑も見える。人がいるかもしれない。二人は山小屋を目指して歩く。
山小屋は粗末なものだったが、ところどころ補修されており、人が暮らしている様子が伺えた。畑にも野菜が育てられている。フリーレはキャベツを一つ手に取る。
「フリーレさん、人様のものを勝手に取ってはいけませんよ」
「一つぐらい問題ないだろう」
忘れていた。この人は野盗だった。思っていたよりは道理を解する思考があるようだが、やはり悪事に対する抵抗感というものが常人よりずっと低い。というかほとんどないのではないだろうか。
「やはり野草より、人が丹精を込めて育てた作物の方が美味い。行商人の商隊を襲撃して食料が手に入った時は、いつも仲間たちで食い散らかしたものだ」
「フリーレさんってずっと荒野で暮らしてきたんですよね、ご家族は?」
「家族?血の繋がった親や兄弟ということか?それならいない、いや、分からないと言うべきだな。私は物心ついた時から荒野にいた。幼い頃は自分では戦えず、他の奇特なならず者たちに保護されていた。死んでしまったそいつらが言うには、私の本当の家族は自分たちではない、もしかしたら世界のどこかで今も生きているかもしれないと」
「……本当の家族がもしいるのなら、逢いたいですか?」
「さあな、どうでもいい。捜す気もない。今は捕らわれた仲間たちを捜す方が大事だ」
二人が話していると、いつの間にか山小屋の扉の前に一人の
「……何用だ?」
「えっと、その、道に迷って……」
「腹が減った!何か食わせろ」
ラヴィアのか細い声をフリーレの声がかき消した。老人は背を向けて扉を開きながら呟く。
「その野菜もちょうど収穫時期だ。料理しよう、入れ」
二人は山小屋の中へと足を踏み入れる。簡易なテーブルと四つの椅子、粗末なベッドと寝具、土間近くに設置された煮炊き用の竈と排煙用の煙突、吊るされた干し肉、麦や塩を蓄えた壺。暮らしに必要な最低限の物だけが存在していた。
老人は野菜を刻み、煮込みながら話す。
「あんたらどこから来たんだ」
「ええと……」
ラヴィアが口ごもっている内に、フリーレが答える。
「我々はこの国の人間ではない。女王フェグリナを討つために潜入している途中なのだ」
「フリーレさん、なんで言っちゃうんですか?」
「しかしこんな人里離れた山奥の老人一人、知られたところで不都合があるのか?」
「それはそうかもしれないですけど」
老人はハハハと笑った。
「そうか、まあありゃあおかしいよなあ。今この国でいい思いをしているのはフェグリナとその取り巻き連中だけだろうよ。あとは殺されたり、戦争で最前線に放り込まれたり、財産を奪われて困窮したり、ロクな目に逢っちゃいない」
ラヴィアは気がついた。
スラの話ではフェグリナの政治に異論を呈する者を
「俺の息子は突然始まった戦争に送り込まれて死んじまった。俺の妻はそれを嘆き女王フェグリナの
老人が塩味の野菜スープをテーブルに運ぶ。ラヴィアは一口啜る。あまり美味くない。フリーレは即座に飲み干すと、老人にお代わりを要求した。
「あんたらがフェグリナを討伐してくれるっていうんなら有難い。この国もちっとは良くなるだろうよ」
「フェグリナは人心を支配する力でも持っているんでしょうか」
「分からん、だがこの国はおかしい。みんなあれをよい君主だと必死に思い込もうとしているような、そんな感じだ。俺も妻もかつてはフェグリナを支持するようなことを周囲に言っていた。重い税を払う為、家財を売り払った時も何故だか抵抗感はなかった。息子を戦地に送り出す時も何故だか国の為になる誇らしいことをしているように思っていた。だが息子の訃報が届いた時、俺たち二人はまるで夢から醒めたかのように正気に戻った。だがその時にはもう遅かったんだ」
やはりフェグリナは神の力を持っているのだろう。それも人の心に作用するような力を。
「昔のフェグリナ・ラグナルと言えば、清廉を絵に描いたような王女で、誰にでも分け隔てなく優しく美しい、非常に民の信頼の厚い人物だった。みんなあの頃のフェグリナを覚えていてそれを否定したくないのかもしれない。だが十年前に父親のフェルナード様を殺害したあの日以降、すっかり人が変わってしまった。今じゃ暴君と成り果て、国も御覧の有様さ」
ラヴィアとフリーレは食事を終えると老人にお礼を言って、山小屋を後にした。
「やはりフェグリナは神の力を持っているんでしょうね。十年前に突然手に入れたのでしょうか」
「そうかもしれんな。そして少し私の気が変わった」
「え?」
「正直言うとだな、私は仲間さえ救出できればそれでよく、フェグリナを倒して国を良くするとか、そこまではどうでもよかったんだ。だがあの老人、ひどくやつれた顔をしていて、言葉や態度にこそ出してはいなかったが、相当心に悲しみや嘆きを抱えているように感じられた。マグナの言う通り、この国は正すべき状況なのだろう」
フリーレが少し自分に言い聞かせるように語った。
「そ、そうですよ!その為にも早くマグナさん達と合流しないと。でも歩けど歩けど、街やそれに至れそうな街道は見当たらないし、どうしましょう……」
「……いや、何とかなるかもしれんぞ」
フリーレが前方の遥か彼方を指差す。ひときわ高い山嶺がうっすらと空の色に混じって佇んでいる。二人は現在地をいまだ把握していなかったが、二人はラグナレーク王国の北東部ヨーツンヘイムから百キロメートル程南の森の中にいる。そこからさらに南の方角にそびえる山をフリーレは指差している。
「まず、あの山のてっぺんに行ってみよう」
「……!行くってまさか……」
ラヴィアがうろたえると、間髪入れずにフリーレがラヴィアの腕を掴む。そしてもう片方の手でグングニールの布を解きつつ山に向けて投擲、即座に飛び出してそれを掴んだ。
「ちょっと、待ってええええええええええええええええええええええええ!!!」
豪速で飛んでいくグングニール。それに掴まってフリーレとラヴィアはものの数秒で遥か南の山頂に辿り……衝突した。
フリーレは器用にグングニールを岩壁に当たるようにして勢いを殺し、山の頂に着地する。ラヴィアはぜえぜえと息を切らし、青い顔で抗議する。
「フリーレさん、この移動方法、本当に寿命が……」
「うるさい、少し黙れ」
フリーレはそう言うと、山の頂から周囲の景色をじっと目を凝らして見る。
「なあ、フェグリナは確か王都アースガルズのヴァルハラ城とやらにいるんだったな。城とはどういう建物なんだ?」
「そうですね、大きな建物で、いくつかの尖塔が備わっていて……」
「ふむ」
フリーレはグングニールの尻側で地面に簡単な図を描き始めた。三つの尖塔を備えた城のような建物の図だった。
「そうですね、確かにお城は一般的に、こんな外見をしていることが多いです」
「そうか、あちらの方角にそんな建物が見える。どうやらあれがヴァルハラ城、目的地のアースガルズの都市で間違いあるまい。いや、高い山があって助かった」
フリーレは現在居る山からやや北西の方角を指差しながら言う。およそ数百キロメートルは離れているであろう、ヴァルハラ城の方角を示したことにラヴィアは驚愕した。
(フリーレさん、どんな視力してるんですか……影すら見えないですよ)
「我々の目的地は王都アースガルズのヴァルハラ城だ。つまりそこにたどり着きさえすれば、遅かれ早かれマグナ達に合流できる、違うか?」
「まあ、そうだとは思いますが……」
「よし、じゃあ行くぞ」
フリーレがラヴィアの腕を掴んで引き寄せる。ラヴィアの心拍数が急激に上昇し、冷や汗が流れる。
「い、行くって、ちょ、ちょっと待ってください!まだ、心の準備がああああああああああああああ!!!」
ラヴィアが言い終わる前に、山の頂から轟音を上げて稲妻が飛び出していった。
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